オンボロ灯台で一人暮らしを始めてから早いもので、もう1年が経過した。
年齢は7歳から8歳に。身長も多少伸びて、体力も増えた。具体的にはコルボ山をダッシュで登り、そのまま休息なしでワニ狩りに行けるくらいだ。
以前は一旦休息を挟まないと行けなかったことを踏まえれば、これは大きな成長と言えるだろう。
あとは小さめのクマや虎くらいなら1人でも狩れるようになった。これまではエースの手を借りて狩っていたのだが、いつまでもおんぶに抱っこでは格好がつかないので、頑張った。
いずれは近海の主も叩きのめして
次に大きな成長を遂げたのは、私の能力だ。
意識して能力を使い始めた頃は、力んで体の一部を壊すとか、慣れても歪な形状の鳥を作るくらいしかできなかったのだが、なんとこの度、自分と同程度のサイズの動物を作り、動かすことに成功したのである。
特にワニの造形はピカイチで、よく解体しているからなのか、とても細かに作ることができるようになった。あまり可愛げのない理由だが、その辺りは目を瞑ることとする。この時代に必要なのは可愛さではない。
ちなみに素材は黒曜石、大きさは私が1人ともう半分くらい。陽光に照らされて鈍く黒光するボディが実にカッコいい。
石なので自我なんてものは存在しないが、動いている姿はとってもキュートだ。今では我がクリス家の立派な家族兼労働力として私の心を癒している。
対してワニや常用している道具以外は、まだ綺麗に作れないのが現状である。
なんて辛口の自己採点をしてみたが、ディティールこそ雑だが全体的に見れば精度は上がっており、このまま継続して物を作り続ければいずれは人なんかも作れるかもしれない。
黒光りする人間がせっせと家畜の世話をする未来を想像し、「宝石を操る能力者がいる」という噂が流れた時の想定もしたが……黒曜石で作れば、宝石だってこともバレづらいだろう。
探せばそこら辺にあるからね、黒曜石。厳密には宝石ではないらしいけれど、どういうわけか生成できるし有効活用していこう。
それにこんな辺鄙な場所にゴア王国の貴族とか名のある大海賊が来るわけがない。なので、その辺りはまだ考えなくてもいい。はずだ。
もろもろの枕詞「運が良ければ」という前提が付いてるが問題なし。未来のことは、未来の自分がなんとかしてくれ。
と、ここまでは非常に順調そうなのだが、問題が発生した。
先延ばしにしていたというか、頭からすっぽ抜けていた問題がいつの間にか更にすくすくと大きく成長していて、その結果、今日に至ったというわけなのだが。
「起きろー!起きろ、起きろって!クリス!起きろぉ〜〜!!」
バタバタと腹這いになって暴れながら、ゲシュタルト崩壊を起こしそうなほど同じ単語を叫び続けている暴れん坊少年ルフィくん。
彼のストレス値が見ればわかるくらい限界に達したのである。
思えばこの一年、ちょっとした遊びに付き合ってやりこそすれ、昔のように一日中そこらを駆け回るほど付き合ってやった覚えがない。
ただでさえ娯楽が少ないこの村で、唯一歳の近い私が急にあそんでくれなくなったのだ。不満に思うのは仕方ないし、ルフィの性格を考えれば一年もよく我慢できたほうだろう。
「ルフィ。ルフィ、聞いて」
「ッだあーーっ!!」
なので、素直に謝罪をする事にしたのだが聞く耳を持ってもらえない。
なんなの朝からその燃える闘魂は。
謝罪の言葉を受け取って欲しいから、可能であれば一瞬口を閉じて欲しいんだけど。
「それどころじゃねェんだ!じいちゃんが来るんだよ!」
「……なに?」
それはまずい。
寝起きでまだ微妙に霞んでいた脳内が一気に晴れていく。
ルフィのおじいちゃんであり、私の養父、モンキー・D・ガープ。彼は海軍本部に勤めている中将さんで、そのネームバリューは天竜人を遥かに上回り、ついた通り名は「英雄」という身も蓋もないくらいれっきとした偉人である。
異名の由来を聞いても「生涯で最もデカいミスじゃ」と苦い顔をして教えてくれないが、村長によると大昔に、現四皇も所属していた凶悪な海賊団から天竜人とその奴隷を救い出し、その上で海賊団を壊滅に追い込んだらしい。天竜人をゴミクズと言って憚らないガープおじさんからすれば、確かに思うところはあるだろう。
そんなガープおじさんは時たま私とルフィになんの連絡もよこさず、いきなり“偉大なる航路”にある海軍本部からフーシャ村まで帰ってくることがある。本人曰く「立派な海兵になれるか抜き打ちチェックじゃ」とのことで、私たち……主にルフィがしっかりと成長し、怠けることなく自己鍛錬に励んでいるかを見に来ているのだとか。
