銀河英雄伝説~流血と硝煙と運命の日々~   作:雪の師走

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戦場へ

宇宙暦796年 エル・ファシル星域

 

チュン・ウー・チェン参謀長

 

我々の艦隊もエル・ファシルの駐留基地を出撃して1日が経った。

第2、第4、第6の3個艦隊は我々を待たずに先行している。パエッタ、パストーレ、ムーア提督は司令長官の命令として戦域、戦場の確定、確保を命じられたと言っていた。

そしてクーロ副司令長官が総司令官として出撃する手筈だったのが予算の承認と国防委員会、総司令部の承認が遅れて要らぬ足止めを喰らった形になった。

閣下は何も言葉を発せずに沈思黙考しているので司令部の皆が黙々と軍務に勤しんでいる。

先程から閣下の端末に通信が入って確認されていたが一つ大きな溜め息を吐かれた。

 

 

「ワイドボーン、ラップ。先程連絡があって此方の作戦が策定されたそうだ。ダゴン星域会戦と同じく包囲殲滅戦を行うらしい。」

そう言って送られてきたデータを正面のモニターに映した。確かにその様な作戦を行うと書かれている。

「2人はどう思う?可能と思うか?」

怜悧冷徹な視線を両名に向けている。温もりや暖かさの欠片もない作戦の遂行を客観的に判断すると同時に両名がどれくらい出来るか見定める為の評価もしているのだろう。

両名が顔を見合わせて一つ頷いた。参謀を勤めるワイドボーン大佐が答えた。

「三方向からの攻撃は定石からみたら問題ないでしょうが三方向からの進軍は各個撃破の的になる危険性があります。各艦隊の間に距離があり、何処の艦隊も救援、援護に行くにしても時間がある程度はかかります。」

その通りだ。三方向からの進軍と攻撃は似て非なるものだ。例えるなら街の別の道路を走っているのと三車線を走っているようなものだ。

続きはラップ中佐が引き継いだ。

「確かにダゴン星域会戦は今なお同盟市民にとって人気のある戦いなのでそれを再現すると云うのは分からなくはないですが前提条件に大きな差があります。」

そう言ってモニターにダゴン星域会戦の詳細を表示させている。

「閣下もご存知の通り、ダゴン星域は迷宮も同然の小惑星帯に太陽嵐が吹き荒れる難所であり、同盟軍は地勢を知り尽くし索敵においても勝っていました。」

「それに対して帝国軍の実質的な指揮官インゴルシュタットは索敵どころか自軍の位置測定さえ困難なダゴン星域の地勢を考慮し、密集隊形での迎撃に徹して同盟軍を消耗させる策を採りました。」

皆が知るダゴン星域会戦だ。頷きながら聞いている。

「紆余曲折ありましたが帝国軍が分散した艦隊に再結集を命じ、同盟軍はその命令を傍受し、敵が連携を欠いたまま集結したところを一挙に包囲殲滅する事になりました。」

「それに翻って、現状は同盟側の位置も兵数も敵に知られており、敵の位置はフェザーンからの情報で推測した位置です。」

クーロ副司令長官が此方に視線を向ける。

「参謀長は2人の考えをどう思う?」

「はっ、2人の考察は見事です。ここから考えるに敵は急進からの各個撃破に移る可能性が多分にあります。」

2人も頷いている。

「ではその場合の攻撃順はどうする?ワイドボーン大佐。」

「少官なら中央に位置する最も規模が小さいパストーレ中将率いる第4艦隊を撃滅し、時計回りに迂回してムーア中将の第6艦隊の側背から強襲します。この2個艦隊を潰せれば残りは今回の戦いのために補充され、数が最も多いですが新兵も多いパエッタ中将の第2艦隊が相手です。十分に有利に闘えるものと思います。」

「我々はどう動くのがいい?」

「このまま進軍すれば中央で救援、合流を目指した第2艦隊と敵が交戦している場に着くと思われます。」

「なるほど、敵が常道の手段で勝とうとするならそれが一番だろうな。」

変な言葉だ。何か懸念があるのだろうか?聞こうとしたら先に話された。

「敵が中央のパストーレを撃って、そのまま真っ直ぐに進軍。救援しか頭に無い我々を正面から強襲の可能性は考えないのか?味方は前進しているから救援ないし、来援要請も時間がかかるだろう。何より通信妨害で此方からは連絡は取れない可能性もあるだろうしな。」

まさかの予想に唾を飲み込んだ。閣下を討つという1点に於いては時間を十分に取ることが出来、兵数も5000隻は多い状況で戦闘に入れる利点がある。可能性として十二分に考慮に入れないと致命的な怪我をする恐れがある。場合によっては戦死する事も…

「1日は戦闘になる可能性は低いだろう。半日は半舷休息にする。6時間交代で休ませろ、飲酒もグラス一杯なら許可する。」

「はっ、閣下は如何なさいますか?」

「先に休ませてもらう。それからは席を外すのも憚れるからな。敵がローエングラム伯爵なら尚更だ。」

「承知しました。ではその間は私が指揮を与らせていただきます。」

「頼む。」

そう言って閣下は艦橋を出られた。閣下の危惧を重く受け止めたのだろうか、空気が重い。

「閣下は最善を尽くし、最悪を回避される方である。君達は己が職務に邁進し、最善を尽くせばよい。後の事は閣下が何とかしてくれるはずだ。」

私の言葉に納得したのか何人かは頷いてから仕事に戻った。嫌な空気は少しは払拭できたと信じたいのだが。

 

 

 

休息を開始してから1日が経った。閣下が臨戦態勢に入ったのが分かっているのだろう。艦橋はピリ付いている。いい緊張感をもって職務に当たれている。

「閣下!通信を傍受しました!これは…第2艦隊旗艦パトロクロスです!」

オペレーターの報告を聞き、閣下に顔を向けると険しい顔をしていた。

「通信を聞く。流してくれ。」

オペレーターが返事をして準備にかかった。

『私はパエッタ総司令官の次席幕僚ヤン・ウェンリー准将だ。旗艦パトロクロスが被弾し、パエッタ総司令官は重傷を負われた。総司令官の命令により私が艦隊の指揮を引き継ぐ。』

これは…最悪の状況のようだ。

『心配するな。私の命令に従えば助かる。生還したいものは落ち着いて私の指示に従ってほしい。我が部隊は現在のところ負けているが、要は最後の瞬間に勝っていればいいのだ。負けはしない。教官…いや副司令長官もそう遠くなく此方に駆け付ける。其の時こそ反撃の時だ。』

これは…まぁ、何と言うか大言壮語を…

閣下に目をやると頬杖を付いて笑っておられる。

『新たな指示を伝えるまで各艦は各個撃破に専念せよ。』

「通信の発信場所の特定は出来たな。時間的距離はどのくらいだ?」

「はっ、2時間以内に着きます。」

「そうか。では2時間後には戦闘になるトイレや覚悟を定めておけ。今回の敵は中々にやる男だからな。」

憂鬱そうな顔で溜め息を吐かれながら命令を出された。

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