次はガンダムの方になります。年内にもう一回こっちを頑張りたいけど無理だと思うので、あんまり期待しないでください。
宇宙暦796年 クラインゲルト子爵領 ジャン・ロベール・ラップ大佐
いつものように、クラインゲルト領を大規模開墾した農場を視察しながらクラインゲルト子爵と執事のモンターク殿に現状を報告している。
元帥、参謀長、副官の私、開墾作業の責任者、子爵、モンターク殿、農民代表者、フィーアさん、カール君のそこそこの大所帯でゆっくり移動しながら規模や将来の収穫量、それによって得られる財、得るために使われる費用等を予測を入れて説明している。
農民代表者には、管理に必要な道具の使い方の説明や故障に対する対処法等、多岐に渡る説明がなされている。
道具や機械を揃えるのは閣下が話を前もって着けてあったCR商会が窓口になってくれるので解決したようなもので、問題は領民が決められた作業をしてくれるかどうかなのだが、同盟の農業地帯の映像や収益を見たら、案外簡単に協力してくれるようになった。
ここらへんは意外と現金なもので、楽に大量に稼げると知れば立場関係なく協力してくれるのは同盟人も帝国人も同じのようだ。
そんな話し合いをしながらノンビリと順調に育ってきた小麦や米の苗を見ながら歩いている。
そんな時に、アトラス艦橋に残してきたワイドボーン准将から緊急通信が届いた。これは甲高い音が特徴的で、どんな用事よりも緊急性が高い連絡がある時に指定されている連絡方法だ。
軍人の私達は険しい表情で顔を見合わせて、クラインゲルト領の方々は、五月蝿い音に眉を顰めたり、耳を塞いだりしている。
参謀長が代表して、持っているモニターを開くと、挨拶も早々に連絡事項を伝えてくる。
『参謀長、後方の補給部隊からの通信が途絶えました。「敵の反応多数、数およそ三万隻」と連絡があって以降、敵の妨害電波の影響か連絡がつきません。』
その内容に緊張が走った。遂に来たのだ。閣下がいつかは来ると言っていた事態が。
『艦隊司令官の何人かが話し合いを求めてきております。』
閣下に視線を向けると厳しい顔をしていらっしゃる。恐らくこれまでのどの時より………。それだけでこの遠征の危険性が理解できた。
「分かった。30分後に艦隊司令官会議を行うと通告してくれ。時間がないからそれまでに各艦隊の意見をまとめておくようにとも伝えてくれ。それと全艦に通達。3時間後にこの惑星より撤退する。直ちに準備に掛かれ。地上の物資は置いていって構わない。アトラスも三十分前には発進し、遅くとも3時間後には離脱する。私も艦に直ぐ戻る。」
『ハッ!』
ワイドボーンが敬礼をして通信を切った。元帥閣下はクラインゲルト子爵に身体を向けると、事情を説明し始めた。
「お聞きになられたと思いますが、イゼルローン要塞より此方に向かっていた補給部隊が、恐らく迂回した帝国軍に殲滅、もしくは拿捕されたようです。私はこれ以上の戦争の継続は不可能と判断し、撤退します。これまで子爵にはご迷惑をお掛けしました事を謝罪し、この地を放棄し、逃げ帰る事をお詫び致します。」
閣下はそう説明し、深く頭を下げて謝罪なされた。
「頭をお上げください、クーロ元帥。私どもに不満はありません。貴方方は、秩序を持ち、この地の領民に敬意を持って接してくれました。そして、発展まで寄与していただいた。感謝こそすれ、謝罪など必要ありません。」
優しい言葉をかけてくださる子爵に皆が軽く頭を下げた。
「帝国貴族である私が、このようなことを言うのは本当はいけないのでしょうが、無事なご帰還をお祈りしております。」
「ありがとうございます。次は同盟、帝国関係なく、宇宙が平和な時にお会いしたいものです。」
「全くですな。」
最後はお二人とも笑いあって握手を交わした。
「御無事のお帰りを祈願しております。」
「ありがとうございます。フィーアさんもご健勝で。クラインゲルト子爵、カール君を温かく見守ってあげてください。」
