崩れ落ちる普通科の生徒、彼方世界をセメントスは様々な感情が籠めて見つめる。
あの独特の雰囲気、対面した時は感じなかった。
それに、この超常社会においてセメントスのような、黎明期において『人外』と呼ばれるようなこの見た目は珍しいものでは無い。
だが、世界の中の個性はセメントスを『人外』と呼んだ。
それはつまり、あの個性は…信じ難いことであるが自我を持っていて…自分自身の記憶を持っている。ということになる。
これを個性と呼んでいいのか。
セメントスが思考の海に溺れるところを、両腕の痛みが引き戻した。
一旦、思考を中断し世界を抱えたオールマイトとともに保健室へと歩き出した。
◇◇◇
目が覚めたら、保健室で寝ていた。
…瞑想してたらいつの間にか寝ていた。
あの場にはセメントス先生もいたし…寝ていて起きなかったから保健室に運んだとか言われたら最後、気まずすぎていたたまれなくなる…!
急いで自分を覆っている布団を弾き飛ばしてベッドから降りようとすると、私の目の前に影が差した。
油の差されていない蝶番みたいに『ギギ、ギ、ギ』と顔を上げると、オールマイト先生がそこにいた。
ヒーロー科にいるという噂は聞いていたが、ヒーロー科と普通科ではやることがまるで違うため、会うことはなかった。
憧れていた。
平和の象徴オールマイト。
でも、いまは…
「オール、マイト…」
「…彼方少女だね?」
「あ、はい。なんでここに…?」
「覚えていないのかい…?」
「えーっと……個性の確認をしようとして、瞑想してたら寝ちゃいました!!(早口)」
「えぇ………そうか。君のようなケースはほとんど見られないけど、個性の確認は大事な事だ。寝るなんて以ての外だ。次からはしないように!」
「ご、ごめんなさい!」
もうここにはいられないと、オールマイトに謝罪をして大急ぎで保健室から出ようとする。
顔が熱くて、すごく情けない気持ちになったけど、何故かその時だけ周りの声がよく聞こえた。
「彼女の個性、
あれ、セメントス先生になんにも言ってないや…
◇
◇
◇
「ただいまあ」
日が落ち、夕飯時になり世界は家に帰宅した。
シングルマザーである彼方空はこの時間も働いている。
それでも賄える部分は少なく、世界もバイトをして家計を支えていた。
「夕飯食べて、お風呂入って、勉強して……個性届書かなきゃなあ。寝てて個性わからなかったし」
個性の名前らしきものはオールマイトが口ずさんでいて、自意識過剰かもしれないが【
この超常社会。個人の個性を特定する精密機械などがあるのかもしれない。
といった根拠の元、そのように考えていたのだ。
個性の発現をはじめ、直近に迫った体育祭、勉強にバイトetcetc…
やることが多い、とため息を吐きつつ夕飯を仕上げ、舌鼓を打つ。
TVをみても面白いものは少ない。
ニュースもニュースで雄英襲撃事件をしつこい程に報道していて面白味がない。
気分が特に上がることもなく、リモコンの電源ボタンを押してソファに投げる。
廊下の先に進み、脱衣所に入り服を脱いで風呂に入る。
湯船に湯を張るのはシンプルに趣味も入っており、ほぼ一年中風呂に入る。
その趣味で金がかかる分バイトをしているといっても過言ではない。
個性が発現し、必要のなくなった髪の毛のケアはそこそこに湯船に入る。
「っふう……きもちいい」
あらためて自分の体を見る。
黄金色の髪、白磁の肌。
それと琥珀色になった猫のような瞳孔。
人外染みたその容姿に見惚れたのは世界も同じだった。
その容姿は人前に出れる程度の努力で到れる領域になく、世界の素材がいくらいいと言っても自分の努力が口ほどにもならないものである事がわかってしまっては、落胆するなという方が無理だ。
「今までの私の努力って……」
その言葉とは裏腹に顔はニヤついており、癖のように腕が動きもう片方の腕にお湯をかける。
若干覚めていた方にジーンと熱が広がり、それもニヤつきを加速させる。
「ふ、ふふっ!これで私も普通科1のモテ女だなぁ!!」
見た目がめちゃくちゃ良くなった。
あとはまだ分からない個性がクソ強個性だったらヒーロー科転入で伝説が作れちゃったり…?
