1話「六歳です。なんでもやります」
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少女の名前はシーガルズル・H・クリス。四年前、この村出身の海兵モンキー・D・ガープに身柄を保護され、優しい村民に見守られながら穏やかに過ごす海賊被害に遭った孤児である。
クリスは息も絶え絶えと言った様子で開け放たれている入り口に立つと、一息入れ、店内に入る。田舎の雑貨屋に空調機なんて気の利いたものはないが、それでも、ギラギラと照りつける夏の日差しと鳴き喚く蝉の声が煩わしい外に比べれば、冷蔵庫のひんやりとした空気が漏れる店内は天国のようだ。
もうしばらく涼みたいと廊下で座り込みそうになったが、そうしたが最後、尻から根が生えたように動けなくなるだろうと断念し、レジに置いてある呼び鈴まで歩を進める。
──チリン、チリン。
背伸びをして慣らした呼び鈴の少し錆びついた音が店内に響く。
この店ができてからずっとあるのか、それとも世代交代を繰り返した末の物なのか。少なくともクリスがこの店を初めて利用した日から変わらないソレについて「座って休む」という思考を頭の中から追い出すように考えていると、奥の方からパタパタとうちわを仰ぎながら初老の店主が出てきた。
「いらっしゃいクリスちゃん。暑い中よく来たね、お茶でも飲みな」
「ありがとうございます」
あらかじめ用意していたのか、店主──アニラから差し出されたコップはキンキンに冷えていた。
自分の生い立ちのせいかこの村の人たちの生来の気質なのか、クリスは村民たちに非常に甘やかされている。特に酒場のマキノやアニラが筆頭格で、店によるたびに餌付けされるほどだ。
甘やかされている当人は、正直、居心地が悪いのでやめてほしがっているが──しかしこういう時はありがたいと素直に両手で受け取り、喉を鳴らしながら一気に麦茶を飲み干した。
「注文していた商品をうけとりに来ました」
「アイス食べるかい?アイス」
「……おきもちだけいただきます。商品をうけとりにきました」
マイペースにアイスを取りに行こうとするアニラに、これ以上は本格的に座り込みそうになるので丁重に断りを入れながら、商品を渡してくれと催促する。
「あら、そおう?偉いわねえ。それじゃあバッグに入れるから、ちょっと待っててね」
苦笑を浮かべ、商品を詰めてもらっている間にパタパタと手で服の中に風を送る。店内に入った時は天国のように感じたが、室内の空気に慣れてくると暑さがぶり返してくる。
帰りもあのクソ暑い中を帰るのかとため息をつき、先ほどまでのマイペースさが嘘のようにテキパキとバッグに商品を詰めていくアニラの姿を眺め、できればもう少しゆっくりやってほしいと視線を飛ばしていると、ふと後ろから「クリスじゃないか」とハスキーな声がかけられた。
「げえ、村長。こんにちは」
「うむ、なにかワシの顔を見てげえと言った気がするが……まあいいじゃろ。今日は何を買いにきたのかね?」
声をかけてきたのは赤いストライプ柄の帽子が特徴的なフーシャ村の村長、ウープ・スラップ。彼もまた──マキノやアニラほどではないが──クリスのことを我が孫のように甘やかす人物の一人だ。
「食べものと、生活用品……あとはバケツです。雨漏りがふえてたので」
「またか……。だから言ったじゃろう!あの灯台は住むには適しておらんと。そもそも六歳のお前が一人で生活なんて──!」
またはじまった、と天井を仰ぎ見る。
一年前、ちょうどクリスが五歳の誕生日を迎えた翌日のこと。自分を拾ってくれた恩人が「こういうのは早い方がいい」と少女の生い立ちを伝えると、どういうわけかクリスは預けられていたマキノの下を離れ、古い灯台を人が住める程度に整えてもらい、そこで暮らし始めた。
当然村民は大慌てで連れ戻そうとしたが、頑として動こうとしないばかりか追い返される始末。意地でもここで暮らすと言って聞かない少女に根負けし、毎月送られてくる養育費を受け取ること、たまに顔を見せること、困ったことがあればちゃんと相談すること等の制約を交わした上でクリスは一人暮らしを許されたのだが──それでも納得のいかない村長が、以来顔を合わせて会話が進むたびにこうして連れ戻そうと説教をするようになった。
