輝石の少女   作:まんま見いや

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お久しぶりです


6話「新たな出会いと大いなる誤解」

 数日前、自分たちが生きていけるだけの蓄えしかない“東の海(イーストブルー)”の辺鄙な村に、何を考えてるのかさっぱりわからないが“新世界”からやってきた大物海賊団が入港してきた。

 考えれば考えるほど意味も理由もわからないが、ただ単に休憩に来た、というわけではないだろう。なにせ海軍でも迂闊に手を出せない海域を行ったり来たりしているどころか、政府の船を襲うような海賊の中の海賊だ。目的でもない限りわざわざ金の匂いのない海域に足を運ぶわけがない。

 それに、停泊するならゴア王国か、あるいは“不確かな物の終着駅(グレイターミナル)”にある海賊港に行くはずだ。この二つの方が港も広いし、金さえあれば下町までは歩ける。補給もそこで済むだろう……というか、向こうのほうが品揃えはいい。

 

 つまり考えられる理由としては、私か、ガープさん関係ということになる。

 

 まず、随分前にガープさんが大物が“東の海”に来てると言っていた。なに海賊団かは覚えてないけど、10億くらいあるとか言ってたような気がする。

 なるほど、あの時は「休暇中」とかいう理由で動こうとしなかったが、そのレベルならあの自由に脊髄が生えて歩いているような海軍中将も、さすがに対応に動いたことがあるかもしれない。

 少なくとも言い草から顔見知りではあるようなので、過去に交戦経験があってもおかしくはないだろう。

 

 つまり、可能性の一つとして挙げられるのはガープおじさんへの私怨だ。

 これは全くの勘ではあるが、過去に手痛い目にあった恨みとかで、ガープおじさんの故郷であるフーシャ村を燃やしに来ているのではないだろうか。

 あの人、化け物みたいな強さのくせに動き方がめちゃくちゃ自由だから、ダダンさん曰く「海賊からすりゃあ突然遭遇する敵意を持った自然災害」みたいなのらしい。

 順風満帆に海賊ライフを送っていたら突然現れた英雄に、「暇だ」とか「目についた」からだとか、そんな納得のいかない理由で襲われたら恨むのも当然だろう。

 まあそもそも狙われるような犯罪をするなという話だが、海賊に道理を説いても無駄なので仕方がないので置いておく。

 

 次に、目的が私の可能性だ。

 こんな体なのでそりゃあ狙う奴は多い。というか、狙う奴しかいない。

 ただ、私が能力者という情報はどこにも漏れていないはずだ。海軍本部から直々に箝口令も敷かれているし、そもそもフーシャ村の人たちは全員がびっくりするくらい善人故に、外部にチクるなんてことはありえない。

 ……と、思いたいが。いくらみんなの口が硬いとはいえ、人の口に戸は立てられないものだ。

 酔った拍子にぺろっと喋ってしまったとか、あるいは時たまやってくる外部の人間に盗み聞きでもされたのか──それとも、フーシャ村に政府の人間でも紛れているのか。なんにせよ漏れる可能性が100%ないわけではない。

 海軍の偉い人たち曰く、政府の汚い仕事を請け負う連中はどこにでも潜り込んでいるらしい。用心するに越したことはないので、あの海賊どもがいる間は村には近寄らないでおこう。

 混乱に乗じて拉致されたらたまったものではない。

 

 それにしても、村から離れた我が家からでもわかるくらい、見上げるほど大きな船だ。

 昔乗ったことがある軍艦と同じくらいか、それよりも大きいのではないだろうか。

 あの赤い竜の船頭の前では、横に浮かぶ村一番の漁船もひどく頼りないものに見えてしまう。

 