「はい。」
閣下はフィーアさんともお互い別れの言葉を掛け合い、軽くハグし、互いの頬にキスを送って離れた。
「おじさん………」
「この地は帝国でも屈指の農業惑星に出来る、私ならな。カール君に出来るかな?」
「出来ます!お祖父様を助け、必ず帝国一の惑星にしてみせます!」
「そうか。ならおじさんは遠く離れた同盟からずっと見ているからな。約束だぞ。」
そう言って指切りをし、最後に高く抱え上げた。
「では。」
そう言って、最後の敬礼を行った。閣下に続いて我々も行う。
子爵側も皆が一様に軽く頭を下げた。ここですることは終わった。急いで艦に戻るとしよう。
宇宙暦796年 クラインゲルト子爵領 チュン・ウー・チェン参謀長
アトラスに乗艦し、艦橋に上がると皆が一斉に敬礼をしてきた。閣下、私達も返礼し、各自席に着く。撤退命令を出して三十分ぎりぎりだが戻ってこられた。司令部要員で残っていた最上位士官のワイドボーン准将が報告をしてくる。
「地上の部隊は各自撤収準備に取り掛かっております。恐らくあと三十分程でこの惑星を出る手筈が整うかと。」
ワイドボーン准将の報告に頷いた。
「それと艦隊司令官の皆様が艦に到着され次第、ご連絡が欲しいと。」
「分かった。繋いでくれ。」
「ハッ。」
閣下の返事を聞き、通信を繋ぎにかかった。
「参謀長、私は艦隊司令官と会議を行っていますので、発進準備、撤退準備が整い次第、離脱、撤退にかかってください。」
「承知いたしました。」
閣下が私にそう伝え、正面のモニターに視線を戻された。
順々にモニターに艦隊司令官達が映し出されていく。
この遠征に参加した8個艦隊の司令官が皆揃うと一斉に敬礼を行う。元帥であり、副司令長官であり、この遠征軍の前線総司令官である閣下が返礼を行う。
「皆も知っての通り、後方を移動中の補給部隊が敵襲を受けました。現在は連絡が取れず、恐らく撃破、拿捕に遭ったものと思われます。この事態を受けて、どうするか話し合うべきと思います。皆の意見は?」
そう言って、艦隊司令官達に意見を募ると、皆が視線を右往左往させ、口を噤んだ。
『小官としては、補給が無く、次の補給が早くても半年後となるならこれ以上の遠征は無理と判断いたします。』
第五艦隊ビュコック中将が意見を述べた。
『小官も同意見です。食糧が持ちません。』
第十艦隊のウランフ中将もビュコック中将の意見に賛同した。
『小官も意見を同じくします。』
第十二艦隊ボロディン中将もだ。そこからの流れはスムーズに進んだ。各艦隊司令官は自身の艦隊もこれ以上の継戦を不可能と判断している。撤退の判断は妥当と結論付けた。
「では、総司令官並びに総司令部に艦隊司令官の一致の意見とし、撤退を要請しようと思いますが?」
副司令、分艦隊司令官の艦隊の集結を確認しつつ、艦隊司令官達の会議を聞き耳立てて、聞いていると、撤退の意見になり、総司令官、総司令部に命令として、撤退を認めてほしいと要請するようだ。
イゼルローン要塞に連絡を入れると、作戦参謀のフォーク准将が出てきた。
艦隊司令官の中からビュコック中将が中心となってやり取りをしている。元帥は何処か上の空というか、考え事をなさっておられるように見える。
ロボス元帥に代わらないフォーク准将と艦隊司令官として元帥に意見を申したい此方側で論争が少しずつ熱を帯びる。
ビュコック中将にウランフ中将、ボロディン中将や他の司令官も加勢する。今回の作戦をなじり、今の状況を引き起こした総司令部を批難する。それに対し、フォーク准将は悪いのは対応出来ない現場で、総司令部は最善を尽くしていると平然と嘯く始末だ。
こんな奴が、今回の同盟始まって以来の大規模遠征軍の作戦参謀とは………。開いた口が塞がらないとはこのことだろう。
フォーク准将の我関せず、自分の作戦の失態を我々現場組に押し付ける態度に腹が立ったのか、フォーク准将自身への批判に変わってきた。それに対して、フォーク准将は顔を引き攣らせ、弱々しく反論するも、何故か精彩がない。