クリスもそんなスラップに対し、負けじとスラップが利用する場所を避けるようになったのだが、しかしここだけは絶対に避けられない。
なぜならこのフーシャ村はゴア王国に属しているのだが、街から離れ猛獣や山賊が潜む山やジャングルを越えた先にある、というあまりにも謎すぎる立地のため国からは半ば忘れ去られ放置されいてる。それ故に流通というものが皆無で、たまにくる商船や軍艦が運んで来てくれる外の品以外は、全て自分達で賄っているのが現状だ。
しかし当然だが、クリスにまだそこまでの力はない。なので、必然的に村で生産できないものはこの店によって買うことになるのだが……それを利用してスラップは積極的に人と関わろうとしないクリスに小言を言いにくるのだ。
「いいかクリス、人という字は人と人とが支えあって──」
「はあ、へえ、ナルホドー」
くどくど、つらつらと耳にタコができるほど聞いたお説教に適当な相槌を打ちながら聞き流し、逃げ出す隙を窺い続ける。
二人の関係性を知らない人間から見れば微笑ましい光景にも映るだろうが、水面下では絶対に逃すまいとする親心と、絶対に逃げ出すという子供心が火花を散らしていた。
「はあい、それじゃあお会計……って、あら!村長!お買い物ですか?」
「ん?いや、ワシは近くを通ったから立ち寄っただけで」
──そして今回の軍配もクリスに上がることとなる。
「代金おいときます!ありがとうございました!」
「あっ!コラ、クリス!!話はまだ……。まぁた逃げられた!!」
スラップがアニラに気を取られた一瞬の隙をつき、あらかじめポケットに仕込んでいた代金をなんの澱みもない洗練された動きでレジに置くと、荷物を回収し一目散に駆け出す。遅れて気がついたスラップが道を塞ごうとするも、蛇のように狭い通路と体の隙間をくぐり抜け、クリスは店を飛び出した。
長きにわたる熾烈な戦いにより、この店でのみ一瞬で会計を済ませることができるようになった彼女に死角はなかった。
「ハァ……!……やはり、無理やりにでもマキノのところに戻すべきだと思うがなあ……」
「本人が望んでないことをしても意味はないさ。あの子が自発的に人との繋がりを持とうとして、初めて意味があるんだよ」
逃げ去る少女の小さな背を見つめながら漏らした古い友人の言葉に、アニラはからからと笑いながら言葉を返す。しかし二人の視線は優しいばかりではなく、幾らかの哀れみと同情を滲ませていた。
「あの子は両親の顔も覚えていないと言うようになったが、あの日の反応を見るに傷は確実に負っておる。実の親が目の前で殺されるところを見せられて平気な子供がどこにいる?──あれは、蓋をして見ないようにしとるだけじゃ」
「残酷な話だよ……あの子の利発さがそう見せないだけで、心はギリギリのところで踏ん張ってるだけさ。天は二物を与えずなんて言うけど、あの子は二つも三つも奇跡を与えられてる。せめて悪魔の実を食べていないか……ルフィみたいに楽観的な子だったらどれだけ幸せだったか……!」
「……望まぬ者にこそ得てして力は与えられる。せめてあの子の歩む道の果てが、穏やかなものであることを祈るわい」
今でも目に焼き付いているあの日の光景──
光り輝くその体とは対照的に、未だ光明の見えない少女の行く末を思い、二人は祈るように目を細め澄み渡る青空を見上げた。
▽
私を海賊から救い拾ってくれた大恩人の言葉と、フーシャ村の心優しい住民の反応から察するに、どうやら私は相当不幸な子どもらしい。
「まあ、確かに不幸だけれども」
食料を冷蔵庫に入れながら、口うるさい村長の顔を思い出し、思わずへんっと鼻で笑ってしまう。
残念なことに、この村の人間は一人残らず盛大な勘違いをしている。
確かに私は不幸な境遇にある。この時代の被害者だなんて、そんなことは重々理解している。