 “新世界”の大物海賊団は、やはり乗っている船からして違うようだ。あれならどんな波も越えていけるだろう。

 しかし、あの船も二代目かもしれないと思うと、なんだかやるせない気持ちになる。

 乗組員に罪はあっても船に罪はない。仮にガープおじさんが本当に先代の船を沈めていたのだとしたら、もうちょっと手心を加えられなかったのかと詰めたい気持ちになる。

 大切なものを壊されたら誰だって怒るのは仕方がない。その権利がないようなクズであっても、感情ばかりは皆平等に持ち合わせている。

 まあ殺るか殺られるかの世界だから、手心なんて加えている猶予はないのだろう。仕方がないというやつだ。

 

 そういえば、“偉大なる航路(グランドライン)”のとある島で、海賊王の船を作った男が処刑されたという話をガープおじさんに聞いた。

 海列車なるものを造り、沈みゆく島に希望を与えた傑物らしいが、海賊王の船を作ったという後付けにも程がある罪とその他いろんな罪で実質的な極刑になったらしい。

 

 うーん、なんだかよくわからない話だ。

 「海賊王として活動している男に船を作った」のなら話はわからなくもないが、聞けばその時点では「海賊王ではない連中」でしかなかったという。

 銃を撃って人を殺した男は間違いなく悪だが、では銃を造った者も同じく悪なのだろうか。

 人を殺した罪と、人を殺せる武器を作ったことは、イコールではないはずだ。故に「それは全くの別件だ」と人を殺めた男を裁くのが司法だと思っていたのだが、どうやら私の知る司法と、この海での司法は少々違うものらしい。

 

「プルプルプルプル」

 

 ベッドの上でぼーっと思考に耽っていると、ナイトスタンドの上の電電虫が鳴き始めた。

 顔つきを見るに村長だろう。

 数日前に海賊たちとの話がまとまったら連絡を入れると言っていた。

 髪を後ろで纏めながら上体を起こし、必死に鳴き続ける電電虫の背から受話器を取る。

 

『ワシじゃ。なにもなかったか?』

「はい、なにも。そちらはどうでしたか?」

『それならよかった。……連中じゃが、今のところ害はないと判断した。奴らが政府の船を襲ったというのが信じられんほどにな」

 

 ふーむ?

 10億なんて額がついているくらいだし相当危険な連中だと思っていたが……村長の困惑した声の感じから察するに、思っていたよりも気のいい連中だったようだ。

 電電虫と遠眼鏡を持って二階へ上がり、窓から体を突き出して村の方を覗いてみる。

 なるほど、確かにいい奴らっぽいな。村人たちも既に気を許してる。

 

「あんな人達が、本当に政府の船を襲ったんですか?」

『政府と記事を信じるならな。じゃが、懸賞金の額からしても相応の悪事は行なっとる。そうでなくとも海賊じゃ。油断はできん』

「船長はどんな人でした?」

『赤髪の男じゃ』

 

 あー、あれか。船の上から村を眺めてる。

 麦わら帽子のせいだろうか?あまり覇気は感じられず、なんというか、そこらへんの農家の兄ちゃんのように見える。

 マントをとってサーベルも隠せば、漁師見習いと言って追手から身を隠せそうだ。

 

 ……あ、ルフィが船を見てる。

 不安だ。海賊だからって突っかかったりはしないと思うので心配はしていないが──なにか問題が起こるとすれば、あの子の夢が冒険家ということだろう。

 

 海賊はただの蛮族で犯罪者だが、見方を変えれば冒険家と言えなくもない。

 実際「ワンピースを探したいです!」と言っても政府は出航を許さないので、わざわざ海賊になって海に出る者も多いくらいだ。

 

 政府にみかじめ料を払い、国にも金を払って得られるのは名声と名誉だけ。

 それも何かを見つけられればの話で、もし見つけられたとしても、それが空白の100年に関する遺物だったり政府に都合の悪い歴史だったりすれば消されてしまう。

 だったら初めからアウトローになったほうがいい、という判断を責めることは難しいだろう。

 

