宇宙暦796年 旗艦アトラス ユーリ・クーロ元帥
「アトラス、全ステータス戦闘レベルに移行。」
「艦隊戦術データリンク接続完了、各艦の接続も確認。」
「全セクションより応答あり。問題なしとのことです。」
第一艦隊が慌ただしく動き出している。第一戦闘配備を発令すると間髪なく動き出している。分艦隊、副司令艦隊も本隊の横に付き、横陣に移行していっている。それをデータリンクで表示されている画面で確認しながら完了するのを待っている。
「遅くなりました。」
「遅くなり申し訳ありません。」
「遅くなりました。」
チュン参謀長、ワイドボーン准将、ラップ大佐が慌ただしく艦橋に上がってきた。遅くなったことを詫びる彼らに手を軽く上げる事で謝罪を止め、席を指差すことで着席を促した。
「後方の補給部隊を襲撃した3万隻の艦隊の司令官に、どうやら私の安全策を取った心理を読まれたようです。」
眼前にされた3万隻の帝国軍艦艇に3人は厳しい表情を浮かべている。
副司令官、分艦隊司令官から戦闘準備完了の連絡が来た時、オペレーターが大きな声を上げた。
「閣下!帝国軍より本艦に向けて全周波通信が入っております。」
艦橋の人間が全員此方に顔を、視線を向ける。
「繋いでくれ。」
私の返事を受け、オペレーターが繋いでくれた。
画面上に赤毛の誠実そうな美男子が映った。ミリィが調査してくれたローエングラム元帥府の書類で見たことのある奴だ。敬礼をしてきたので答礼を返すと、
『私は帝国軍宇宙艦隊副司令長官ラインハルト・フォン・ローエングラム元帥麾下ジークフリード・キルヒアイス中将です。』
「自由惑星同盟軍宇宙艦隊副司令長官ユーリ・クーロ元帥です。カストロプ動乱を見事治められたキルヒアイス提督に会えるとは思いませんでした。」
『私も当代無双と言われるクーロ元帥とこうして相対することになるとは思ってもみませんでした。』
軽い笑みを浮かべながら穏やかな挨拶を互いに行う。
「それでキルヒアイス提督、用件は何かな?」
この場にいる全員、大凡の察しはついているが。
『降伏していただきたい。そう遠からずロイエンタール提督が此方に来援されます。貴方方に勝ち目はないと思います。』
「ふむ。」
『皆様の身の安全はローエングラム元帥の御力で保証させて頂きます。勿論、クーロ元帥から一兵卒に至るまで全員です。』
破格の条件だな。私の命を奪えば報奨は思うがままであろうに。だがその条件では受け入れるわけには行かないな。
「有り難い申し出だが受ける事は出来かねる。」
私の言葉に、若干眉を顰める。心優しいと評判の彼の事だ。部下を無駄死にさせる決断をした私を軽蔑しているのだろう。
『それは……何故でしょうか?』
そして声が微かに震えている。恐らくは怒りを押し殺しているのだろう。
「私は何時も出兵する時、心に決めている事がある。一人でも多くの部下を親や妻、子供達の下へ帰すと。その降伏条件では誰一人そうならない。だから断るのだ。」
私の言葉に大きく目を見開いた後、考え込んでいる。
『貴方方、総司令部の降伏は有り得るという事で理解しても?』
「彼らにも家族がいます。私の降伏とこの同盟軍最新鋭艦アトラスでは如何かな?」
悩んでいる。悪くない提案と思っているのが分かる。しかし、それでは此方に有利過ぎる条件と思っているのだろう。
『でしたらその条件に加え、クーロ元帥がローエングラム元帥に忠誠を誓うなら貴公の艦隊を全て同盟領へ帰すことを約束します。如何でしょうか?』
「中々に心苦しい条件です、私にこれまで散々戦ってきた帝国軍に仕えろとは………。しかし部下を全員助けてもらえるなら否やはありません。『閣下!』『元帥閣下!』」
降伏を受諾すると言おうとした時、通信に誰かが割り込んできた。声からクブルスリーと分艦隊司令官の3人だろう。
『お話の所、無粋な真似を致しました。しかしながら我らは皆下士官、一兵卒に至るまで貴方を同盟領に帰還させるべく人柱になる覚悟です。』
「馬鹿な事を言うな、クブルスリー副司令官。150万を越える人員と私の生命、どちらが大切か!」
私の怒声、咆哮にピクリとも揺るがず此方に厳しい視線を、熱い想いを向けてくる。
『我らの家族を守る為に貴方には泥水を啜ってでも我々の命を糧にしてでも生きて頂かねばならないのです。同盟を守り、軍の強きを守り、我々の大切なものを護るには貴方の隔絶した御力が必要なのです。』
「馬鹿な事を言うな!お前達を失うは両手両足を失うと同義だ!」
私の言葉に嬉しそうに笑う。馬鹿野郎が………!
