宇宙暦796年 アスターテ宙域 戦艦ブリュンヒルト
ラインハルト・フォン・ローエングラム
叛乱軍の名将と名高いユーリ・クーロとの通信が切れた。私の心を高揚させてくれる相手との対戦に胸が踊るというものだ。艦隊が寄せ集めなのが不本意だが仕方ないことだ。
キルヒアイスが話しかけてきた。
「戦うことになりましたが如何なさいますか?ラインハルト様?敵の出方を見るか、此方から仕掛けるか?」
当然の事を聞いてきた。
「愚問だな、キルヒアイス。此方から仕掛ける。待ち受けるなど性に合わない。」
「左様ですね。では陣形は如何なさいますか?」
キルヒアイスの問いに答えようとしたらオペレーターが焦った声をあげた。
「敵が動き出しました!陣形を変えております!」
その声にモニターに映された敵の陣形を見る。敵の右翼を前に出した斜線陣を形成しようとしている。
「敵の方が先に動き出しました。如何なさいますか?ラインハルト様。」
キルヒアイスが微かに笑いながら問い掛けてきた。
「なら此方も合わせようか。右翼のメルカッツとエルラッハを前に出せ。斜線陣を形成せよ。」
「ハッ、右翼前の斜線陣を形成せよ。」
キルヒアイスが復唱し、オペレーターがそれを受けて各艦に命令を出し始めた。
それから幾度か陣形を射程外から変えながら互いに敵味方の艦隊運用を確認しながら牽制をする。
「このまま勝負なしに持ち込む気か?」
敵のヤル気が見えない動きに不審感が募る。それを感じたのだろう。キルヒアイスが自分の所感を話してきた。
「此方は3戦した後です。武器弾薬、燃料に不安があります。それを見越して時間稼ぎをしているのかもしれません。」
「あの男が私相手に時間稼ぎするしかないとは期待外れか。」
幾ばくかの落胆の思いを口にすると同時にオペレーターが緊張感を持ちながら報告してきた。
「敵左翼が艦列を崩しながら後退しております!大きな隙が!」
モニターにも左翼が艦列を大きく崩しながら後退している。
「ラインハルト様、敵の隙を突きますか?」
分かっていて聞く等、相変わらず人が悪い。
「誘いの隙だ。此方が痛い目を見ることになる。全艦に動くなと伝えろ。」
「承知しました。」
終局に向けて少しずつ時が進んでいる。
宇宙暦796年 アスターテ宙域 戦艦ミネルヴァ
ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ
副官のシュナイダー大尉が声を掛けてきた。
「中々戦闘になりませんね。」
「ふむ。私はクーロ提督と幾度となく戦場で相対してきたが無駄なことはしないタイプの男だと思っている。」
私の言葉に疑問を持ったのか聞いてきた。
「無駄なことはしないタイプですか?ではこの射程外からの陣形変更にも何らかの意図があると?」
「そうだろうな。それが何なのかは私には一切分からないが。」
「はぁ。」
「しかし分かっていることもある。奴は危険すぎる程に危険な男だと云うことだ。」
そんな話をしているとエルラッハ少将から通信が入ったとオペレーターが報告してきた。
繋ぐように命じるとモニターに険しい顔をした男が映る。
「メルカッツ提督、どうなっているのだ。全く戦闘にならないではないか!」
「互いに牽制しているのです。達人同士の闘いが一瞬で決まるように見えない攻撃が飛び交っているのです。」
私がエルラッハ少将を宥めているとオペレーターが緊急に報告してきた。
「敵左翼が艦列を崩しながら後退しております!」
その声を聞いたのか意気揚々と前進し攻撃をしようとエルラッハ少将が言ってきた。
「メルカッツ提督敵が陣形を崩している!攻撃する好機だ!」
「誘いの隙だ。敵左翼の艦首を確認すれば分かります。全てがある一点に向けられている。私達が攻撃をしようとしたら敵の罠に飛び込むことになる。」
「ぐっ、なら攻撃は自重することにしよう。」
此方は問題ないようだ。敵の誘いは巧妙かつ緻密の極みだ。ローエングラム伯爵は分かっているだろうが、此方の左翼はどうだろうか?シュターデンにフォーゲルとローエングラム伯に反発している。乗らずにいられるだろうか。
宇宙暦796年 アスターテ宙域 戦艦ブリュンヒルト
ラインハルト・フォン・ローエングラム
「敵の誘いに右翼のメルカッツ大将、エルラッハ少将は乗らなかったようです。」
キルヒアイスの報告に一つ頷いた。