 あの子は今、自由を求めている。この狭い村を飛び越えて、広い海原に夢を見ている。

 果ての見えない青い世界のどこかに、心の隙間を埋める何かがあると信じているのだ。

 ガープおじさんはルフィを海軍へ入れたいようだが、ソレは無理だ。そもそもの気質が向いていない。

 仮に海軍へ入隊したとて父親と同じように辞めてしまうに決まっているし、ルフィが求めているものは海軍には存在しない。

 

 だからきっと、あの子は“新世界”からやってきた海賊たちにすぐ懐いてしまうだろう。

 何者にも縛られず赴くままに生きる海の男に惹かれるはずだ。そこにある何かを求め、貪欲に彼らに食いついてしまうだろう。

 その間にうっかり言ってしまう可能性が高い。

 村の外れの灯台にいる、魔法を使える不思議な子供の話を。

 

『……ルフィなんじゃが、数日前から奴らのとこによく通っておる。船に乗せてほしいとな。一応クリスの話はするなと言っておるが──あの子のことじゃ、ポロッと溢してしまうかもしれん。念の為、毎日髪は染めておけ』

「100%言っちゃうと思うので、もう染めてます。魔法のことは言わないと思いますけど……どうしましょう?言っちゃったら」

『その時は「ガープが悪魔の実を食わせた」と言っておくわい。能力は黒曜石だけにしておけ。名前はオブオブの実か、ガラガラの実でいいじゃろう』

「そうします」

『うむ。必要なものがあればマキノかワシに連絡をくれ。ではな』

 

 さて、困った。

 いくら人の良さそうな兄ちゃんの集団っぽくても、あいつらは所詮海賊だ。海を荒らし、人民を恐怖に陥れるアウトローでしかない。

 となれば、どうにかしてルフィを黙らせないとまずい事になる。私の力はもちろんのこと、そもそも悪魔の実の能力者というだけでも十二分に価値があるからだ。

 天竜人を筆頭に、好事家、単純に力を求めるもの、あるいはマッドな研究者。たとえこの宝石を生み出す能力を隠し通せても、悪魔の実の能力者というだけでそこそこ纏まった金にはなるのだ。

 相場を知らないのでその辺りは適当だが。

 

 黒曜石のワニ──名前がないのも不便なのでクー太郎と名付けた──に荷物を詰めたバッグを背負わせ、せっせと夜逃げの準備をしながら考える。

 絶対というか、私がどのような手段に出たところで確実にルフィは口を滑らせる。

 これは予想ではなく、確信に近い予感だ。

 なぜなら彼は嘘が壊滅的に下手だからだ。

 右を左と言うだけでも目が泳ぎ、あるものを無いと言うだけでも汗だくになる。

 そうとくれば、面倒だが拠点を移さなくてはならない。

 

「……とりあえず夕方には家を出て、ダダンさんのとこにお邪魔しよう」

 

 決めました。

 クリス、8歳。家出します。

 

 もうすぐ9歳の誕生日。我が家で1人パーティに洒落込もうと思っていたのに、どうしてこんな事になってしまったのだろう。

 ガープおじさんが前の休暇のときにあいつらぶっ飛ばしてくれてれば、今頃ケーキ作りの練習に励めていたと言うのに。

 許せねえよ職務怠慢。絶対センゴクさんに言いつける。

 

 なんて考えてる場合じゃなかった。

 荷造りは終わったし、冷蔵庫の中身の整理とダダン一家へのお土産作り、あと家庭菜園への水やりと肥料撒いて、掃除もして……。

 ああ、なんて忙しいんだ。

 クー太郎は基本的に荷物運びと防犯くらいにしか使えないから、結局身一つで頑張らなければならないというのが心にクる。

 陽は既にだいぶ傾いている。夜になるまでにはコルボ山に……。

 

「おーい!クリス!おもしれー奴連れてきた!!一緒に遊ぼう!!」

「こんにちはー!私、ウタって言いまーす!よかったらお話ししませんかー!!」

 

 ──どうやら、既に遅かったようだ。

 

 恐る恐る、覗き窓から玄関先を見る。

 そこにはいつも通り、満面の笑みを浮かべているルフィ少年と……赤と白のツートンカラーの髪が特徴的な見知らぬ少女がいた。

 

 誰?

