輝石の少女   作:まんま見いや

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もう2023年三月中旬らしいですね


3話「コルボ山の友人」

「行住坐臥一切の時勢これ最善の道場」という、高名な武術家の遺した言葉がある。

 これは簡単に言い換えれば「日常のふるまい全てが修行の場になり得る」──つまり、自分がどのような場所にいてどんな状態であろうと決して本分を忘れてはならない、ということを意味している大変シビアな考え方だ。

 なんでもガープおじさんが昔追いかけ回していた海賊から教えてもらったらしく、去年まではなんのこっちゃと特に気に留めることもなかったが、しかし今では私の座右の銘として深く心に刻み込まれている。

 人とはどんなに高尚であれ、権威を持つものであれ、少しの堕落で簡単に落ちぶれてしまう。わかりやすく例えるならば、この世界において現人神と崇められる“天竜人”なんかがその最たる例だろう。世界政府を作ったとかどうとかの功績により、“世界貴族”なんて「無限大数」に心をときめかせる齢の子供が考えそうな大層な称号を得て、“赤い土の大陸(レッドライン)”・マリージョアにて面白おかしく暮らしているらしいが──その実態はというと、ブクブクと太り、腐り果てた、ただの能無しの集まりでしかない。らしい。

 

 かの者たちのオリジンがどうだったかなど私には知る由もないが、長きにわたる権力に胡座をかいた結果、内部はすでに取り返しのつかないレベルで腐っているのは誰の目から見ても明らかだ。

 そんな一般人が聞けないような政府の事情だったりをガープおじさんに教えられた結果、普段からちゃんとすること(・・・・・・・・)が、環境に胡坐をかかず己を律し続けることがいったいどれほど人を人たらしめるのか、ということを齢六歳にして知ってしまったのである。

 

 しかしちゃんとするというのは意外に難しいもので。そもそも人によって定義も異なるだろうし、なにより私のことを心配してくれている村の人たちの反対を押し切ってまでおんぼろ灯台での一人暮らしを敢行しているのだから、自分としてはちゃんとできているつもりでも、周りの人からは全くちゃんとできていない可能性だってある。と言うか、私は現在進行形で「ちゃんと」できてないと言えるだろう。

 かといって「あの人から見れば私はぜんぜんできていない」「あの人から見れば……」と考え続けるときりがない。では、どうするか?

 

「心に一本、折れない槍をかかげておくんだ。明確、かつ、揺らぐことのない槍を。それを指標に己の道を歩けばいい」

「……よく、わかんねェな。そんな、どこの……誰がっ!ふう。本当に言ったのかもわかんねェような言葉を。クリス、お前が本気で信じてんのか?」

「相変わらず小難しいことばっかり考えてんなあ」

 

 まあ、わかんないよね。

 

 フーシャ村から徒歩30分でつく、一瞬の判断が命取りになるような危険な動植物がわんさか生息し、仮にそういった危険生物に襲われなかったとしても、わざわざそんな危険地帯で活動している山賊(もの好き)なんかが道行く人を襲うコルボ山の山頂付近。

 ここにはダダン一家という海軍の英雄から悪行を見逃されている幸運な()()()()のアジトがあり、そして数少ない私と歳の近い友人が住んでいる場所でもある。

 

 その友人というのが、目の前で10メートルはあろうかという巨大なワニを解体している少年、ポートガス・D・エースだ。詳しい経緯までは教えてくれなかったが、エースは私と同じくガープおじさんに保護された子らしい。しかしどういうわけかフーシャ村ではなくコルボ山の山賊に預けられ、仮にも海軍の英雄の庇護下にありながら、ゴア王国のほうでは有名な悪童として非常にワイルドな生活をしている。

 初めてその生い立ちを知った日は、おもわず「拾った子をわざわざネグレクトしてる英雄を出してください」とボガード中将に連絡を入れてとんでもない騒ぎになったが、まあそこはどうでもいいだろう。

 

「君が聞いたから、こうやって真摯に答えてるんだけど」

「もっとまともな答えが返ってくると思ったんだよ、おれは」

 

 きれいに剥げたワニ皮をその辺に転がし、額の汗を血まみれの手で拭いながらエースがこちらを振り向く。

 少しくせのある黒髪と、今は返り血まみれのせいで隠れているチャーミングなそばかす──そして、人でも殺した後みたいに淀んだ瞳。失礼だとは思いながらも、どうしても快活な笑みを浮かべて遊びまわっているルフィを思い出してしまい、人とは育ってきた環境次第でこうも違ってくるのだとつい考えてしまう。

