宇宙歴788年 バーラト星系
艦隊の慣熟訓練のために昨日の朝にハイネセンを出発した。私の副官を勤めることになったラップの初の遠出での任務になる。イゼルローン回廊に程近い場所で訓練を行う日程だ。他の艦隊はハイネセンの近場で訓練をするのに私の艦隊は遠くでするのに疑問に思ったのだろう。ラップが質問をしてきた。
「閣下、何故訓練を回廊出口に近いところでするのです?ハイネセンの近辺でやればいいのでは?他の艦隊はそうしていますが?」
この質問をされてチュン参謀長と顔を見合わせてから2人して笑ってしまった。笑いながらラップ中尉に答える。
「それには3つの理由がある。分かるかな?ラップ中尉。」
「3つの理由ですか?なんだろう。」
「この質問は第4艦隊副司令官の時にチュン参謀長にも聞かれたよ。」
「なんですか?3つの理由って?」
「まず1つ目はロボス大将が回廊付近で戦争しようとしている。予備の役目になる。」
「2つ目は目的地に行く道を覚えさせる意味がある。早く着かないと行けない時もあるだろうからな。」
「3つ目は戦闘になるかもしれない戦場の確認だ。環境のチェックが大事になる。データとしてはあるが実際に見て分かることもある。気象状況、隕石、小惑星帯、重力、太陽風等といった様々な事象に触れておくことが重要だと考えている。」
「閣下がそこまで考えているとは思いませんでした。」
ラップは感心したようだ。そこにチュン参謀長が会話に入ってきた。
「私もデータであるから態々遠くまで出かける必要があるのか疑問だった。移動時間を訓練に充てたらもっと練度が上がるのにと。」
「実際に行ってから提督の考えを聞くと幾つも使えそうな戦法があることに気付いたんだ。それだけで私達は他の艦隊より有利に戦えることになる。ラップ中尉もそこを理解していかないと提督を支えることは出来ないぞ。」
チュン参謀長の注意と忠告になるほどと頷いている。
「しばらくは高速運動の訓練だ。しっかりと司令官として、参謀長としてチェックしよう。」
そう言って仕事に取り掛かるように促した。
ハイネセンを出て3週間、目的地まで後3日になった日に緊急で通信が入った。部屋でシャワーを浴びていた時に呼び出され急いで着替えてブリッジに上がる。
チュン参謀長が急いで傍に寄ってきた。
「提督、エル・ファシルより通信が入っています。」
「モニターに映してくれ。」
直ぐに指示を出して指揮官席に座る。リンチ少将が映った。顔が険しい。嫌な予感しかしない状況だ。
「第一艦隊司令官ユーリ・クーロ中将です。」
「エル・ファシル警備艦隊司令官アーサー・リンチ少将です。」
1つ頷いてから用件を言うように促した。
「緊急の連絡とありましたが何があったのです?」
「エル・ファシルに前線を抜けてきた艦隊が接近しているようです。」
まさかの事態に私も顔が険しくなるのが分かった。
「前線はロボス大将が総勢4万隻を越える3個艦隊で警戒しているはずですが?」
「それが星系の外縁部をすり抜けたようで。商人の船が知らせてきたのです。早く察知出来たのでロボス大将の艦隊とクーロ中将の艦隊に連絡を入れて救援を要請したと云うわけです。」
「敵の来襲は何時ですか?大体で良いのですが。」
「ハッ、およそ62時間になります。ロボス大将の救援は96時間になるそうで無理なようです。」
「私も72時間になります。10時間をどうにか稼げないですか?それが出来れば。」
リンチ少将は私が暗に言っている事が分かったのだろう。目をギュッと力強く瞑っている。10秒程で開いて話し出した。
「小官に囮か人の壁になれと仰られるのですね?」
「それしか方法が無いのであれば。」
リンチ少将が私の顔をじっと見てくる。私は死ねと遠回しに命じたのだ。察してそれを実行しろと。非情な事をしたと思った。此方から命じたのではなく、自らで察してやれと言ったのだから。
彼がずっと私の顔を見ている。逸らすようなことは出来ない。彼に死ねと命じたのは自分だから。
リンチ少将がふぅ~~と一息吐いた。
「分かりました。囮になります。」
「すまない。貴方にこのようなことを決断させて強いることになるとは。」
真剣な顔で私に頼み事をしてきた。
「私は囮になって敵の艦隊を引き付けます。キリの良いところで捕虜になります。恐らく逃げた。市民を置き去りにした卑怯者と謗りを受けましょう。」
私にもリンチ少将の結末が見えているので暗い気持ちになった。
「私には妻と娘がいます。どうか後をお願いできないでしょうか?それが最期の頼みです。」
「分かりました。何処まで出来るか分かりませんが出来る限りの事をすることを約束します。」
目に涙を溜めているも泣かないようにしている様に胸が大層痛んだ。
「ヤン中尉、来たまえ。」
ノッソリとやってきた。
「君が惑星脱出の指揮を取りたまえ。クーロ中将の教え子の君なら出来るな。」
「しかしそれは。」
声を荒げてヤンの反論を遮った。
「新米士官が何の役に立つ!!君の仕事はエル・ファシル住民を一人も残さず、一人も死なせずに脱出させることだ。これは命令だ!!」
身体を震わせながら敬礼をヤンがリンチ少将にする。リンチ少将が綺麗な答礼を返した。
「め、命令承知しました。」
「うむ、しっかりとやってくれ。」
2人のやり取りが終わり、リンチ少将が私に話し掛けてきた。
「閣下、ヤン中尉をお返しします。若い奴らも手伝いに残すのでどうか彼らの事をよろしくお願いします。」
リンチの決意に頷くことしか出来なかった。
「承知した。必ず私の力で守ってみせると誓おう。」
「これで心残りはありません。さらばです、クーロ提督。通信終わり。」
敬礼して通信を切った。此方の答礼を返す前に。彼らの決意を無駄にすることは出来ない。
「参謀長、全艦最大船速!」
「ハッ、全艦最大船速!」
無駄になるだろうがリンチ少将とそれに従う兵士を助けるための努力をしようと思って命じた。
2日後にエル・ファシルを脱出した民間船、商船を指揮したヤンと合流することが出来た。
その3日後にリンチ少将が乗っていた戦艦以下1500隻が帝国の拿捕されて捕虜になっていた事を帝国の通信を傍受して知った。
そしてその5日後には軍の失態を隠すために人身御供として、ヤンがエル・ファシル住民を一人も欠かすことなく避難させたことでエル・ファシルの英雄と呼ばれるようにする事を知った。