宇宙暦796年 アスターテ宙域 旗艦ブリュンヒルト
ラインハルト・フォン・ローエングラム
「敵旗艦、被弾確認。」
オペレーターから報告が入った。第2艦隊も終わりだろう。
「このまま殲滅出来れば良いのですが。」
キルヒアイスは少し心配性が過ぎる
「お前は本当に心配性だな。どうしても俺が信じられないか?」
「私は貴方を疑ったことはありません。ただ時折、怖くなる時があるのです。貴方がここにいるように敵にも秀でた誰かが居たらと。」
キルヒアイスの心配性に笑ってしまった。
「可笑しな事を考えるのだな、キルヒアイス。もし実際にそんな人物が現れたとしたら是非一戦交えてみたい。そして出来れば顔も合わせてみたいものだな。さぞや話も弾むことだろう。」
通信士が報告してきた。
「敵通信を解析。全艦隊へ向けられたものと推測。」
「流せ。」
命令を出すと直ぐに通信を流し始めた。
『私はパエッタ総司令官の次席幕僚ヤン・ウェンリー准将だ。旗艦パトロクロスが被弾し、パエッタ総司令官は重傷を負われた。総司令官の命令により私が艦隊の指揮を引き継ぐ。』
『心配するな。私の命令に従えば助かる。生還したいものは落ち着いて私の指示に従ってほしい。我が部隊は現在のところ負けているが、要は最後の瞬間に勝っていればいいのだ。負けはしない。教官…いや副司令長官もそう遠くなく此方に駆け付ける。其の時こそ反撃の時だ。』
『新たな指示を伝えるまで各艦は各個撃破に専念せよ。以上だ。』
この状況下でそんな通信をするとは。
「負けはしない。自分の命令に従えば助かるか。随分と大言壮語を吐く奴が叛乱軍にもいるのだな。この期に及んでどう劣勢を挽回する気でいるのかな。」
思わず笑い声が零れてしまった。
「まぁいい。お手並み拝見といこうか、キルヒアイス。」
「はい。」
「戦列を組み直す。全艦隊紡錘陣形をとるように伝達してくれ。理由は分かるな?」
キルヒアイスに訊ねると間髪入れずに答えが返ってきた。
「中央突破をなさるお積もりですね。」
「そうだ。流石だな。」
命令が徐々に形になっていく。ファーレンハイト少将を先鋒に敵艦隊に侵食していく。敵が崩れるのももうすぐだろう。
「哨戒艦からのデータを合成中。リアルタイムです。」
「勝ったな。」
………いや、待て、、これは…
「いかがなさいました?ラインハルト様?」
「おかしい。なにかが変だ。我々は勝利しつつある。それは間違いない。だが………」
モニターのデータを見ている。敵は此方の攻撃により左右に分断されているのは分かる。なんだ…何が引っ掛かる?
ハッ、まさかこれは…
「しまった。」
「敵艦、左右に分かれ我が軍の両側を高速で逆進していきます。」
オペレーターの報告に臍を噛んだ。
「してやられた。敵は左右に分断されたとみせて、両手に分かれ我が軍の背後に廻る気だ。」
「中央突破戦法を逆手に取られてしまった。」
後方についた敵の一撃に最後尾が少なからず被害を受けた。
「どうなさいます?反転迎撃なさいますか?」
キルヒアイス、冗談にしては笑えないな。
「冗談ではない。俺に低能になれと言うのか。敵の第4艦隊司令官以上に。」
「では前進するしかありませんね。」
「その通りだ。全艦隊、全速前進。逆進する敵の背後に喰い付け!」
全艦が時計回りに全速前進し始めた。先頭のファーレンハイト少将が敵の最後尾に喰い付いた。
「なんたる無様な陣形だ。これでは消耗戦ではないか。」
眼前のモニターで無様な陣形が表示されている。
「キルヒアイス、どう思う?」
「そろそろ潮時ではないでしょうか?これ以上戦っても双方損害が増すばかりです。戦略的に何の意味もありません。悔しいとお思いですか?」