 もし私がガープおじさんに拾われることなく海賊の手にわたっていたら、私もこんな目をしていたのだろうか。もしルフィがフーシャ村ではなくダダン一家に預けられていたら……この齢で、こんなにも世の中のすべてを憎んだ瞳をしていたのだろうか。

 そしてエースが、コルボ山ではなくフーシャ村に預けられていたら──

 

「──うん、今も確信してるよ。やっぱり環境に負けないくらいの心……精神が、人をまともにするんじゃないかって」

「それをおれを見ながら確信すんじゃねェよ!おれは“まとも”じゃねェってのか!?」

「人だって平気で殺すようなチンピラから金をむしり取ったり、何十倍も体格が違う猛獣を鉄パイプ一本で狩ったりするのは、十分まともじゃないと思うけど」

 

 「おれはまともだ!!」と地面が陥没しかねない勢いで地団駄を踏みながら怒るエースに、「その身体能力がもうおかしい」という言葉を飲み込んで、努めて冷静に言葉を返す。

 さらに言えば「初対面でいきなり唾かけてきたやつがまともなはずがない」という言葉もグッと堪えて飲み込んでおく。この件は既に本人からも謝罪をしてもらっているので、ほじくり返すのは良くない。

 うん、やっぱまともじゃないわ。どれだけ治安が悪くても初対面で唾は相当揉めないとあり得ないし。思い出したら腹立ってきたな。

 

「おれからすれば、お前の方がよっぽどまともじゃねェよ。フーシャ村でのんびりやっときゃいいのに、わざわざこんな場所まで来やがるし。悪魔の実なんて食ってるし。あとダダンとかジジイと仲が良いのも変だ」

 

 そんな私の気遣いに気づいていないのか、怒り心頭といった様子のエース少年はさらに言葉を続ける。

 良いのかな?そんなことを言って。こっちには頭を砕かれた事とか、服に泥引っ掛けられた事とか、芋虫を投げられた事とか、まだ君を突きまくるネタがあるんだぞ。

 

「私のバックにガープおじさんがいることを忘れるなよ」

「真顔でバックとか言うな。恥ずかしくねェのか」

「じゃあ今度来てもらおっかな」

「……そりゃ、お前、あれだよ。やめろよ」

 

 はい、私の勝ち。ダラダラと冷や汗を流す敗者を横目に、無言で勝利のガッツポーズをとる。

 こんな調子で談笑している間に、エースはしっかりとワニの解体を終わらせていた。アレだけ巨大な肉塊をこの短時間でバラバラにできるとは、慣れって凄いと感心させられる。

 

 今回私がコルボ山に来た目的は二つある。

 一つはダダンさんに会いに。もう一つは、修行がてらエースの狩りを手伝いつつ肉を分けてもらいに来た、という理由だ。

 

 衣食住のどれか一つでも欠けていると、人という生き物は満足に生活ができなくなる。私の場合、衣と住は現状なんとかなっているが、食の方が微妙に足りていないのである。

 招いてもないのに遊びに来ては飯やら菓子やらを大量に食い漁っていくルフィが原因の一つなのだが、それ以外にも国に忘れ去られた結果、生活必需品を外からの輸入品に頼っている側面の大きいフーシャ村では肉類の調達が非常に困難だ。

 一応、村人分の食糧事情に影響が出ない程度には家畜や狩りなんかで供給できている。しかしよその島から来た漁師や、奪うものもないので飲んで食って馬鹿騒ぎをして帰っていく山賊や海賊といったお客様がやけに多い(ガープおじさんの生まれ故郷だと知らないのだろうか?)ので、供給以上に消費が激しいのだ。

 それでも各家庭で食べる分くらいはあるので、マキノさんの酒場に行けば「子どもだから」という理由で無償で提供されるが、それはなんだか申し訳ない。それにここでもやっぱりルフィがバカみたいな量を食べるわ、私とルフィがいるだけで村人が集まってお祭り騒ぎになるわ──とにかく、フーシャ村で肉類というのは割と貴重な食べ物なのである。

 

 当たり前のことだがそれ以外にも食べ物はあるので、実はそんなに食関係で困ってはいない。魚なら全く減らないくらい毎日獲れてるし、野菜も自分で育てている分で足りている。

