銀河英雄伝説~流血と硝煙と運命の日々~   作:雪の師走

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第3次ティアマト会戦 帝国その二

宇宙暦795年 ティアマト星域 戦艦タンホイザー

 

ラインハルト

 

眼前でミュッケンベルガー元帥とグライフス大将の艦隊が敵の攻撃に乱されている。この程度の敵に何をしているのか。

私の艦隊と相対している敵は微速前進している。ミュッケンベルガーとグライフスが後退する余地を創ってやるか。

「全艦、後退せよ。」

命令を出すと参謀長のノルデン少将が駆け寄ってきた。

「閣下!総司令部の指示も無しに後退するとは如何なるご了見か。」

またか。

「何度も言わせるな。今我々が前進すれば入り込んでいる敵を調子づかせるだけだ。寧ろ後退して味方にも後退の選択肢を与えてやるのが優しさだろう。」

この俺が後退するのだ。ミュッケンベルガーも面目が立とう。

「突出している敵の更なる前進を誘い、その行動性を限界まで引き伸ばすことが肝要だ。」

まだ意見があるらしい。

「しかし総司令部からの指示がありませんが。」

「指示があるまで何もせんと云うなら各艦隊に司令官がいる必要はない。個々の局面に於いては司令官の判断で行動する。」

「ですが…」

「参謀長とて同様。総司令部の指令を墨守するだけなら艦隊参謀長など無用の長物の最たるものとなろうが。如何に!」

「……」

何も言えないようだ。少しは頭を使え。こんな当たり前の事を何度も言わせるなど。

 

 

 

キルヒアイス

 

「敵が接近してきます。」

「見えている。」

「対処しないのですか、司令官?」

これはいけない。

「閣下、前進し応戦なさいますか?」

ラインハルト様が此方を見ている。私の意図に気付いてくれればいいのだが。

気付かれたようだ。無用な諍いをするのは良くない。

「いや、まだ早い。更に後退せよ。キルヒアイス少佐、焦る必要はない。今一歩で敵の攻勢は限界に達する。攻勢を懸けるのはその瞬間だ。おぼえておけ。」

「はい、閣下。出過ぎたことを申しました。」

一礼して謝罪する。これで空気が変わるだろう。

ラインハルト様がノルデン少将に眼を向けると我関せずと前方を見ている。

ラインハルト様も憤懣遣る方ない様子だ。肩を竦めてお茶を濁すことにした。

 

 

ラインハルト

 

同盟の先覚者的戦術によって、帝国軍の惨状は醜態と評すべきものだ。

「何をしているのか、一体!叛乱軍の無秩序な運動に何故付き合う必要がある。奴らが踊りたければ暗黒のステージで勝手に踊らせておけばいいのだ。何故相手と同じステップを無理に踏んで自ら足を縺れさせるのか。」

隣に立っている参謀長に言っているのに今一つ分かっていない。気が付けば、椅子に座ってキルヒアイスに愚痴を溢していた。

「低能揃いだ。最もだからこそ俺達の出世も早まるというものだが、少しは使える奴がいないと今後の野心の展望に支障をきたす。俺とキルヒアイスだけで全てをこなすわけにはいかないのだから。今回は人材収集の面でも意味のない戦いに終わりそうだ。」

「そろそろ終わりですね。」

流石だな、キルヒアイス。どこぞの参謀長とは大違いだ。

「そうだ。俺の忍耐よりも先に限界点に来るだろう。」

「ラインハルト様の忍耐の限界点も高くなりましたね。」

「当たり前だ。幼年学校以来、随分と鍛えられたからな。殺してもいいような奴らを半殺しで済ましてやったことが幾度あったか。」

「そろそろ御命令を。」

「艦隊を停止させろ。」

「まもなくだな…」

私の命令を察しない馬鹿もいる。これが参謀長なのだから恐れ入る。

「司令官閣下、もはや大勢は決した様に思われます。損害を被らぬ内に退却なさるべきでしょう。」

「敵の攻勢は終末点に近付いている。無限の運動などあり得ぬ。終末点に達したその瞬間に敵の中枢に火力を集中させれば砂上の勝利は一瞬に潰えさる。なのに何故逃げねばならぬ。」

跳ね回っている叛乱軍の艦隊が私の艦隊に入り込もうと此方に向かってきた。

「それは机上のご思案。そのようなものに囚われず後退なさい。」

コイツは今まで何を聞いていたのだ。 いい加減我慢の限界だ!