それにしても、元帥閣下は何を考えておられるのか?腕を組んだり、顎を撫でたり、蟀谷をトントンと叩いたり、目頭を押さえたりと忙しなく動いている。そんな姿を見て、艦隊司令官の面々は上がっていたボルテージが若干冷えてきたようだが、ビュコック提督は変わらず、フォーク准将を問い詰めている。
『他人に命令する事が、自分に出来るかどうか、貴官自らやってみたらどうか!』
厳しい口調で叱責すると、フォーク准将の様子がみるみるうちに可笑しくなってきた。
『あ、あ…あっ、あー〜ー、あ〜ーー〜ー〜ー〜ー。』
急に叫び始め、画面から崩れ落ちる様に下へ消えていった。
艦隊司令官も皆一様に固まり、声を出せずにいる。そんな時に、クーロ元帥がハァーーーーと大きな溜め息を吐いた。
「恐らくは、転換性ヒステリーでしょう。」
『転換性ヒステリー?とは何ですか?』
アップルトン提督が頭に疑問符を浮かべながら尋ねてきた。
「ストレスや葛藤などの精神的な要因が身体症状として現れる精神疾患です。先程から落ち着きがなかったり、視線が右往左往していたり、呼吸が荒くなったり、声が出なくなる失声、ろれつが回らなくなる構音障害が見られました。状況から察するにそうではないかと。」
艦隊司令官が目を見合わせている。何にも言えない人の集まりなのか、暫しの沈黙が流れた。モニター越しにだが総司令部がごちゃごちゃしているのが声から分かる。
10分以上経ってから一人の初老の男がやっとモニターの前に現れた。
『これはこれは総参謀長殿。』
『ビュコック提督、諸提督方もお見苦しい所をお目にかけ、恐縮です。』
総参謀長が顔を顰め、眉を顰めている。
『彼はどうしたのです?』
ビュコック提督の疑問をグリーンヒル総参謀長が一瞬視線を外し、顔を顰めてから此方の疑問に答えられた。
『それが…、軍医の説明によると挫折感が異常な興奮を引き起こし、発作を起こしたそうです。原因が精神的なものなので、それを取り去らない限りは、この先何度でも発作を繰り返すだろうと。』
『ではどうすれば良いと?』
ビュコック提督の質問にグリーンヒル総参謀長が顔を俯かせた。どうやら答え難い内容のようだ。
『逆らわず、挫折感も与えず、あらゆる事が彼の思う様に運べば良いそうです。』
『はぁ〜。』
グリーンヒル総参謀長の説明にビュコック提督は溜め息を吐きながら顔を逸らされた。度し難い事をとでも思っておられるのだろう。他の提督方も顔を横に振ったり、溜め息を吐いたり、目頭を押さえたりと様々な方法で不快感を表している。
『本気で仰っておられるのかな?』
『彼の今後の処遇については、自ずと決まることでしょう。』
『当然だ。彼は退くべきだ。幼児と同程度のメンタリティーしか持たん奴が3000万将兵の軍師だなどと知ったら、帝国軍の連中が踊りだすだろうて。』
艦隊司令官が皆々深く頷いた。私個人も全くの同意見だ。若しくは、面白くないジョークだと失笑するかもしれないが……。
『ところで撤退の件は如何ですかな?』
やっと本題に入ることが出来る。スムーズに撤退に取り掛かれればよいのだが。閣下の予想では返事は先延ばしにするか言を右往左往するだろうと仰られていたが………。
『前線の将兵は心理的にも肉体的にも戦える状態にないのです。』
『暫しお待ち下さい。総司令官閣下の御裁可が必要です。即答できかねる事をお承知頂きたい。』
後方を移動中だった補給部隊が帝国軍にやられて何を悠長なことを言っているのだ!
『事は急を要している!非礼を承知で申し上げるが、総司令部は事態を理解しておられるのか!』
『総司令官は今、お休みになられております…』
『はあっ!?』
全員が総参謀長が何を言われたのかよく分からなかったのか、不思議そうな顔をした。遠征始まって以来の緊急性のある事態が起こったのに寝ている?起こしていないのか?どうなっているのだ!?