『その言葉だけで十分です。我々手足の代わりの義手、義足はいます。期待していいな、チュン大将、カールセン准将、ワイドボーン准将、ラップ大佐。』
「承知した!」「微力ながら。」「承った!」「はっ!」
4者4様其々の言葉で応え、クブルスリーや分艦隊司令官は満足そうに頷いている。
『ではこれより戦闘を開始します。閣下におかれましては我らの奮戦をご照覧あれ。』
言うだけ言って通信を切りやがった。馬鹿ばかりで嫌になる。
『ままならないものですね、クーロ元帥。』
「全くです。上官の命令を軽んじる輩が多すぎる。」
敵対する二人の司令官で世の不条理を嘆く。暫しの間の後に失笑が溢れた。
「と云うことで降伏は断らせていただくことと相成りました。」
『分かりました。叛乱軍が誇る当代無双の名将の艦隊運用の切れ味、得と味わわせてもらいます。』
互いに敬礼をし、通信を切った。
「全艦に通達。プランD4パターン8Fで対応する。」
私の命令に艦橋が活気を帯びてきた。このまま推移すれば負け戦だろう。なのに降伏を拒否して戦うとは、私の艦隊が馬鹿ばかりとは思わなかったな。私の人生最大の誤算だ。
宇宙暦796年 旗艦バルバロッサ ジークフリード・キルヒアイス
「中々に粘るな。」
「ああ。恐らくシールド出力にエネルギーを回しているのだろう。」
参謀のベルゲングリューン、ビューロー両少将が話している。二人の言うように敵に碌なダメージを与えれていない。シールド出力に回しているから攻撃出力が幾ばくが低くなっているので、此方への被害が少ない。
半日もすればロイエンタール提督が敵の後背を突くことを考えれば撤退も視野に入るだろう。しかしそうなればロイエンタール提督の行軍ルートと被ることになる。
クーロ元帥の望みは此方の艦隊の突破だろうが、それは倍の数を揃える我々を考えれば現実的ではないのに、まだ撤退をしない。この状況で何か他に手があるのか?
「全艦に命令を。陣形を維持するようにと。」
両参謀が顔を見合わせ、頷いてから動き出した。互いに様子を窺いながら慎重に進めていると2時間がたった。
このままでいい。互いに被害が最小限で時が過ぎる。ロイエンタール提督が後方に来たら、今一度降伏勧告をしよう。その状況ならば受け入れざるを得まい。
「提督!左方に熱源です。………これは叛乱軍です。数凡そ4000隻!」
なっ!4000!?ここに来る前に破った艦隊か!イゼルローンに撤退していなかったのか!
「左翼が攻撃されています!………敵艦隊、こちらの左翼に入られます!」
モニターに状況が映し出されている。早急に手を打たなければ。
「我が直卒艦隊で援護に向かいます。」
予備として中央後方に残していた3000隻で援護と混乱の収拾をしなければ。
「前方の敵艦隊、前進しています。」
流石はクーロ元帥、この混乱を広げようとしている。打つ手が早い。どちらが早いかの勝負になるな。
宇宙暦796年 旗艦アトラス ユーリ・クーロ元帥
キルヒアイス提督の艦隊左翼に味方艦隊が突っ込んだ。数は凡そ4000隻といったところだろう。誰の艦隊だ?この近くとなるとアップルトンか?