 そんな質問は無意味だろう。

 考えなくてもわかる。

 

「私!何日か前にこの村に来たの!!今日はルフィと勝負してたんだけど、ここにあなたがいるって聞いて!!だからー!よければお話ししませんかー!!おーーい!!」

「クーリースー!腹減ったー!!アップルパイくれよ〜!!」

「え、なにそれ。私も食べたい。いいかな?」

「うンめぇ〜ぞぉ、クリスのアップルパイ。いっつもたくさん作ってるから一個くらい大丈夫だ!」

「一個って一切れってこと?」

「ううん、一個」

 

 うーん、うるさいの二乗って感じだ。話も勝手に進められてる。

 というか普通に喋ってるじゃないのルフィ君。言っちゃダメって村長に言われたんじゃないの?

 ……聞いてるわけないし、聞いてても覚えてるわけないか。ルフィだし。

 

 どーしよ。これで居留守決め込んだらルフィが不法侵入してくるだろうし、仮に丁寧にお断りしたら保護者の方々(海賊団)が来てしまうかもしれない。

 なんだ、悩むことなんて何もないじゃないか。

 ここはひとつ、丁寧にもてなしつつ「つまんねー奴」と思わせることで、穏便に帰ってもらいつつ、記憶に残らないように仕向けるのだ。

 

 ──クックック、食らわせてやるぜ。我が秘蔵のお手製レモンティーをな……!

 

 

 

 

 “新世界”でも有数の海賊である赤髪海賊団の一員であり、船長である“赤髪”のシャンクスの娘であるウタは珍しく緊張していた。

 

 ホンゴウの予防注射とお叱りの言葉。

 嵐の夜、1人で進むトイレまでのいつもより長い道のり。

 敵対する海賊団との交戦中、益荒男達の怒号を聞きながら1人秘密基地で歌っている時間。

 緊張で唾も飲み込めないような経験は山ほどしてきたが、今日ほど期待と不安の入り混じる緊張感を持ったことは一度もなかった。

 

 ──きっとこの先、こんなに緊張する事は二度とないだろうな。

 

 ゆらゆら揺れるランプの灯を眺めながら、そんなことをぼんやりと考える。

 

「粗茶ですが」

「あっ!あ、ありがとうございます」

 

 ふと、隣から声をかけられた。

 慣れた手つきで「腹が減った」と騒ぐルフィを黙らせために、乱雑にお茶請けを口に突っ込む黒髪(・・)の彼女──ルフィはクリスと呼んでいた──は、この灯台の主人だ。

 用意された甘くて美味しいレモンティーに舌鼓を打ちながら、チラチラと彼女を見る。

 自分と同い年くらいだろうか。

 身長はクリスの方が上だ。だからなのか、雰囲気が大人びていて年上のように見える。

 

 ──お友達になりたい。すっごく。

 

 ウタは、一目でクリスを気に入ってしまった。

 

 整った顔立ちに白磁のような白い肌。大きな瞳には蝋燭の火が揺らめいていて、ずっと眺めていられそうだ。なにより彼女の黒髪はとても美しい。鎖骨あたりまで伸ばした少し癖のある髪は、まるでガラス細工のように煌めいている。

 もし昔からの付き合いがある友人なら、絶対にいろんな髪型にセットしてあげるのにと思った。そしてお互いに花冠を作って交換し合うのだ、とも。

 

 今まで赤髪海賊団はいろんな港に立ち寄り、その過程でウタは様々な人と出会い、知り合ってきた。短い付き合いだったが確かに友情を結んだ事もあったし、再会を約束しあった友人も少なからずいる。

