宇宙暦794年 ハイネセン 自宅
買い物を終え、自宅の前に着くと家の前に1人の少年が立っていた。手に袋を持っているからヤンの家の夕食にする予定だった物だろう。 確か、ユリアン君と言ったはずだ。
車から降りると先に降りたヤンが近寄って何か話している。此方をチラリと見たから紹介しているのだろう。
近くに寄ってから声を掛けた。
「君がユリアン君かな?車の中で少しだけ聞いたんだ。ヤンが保護者をしているんだって?私としては君が保護者だと思うのだが。」
私の言葉に後ろに控えたジェシカ、アッテンボローが笑っている。ヤンも苦笑いだ。
「初めまして、クーロ副司令長官閣下。自分はユリアン・ミンツと言います。ヤン中佐の下でお世話になっています。」
礼儀正しい子のようだ。
「ユーリ・クーロ大将です。ユリアン君、よろしく頼むよ。」
そういって折れていない左手を差し出した。
私の顔と手、ヤンの顔を見た。ヤンが1つ頷いたので私の手を握りしめて握手をする。
「外で長々と話すのは止めよう。続きは中で。」
そういって鍵を開けて中に入る。
リビングのテーブルに案内をし、飲み物の準備をジェシカがすると言うので男連中は続きをすることにした。
「礼儀正しいね。子は親の背中を見て育つというが反面教師として学んだようだね。良いことだ。」
「そんな。ヤン中佐は本当によくしてくれています。」
「だそうだ。出来た子だな、ヤンよ。」
ヤンは頭を掻きながら答えた。
「ええ、どっちが保護者か分からなくなりそうですよ。」
アッテンボローと顔を見合わせて笑った。
世間話をしているとジェシカがキッチンから食事の準備が出来たと声を掛けてきた。食器等を持っていって欲しいそうだ。
ヤンとアッテンボローよりも先にユリアン君が立ち上がって動き出した。
「本当に良い子だな、ヤン。大事に育ててやれよ。」
そう声を掛けると少しだけ真面目な顔をして頷いた。
食事が終わり、男同士での飲み会の様相になった。私はウィスキー、ヤンとアッテンボローはワインを飲んでいる。ユリアン君はジンジャーエールだ。ジェシカは洗い物をしてくれている。
士官学校時代の話をユリアン君に面白可笑しく話しているとヤンが忘れていたのを思い出したようでカバンに入った書類を渡してきた。
「こちら、教官が情報部に依頼された帝国のグリンメルスハウゼン艦隊の分艦隊司令官の資料です。シトレ本部長から渡してくれと。」
「そうか、すまなかったな。」
アッテンボローが気になったのだろう。尋ねてきた。
「どなたなんです?閣下が態々調べさせるなんて。余程出来るみたいですね。」
「ああ、分艦隊司令官と云う枠では同盟、帝国含めて一番かもしれないな。」
私の言葉に緊張が走った。
「そこまでの力量なんですか?」
「ああ、私が部下に欲しいと思った。ただ、彼が偉くなり権限が大きくなっても力量が落ちないかは知らんがね。」
私の言葉の意味がよく分からなかったのだろう、尋ねてきた。
「と言いますと?」
「分艦隊等の少数と1個艦隊の指揮は別物だと云うことさ。分艦隊の場合は全体の事は正規艦隊司令官に任せれば良い。自分の艦隊の行動だけを考えるだけだ。しかし正規艦隊司令官は全体の事を考えないといけない。両翼のバランスに中央との繋ぎ目の隙、他の正規艦隊の戦況、連携。考える事は山程ある。そこまで見渡せるか、考える事が出来るかが重要になってくると云うことさ。」
「なるほど、勉強になります。さすがは元士官学校の教官ですね。」
アッテンボローが頷きながら褒めてきた。それに苦笑しながら資料に目をやった。
「ラインハルト・フォン・ミューゼル准将か。幼年学校を卒業した後は少尉として任官。転戦しているな。所属を変えながら。18歳で准将とは恐れ入る。」
資料を見ながら独り言を言うとヤンが彼の係累を見てくださいと言ってきた。
「アンネローゼ・フォン・ミューゼル。後宮に召され、グリューネワルト伯爵夫人になるか。皇帝の寵姫の弟と云うわけか。正当な評価をしにくくする項目だな。」
「はい、自分も教官が気になったと聞き、映像で確認しましたが非常に出来る司令官だと思います。帝国ではまぐれや運での昇進と言われているそうです。」
「私が気になるのは皇帝の寵姫の弟が何故軍人になり、最前線にも出ているのかということだ。普通は後方にいるべき立場の人間か姉の立場を使って政治的な立場になる人間だ。それが最前線に出て来て、更に有能で戦功を上げて昇進している。嫌なものを感じるな。」
私の疑問にヤンもアッテンボローもユリアン君も疑問の顔をしている。
「この姉君の後宮入りはどういった経緯かな?無理矢理か仕方なくか、進んでか。それによって違ってくる。
それに母親の事故死も気になる。貴族が関わっていたと資料にあるが。」
ヤンに視線を向けると首を横に振った。資料が無いのだろう。
「それは一次資料でして、取り敢えず分かったことを書いて持ってきただけのようです。」
「そうか。引き続き調査を頼んでくれ。どうも私はこの男が気になる。」
「どこら辺がその、気になるのです?」
ユリアン君がおずおずと聞いてきた。 それに対し深く息を吐いてから考えながら答えた。
「母親の事故死に貴族が、姉の後宮への召し上げ、どちらも帝国の統治体制、貴族、皇帝に不平不満を抱くに足る内容だ。そして幼年学校に通い、首席で卒業すると前線を転戦して昇進を繰り返している。此れは明らかに不自然だ。」
「何か理由があるということでしょうか?」
「分からんよ。偉くなるだけで軍の頂点に立つだけでそれが解決出来るとは私は思わないが。何を考えて軍人に、戦場に出ているのか気になる。これから彼が昇進する事で見えてくるものもあるだろう。要注意だな。」
そういって会話を終えた。此れが後に銀河を統べる事になる男の名を知った時であった。