銀河英雄伝説~流血と硝煙と運命の日々~   作:雪の師走

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束の間の一時 その2

宇宙暦795年 エル・ファシル 中央通り大広場

 

「戦場で今日も愛する人達が死んでいきます。私達は一体何時までこんな悲しみの中で過ごさなければならないのでしょうか?帝国と同盟の人達は同じ人間です。一体何時まで戦い続けなければならないのでしょうか?」

ジェシカが集まった観衆に向かって言葉を放っている。

「私達は何の為に戦うのでしょうか?守る為に?何を?自らを?未来を?誰かを殺して守る未来。誰かを殺して手に入れる未来。そして討たれた者には無い未来。それで満足なのですか?その手に掴むその果ての未来は幸福?本当にそうでしょうか。」

問い掛けるジェシカ。問われた観衆。皆が其々に考えながら此れまでの過去を振り返っているのだろう。

「私は、私は決めたのです。見ない振りはしないことを。聞こえない振りをしないことを。沈黙しないことを。その為に私は今ここに立っています。」

正面を見ながら話すジェシカに苦笑してしまった。意外と天職かもしれない。肝が座っている。

「立候補するにあたっては随分迷いました。只の教師であった私にそのような資格は無いのではないかと。でも決めたのです。以前、私はこう思っていました。歴史とは埃を被った過去の物だと。でも違うのです。歴史とは今生きている私達が作っていくものなのです。歴史書にその名を残す人達だけの物ではなく、今生きている私達一人ずつが作り出すべき物なのです。私達の1歩1歩が未来へと繋がっているのです」

周囲を見渡しながら訴え掛けている。拍手が起こった。

「私達の歴史は此れまで多くの戦争と共にありました。この先も戦争と共にあるかどうか。其れは私達自身が決める事です。此れは正義の戦争だと声高に言う人がいます。正義の為に命を捨てるのは崇高な行為だと。けれども正義とは何か、崇高な行為とは何か、決めるのは私達一人ずつです。戦地に行く家族を見送る貴方、戦地で家族を失った貴方、決して何処か安全な場所に身を置き、自分は何一つ失わず傷付かずにいる人達等に決めて貰いたくはありません。」

「私は権力を持った人に常に問い掛けてゆきたいのです。貴方達は何処にいるのか、兵士達を死地に送り込んで貴方達は何処で何をしているのかと!」

「150年も長きに渡って継続されて来た銀河帝国との戦争をまだ続けたいのですか?多くの人を犠牲に戦争を継続するそんな社会が正常であると言えるのでしょうか?私達は今何が最も優れて現実的であるのか問わなければなりません。その答えは1つ、平和です。私はそれを求め続けていきたいのです。」

強く問い掛ける口調に観衆は静かに聞き入っている。此れは決まりだろうと思ってしまった。

 

ジェシカの話が終わり、私の応援演説になった。

「そもそもの帝国と同盟の戦争の始まりは帝国を脱したアーレ・ハイネセンが自由惑星同盟を建国したのが始まりだ。帝国は叛乱軍と称して鎮圧の軍を送ってきた。それを阻止する為の守りの戦争だった。国力に差があり、様々な艱難辛苦を乗り越えて帝国と同等とは言わないが五する勢力になった。」

「そこで帝国は同盟領への橋頭堡、帝国侵攻への防壁とイゼルローン要塞を建築するに至った。ここまでは良い!」

強い視線を観衆に向けながら話し掛ける。

「そこから何故か帝国領侵攻を目指したイゼルローン要塞攻略戦が行なわれるようになった。守りの戦争から攻める戦争も始まった。とある政治家は専制政治に対する正義の戦争だの、崇高な義務だの、銀河帝国の打倒し圧政と脅威から全人類を救う等と言う方々がいる。本当にそれが必要な事なのか、皆さんにもよく考えて欲しい。」

観衆の拍手に片手を挙げて応える。席に戻り襟元を弄る。些か緊張していたようだ。

 

ここでハイネセンから応援メッセージが届いているので流すそうだ。心当たりが何人かいるが誰かな。

「皆さん、お久し振りです。ヤン・ウェンリーです。彼女とは士官学校の時からの友人付き合いですのでこうして応援メッセージを送らせていただきました。」

何時もの癖の頭を掻きながら話している。詰まりながら言葉選びに悩みながら話すヤンに笑いが漏れる。

「最後に彼女が議員になるに相応しい資質が1つありました。其れは私が敬愛する教官であり、帝国、同盟で名将と云われるユーリ・クーロ副司令長官を墜としたからです。此れは帝国には出来ていない偉業であり、その部分で彼女が如何に優れているかの証拠ではないでしょうか?」

余計なことを言う教え子だ。観衆が皆笑いを堪えながら私を見ているのが分かった。肩を竦めると会場は笑いに包まれた。

 

その数日後の選挙結果は80%を越え、90%に迫る得票率で圧勝した。ここに平和を求める議員が1人誕生した。


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