「黙れ!!臆病者が!!味方の敗北を口にするすら許しがたくあるのに、その上司令官の指揮権に口を差し挟むか!!」

こんな奴にこれ以上構っていられん。命令を出さなければ。

「全艦、砲撃用意!命令があり次第斉射するのだ。」

「全艦、砲撃用意。」

キルヒアイスが復唱し、オペレーターが命令を全艦に伝え始めた。間もなく終幕の時だ。

暴風の如き破壊力と運動性で戦局をリードしていた敵の艦隊の動きが止まった。ミュッケンベルガー、グライフスの艦隊は後退しているので自然と距離が出来る。

よし、今だ!

「全艦、主砲斉射!!」

一筋の光が集まって束の様な攻撃が敵に向かっていく。

「第2射、用意。撃てっ!」

これで大勢は決しただろう。

「見たか。」

ここからは追撃戦だ。戦果を大きくする機会だ。キルヒアイスに命令を出させるために見遣ると顔を横に振ってていた。追撃してはならんというのか?

「追撃してはならんというのか?キルヒアイス、どうしてだ?」

「敗残兵の追撃にラインハルト様のお手を煩わす必要はないと思われます。ただ、其れだけの事です。」

キルヒアイスがチラリとモニターに視線をやった。なるほど、十分な功績は立てた。残敵掃討の功績など他の提督達に分けてやれと云うことか。

それにクーロ、ウランフの両将は健在で救援、援護に向かってくる。労多くして功少なしになる公算が大だな。

「なるほど、ただ其れだけの事だな。分かった。」

「では、味方の勇戦振りをここからは見物させてもらうとしようか。」

提督席に深く腰掛け、見物する事にしよう。

ウランフ提督の艦隊が此方を警戒している様だ。援護が十分ではない。それに対してクーロ提督は側面に回る形をしている。

暫くするとウランフ提督が積極的に援護を始めた。どうやら私が動かないのが確認出来たらしい。敵ながら見事な艦隊運用で的確に巧妙に連携しつつ、第11艦隊の残存兵力を庇いながら後退戦をしていく。

数度に渡る帝国軍の突進はその都度柔軟で的確な防御網にあって跳ね返されている。

どうやら致命的な損傷を与えられぬまま終わるようだ。

「同盟軍の見事な退却戦だな。あの2人は名将と言って差し支えないだろうな。」

「善戦を讃える通信でも送りますか?」

キルヒアイスが訊ねてきた。送ってやりたいがそれは止めておく方がいいだろうな。この戦いでミュッケンベルガー元帥に良いところが一つもなかった。

「今は止めておこう。第2次ティアマト会戦の後、シュタイエルマルク中将は敵将ブルース・アッシュビーの死に対する弔電を送ったが、その為に軍務省上層部の忌避をかったという。俺もまだ一介の中将だ。俺が全軍の指揮権を握るようになって、誰からも文句をつけられなくなったらそうするさ。」

キルヒアイスは苦笑している。

 

同盟軍の後続の艦隊が到着したようだ。帝国軍もティアマト星系から撤退するよう命令が出た。

会戦における勝利と云う事実があれば無人の恒星系の占拠など続ける必要はない。元々国内政治向けという以上には意味のない戦いである。その目的は十分以上に果たしたといえるだろう。

ラインハルトは劣勢の局面を一撃で逆転させるという功績をたてた。

単に運が良かったと見方をするものも多かったが事実として勲功第一と評価された。

これで大将への昇進は確実となった。

 

「差し当たり、運命はラインハルト様に媚びを売ったようですね。」

「運命?運命等に俺の人生を左右されて堪るか。俺は自分の長所によって成功し、自分の短所によって滅亡するだろう。全て、俺の器量の範囲内だ。俺とそしてお前が協力すれば運命等に干渉させないさ。」

「ご立派でいらっしゃいます。」

「そうありたいのだがな。」

 

帰国後、19歳の大将となった。これはゴールデンバウム王家の男子を除けば最年少の大将である。

その際に大将に与えられる個人の旗艦を与えられた。

純白の貴婦人ブリュンヒルトである。新理論による装甲システムを備えた次世代戦艦の試作艦だ。

従来の旗艦タイプより若干小型だが火力はアップしている。試作艦なればこそ、量産コストを無視した装備も搭載している。

ラインハルトの座乗艦として長く、多くの戦場を共にする艦との出会いであった。




次はまた同盟に戻ってティアマト会戦は終わりです。
多分ですが…
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