『今…何と仰った?』
ビュコック提督が予想外の答えを聞いたのか間の抜けた顔をなされている。
『総司令官は今、お休みになられております。敵襲以外は起こすなとの御命令です。提督方の要望は起床後、必ずお伝えしますので、どうかそれまでお待ちを。』
恐らく、閣下が予想した事態が起こったのでバツが悪くなって逃げたのだろう。そら見たことかと言われるのを嫌がったのだろう。
馬鹿な内容を聞いて頭にきたのか、ビュコック提督が頭を横に軽く振られた。その瞬間、今まで沈黙を保っていた元帥が口を開いた。
「叩き起こせ。」
『クーロ副司令長官、それは……』
「後方を移動中の補給部隊とは云え、敵襲は敵襲だ。叩き起こせと言っている。理解できないのか総参謀長グリーンヒル大将。」
絶対零度の視線と声音が元帥が本気で仰っておられるのを理解させた。諸提督方も皆が口を噤んだ。
「後方を遮断されたのだ。次は帝国軍の全面攻勢が来るだろう。こんな事は少し考える知能があれば理解できる事だ。その時に備え、策を練るため、補給部隊が殲滅されたことで此方の継戦能力が消失したことで連絡したのにも関わらず、まともに取り合おうとなさらないと。」
『それは……、総司令官閣下が起きられましたら、直ぐに事態を報告し、諸提督方に連絡差し上げると御約束しますので、ここは何卒………』
「つまり、総司令官を起こさずに、また我々に出直せと仰っられるのだな、総参謀長?」
『………そう、ご理解頂きたく……』
全艦隊司令官が総参謀長の答えを聞き、溜め息を吐いた。
「もういい。」
『はぁ?』
クーロ元帥がボソリと呟いた言葉を聞き取れなかったのかグリーンヒル総参謀長が問い掛けて来た。
ガタリと席を立たれて、激しく咆哮なされた。
「もういい、もういいと言ったのだ!同盟軍副司令長官クーロ元帥がロボス総司令官、グリーンヒル総参謀長、同盟軍総司令部の指揮能力の喪失と判断し、全軍の指揮は私が執る!」
『クーロ元帥!?』
画面上でグリーンヒル総参謀長が何か言っておられるが関係ないとばかりに次々と言葉を発していく元帥に心が身体が熱くなるのを感じた。やっと同盟軍が誇る当代無双の名将が不本意な形とは云え、全権を握るのだ。高揚感を感じざるを得まい。
「なお、この軍権の掌握はハイネセン帰還までとし、ハイネセン帰還後は、この権力の掌握が正当な物であったかは軍事裁判で問うことをここに明言する。」
クーロ元帥がモニターに映る各艦隊司令官の顔を一人一人しっかりと見る。
「各艦隊司令官は私の命令に従ってほしい。」
何人かの艦隊司令官は左右に顔を視線を向けられた。恐らく各艦隊の参謀長や参謀に確認を取ったのだろう。
『第十三艦隊は閣下の御命令に従います。』
『第五艦隊も同様じゃ。』
『第十艦隊も従います。』
『第十二艦隊も。御命令を。』
私もと全艦隊司令官が従う旨を表明なされた。ここにこの遠征におけるクーデターとも言われかねない軍権の掌握はなされた。
「ありがとう、各艦隊司令官には感謝する。では最初の命令を発する。全軍撤退せよ!」
『『『『『『ハッ!』』』』』』
全艦隊司令官が一斉に敬礼をし、各艦隊に指示を出し始めた。
席に座られ、目障りだと思われたのかイゼルローン要塞のグリーンヒル総参謀長が映った画面を消した。
「グリーンヒル大尉、すまないな。君の父上には詰め腹を切らせる事になるだろう。」
『いえ、仕方ないかと。現状を鑑みれば………』
元帥は重々しく頷かれ、沈思黙考なされようとしたので、ずっと疑問だった事を一つ質問した。
「先程から何を考えていらしたのです?私も皆様も一様にお気になされておりましたが?」
私に視線を向け、艦隊司令官に視線を向けると同意するかのように頷いた。
「ああ、いや、後方の補給部隊を襲った三万隻の敵艦隊はこの後はどうするかを考えていた。目的を果たしたと撤退する、これは無いな。イゼルローン回廊に移動し、我々の撤退を阻止する。これは我々が攻撃、突破を図ろうとすると敗走が潰走になりかねないから、まず無いだろう。次は、我々遠征軍の要石の位置にあるビュコック提督の艦隊を攻撃し、我々の退路を緩やかに包囲する。」
唸り声が聞こえてきた。有り得る敵の作戦だ。そうなると後方を敵に襲われ、後退の最中後方に敵艦隊三万隻に突かれるのを想像したのだろう。まず間違いなく全滅する。
「進撃し、我々の後方を脅かす。これは敵艦隊が待つのか攻めるのかの違いだが、敵艦隊が半分に艦隊を分け、順に襲い掛かると少なくとも2個艦隊が前後に敵を抱えることになる。面白くない事態だな。」
