Rotting March   作:木下望太郎

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第14話  彼と、酒店(ホテル)の望まれぬ客

 

 オールバックの男はジニアの髪をつかみ、顔へと銃を突きつける。

「止まれよ、クセェの。身体(入れ物)は壊しても困らねェんだ」

 煙草の灰を散らしながらジニアへと笑いかける。

「どこがいいよ臓物(ハラワタ)ちゃん? 左の耳か右の耳か、その可愛い唇か。鼻を飛ばされた人間がどんな顔になるか知ってるか? 見たら笑うぜ、豚そっくりだ」

 

 拳を握り締めながら、マーチが足を止める。

 

「お利口だな、『待て』ができるたぁ」

 男が笑ってマーチに目をやった、その瞬間。

 

「ハッ!」

 零地址(リンディズゥ)の男が動いた。敵に最も近い位置にいる、リーダー格の男。手にした柳葉刀ではなく、反対側の手から何かを放つ。弧を描いて伸びた紐の先についたそれは小さな鉄球。隠し持っていたのだろう、流星錘(りゅうせいすい)と呼ばれる武器だった。

 それは正確に相手の銃身へと伸び、絡みついてもぎ取った。その間に零地址(リンディズゥ)の男は跳び、敵の喉元へと刀を突きつける。これで人質と人質、しかも敵のリーダー格。状況は五分になると言えた。

 

 が。オールバックの男はくわえていた煙草を吐いた。零地址(リンディズゥ)の男の顔へ。

 

 突然放たれた赤い火に、零地址(リンディズゥ)の男は身をのけぞらす。それは男の意思ではなく、肉体の反射であったろう。オールバックの男はそこで、相手の前に踏み込んだ。身を開きながら振り上げた孤拳――曲げた手首の外側――を、顎の下から打ち込む。上向きにのけぞったそこへ横から逆の腕の、肘を頬へと打ち下ろした。声も上げずに倒れる敵を追いかけるように。前蹴りを、真っ直ぐ股間へと突き刺した。

 

 床の上で息を詰まらせ、けいれんしたように震える相手を見下ろして。オールバックの男は、鼻から空気を長く吸い込む。音を立てて息を吐いた。

 

「ふゥ……。拾えよ」

 誰も身動きの取れない中、オールバックの男は足を振り上げた。革靴の踵を、相手の肋へと打ち下ろす。くぐもった音がした。

 

「拾えよ……テメェのせいだろが、あ? オ・レ・の・タ・バ・コ・を・ひ・ろ・え・つってンだよダボが!」

 何度も何度も踏みしだき、動きが止まったところで。男は流星錘の絡まる銃を拾い上げた。相手に向け、間髪いれずに引き金を引く。ユンシュも他の零地址(リンディズゥ)の者らも、口を開く間さえなく。

 

 倒れた男は身を震わせ、何度か口を開け閉めした。それきり動くことはなく、目を開いたまま伏していた。胸の下から床へと、紅く血溜まりが広がった。

 

 靴先がそこに浸かったが、オールバックの男はよけなかった。新しい煙草をくわえる。後ろから駆け寄った黒服が火をつけ、駆け戻っていった。

 長く息を吸った後、細く長く煙を吐く。その煙を頭上の天井扇(ファン)が散らしていった。首をかしげて言う。

 

「なァ? コレはコレでいいとして、だ。そこのクセェの」

煙草の先でマーチを差し、続ける。

「聞いちゃァいたが、マジに蘇ってンだなオイ……キモッ」

 嘲るような笑みを浮かべて、マーチの体を眺め回す。

「にしてもよォ、オレもおちおち眠れんぜ。随分殺(バラ)してきたもんだが、一斉にこんなんなって来た日にゃクサくてたまらねェ。――オイ」

 

 黒服らにあごをしゃくる。

「後学のためって奴だ。どんだけやりゃあ動かなくなるか、試させてもらえ。クセェの、前へ出な。残りの奴はお利口に『待て』だ」

 

 ジニアが何か言いかけるが、黒服に口を塞がれた。

 マーチの眉が動き、眉間に皺が刻まれる。

 