 しかし、言ってしまえばその程度だ。通常の8歳から9歳の女の子にしては圧倒的に対人経験に乏しく、長い付き合いになる友人がいない事は確かだ。再会を約束し合うのはいいが、心のどこかでは「多分会う事はないんだろうな」と双方共に感じていた事だった。

 だから今回のように、特定の個人に対して明確に「友人になりたい」「お近づきになりたい」と思ったのは初めてのことだった。

 

 ウタは確かに緊張しているが、それ以上にメラメラと燃えていた。

 

「わ、私、ウタ!……っていいます!赤髪海賊団の音楽家で、船長の“赤髪”のシャンクスの娘!……です!」

「クリスです。シーガルズル・H・クリス。この村で一人暮らしをしています。同い年の女の子なんて初めてだから、少し緊張してます。無作法があったらごめんなさい」

「オレはルフィ!好きな食い物は肉だ!!緊張してねえ!!」

 

 最後の1人に聞いてないと無言の圧をかけながら、次の言葉を考える。

 まだウタとクリスは知り合いですらない。関係値としては顔見知り以下だ。友人としてガールズトークに花を咲かせる道のりは果てしなく険しく、そして長い。夜の海でもここまで見通しは悪くないだろう。

 一刻も早く、しかし確実に仲良くなりたい。

 なぜかというと、シャンクス達は気まぐれだからだ。最長で1〜2年ほど停泊することもあれば、気に入らないと3日足らずで船を出すこともある。これも海軍や敵船の有無でも変わってくるため、絶対にこれくらいの期間この島にいる、という確証を得づらいのである。

 しかしウタは、長年の経験と乙女の直感により、おそらく赤髪海賊団はこの島に滞在する期間が長いと踏んでいた。理由は単純で、船長のシャンクスはこういう平和で、長閑で、かつ人に活気のある村や町が好きだからだ。

 

 長くて1年。

 短くても半年。

 

 多少の希望的観測も交えつつ、ウタが導き出したタイムリミットは半年以上という結論に落ち着いた。

 

「あの、クリスはここに1人で住んでるの?」

「うん。仲が悪いわけじゃないんだけど、村にあまりいたくなくて。1人が好きなんだ」

「そっか……」

 

 ………。

 

「す、素敵なお家ね。ルフィが教えてくれたんだけど、1人でリフォームしたって本当?」

「そうだよ。借りたのはよかったけど、あんまりオンボロだったから改装したんだ」

「すごい!誰かに教えてもらったの?」

「誰でもできるよ。きっとウタにもね」

「そ、っかぁ」

 

 ………。

 

「外にあったワニの彫刻はどこで買ったの?」

「ああ……あれは私が作ったんだよ。一人暮らしは気が楽だけど、やっぱりその分暇でね。でもまあ、あれくらいなら慣れれば誰でも作れるよ」

「す、すごい」

 

 ………。

 

「……もう日が暮れたけど、船に戻らなくてもいいの?」

「まだ、大丈夫。だと思う」

「そう」

 

 ………。

 

 ……実に微妙な空気だと、隣で聞いているルフィは思った。

 ウタがなにを質問してもクリスはのらりくらり、当たり障りのない返答で話題が伸びない。あるいは、彼女自身が意図的にそうしている。

 暇なので「外で遊ぼう」とか「マキノのとこで飯食おう」と騒ぎ立ててみるが、それすらも暖簾に腕押しで、クリスにもウタにも全く響いていないようだった。

 

 ──もしかして、クリスはウタが……海賊が嫌いなのか?