ガープおじさんから聞かされた話によれば、私が二歳のときに、海賊によって家族はおろか町ごと住んでいた島民が惨殺されたのだとか。そこで私も殺されていればある意味幸せだっただろうが、両親がせめて私だけでも生き延びられるようにと、その島で至宝として秘蔵されていたジェムジェムの実という悪魔の実を食べさせたらしい。死んで終わりになるより、まだ何かしらのチャンスがある地獄の生に懸けたのだろう。
なんという愛、なんという優しさだ。自分達が食べれば生き残れただろうに、わざわざ自我も気薄な泣いて寝るだけの子どもだった私に生きるチャンスを与えてくれるだなんて。そんな高潔な精神を持った両親を失ったことは不幸と言わざるをえない。
──が、しかし顔も覚えていない両親には大変申し訳ないのだが、余計なことしやがって、というのが正直なところである。
大海賊時代と呼ばれる昨今の世界情勢で、
……究極の極限状態で正常な判断をしろというのも酷な話だが、残された私からすれば、これくらい思わないとやっていけないのである。
海賊たちが狙った私の悪魔の実の力を一言で説明すれば、
ジェムジェムの実の結晶人間。少なくとも
なぜなら、食した人間に宿る悪魔の力は自身の身体を宝石に変化させる能力──だけならよかったのだが、なんとこの体、砕けたり割れたりしても死なずに再生するのだ。破片を拾ってくっつけた方が修復は早いのだが、放っておいても1分足らずで腕が生えてくる。
おそらくこれが分類分けが難しい理由なのだろう。
以前に全身が粉々に砕けたらどうなるのか何度か実験してみたのだが……なんと5分もあれば全身が元通りになるし意識すれば秒単位で元に戻ることがわかった。しかも砕けた宝石は風化することもなければ劣化するでもなく残り続けるおまけ付きだ。
実体があるくせに再生が可能で、なのに──ガープおじさんが言うには──過去にこの実を食べた人物の中には、体が宝石に変化するという以外にも
そりゃあ巨万の富を得るって伝承も残るよね。
だって、言い換えれば無限宝石製造機だもん。
運が良ければ更に能力を得るわけだし。
故につくづく思う。なんてものを食わせやがったんだ、と。
確かに死にはしないが、おそらくというかほぼ確実に日の当たらない地下牢とかに監禁され、毎日決まった時間に体を砕かれては死なない程度に粗末なものを食わされ、逃げる気力すらとことん削られながら飼い殺されていただろう。あの時、海軍が助けに来なかったらと思うとゾッとする。
しかも一生カナヅチだ。湯船にすらまともに浸かれない。
なんて誰に聞かれるでもない心の声をつらつらと述べながら、1〜2週間分の食料が詰め込まれた冷蔵庫からリンゴジュースを取り出して扉を閉じる。
色々言ったが、それでも、今の生活が苦しいとか死にたいとか逃げたいとか、そんなことは微塵も思っていないので安心してほしい。むしろ早めに現実を知れたおかげで、そこらの不幸なガキンチョから、なにか賢しらなガキンチョにランクアップできたからだ。人間はとことん追い詰められたら、僅か六年しか生きていなくてもなんとかできるように設計されているらしい。
「今日も張り切っていこう」
コップ一杯分のリンゴジュースを飲み干し、先日の雨の影響が未だ残る天井の一角を睨みつける。
ショックが大きすぎたのか、幼いころの記憶だからか、昔住んでいた家なんてもうほとんど思い出せないけれど。それでもこの灯台がまだギリギリ人が住むような場所じゃないことはわかる。そんなただでさえ崖っぷちの生活水準で生きているのに、これ以上人間としての生活ラインを低下させられては敵わない。
ハンマーを腰のベルトに装着し、備え付けの小物入れに釘をしまい、準備は万全。今日は二階の窓を塞いでしまい、そのまま小物入れでも作ろう。
夏の暑さも、生まれの不幸も、時代のうねりもなんのその。
私、シーガルズル・H・クリスは、今日を精一杯生きるのみである。
村長「クリスのガキはどこだァ!!」
マキノ「きゃあ!」
店長「雨漏りを修理するために最高の木材が必要だからと裏マーケットに行きました!」