正直いろいろと面倒なことになるのでとっても迷惑なのだが、面倒を見てもらっている手前文句も言えない。言いたいことも言えないこんな世の中は猛毒だ。
「……でも少なくともルフィが帰省を知ってるってことは、今回は抜き打ちじゃない、のかな……?」
「ちがうヌキウチだ!沖に船が見えたんだよ!だから急いでクリスんとこに来たんだ」
淡い期待はものの数秒で打ち砕かれた。
「それは(ルフィが)やばいね。見たの、いつごろかわかる?」
「さっき猿と特訓してたときに見た。めっちゃやばいから、早くマキノのところに逃げよう」
「マキノの酒場にか?いい案じゃが、それなら早く動かねばな。即決、即実行。それが作戦成功の秘訣じゃ」
「確かに……沖に船ってことは、ガープおじさんならひとっ飛びでこっちまで来かねないし。行くなら早く行かないと」
「腹もへったしな!果物だけじゃやっぱ足りねェや」
そこはどうでも……いや、ルフィはお腹が空いていると露骨に力が出ないし、本格的な追いかけっこが始まるまでに何か食べさせておいたほうがいいか。ガープおじさんに捕まったら問答無用でジャングルに叩き込まれるだろうし。こういうのを何というのだったか。末期の水?だっけ。
いやいやいや、今は余計な思考に時間を割いている場合ではない。ガープおじさんの言うとおり、作戦を立てたのであれば即、動かなければ。
コルボ山での狩りも一瞬の判断で状況が二転三転する。いつも狩る側にまわっているが、今回は狩られる側──ん?
なんか、会話が一人分多かったような……。
「………」
「どうした?クリス。腹いてェのか?」
「なにぃ?どーせまた腹でも出して寝たんじゃろ。ワシが送った腹巻は使っとるのか?」
いつ、どうやって入ってきたのか。というかここまで接近されてなぜ気がつかなかったのか。疑問は尽きないが、わかっていることが一つだけある。
どうやらもう、全てが手遅れのようだ。
「──さぁて。マキノの酒場に行く前に、いっちょ朝の運動と行くかのう?ルフィや」
「クリス、なんでか知らねえけど、じいちゃんの声が聞こえる」
「横にいるからね」
満面の笑みを浮かべてぼきぼきと骨を鳴らす巨漢と、突如として真横に出現した爆発的な存在感に震えるルフィ。そして、ふたりを自分でもわかるくらい死んだ目で眺める私。
齢8歳で何を言っているんだと思われるかもしれないが、これだけは断言できる。
いろんな意味で人生最悪の寝覚めだ。
△
「ほお。どうやら……励んでおるようじゃな、クリス」
クリスの住む灯台が建つ崖下の海岸にて。後ろでぐったりと倒れふす実の孫を横目に、二年ほど前に運んできた廃船の船首に刻まれた拳の跡を見てモンキー・D・ガープは感嘆と驚愕の声を漏らす。
軍艦の装甲をひたすら己の拳で殴り、その形を変形させる──通称“軍艦バッグ”。若かりし頃のガープが発案し、今なお日課として続けている修行法の一つだ。
覇気や能力に頼らないことで極限まで地力を鍛え上げることを目的とした常軌を逸した鍛錬方法だが、現にガープ、大将“青キジ”などはこの方法で恐ろしいまでの力を得ている。もちろん“軍艦バッグ”だけの功績ではないが、欠かすことができない要素の一つだということも確かだった。
「まだ、ガープおじさんほどじゃないけど、がんばってるよ」
「なにを言う、年齢を考えればよくやっとるほうじゃ。今年で……八歳じゃったか。その年齢ですでに軍艦の装甲に拳の跡がついておるなら、むしろ驚異的じゃと言ってもいい」
そう、驚異的だ。並の成長速度でないことは誰の目で見ても明らかだった。
当然だが廃船とはいえ本部の大型軍艦を“東の海”に持っていく許可など出るはずもない。それ故にここにあるものは近くの海軍支部から貰ってきた小型の艦にはなるのだが……それでも軍艦は軍艦。まだ八歳の少女が“英雄”や“海軍大将”と同じ修行を積んだとて、彼らと同じ成果を得られるはずもない。あくまでも現状は心構えをつけさせる程度の効果しかないと、そう思っていた。
にもかかわらず、わずか二年にしてクリスの拳はできあがりつつあった。さすがにガープの拳のような破壊力は出ないだろうが、芯をとらえることができたのなら今の段階でも大の男を悶絶させることができるだろう。
天稟と言わざるを得ない。“英雄”のお墨付きをやりたいくらいだと言いかけ、ガープはぐっと言葉を飲み込んだ。
「………」
悪魔の実の能力とその出自。ひいき目抜きにしても整った容姿をしていることもあって、もしクリスの存在が少しでも明るみに出れば、“東の海”の辺鄙な村であっても混乱は避けられないだろう。