重苦しい空気が場を支配した。我々が考えている以上に最悪の事態になっているようだ。楽観視していた総司令部連中は馬鹿揃いと思っていたが我々もそこまで変わらないようだ。
「こうなると各艦隊は近場の艦隊と合流を目指しつつ、いち早くビュコック提督の持ち場に集結したほうがいいな。各艦隊の連絡は密にするように。では提督方の幸運を祈る。」
そう言って、敬礼をして連絡を終えた。後は通信兵が各艦隊と連絡網を維持しつつ、緊急性の高い連絡は我々に繋げる形だ。
「我々はどのルートで撤退なされますか?」
私が問い掛ける。我々の撤退ルートは4つあり、一つは主要航路を用いたルート、二つは主要航路から少しズレた脇道を使うルート、最後の一つはコースを外れた小惑星帯を抜けるルートになっている。
最初のルートは5日でビュコック提督の所に着くが脇道のルートは半日から1日近く遅くなる。最後の小惑星帯を抜けるルートは2日ほど遅くなる予定だ。
「ここは速さを執るか、安全さを取るか思案の為所だ。」
「はい………」
閣下の恐らく自問自答と思われるが、それに小さく言葉少なに返した。参謀のワイドボーン准将、副官のラップ大佐、旗艦艦長を務めるカールセン准将も不安気に此方を見ている。
「安全第一で行きますか。着くのは遅くなりますが先ずは無事に全員が帰ることが大事です。小惑星帯を通って帰ることにします。全艦に通達を。」
「ハッ。」
そう言って返事をし、全艦に通達を取る準備に取り掛かった。
宇宙暦796年 旗艦アトラス ユーリ・クーロ元帥
クラインゲルト子爵領から幾日の時間が経った。もうあと数時間で小惑星帯が見えるだろう。今、6時を過ぎ、7時が近くなってきた。撤退を開始してからは、艦橋を離れるのは朝と夜のシャワーを浴びる30分ずつとトイレの数回以外にない。自席で短い仮眠を繰り返している。他の乗組員は第二戦闘配備のローテーションにしている。
朝食を次席副官のスーン・スールズカリッター大尉が持ってきてくれた。シリアルに保存が効くように作られた牛乳がかけられている。礼を言いながらそれを受け取り、スプーンでかき込んでいく。正面に映るモニターに帝国領辺境の地図と主だった航路が記されている。そこに同盟軍の各艦隊がマーキングされており、どこを移動中かある程度リアルタイムで映されている。
昨夜遅くに反対側にいたアル・サレム提督の艦隊が強襲を受け、壊滅と報告を受けてから艦橋も艦隊もピリピリしている。今までは敵を探せど見つからずだったのが、いつ何時襲われても可笑しくない状況になったせいだろう。
アル・サレム提督が戦死する前に送られた情報によるとミッターマイヤー提督の乗艦ベイオウルフを確認したらしい。
彼は別働隊の指揮官から外れる。まぁ、十中八九キルヒアイス中将だろうが………。
正直、ローエングラム元帥府に所属する綺羅星の如くの提督達の中で、私にとって一番嫌な相手はキルヒアイス提督だと思っている。ローエングラム伯含め、他の人には癖がある。ローエングラム伯やミッターマイヤー、ケンプ、ビッテンフェルトは攻勢が強く、攻めに出てくる所を突けるだろう。ワーレン、ルッツ、メックリンガーは守勢が上手く、戦術的にも戦略的にも無茶は好まないところがある。
それを考えるとキルヒアイス、ロイエンタールの両名は攻守柔軟にしてバランスの取れた宇宙屈指の名将になるだろうと思っている。ただ、ロイエンタール提督は斜に構えた所があるのか、スマートに勝ちたがる質があると感じている。
それに比べ、キルヒアイス提督は欠点らしい欠点が見当たらない。困った事に………。
唯一、あるとすればローエングラム伯が命の危機になった時に身を挺して守りに行くだろう。だが今回はそんな状況にならないから意味が無い………。
ツラツラと考えていると索敵班が急に慌てだした。
「こ、これは!!前方に熱源反応!!………帝国軍です!数は……一万………二万………三万!およそ三万隻です!」
索敵班の報告に私も艦橋にいる全員が凍りついた。まさか此方の撤退ルートを読まれていたとは………。いや、三万隻に後方を取られたという一点で、心中の不安から安全策に傾いた私の考えを読んだのだ。
真にあっぱれだよ、キルヒアイス中将。
「第一戦闘配備!全艦に通達!司令部要員を呼び出せ!」
「ハッ、了解!総員第一戦闘配備!」
私の命令を次席副官のスーン大尉が命令にしていく。
まだまだ地獄からの脱出とはいかないようだ…………。