「マーチ」

 ユンシュは横に首を振ったが、マーチも首を振り返した。

 踏み割るような音を立てて、マーチが一歩足を踏み出す。石造りの床が壁が、わずかに震えた。それから顔をしかめ、煙草をくわえた。火をつける。

 

 黒服らの中から屈強な者が二人進み出る。拳を大きく振りかぶると、男たちは交代で殴った。マーチの顔を、腹を何度も、鈍い音を立てて。

 それでもマーチは表情を変えず、煙草をくわえたままでいた。その先をオールバックの男へ向け、上下に動かしてみせる。手招きでもするように。そして再び足を上げ、床へ叩きつけた。

 

 先ほど以上に壁が震え、天井から土埃が落ちる中、ユンシュは小声で言う。

「マーチ……! 何をやってる、挑発するな!」

 

 オールバックの男は頬を震わせた。肩を揺すり、喉を鳴らして笑う。

「テメェよォ……よっぽど脳ミソ腐ってンな。立場分かってンのか?」

 

 男がスーツのボタンを外す。ワイシャツの上、両脇に吊るされていたのは革のホルスター。拳銃を入れていたらしい右脇は空だったが、左脇には中身が収められていた。銃ではなく刃物、小振りの柳葉刀だった。抜き放ったそれを、目を見開いて震えるジニアの頬につける。

 

「いいのかよ? だぁいじな娘が痛いことンなンぜ、あ?」

 おどけたように大きな動きで、マーチは肩をすくめてみせた。煙草をまた上下させた後、音を立てて宙へ吐き捨てる。それはどこにも届かず、天井扇(ファン)の風になぶられただけで床へと落ちた。それから妙にぐにゃりとした、蛸のような動きで繰り出してみせた、誰にも当たらない拳を。打ち上げる孤拳、横から振る肘打ち、股間へ向けた前蹴り。それからまた肩をすくめ、首を横に振った。

 

 男の頬がひくつき、煙草の先が震える。

「ほォ……そりゃ何か? オレのカラテを採点してくれるってか、拳法家のセンセイよ?」

 

 マーチは唇の片端を吊り上げた。

 男の口から噛みちぎられた煙草が落ちる。

「悪ィなセンセイ……だったらよ。オレの鉄砲も採点してくれやコラァ!」

 

 銃を手に、男は一歩前に出る。マーチの前にいた二人が跳び退くと同時、マーチへと銃を向けた。

 

 そのとき。マーチはまたも、足を床へ叩きつけた。石造りの廊下が、壁が震え、天井から土が落ちる。さらに踏み込み、拳を繰り出す。壁へ向けて。

 硬く音を立て、右の崩拳(ポンチュエン)が壁を打つ。壁石の継ぎ目が波打つように次々と、ほんのわずかずれていく。それは土埃を上げながら天井にまで走り、やがて。そこで空気をかき混ぜる、天井扇(ファン)へと伝わった。

 

 土台にひびが走り、折れた天井扇(ファン)は、電線を根のように引きずり出して落ちる。エレベーターの前、オールバックの男の上へ、回転を続けたまま。

 

「お……うおおぉぉぉッ!?」

 気づいた男は転げるように跳び退き、伏せながら後ろへ下がる。

 

 マーチはその間に、ジニアに向かって駆けた。ジニアは体をよじり、マーチへ向けて身を乗り出す。ジニアの体をつかんだ黒服は、オールバックの男とマーチを交互に見るばかり。

 

 跳び込みながら伸ばした手がジニアに触れようとしたところで、オールバックの男が何かを放つ。孤を描いてマーチの脚に絡みついたそれは流星錘。銃を拾ったときに手に入れていたものか。

 

 床に倒れたマーチが立ち上がる前に、男は長く舌打ちしながらエレベーターへ駆けた。

「テメェら何やってる、ガキ連れて戻ンぞ! オラァ……寄ンじゃねェぞクソ共!」

 

 閉じていくエレベーターの扉の間から、男は銃をでたらめに撃った。マーチへ向け、奥にいる零地址(リンディズゥ)の者たちに向け。マーチの横にいた二人の黒服へ流れ弾が当たったのも構わず。

 

 弾丸を受けながら駆け寄るマーチの目の前で扉は閉まり、エレベーターの駆動音が重く響いた。

 

 

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