 

 ルフィは漠然とそう感じた。

 そういえば村長が、クリスのことは海賊には絶対に内緒だと言っていたような気がする。

 今まで気にしたことはなかったが、もしかしたらクリスは海賊が嫌いなのかもしれない。だって喋り方が酒場で大人たちにからかわれて怒ってるときと同じだ。

 困った。

 ルフィは、ウタとクリスは仲良くなりそうだと思ったから連れて来たのに、こんなのはあまりに悲しすぎるし、不本意だ。

 なんとかしたいなーとは思っているが、幼い頭では上手い解決方法を導き出せない。

 この気まずい状況を作ってしまった原因として必死に解決策を模索することしか、今のルフィにできることはなかった。

 

 とはいえ、実のところルフィにそこまでの非はない。

 確かにこの場に海賊関係者を招いてしまったことはよくなかったが、クリスのそっけない態度はなるべく穏便に帰ってもらうための苦肉の策であり、海賊だからだとか犯罪者だからだとか、そういう悪感情は一欠片も持ち合わせていない。ただただ帰ってほしい、その一心である。

 もしウタがただの商船の船長の娘なら、同い年の女の子として色々話してみたかった。

 外ではどのようなものが流行しているの?とか、そんな当たり障りのない話題を、お茶菓子でも食べながらしてみたかった。

 だが、それは許されない。

 もしウタが悪意のない情報収集係であったのなら、ここでの会話すらフーシャ村に不利益を及ぼしてしまうかもしれない。自分だけが不幸になるなら問題はないが、あんなにいい人たちが自分のせいで不幸になるのだけは耐えられなかった。

 故に、クリスはウタに冷たく当たる。

 

 一方、ウタはというと──。

 

(素敵……)

 

 ときめいていた。

 

 クリスのそっけない態度は、クールな大人びたイメージに。

 クリスのつれない態度は、驕らず謙遜する出来た女の姿に。

 クリスが出せる全力の「帰れ」オーラは、自分のことを心配してくれる優しい少女の気遣いに。

 憧れは理解から最も遠い感情とはよく言ったもので、既にウタはクリスのあらゆる行動を好意的に受け取ってしまうフェーズに突入していた。ルフィにもクリスにも、この状態は予想外だった。

 

 今までいろんな港に寄ってきて、そこで多少なりとも人と知り合い、時に友情を育んだこともあった。だが、今まで出会ったことのある自分と同年代の子で、こんなに知性の光を感じさせる子はいただろうか?

 否だ。いなかった。そして絶対にこんなに可愛い子もいなかった。赤髪海賊団で一番可愛い(ウタ)にクリスの可愛さは匹敵すると評価せざるをえない。

 ウタにとってクリスは──9歳というそこそこ周囲のことも考えられるようになった年齢だからこそ、クリスという大人びた隔世的な空気を纏った少女が、これ以上ないほどに魅力的に映ってしまっていた。

 

 もっとお話をしていたい。

 まだまだ子供なルフィが船に乗るのは反対だが、クリスなら大歓迎だ。

 もし彼女が船に乗りたいと言って、シャンクスがそれに反対したら、私からも説得して絶対に船に乗ってもらおう。

 勝手に初対面の人間の未来設計をしてしまうほど、初めて出会うタイプの少女にウタはワクワクが止まらなかった。

 

「……いや、やっぱりもう帰った方がいい。ご家族が心配しちゃうだろうし、ルフィも眠そうだ。村まで送るよ。カップはそのままで大丈夫」

「え、でも……」

「ううん。今日はもうお開きだよ、ウタちゃん。また機会があればお茶会をしよう。ちょっと忙しいから、もしかしたらしばらく顔を出せないかも知れないけど。縁があればまた会えるよ」

 

 悩みすぎて眠りかけているルフィをおぶりながら、クリスはランタンを一つ手に持って玄関を開ける。

 ルフィは微睡の中で2人が仲良くなれる未来はないかと思考を巡らせ、ウタは「もうちょっと話していたかったな」「帰ったらベックマンに相談しようかな」と考え、クリスはこの危機を乗り切った達成感に爽やかな笑みを浮かべていた。

