存在しない方舟   作:舌百

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本編では一切関わりのない2人の妄想です。
カジミエーシュのなんか大事なものを奪って逃げるペン急をプラチナが追撃するところから始まります。


灰狼白馬

ビルの壁面の窪みに座り、部下に指示を出す少女が1人。白い髪のクランタ族の少女だ。

 

「うん…うん…そのまま追撃して。そっちは周辺を警戒しつつ包囲網を…」

 

視界の先にはカジミエーシュの路地裏を逃走する4人の影。赤髪のサンクタ、青髪のループス、ペンギン、橙髪のミノス…要するにペンギン急便だ。ビルの影に時折隠れ、距離は1キロ近く離れてはいるが、その姿はプラチナの目にはしっかりと映っている。故に、先回りするルートなどを容易く構築できるのだ。

連中が次の角を曲がったところから少し離れたところに位置する廃倉庫、そこに潜ませた狙撃部隊のところに誘導してチェックメイト、それが彼女の計画だ。今のところ特段異常を伝える通信も入らない。計画通りに作戦が進むことに安堵の息を吐く。

そして、奴らは角を曲がった。無数のクロスボウのボルトに射抜かれ、死体と化す未来を見ていた。だが、現実は違った。何も起こらない。奴らは何事もないように路地裏を駆けている。油断させるために緩めた包囲が仇となり、包囲網が容易く突破された。

現状に愕然としながらも、早急に狙撃部隊に通信をかける。

 

「何があった!何をしている!」

 

だが、誰も出ない。もしや壊滅?だとすれば通信があって然るべき…。そう思いながら返事を待つと、少しのノイズの後部隊員の誰の言葉でもない声が聞こえてくる。

 

「アハッ。随分焦ってるね。」

「…誰かな。」

「さあ誰だろうね、僕は。まあ、通りすがりの死神ってところかな。」

「ペンギン急便のメンバーにお前みたいなのがいるなんて聞いたことないけど。」

 

少しの沈黙の後、向こうから笑い声が響く。

 

「アハハハッ!まあ、君はその程度ってことさ。」

「何、煽ってんの?」

「まあ、君のお友達も弱かったし当然かな。それに、その焦りっぷりから見るに通信すらできなかったみたいだしね。」

「ッ…!」

 

通信を切り、壁を蹴る。部下が全滅したことへの焦りを消化しながらビルとビルの間を駆け抜ける。

数分後、真下に廃倉庫の屋根を捉え、それを蹴破って中に入る。中は新鮮な血液の匂いで満ちている。

 

「早かったね。」

 

そして、死体と血溜まりの中で返り血に身を赤く染めながら笑う灰色の狼が一匹、佇んでいた。

 

「私今計画崩されてイラついてるから笑わないでくれる?」

「崩された?…フフッ…面白い冗談を言うお馬さんだね。僕なんかに負ける奴らに、テキサスを殺せるわけないじゃないか!」

 

そう言い放つと灰色の狼は高らかに笑う。その笑いは狂気に染まっていた。白馬は笑う狂気に弓を引き絞り、矢を放った。黒い雷を放つ全霊、神速の矢。その矢は必殺の威力を持って狼に迫り、刺さる寸前で弾かれた。

 

「へぇ…悪くないね。ちょっとは楽しめそうだ。」

 

倉庫に響いていた笑い声が止む。細めた目は笑っておらず、膨大な殺気が溢れ出し、空間を満たす。白馬の背中にゾワりと悪寒が走る。意識せずとも心が勝手に恐怖してしまう。殺気は心臓を締め付け、呼吸が速くなる。

 

構えた、そう認識した次の瞬間には懐に、それがいた。殺気を纏って真下から放たれる斬撃をすんでのところで回避し、連撃のように放たれた横薙ぎをバク宙で回避する。

地面に着く前に素早く体を捻り、蹴りを繰り出す。狼は片手でそれを難なく受け止めると、もう片方の手を軽く振るった。

軽いながらも必殺の威力を持つと見るとすぐ、蹴るために伸ばしていた足を折り曲げ、相手の腕を蹴って跳躍し、距離を取る。距離の離れた白馬に、振るった刀は届かない。だが、その延長線上の地面が飛んだ刃の余波によって削られる。

それを横に転がり回避したところに、灰狼は跳躍し、両手に握られた刀を白馬に叩きつけた。とてつもない速度から放たれたそれは、並の人間が相手であれば一瞬で肉の塊に成り果てかねない威力を伴っている。

だが、それは白馬の柔肌を切り裂くことはなかった。当たるギリギリのところで弓で防いだのだ。白馬は真上に蹴りを放ち、弓に矢を番えて地面を蹴りながら三発同時に射撃する。足、頭、腕をそれぞれ狙ったものは全て弾かれたが、それでいい。その矢には、衝撃で爆破する源石が埋め込まれている。弾いたことで即死クラスの爆発の奔流が流れ出す…はずだったのに、ただ弾かれただけで終わった。

 

「ああ…仕掛けがしてあったみたいだね。普通の人間ならそれで死ぬだろうけど、僕には効かないよ。」

「はぁ、化け物だね。」

 

壁に張り付きながら逃走経路を画策していると、狼はゆっくりと歩いてくる。

 

「炎国の言葉ではこの状況は袋の鼠って言うんだっけ。さあ、ここからどうするんだい?お馬さん。」

「はぁ…また始末書書かないといけなくなっちゃったんだけど。」

「?どういう意味だ…。」

 

白馬が小さく呟いたその直後、狼の真上から黒い槍が…いや、矢が落ちてきた。それは地面を抉り、倉庫の中を土煙で充満させる。その隙に、白馬は入ってきた穴から逃げ出す。上司の姿は彼女には捉えられない。

任務の失敗がバレて憂鬱な気分を引きずりながら、彼女は帰路についたのだった。

 

赤と影のみが広がる廃倉庫の中で、1人蠢く影があった。

 

「無粋だなぁ。全く。」

 

流血を気にせずに狼は歩き始める。カジミエーシュの闇に消えたそれが次に出向くのは一体どこであろうか。

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