Rotting March   作:木下望太郎

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第11話  番地無き土地、零地址(リンディズゥ)

 

「やっぱり長生きは、できなかったみてぇだなあ……しかしまぁ、聞いちゃいたが」

 頭から爪先まで、マーチの姿をしげしげと見ながらそう言っていた。作業着を着た零地址(リンディズゥ)の年かさの男は、芝生のような白髪の頭をかきながら。

 顔を下からのぞき込んで続ける。

「こりゃ確かに死んどるわ。生きてる奴も死んだ奴も、死んでく奴も多少は見たが。そんな灰色の顔して生きとる奴なんぞ……って、うおっ!」

 

 マーチが骨ののぞく手を上げ、くわえていた煙草を捨てる。男はその腕をよけるように身をのけぞらせていた。

 

 男は苦笑し、頭をかく。

「悪ぃ悪ぃ。ま、何だ。羨ましいっちゃ羨ましいなぁ。一回死んで、そんなんなっても動けるってんならよ。家族にもまだ会えるってもんだ」

 

 大人二人がすれ違うにも苦労する、ビル内の狭い路地。わずかに灯る街灯の光の輪から離れた所で、通路の端に積み上げられた古いテレビの前でその男はいた。そこがどうやら待ち合わせ場所らしかった。

 

 スーツケースから頭を出していたジニアに、男は歯を見せて笑いかけた。

「あんたがお(ひい)様ってわけかい、ユンシュにゃ似ねぇで美人だな。大事にされるはずだわ、これが本当の箱入り娘ってなぁ」

 ジニアは苦笑したが、マーチは愛想笑いもせず、壁を拳の背で叩く。

 

 男はさも慌てたように口をすぼめる。

「おっとそうだ、仕事だったな。さて……お二方をお連れするのは、真の意味での俺らの縄張り。誰にも秘密の番地無き土地、零地址(リンディズゥ)。だからよって――」

 細長い黒布を二枚取り出す。

「――依頼人にも場所は秘密だ。目隠しで、俺の手引きで来てもらう」

 

 マーチはわずかに顔をしかめ、背後を見回した。

 

 男は笑う。

「追手が心配か? 大丈夫だ。うちの者が道々、そこら中で見張ってる。つうか、気づいたか? お前さん方の家からここまでも、ぼつぼつうちが見張ってたんだぜ」

 

「え?」

 ジニアは思わずつぶやいた。マーチには何の表情もない。

 

 男が言う。

「運がいいな、今んとこ追手はねぇ。行くなら今のうちだ」

 

「待って、パパは……」

 

 男は笑う。全く似合わないことに、片目をつむってみせながら。

「先に行かしたさ、孝行娘さんよ。そういうこったから、ほれ」

 

 差し出された目隠しをマーチは黙って巻いた。その後で煙草を奥歯にくわえ、火をつける。

 それを見てからジニアも目隠しをした。スーツケースの中に頭を引っ込める。やがて暗闇の中、スーツケースが揺れ始めた。マーチが手を引かれて歩き出したのだろう。

 

 しばらく経ってから、ジニアは目隠しをずらす。開けておいたジッパーの隙間から辺りをうかがった。そうでもしないと退屈だった。何せ、これまでも目隠しをされていたようなものだったから。

 

 通ったことのない路地の景色がゆっくりと過ぎていく。薄暗くぼんやりと見える天井には、絡まって伸びた蔓のように電線が走る。壁の配管やあるいはひび割れからは水が滴り、路面を湿らせている。路地の片隅には無節操にゴミが捨てられ、埃を被った棚や錆にまみれた何かの機材が打ち捨てられている。それらは黒蓮のどこにでも見られる光景ではあったけれども、進むにつれて明かりは少なく暗くなる。空気は冷たく湿り、しかし淀んで黴臭い。隠れているのか、男の言った見張りというのは目をこらしても分からなかった。

 

 数え切れないほどの角を曲がり、壁を抜いてビルからビルへ建て増された渡り廊下を通り、いくつかの階段を上り、下り。平坦な道にも見える、ひどく緩やかなスロープを上り、あるいは下り。男は立ち止まった。

 

 そこは道のどん詰まりだった。ひどく暗い、いや、ひどく黒い場所だった。

闇がわだかまって、煮こごりのように固まって、流れ出てきているのかと思った。 

 

 床に初めは一筋二筋、やがて幾筋も、さらには溢れかえったように、黒いものが投げ出されていた。どうやらそれは配線のカバーか、タイヤチューブのようなゴム管らしかった。工場の物置ででもあったのか、辺りに置かれた木箱から、壁一面を覆う背の高い棚から、黒い瀧のようにそれらは延びていた。

 

 男はマーチから手を離す。ぎゅむりぎゅむりと音を立て、ゴムを踏みしめて奥へと歩いた。壁際で、一面に垂れ下がったゴムをかき分ける。その下には、黒い大きな扉があった。両開きの鉄の扉。その脇にあるパネルに、男は何か打ち込んだ。

 

 やがて壁と床が震える。機械の重い駆動音と共に、扉は軋む音を立ててゆっくりと開いた。その奥は、全くの闇だった。

 

 男が振り向く。ジニアと目が合い、わずかに目を見開いて笑った。

「らっしゃい。こっから先が、酒店(ホテル)零地址(リンディズゥ)だ」

 

 言葉が終わると同時。扉の先で、明滅しながら蛍光灯がつく。何年も取り替えられていないような薄黄色い色。鉄の壁に囲まれた四角いその部屋は、エレベーターらしかった。

 

 

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