 三者三様に致命的なすれ違いをしていることに気づかないまま、すっかり暗くなった夜道を歩く。

 今日のこの出来事が、特にクリスとウタの今後の運命に大きく転換をもたらしたなどと気づけるはずもなく。ぽつぽつと短い世間話をしながらフーシャ村の手前まで歩き、そこで三人は解散した。

 

 

 △

 

 

「ねえ、ベックマンさん。私ね?お近づきになりたい子がいるんだけど、どうしたら仲良くなれるかな?」

「……なんだって?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、今まで酒盛りでどんちゃん騒ぎをしていた野郎どもは一斉に口から酒を吹き出し、ある者はバタバタとウタに詰め寄り、またある者は大笑いし始めた。

 中でも特に父親であるシャンクスの焦り方は尋常ではなく、ダラダラと滝のように汗をかき、ウタの肩を掴んでこれでもかと顔を近づけながら必死に話を聞き出し始めた。

 

「ちょ、待て待て!ウタ!なんで俺じゃなくてベックに──じゃなくて!今なんて言った?その、お近づきになりたいとかなんとか……」

「だっはっは!天下の“赤髪”が娘の一言に大慌てとはな!」

「いーや、俺も気持ちはわかるぜ。もし倅がそんな事言い出した日にゃ、そりゃあこの船に誘われたとき以来の衝撃がだな……」

「よく言うぜこいつ」

「ほっとけよお頭!そんくらいの歳の子は、覚えたての言葉を使ってみたくなんのさ。要は友達になりたいってことだよ」

「だーっ!うるせえうるせえ!!パパがウタに聞いてんだ、お前らは一旦引っ込んでろ!!」

「なにぃ!?こっちが毎日体調管理メニュー作ってるってのに、それの八割を破ってただろあんた!!こんな時だけパパ特権を活用すんな!!」

「そうだそうだ!ふざけんじゃねーぞお頭この野郎!!結局最後までオシメも満足に変えられなかったくせによ!!」

「言われてんぞヤソップ」

「恥を知れ恥を」

「ウキキ」

「俺の話じゃねェだろ!?」

「うるせェーー!!ウタが最初に俺のことを見てパパって言ったの覚えてねェのか!!」

 

 相談者を置いてけぼりにヒートアップし、勝手に盛り上がっては場外乱闘を開始するダメダメファミリーを視界の外にやり、ベックマンとウタは改めて向き合う。

 とは言え、ベックマンもそこそこ動揺はしていた。

 いつもおませなウタは赤髪海賊団の元ですくすくと育った結果、自己肯定感が天井知らずに高い。大真面目に世界でいちばん自分が可愛いと思ってるし、世界でいちばん愛されていると考えている。その証拠にルフィ相手でも怯むことなく上から目線でいるのだが、そのウタが自分と同年代の子供を相手にここまで言うとはただ事ではなかった。

 

 なにより問題なのは「お近づきになりたい」というワードチョイスと、相談相手がプレイボーイであるベックマンだということだろう。

 自分で言うのもなんだが、子供の好き嫌いに関する相談相手として自分はあまりにも不向きだ。

 自慢じゃないが、確かに赤髪海賊団の中じゃいちばんモテる。船の外でも自分以上にモテる人物には中々お目にかかったことはないし、容姿、話術、そして女を落とし鳴かせるテクニックに関しては群を抜いていると客観的に見てもそう評価できる。

 だからこそ、ベックマンに相談するという行為には相応の意味がついて回るのだ。

 

 ちなみにウタは「お友達になりたい」という意味の最上級語として「お近づきになりたい」という言葉を用いた。それくらい本気だということを伝えたかったからだ。

 だが、赤髪海賊団の面々はもう全く別の意味で捉えてしまっていた。

 ベックマンやスネイクは「なんか引っかかるな」と違和感に気づいていたが、シャンクスなんかは今にも飛び出していきそうなくらい鼻息を荒くしている。ルゥが押さえつけていなかったら、間違いなくクリスの家を探し出して突撃していただろう。