「そんな事もないがもう少し勝ちたかったな。画竜点睛を欠いてしまっているのが残念だ。」
「2倍の敵に三方から包囲されながら各個撃破戦法で2個艦隊を全滅させ、最後の敵には後背に回り込まれながら互角に戦ったのです。十分ではありませんか。これ以上をお望みになるのは些か欲が深いというものです。」
「分かっているよ。」
「それに先の通信が本当なら、敵のクーロ司令官が近くにいる可能性があります。この状態で戦闘に入るのはあまり面白くないかと。」
「そうだな。レーダーに反応があり次第、帝国側に離脱し艦隊を整えるように命令を出せ。」
「承知しました。」
10分程でレーダーに反応が出た。
そのまま流れるように両軍共に輪を解きそれぞれ帝国、叛乱軍側に移動し艦隊の陣形を整えた。そうしていると敵の艦隊が到着し、敵の残存艦隊の収容を行った。負傷艦を後方にやっている。合わせて2万隻には届かないが我が軍と変わらないくらいの規模になったようだ。
「いかがなさいますか?」
「敵の旗艦に通信を繋いでくれ。」
「通信をですか?」
「そうだ。両陣営で名将と讃えられる男と話してみたい。」
「分かりました。通信を繋いでくれ。」
数分で繋がった。正面のモニターに黒髪の男が頬杖を突きながら此方を見ている。若干億劫そうに敬礼をしてきた。
『自由惑星同盟軍宇宙艦隊副司令長官ユーリ・クーロ大将だ。』
「私はラインハルト・フォン・ローエングラム上級大将だ。」
クーロ大将は一つ頷いた。
『ローエングラム伯爵家を継がれたそうで祝いの言葉を。そして今回の遠征の戦勝も、お祝い申し上げます。』
淡々としている中にも祝う気持ちがあるのが分かった。
「叛乱軍の名将に祝ってもらえるとは思わなかった。感謝する。」
『それでこの通信は何の用で?敵と通信するなど酔狂ですな。』
「これから一戦するのだ。死なれては通信も出来まい。死ぬ前に名将と詠われる男を見てみたかったのだ。」
『左様ですか。3個艦隊を破ったのです。もう十分かと思うのですが。』
戦いたくないのか退かせようとしているようだ。
「まだ卿がいる。無傷の1個艦隊がな。」
クーロ大将は溜め息をついている。
『戦いたいと仰られるなら仕方ありませんな。お相手いたしましょう。では。』
敵が敬礼をしてきたので此方も敬礼を返す。
「キルヒアイス、ファーレンハイト少将を中央の先陣に。メルカッツとエルラッハを右翼、シュターデン、フォーゲルは左翼だ。」
「承知しました。」
さて、クーロ大将のお手並み拝見といこうか。
宇宙暦796年 アスターテ宙域 旗艦アトラス
ユーリ・クーロ
「閣下、通信が切れました。」
チュン参謀長の言葉を聞きながら次の命令を出す準備をする。
「通信、データリンクを頼む。」
そう言うと副司令官、分艦隊司令官、第2艦隊残存艦隊のヤンが映った。
「右翼クブルスリー、左翼は3人の分艦隊司令官に。ヤンは予備だ。」
「ハッ。陣形は如何なさいますか?このまま横陣で?」
「いや、折角のローエングラム伯との会話したのだ。もう少し彼の人となりを知るために工夫しよう。右翼を前に出す斜線陣にしてくれ。」
疑問があるだろうが先に命令の伝達をしてくれる参謀長に好感が持てた。やはりいい参謀長だな。
「敵も斜線陣に変更してきています。」
ふむ…もう少し弄ってみるか。
「そのまま左翼を前に出してくれ。鶴翼の陣にする中央は後退、左翼も後退だ。」
「承知しました。」
敵が紡錘陣形を取り始めた。鶴翼の中央を突破したいのか。えらく攻撃的だな。
「中央はそのままで紡錘陣形に再編してくれ。」
此方の紡錘陣形を見て、縦深陣に変更しているな。
「閣下、もう少し近付きませんと砲が届きません。互いに射程外から陣形を変える等、演習ではないかと。」