「メルカッツ程の歴戦の雄なら敵の狙いは分かるだろう。問題は左翼の2人がどうなるのか。」
私の心配もよそに敵のクーロ提督は手を打ってくる。
「敵の右翼が艦列の外に伸ばしつつあります!此方の左翼を半包囲しつつあり。」
敵の中央と右翼の繋ぎ目が切れそうになっている。隙だがあからさま過ぎる。罠だろうな。
「左翼に後退の命令を出せ。」
敵の半包囲に後退して躱そうと命令を出した。
「左翼が突撃しています!」
オペレーターの報告に立ち上がりながら声を荒げてしまった。
「馬鹿な!誘いの隙が分からないのか!後退の命令も出した筈だ。」
「ラインハルト様!改めて後退の命令を出してよろしいでしょうか!?」
大きく息を吐いた。
「もう間に合わない。敵の中央、右翼から左右。第2艦隊の生き残りが正面からの3方向から袋叩きだろう。」
私への反発心から命令無視する可能性を考慮に入れていたが敵が作った隙に乗るとは。愚かに過ぎる。
フォーゲルが突撃し、シュターデンも引き摺られて突撃している。
フォーゲルが攻撃する瞬間に3方から攻撃を受けて大炎の花を咲かしている。引き摺られて前に出たシュターデンも前衛が攻撃を受けている。下がろうとしているからそこまで被害は受けていない。
敵は追撃をしないようだ。敵の狙いは最初から定まっていたようだな。
「戦艦フォファナ、撃沈!フォーゲル中将戦死!」
オペレーターが焦った様に報告してきた。それを見てキルヒアイスは訊ねてきた。
「如何なさいますか?概算で左翼が4000程の被害を受けました。フォーゲル中将戦死との事です。」
「ここまで戦力差が開いた以上、無理は出来ない。全軍に後退命令を出してくれ。」
「かしこまりました。」
キルヒアイスが命令を出している。
「負けたな。敵の狙いは寄せ集めの我々を挑発し、隙を作り、血気に逸った処を的確に撃つことだったようだ。見事にしてやられたな。」
「3個艦隊を壊滅させたのです。敵もその様に思っておりますよ。」
「そうだ、キルヒアイス。敵のヤン・ウェンリー、ユーリ・クーロに奮戦を賞する電文を送ってくれ。再戦を心待ちにしていると。」
「承知しました。」
電文を送って直ぐにクーロ提督から返信が来た。俺の勝ちと勝ちを誇られた。
「俺の勝ちか……残念だがその通りだな。次は私が勝利の凱歌を奏でたいものだ。」
「ラインハルト様なら可能です。」
「俺達ならだ、キルヒアイス。」
キルヒアイスが嬉しそうに笑顔を浮かべている。
「はい、ラインハルト様。」
「帰ろう、キルヒアイス。俺達の帰りを姉上が待っている。」
この戦いで同盟軍は3万隻を越える被害を受けたのに対し、帝国軍は3千隻を越える被害であった。勝敗は誰の目から見ても帝国軍の勝利に終わったもののラインハルトの心の内に引っ掛かるものが出来ていたのは確かであった。
宇宙暦796年 オーディン 黒真珠の間
「アスターテ星域における叛乱軍討伐の功績により汝、ローエングラム伯ラインハルトを帝国元帥に任ずる。また帝国宇宙艦隊副司令長官に任じ、宇宙艦隊の半数を汝の指揮下に置くものとする。帝国歴487年銀河帝国皇帝フリードリヒ4世。」
辞令書が読み上げられ、式部官の台に辞令書を置き、代わりに元帥杖を手に取り、前に差し出された。それをローエングラム伯爵が恭しく受け取る。
「ふん、二十歳の元帥か。光輝ある帝国宇宙艦隊は何時から幼児の玩具に成り下がったのです、閣下?」
装甲擲弾兵総監オフレッサー上級大将が不満げに宇宙艦隊司令長官ミュッケンベルガー元帥に噛みついた。
「あの金髪の小僧に用兵の才能が有ることは否定できぬ。現に叛乱軍を撃破しておる。その手腕には百戦錬磨のメルカッツでさえ舌を巻いておるのだ。」
事実を伝えたがオフレッサーにとってはそれも不満のようだ。
「牙を抜かれたと見えますな。勝ったとは云え一度だけでは偶然という事もありましょう。小官に言わせれば敵が無能すぎたとしか思えません。」
事実を事実と受け取れないとは余程嫌悪が過ぎるのだろう。
「それに叛乱軍のクーロ提督との戦いでは負けたというではないですか。」
「その前に3万隻を越え、4万隻に近い数の叛乱軍を撃破しておる。これでも昇進に値しないと言うのかね?装甲擲弾兵総監オフレッサー上級大将?」
「それは……」
「認めなければならない。結果は結果だ。」
その後は恙無く式が終わった。
歴史に燦々と名を残すことになる1人の元帥が帝国に誕生した。