 酒が入っていなければ或いは、もう少し冷静に家族会議もできただろうが、ベロンベロンに酔っ払った海賊に冷静な判断などできるはずもなかった。

 

 ベックマンはバカ騒ぎが更にひどくなりそうだとため息をつき、とりあえず場を落ち着かせるために、ウタから詳しく相手の情報を聞き出すことにした。

 

「その相手はどんな子なんだ?見た目とか、性格とか。お前がそこまで言うんだ。さぞかしいい子なんだろう?*1

「そうなの*2!とーってもスマートで、クールで、おしゃれで!私と同い年で私が座るときは椅子を引いてくれたし、ここまでの帰り道でも転けないようにって前を歩いてくれたりして、ルフィとは大違いっていうか……。まあルフィより年上だから、そこを比較するのはかわいそうだけどね。

 でもやっぱり大人な性格が一番だって思った。大きくなったら、多分ベックマンさんみたいにモテるタイプだと思う*3

 

 本気(マジ)っぽかった。

 

 後ろでシャンクスの気配が濃ゆくなっていく。殺意とか、敵意とか、そっち方面の気配が。

 大事な娘に好きな子ができた。そこまでならいくら親バカとは言えシャンクスだって歯を食いしばって許容できるが、将来的にウチの副船長(女泣かせ)並みにモテる可能性があるという言葉は看過できなかった。

 長く共に旅をしてきたからこそ、お互いの短所も長所もしっかりと把握している。過去、ベックマンがどれほどの女を関係を持ち、どれだけの痴話喧嘩を発生させたかを知っているが故に、愛娘(ウタ)が悪い男に引っかかって枕を濡らしている未来を容易に想像できてしまったのだ。

 

 ベックマンの背中にグサグサと視線が突き刺さる。

 「絶対に許さんぞ」という非難の視線と、「核心を聞き出せ」という父親の据わった視線が。

 

「……ウタ。お前は、その子のことが好きなのか?*4

「えっ。も、も〜!やめてよぉ!そんなんじゃないってばぁ。

 ……でも、うーん、そうかなぁ。好きなのかもしれないっていうかぁ、でもまだそこまで仲良いってわけじゃなくてぇ……。*5

 

 ベックマンは頭を抱え、シャンクスはくねくねと体を揺らし恥ずかしそうに髪をいじる娘の姿に、ある日の光景を幻視していた。ウタは昔から本気で恥ずかしがると、こうしてクネクネと体を捻ったり揺らしたりする癖があるのだ。

 昔は「パパと結婚する」と言って、ああして体をくねらせていたものだ。

 懐かしい。

 そして悲しい。

 あれは自分だけに見せてくれていたのに。パパと結婚すると言っていたのに。いつの間にか娘は成長し、一丁前に恋をし*6、自分以外の誰かにお熱になっている。

 ルゥをどかしながら、シャンクスは涼しげな笑みを浮かべてウタに近寄る。優しく肩に手を置き、娘に語りかける父親のその微笑みはアルカイックスマイルのように美しかったが、ベックマンが「ダメだこりゃ」と諦めるには十分すぎるほどに目が笑っていなかった。

 

「ウタ。お前さえよければ、今度その子と話してみたいな。ウタに友達が増えるのなら、保護者として挨拶に行くのが筋ってもんだろう」

 

 クリスの未来やいかに。

*1
シャンクスを刺激しないように配慮した「その子は異性ですか?」という遠回しな質問。

*2
「さぞかしいい子なんだろう?」という質問に対する返答。

*3
身近な大人でいちばんモテているのがベックマンなので、純粋に評価した上での発言。

*4
「異性として好きですか?」という質問。

*5
「好きと言われると返答に困りますが、人としては確かに好きです」という回答。

*6
していない。

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