「元帥、味方艦艇から通信です。モニターに映します。」
モニターに一人の壮年の男が映る。やはりアップルトン提督か………。
『閣下、離脱し撤退を。』
アップルトン提督の艦隊は敵左翼を貫き、中央にも侵食し始めている。
『先程の通信、聴いておりました。小官もそう思います。貴方は生きて同盟に帰らねばならない。我らの為、同盟の為、同盟軍の為に、ご決断を!』
分かっている、分かっているのだ。今この瞬間をおいて他に撤退のチャンスがあるとも思えない。離脱するべきなのだ。
『敵右翼は我々が防ぎます。早く離脱を!』
アップルトン提督との回線に割り込んできたのは、此方の左翼を担当する分艦隊司令官の3人だった。
「カルロス少将、ディーン少将、シェフィール少将………」
『我ら左翼が敵右翼を食い止めます。直ちに離脱を。』
『お急ぎを。送り狼は一匹とて許しません。』
『我らの艦隊から40以下の若い者を300隻の戦艦に纏めました。閣下の未来に必要な者たちです。』
「お前達…………。」
彼らの決意に、決断に、想いに応えなければならない。
「お前達の稼ぐ時間、無駄にはしない。」
端末のスイッチを押す。すると直ぐにキルヒアイス提督の後方の小惑星帯からミサイルが多数飛来し、襲い掛かった。複数ある逃走経路に仕掛けていた罠の一つだ。艦隊を左右に移動させたりして、少しずつ罠の場所にキルヒアイス提督を移動させていたのだ。その罠がここで効果的な働きをした。敵が混乱している隙に、分艦隊が数の差が出づらい混戦に持ち込めた。
「さらばだ…………。」
彼らに最期の敬礼をすると、彼らは答礼して応える。艦橋にいる皆が彼らの挺身に敬礼をしていた。
徐々に直卒艦隊が後退していく。クブルスリー大将が担当する右翼の後方を通り、アップルトン提督の艦隊が横槍を突いた敵左翼の傍をすり抜けるように小惑星帯へ逃げ込む。クブルスリー大将も離脱し、私の後に続く。アップルトン提督、そして分艦隊司令官3人の奮戦を後方に捉えながら。
宇宙暦796年 旗艦バルバロッサ ジークフリード・キルヒアイス
「右翼のミュラー艦隊、ケスラー艦隊、ジンツァー艦隊の混乱酷く追撃は不可能と通信が入っております。。」
「敵本隊、並びに左翼が離脱していきます。」
オペレーターからの報告を聞きながら、本命かつ本丸のクーロ元帥の首級を狙うために無理な攻勢になっても行うべきか………。しかし、それを行って取れる保証はないし、此方の被害も無視できないものになるだろう。ここはスッパリと見切りをつけ、最後の砦と言わんばかりの奮戦を見せる殿部隊を討つのが最善だろう。
「離脱した敵の追撃は止めます。敵殿部隊の残存艦隊を撃破します。」
この銀河に二匹といない大魚が、網の破られたところからスルリと逃げられた。最後の攻防に齟齬があり、逃げられた。此方の詰めが甘かったとも言えるし、敵に運があったとも言える。
これが戦の妙か時の運というのかもしれない。私がクーロ元帥の首に一手届かなった、ただその結果が私には重く感じた。
宇宙暦796年 旗艦アトラス チュン・ウー・チェン参謀長
デブリ群に飛び込み逃げて1時間が経った。クブルスリー大将と連絡を取り、残存艦数の把握や負傷兵の救援、損傷艦の修理などやる事が山のようにある。
クーロ元帥も司令部の面々も忙しく働いた。直卒艦隊は5000隻、クブルスリー艦隊は3500隻、分艦隊とアップルトン提督から託された若い軍人が乗った800隻の合わせて9300隻が現状だ。
艦隊が小惑星帯から脱出する出口となる目的地に移動している。小惑星帯を移動しているのでぶつからないように慎重に、かつ迅速に行軍している。
その時、元帥がボソリと呟かれた。
「どうやら当艦は、空調設備の調子がよくないようだ。暑いな…………。」
そんな事を言われた。暑い?手元の端末にもモニターにも異常は表示されていない。温度も設定温度だ。
「暑いよ。暑い………。」
閣下に視線をやると、顔を上にやり普段被らない帽子をぐいっと深く被り顔を隠した。すると頬につう〜っと一筋の水が流れた。涙を流されたのだ!
ワイドボーン、ラップに視線をやり、一つ頷く。
「我ら一同、目視にて確認してまいります。失礼いたします。」
そう言い、艦橋を離れた。
「まさか涙を流されるとは。」
「閣下の選択で艦隊の三分の一が失われたのだ、仕方ないだろう。」
「しかし選択ミスとは言えないだろう。敵が1枚上手だったと言うべきだ。」
ワイドボーンとラップが同期だからか話している内容がセンシティブなものになっている。
「二人共、気持ちは分かるがチェックを済ませよう。」
私の言葉に両名は疑問符を浮かべている。艦橋を離れる口実にチェック作業を上げただけで、まさか本当にするとは思ってなかったのだろう。
「各セクションに大丈夫か直接聞き取りをしよう。今回の味方を犠牲にしての敗走と言っても過言ではない戦いだった。兵の心理状態の確認をしておこう。旗艦が揺れれば艦隊全てが揺れる。万全を期す為にも出来る事は全てしよう。」
「承知しました。」「了解であります。」
二人の返事を聞き、機関室や砲手室、医務室、主計室など順場に回り、時間を潰した。
初出の分艦隊司令官の名前。多分これから出ません。
次はアオのハコかSEEDになります。どっちになるかはペンの乗り具合になります。