参謀長が心配になったのだろう。声を掛けてきた。ここからでも大いに読み取れることがあるのに。
「これは遊びではないよ。敵が此方の意図にどう対処するか。此方が敵の意図にどう対処するかを互いに見合っているのだ。ボクシングで云うところのジャブ、柔道で云うところの胴着の取り合いといったところかな。」
「それは分かっておりますが砲火も交えずに分かるものなのですか?」
「色々とな。ではそろそろ始めようか。半月の陣を。」
左翼を伸ばして中央と左翼の繋ぎ目と中央が手薄にしてみたが動じないか。
「左翼を下げろ。陣形はいい。」
命令を伝達してから此方を心配そうに見ている。
「それでは陣形が崩れますが?」
「誘いの隙を作ってみたのだ。恐らく敵は手を噛まれる事を嫌って手を出してこない。鶴翼の陣を、右翼を伸ばせ。目一杯にな。」
「なっ!それでは両翼の陣形がめちゃくちゃになります!」
驚きの声と諌めの声がごちゃ混ぜになっている。
「構わない。やってくれ。」
何か言いたそうにしているが頭を振り、命令の伝達を指示した。右翼のクブルスリーが
艦隊を伸ばしている。左翼が後退を止め、体勢を整え始めた。ここでも来ないのか?私の見込み違いかな?と思い始めた瞬間に!
「閣下!敵の左翼が我が軍の右翼クブルスリー提督との繋ぎ目に向かって前進してきました。」
やはり来たか。さっきから逸っているのか陣形構築にラグがあったからな。気になっていた。
ローエングラム伯、今回の遠征は君の能力を視る為のもので部下の大半を連れてこられず、臨時編成ととある情報筋から連絡があった。その隙を大いに突かせてもらうよ。
「ヤ~~~ン。」
『承知しました。正面に移動し、奇襲を掛けます。』
敵の左翼が前進するのをヤンの艦隊が待ち受け、右翼のクブルスリーが横から正面の我々が斜め左からの同時攻撃で損害を出している。大炎の花が咲いている。3000隻程は倒したかな。
「体勢を整えるように命令を出せ。」
さて数に差がついたがどうする?ローエングラム伯。
「閣下、敵が!」
引き際は弁えているようだ。此方もここまでだな。
「全軍に後退命令を出してくれ。」
「はっ。全軍に後退命令を。」
自席に深く座り直してからゆっくりしようとするとワイドボーン、ラップの両名が傍に寄ってきた。
「閣下にお聞きしたいことがあります。」
「何故敵が突出してくると分かったのです?」
この2人にとっては大いに疑問なのだろう。
「最初に行った陣形の変更の応戦は確かに一発の砲火も放たなかった。が敵の陣形構築の時間や反応等、様々な情報が見ることが出来た。その中で敵の左翼が面白い動きをしていたので何度も動きの中でからかってみたら突撃してきただけの話だ。恐らくは独断専行、命令無視の類いだな。」
これは…お前達が何処まで様々な情報を拾い集めるかも見ていたのだが…まぁ、ここら辺は仕方ないか。
チュン参謀長が近寄ってきた。
「閣下、敵の総司令官から電文が入っています。」
「なんと送ってきた。」
「貴官の戦術に敬意を表する。再戦の時まで壮健なれ。銀河帝国上級大将ラインハルト・フォン・ローエングラムと。」
「此方も返信をしますか?」
あの生真面目な性格を少しからかってみるか。
「そうだな。返信してくれるか。俺の勝ちってな。」
言いながら笑ってしまった。さぞかし敵の旗艦は居心地が悪くなるだろうな。頭から湯気を出して怒るかもしれないな。
そんな私を見ながら3人は呆れていた。笑い終わってから命令を新たに出した。
「残存兵の収容、救助を急いでくれ。助けれる命は助けたい。」
「「「ハッ。」」」
3人が敬礼をして救助活動、救援活動の指揮を取り始めた。
どうやらこの会戦も終わったようだ。なんか疲れた。早く帰ってゆっくりしたいものだな。