 でも、ね?肉も食べたいじゃん。

 贅沢な悩みだけど、毎晩サバの味噌煮と、魚と肉が交互にくるの。どっちが良いかって話ですよ。

 

「要はガキ扱いされたくない、って話だろ?いいから肉運ぶの手伝えよ。アホくせェ」

「………」

 

 いつか絶対泣かしてやろう。

 心の中でエースをボッコボコのギッタギタにしながら、ギッと宝石にも負けないくらい硬い笑みを顔に貼り付け、ワニ肉をお手製の台車に積んだ。

 

 

 

 

 ポートガス・D・エースにとって“女の子”という生き物は全く未知数の存在であり、少なくとも今まで観測した範囲内での“女の子”の評価は「すぐに泣く弱っちい甘ったれのブス」という、昨今の風潮に真っ向から逆らうような偏見に満ちたものであった。

 一応彼の名誉のために補足すると、ゴア王国の人間は心の醜さがそのまま顔に現れたような人物が多く、加えてただでさえ交友関係の狭いエースが接する女性はダダンくらいのものなので、そう誤解するのは必然だったのだ。

 もし彼が何かの気の迷いでフーシャ村を訪れ、マキノを代表とした村に住む女性たちと接する機会があったのなら少しは評価も変わっていただろうが、残念なことに彼の中でのフーシャ村の認識は「天敵(ジジイ)の根城」。わざわざ危険を冒すわけもなく、少なくとも天敵の孫(ルフィ)がコルボ山を訪れたことで村とのつながりができるまでは、その凝り固まった偏見を抱き続けていたことだろう。

 

 ──しかし彼は、その偏見を本来の歴史よりも早い段階で粉々に打ち砕かれることになる。

 

 その少女は、エースがこれまで見た“女の子”の誰よりも可愛く、美しい異性だった。

 太陽の光を反射して煌めくルビーのような(・・・・)赤い髪。細くすらりと伸びた手足は白磁のように白くて、心の清らかさをそのまま貼り付けたような顔立ちは、高町に住んでる貴族のガキとは比べることがバカらしく感じてしまうほどに整っている。少し垂れているクリクリとした瞳も宝石のように輝いて、吸い寄せられるように見入ってしまった。

 「本当に同じ生き物か?」と呟いてしまうのも無理はなかった。近くまで来たその生き物の柔らかな香りに鼓動を早めてしまうのも、仕方のないことだった。その圧倒的な存在感に情報処理が追いつかず、後ろの方でギャイギャイと騒いでるガープとダダンの会話など全く頭に入ってこないほどに、全神経が目の前の少女に集中していた。

 いつもなら「ガープが連れてきた」「自分より年下」というだけで勝手に敵認定して睨みつけていたところなのだが、もはやそんな事も忘れてしまうほどに、灰色だった世界に突然広がった色彩だったのだ。

 

 そして初対面からそれ以降も、その鮮烈な赤は、エースの世界に焼き付くように存在感を放ち続けた。

 

「今日はワニを獲りにきたんだ。手伝ってよ」

 

 例えば今日もそうで、いつ頃からコルボ山に出入りするようになったかその正確な時期は覚えていないが、クリスは肉が食べたくなるか食料の備蓄がなくなるとエースの下を訪れる。

 特に断る理由もないので「いいぜ」と二つ返事で了承し鉄パイプを肩に担ぐと、「パイプだとやりづらくない?」と言いながら宝石でできた槍を手のひらから生み出し(・・・・・・・・・・)渡してきた。なんでも悪魔の実というクソまずい果実を食べたらしく、その結果、こうして体を宝石にしたり、宝石で何かを作ったりできるようになったらしい。

 

「便利だよな、それ」

 

 特に深いことも考えず口から飛び出た感想に、クリスは眉を少し下げ、困ったように「そうでもないよ」と苦笑する。

 

「世界経済を破壊できるくらいにはやばい力だからね。誰かにバレたら一生飼い殺しじゃないかな?ガープおじさんがうまいこと隠してくれてるけど」

 

 以前にも本人から聞いた話だが、聞くたびにとんでもないと思う。

 海賊に街ごと襲われ、両親が娘の命を救うために授けた悪魔の力。体から宝石を生み出すことのできる生きた宝(・・・・)。世界経済どころか、生み出せる宝石の種類によっては人類史に名前すら残せるだろう。

 

「……じゃあ、おれにも隠しとけよ。ダダンは山賊だし、おれだって金目当てでなんかするかもしれねェだろ。そういうの考えなかったのか?」

「あの人たちは優しいし、エースもそんなことしないでしょ」

 