なにせこの村は、半ば忘れ去られているとはいえゴア王国の領地なのだ。内地に住む
それに、どれだけ慎ましく暮らそうと特異な者は同類を呼び寄せるものだ。仮に宝石の力を隠しながら生きていても、これほどの武の才は隠し通せるものではないだろう。特に世界政府には“世界徴兵”という一般市民には伝えられていない制度もある。何かの拍子に発動されてしまえば、おそらくクリスは逃れられない。
この小さな命が何をしたというのだろう。
生れ落ちたあの北の街で両親の愛情を一身に受けながら健やかに育ち、いずれは好きな人に出会い、結ばれ、新たな命を育んだだろう。
安寧と幸福の中で生き、時につまずき時に絶望しながらも、きっと最後は「悔いのない人生だった」と──そうやって安らかに世を去ることだってできたはずだ。
「わっ」
ぐしゃぐしゃとクリスの頭を撫でる。
柔らかな髪だ。指に絡むことなくするりと抜けていく。今度帰ってきたら、なにか女の子用のシャンプーや化粧品なんかを買ってもいいかもしれない。同僚で古い付き合いのおつるに聞いて色々と見繕ってもらおう。
エースともルフィとも違う前途多難な道を歩む若人に、せめて笑顔を浮かべられるほどの安らぎがあらんように。
酸いも甘いも嚙み分けてきた老兵ができることなど、この程度のものだと自嘲しながら。
「髪ぐしゃぐしゃになっちゃうよ」
「んん?まあいーじゃろ、わしの子なんじゃし。ぶわっはっはっは!!」
「よくない」
しばらくは大人しくなでられていたクリスが「もういい」とぐずり始めたので、撫でる手を止める。
そのまま後ろで寝息をかき始めたルフィと一緒にひょいと抱えると、灯台ではなく酒場に向かって足を進める。太陽はすっかり頭上に来ている。二人とも腹がすいたころだろう、と。
単にガープが何か食べたくなっただけかもしれないが、二人のおなかが鳴ったのも事実だ。
──二人とも鍛錬は欠かしておらんようじゃし、奮発して宴でもやるか。
確かクリスはアップルパイが好きだったはずだと、その表情は未来の海兵を鍛える歴戦の老兵の表情ではなく、温和で人懐っこい笑顔を浮かべた親の顔になっていた。
「おっと、そうじゃそうじゃ。言い忘れるところじゃったわい。今“東の海”に赤髪海賊団という連中が来とる。こーんな長閑な村に停泊はせんじゃろうが……まあ、来たら気をつけろ。船長の男は10億近い賞金首じゃからな」
「関わってもいいことはないぞ!!」と……さらっと“新世界”に君臨する“四皇”幹部クラスの大物海賊が近くにいる、なんて爆弾を投下したが。
既知の間柄というほどでもないが顔は知ってる、という関係性ゆえの爆弾発言だろう。事実、赤髪海賊団はこれまで民間人を巻き込むような大事件を起こしたことはない。そして今は亡き宿敵の船に乗っていたからこその信頼でもあった。
しかし、クリスは一瞬何を言っているのか理解ができなかったのだろう。生返事のあと、ん?と首を傾げた。
「ええ……?来てるなら、おじさん、倒しに行ってよ。伝説の海兵なんでしょ?」
「バカ言え!わしァ今、休暇中じゃ。それに……いや、ピースメインではもうないか。……なんにせよ温和な連中ではある。仲間の誰かを殺しでもせん限りは襲ってくることもない」
言ってることがめちゃくちゃだが、ガープの基準的にはセーフなのだろう。
全くの余談だが、本部で同じことを言えばいろんな人から雷を落とされる。なんなら部下や自分より若い中将からも平気でげんこつを食らっているのだが、いつもぶわっはっは!と笑い飛ばしており、反省する気はあまりない。
「職務怠慢だ。センゴクさんの直通番号、私知ってるんだからね。チクってやる」
「なにィ!?いつ知った!というか、誰に教えてもらった!?」
「前にマリンフォードに連れてってもらったときに、本人から。飴とおかきもくれたよ。おいしかった」
「あいつめェ~……!わしにはおかきを食うなとうるさいくせに、やはり隠しもっとったか……!」
わいわい、がやがや。笑ったり、怒ったり、あきれたり。
今はただの父と子として、師と弟子として。暗い未来ではなく平和な今日を享受し、語り合う。少なくとも今日はいい日だと言い聞かせるように大きな声で笑うのだ。
こんな毎日が続きますようにと、らしくもない願いだと自覚しながらもガープは祈るしかなかった。このままフーシャ村だけは変わらぬ日々を送れるように──と。
「──クリス!海賊が来た!!」
「……まじかぁ」
赤髪海賊団がフーシャ村を訪れたのは、ちょうど一年後のことだった。