 意地の悪いことを言った気がするが、クリスはこちらを一瞥もせずに「君がそういう奴ならそもそも仲良くもしてないしね」とだけ言い、ワニどものいる川へ向かう。

 ……おれとサボが海賊貯金と称して何をしてるかくらい知っているだろうに。この一つ下の少女は、鬼の子だと恐れられている自分に背中を見せるばかりか、なんの迷いも躊躇いもなく信頼を寄せてくる。

 “絶対の信頼”を得られていると自惚れているつもりはないが、それでもこの……体の芯がむず痒くなるような感覚は、悪くはないものだと口角が上がってしまう。

 

「……お前さ。ゴールド・ロジャーって知ってるか?」

「知ってる、海賊王でしょ」

「ああ。この大海賊時代を作った張本人で……まあ、なんだ。お前の……その、両親が死んだ原因……?っていうか。そんな感じの奴だよ」

「遠因?」

「そう、それ」

 

 だからこそ、この関係が崩れてしまうことが、エースはたまらなく怖かった。

 どんな凶暴な猛獣も、ゴミ山に住んでるヤク中も、コルボ山の山賊だって怖くない。でも、クリスやサボといった親友に嫌われることは……比肩するものがないほどに耐え難い苦痛だ。だがこの時代の被害者とも言えるクリスは、サボと違って自分を恨む理由がある。嫌っても仕方がない縁がある。

 なぜなら、エース(おれ)は、ロジャーの血族(鬼の子)だから。

 

「……もし、もしだぜ?そのロジャーにガキがいたらさ……お前、どう思う?」

 

 緊張で足が震える。舌の根っこの方が乾いて、息をするとむせてしまいそうだ。

 こんな形でしか聞き出せない──いや、こんな形で安心を得ようとしている自分に少しの罪悪感と嫌悪感を抱きながら、質問を続ける。

 クリスはそんなことを言わないと、誰よりわかっているのに。

 

「うーん、質問の意図がよくわからないけど……」

 

 少し悩んだ素振りを見せると、クリスは歩みを止め、こちらを振り向く。

 その顔は、あまりにもいつも通りで。

 その瞳は、なんの曇りもなく輝いていて。

 恨みだとか、怒りだとか、憎しみだとか。生まれてから今まで飽きるほど見てきた、全身にまとわりつくようなどろりとしたヘドロのような負の感情──そんなものとは全くの無縁のように。宝石なんかよりも澄んだ一点の迷いも曇りもない声で、彼女は当たり前のように答えた。

 

「──たぶん、友達になるかな。その子はきっと、ひとりぼっちの迷子だろうから」

 

 あまりにも眩く、力強い言葉だった。

 誰に聞いても、返ってくる言葉は同じだった。「殺したほうが世のためだ」「つるし上げて見せしめにしよう」「生まれてきたことが間違いだ」と。直接被害を受けたわけでもなければ、むしろ海賊側のくせして、銀メダリストにもなれなかった負け犬どもが口をそろえて隠すこともせずに殺意を口にする。

 なのにこいつときたら、友達になりたいと、その子(おれ)もひとりぼっちだろうからと、歯が溶けてしまいそうなほどに甘っちょろいことを本心から言ってしまえるのだ。

 

「お前、やっぱバカだよ」

「なんだァ?てめえはよぉ。答えてやったのによぉ」

 

 眉間にしわを寄せながら「ぶっとばすぞ」と小突いてくる。痛くもかゆくもないが、力が抜けて今までにない不思議な開放感が身を包む。今はただ、この軽口の応酬が心地いい。

 叶わない願いだということはわかっている。わかっているが、そう願わずにはいられない。この穏やかな時間がずっと続けばいいと、今日この場にはいないサボも含め、三人で笑いあう日々が終わらなければいいと。そしてあわよくば、三人で、かの海賊王をも超える偉業をなせればと──。

 いつか必ず訪れる離別の時まで、一秒でも長くこの幸せを嚙み締めよう。 

 木漏れ日を浴びて輝く少女の笑顔を網膜に焼き付けながら、エースはいつの間にか震えの止まっていた足を一歩踏み出し、彼女のいる光へと歩みを進めるのだった。

 

 

 

「それはそれとして、その海賊王のお子さんが犯罪者だったら、ガープおじさんに連絡入れて捕まえてもらうかな」

「それは勘弁してやってくれ」

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