「見た目も良くて個性も強いなんて無敵か…?【
湯船から立ち上がり叫ぶ。
クラッ…
血液云々の関係で頭がクラっときた。
わけではない。
それどころではない倦怠感が世界を襲う。
風呂を趣味とする人間だ。当然クラっとくる経験はある。
だがこんな経験は初めてで、羞恥心が最初に来た。
(いやいや、個性発現したのにこんなのダサすぎるでしょ)
ザバン
大きく波を立てる水音が浴室に大きく響いたのは、世界が意識を沈めた後だった。
◇
◇
◇
「あれ?ここは?」
世界は、黒い世界にポツンと立っていた。
暗いわけではない。世界も特別夜目がきく人間では無いから全面黒いのに視野が閉じないのには違和感を感じていた。
些細な矛盾だが恐怖を感じさせるのには十分で、早くもここから出たいという欲求に包まれた。
「…裸だったのに制服だし…意味わかんない」
再度、この黒い世界を見渡す。
また、世界は驚くことになる。
屋敷だ。
日本には珍しい、洋風の館。
矛盾を加速させ、目を回させるのには十分の要素が鎮座している。
キィイイイ……
正面玄関、ドアが開いた。
まるで誘っているかのように。
「……誰?」
気づけば世界は扉の前に立っていて、入るのにそう時間はかからなかった。
どこかで暖炉の火が弾ける音が聞こえる。
ドアが開け放しなのかあたたかい光が玄関まで漏れていた。
トコトコと足音を立てて、二階にあるであろうその部屋を目指して階段を昇っていく。
足音に従って、ギシ…ギシ…と階段が音をあげる。
多少の老朽化はあるのだろうが手入れは十全で、ニスで包まれた手摺の手触りが嫌に記憶に残る。
冷や汗が頬を伝う中、そこにたどり着いた。
あたたかい光の中、黄金色の逆立った髪の毛を揺らしながらその男はいた。
揺り椅子に座ったその男は、手の中の本を読んでいるようで。
だが
「来たか。座りなさい」
気づいていたのか、世界に優しく語り掛けた。
妙に色気のある声と、冷たい声色、優しげな口調のギャップに寒気を覚えながらも、足を進めて、男の前に進み出る。
最初に覚えたのは、既視感。
黄金色の髪色に、琥珀色の瞳。
酷薄な印象を相手に与える冷笑。
いつ見たのだったか。
そうだ。洗面所で見たのだ。
世界がそう思ったのは、鏡で見た自分が目の前の男と似ていたからであった。
性差はある。
あるがそれでも余りある同一の要素が世界に突きつけられた。
「やぁ。こうして会うのははじめてだね。彼方世界。私の名前はDIO。長い付き合いになるかもしれないから覚えておくといい」
「…はじめ、まして?」
「そう怯えるものじゃあないぞ?それは失礼というものだ」
「はあ」
「ククク、それも無理な話か。さあ、そこに椅子がある。いつまで子犬のように震えているつもりだい?」
「!?」
目の前の男が指し示す椅子。
それを見る前に、世界は無意識に振るえていることに驚いた。
震える肘を押さえつけながら、言われた通りに椅子に座る。
「さて、君がここにいるということは自分の中の幽波紋。いや個性だったか、それに強く関心を示したということかね?」
「強く…?」
「それか、私の介入できるほどにスタンドパワーが戻ってきたのかな?どちらにしても愉快な話だ」
「あの、何を言って…」
「ああ、なに。気にしなくていい。君は自分の安否だけを気にしなさい」
「は?」
冷笑が深まる。
困惑する世界の首に、ひんやりとした触感の何かが添えられる。
今まで以上の冷や汗と、肌を刺すような、感覚。
首に添えられたものが何かの手であることに気づくのに何秒かかったか。
「やっと気づいたか。自分の置かれた状況に。首ぐらい動かしたらどうだ?それとも、動かせないほどに怖いかい?」
「ふ、ふぅ…だ、だれ…?」
「我がスタンド【
嘘だ。と思いたかった。
だが、この状況で嘘をつく必要性、首にあるピリつく感覚、様々な要素を天秤にかけた結果、嘘とは間違えても思えなかった。
「も、目的は、なんですか?」
「目的もなにも、ここにやってきたのは君じゃあないか。それになにも取って食おうという訳では無いのだから、肩の力を抜いたらいい」
「じゃあ…私をそのまま返してくれるんですか?」
「それもいいかもしれん。だが折角の機会だ。少しゲームをしようか」
「ゲーム…?」
「そう。ゲームだ」
そうDIOが言うと、首にかかっていた手の感覚が消える。
スタンドを消したようだ。
「ここで君を惨たらしく殺すのも簡単だが、君はこの体の元の持ち主。それで私も巻き添えを食ってしまえば本末転倒もいいところだからな」
「ふざ、ふざけないでください!こん、こんないきなり!!」
「威勢が良いじゃあないか。自分が安全とわかったらそれか。そんなだから、やることなすこと中途半端なのだ。彼方世界…いや、セカイよ」
「ひぅ…」
「多少の努力はしているようだな…母親を助けるため、というのは高得点だぞ?だが、時間が無いからと自分の野望に背を向けるのは頂けない」
「野望…?」
「なりたかったんだろう?ヒーローに」
そう言われた世界は顔を俯かせる。
べつに、時間がなかったからヒーローを諦めたわけじゃない。
無個性だったからだ。
無個性だったからヒーローになろうとしなかった。
ただそれだけで
「今はあるじゃないか、個性が。それに、なくとも努力はできたはずだ。いやなに、いじめるつもりで言っている訳では無いんだが、セカイよ。貴様未だに夢見ているな?ヒーローを。未練たらしくも、努力もせずに、それは傲慢というものでは無いかな?」
「…ッ!!そんなのっ!!」
「ちがうと、言えるのかね?」
「ち…ちが…」
言えなかった。
実際、いまさっきもヒーロー科転入を夢見た。
無個性でもヒーローになれる生易しい世界ではない。
だが、努力しないのも違う。
そんな事実を突きつけられれば、何を言えば分からなくなるもの。
「さて、本題だ。さっきも言ったが、ゲームだ。セカイよ。お前には近く開催される雄英体育祭で優勝してもらう」
「……え?…は?な、なんで!!」
「このヒーロー飽和社会、無個性が優勝できるほど体育祭は甘くない…と?」
「そ、そうです!!雄英の体育祭はそんなに生ぬるいものでは…!!」
「はあ……期待はずれだな…セカイよ。ジョースターの血統には及ばん精神しか持たんか。黙って話を聞け」
殺気に似た威圧が世界を襲った。
喉が渇いていき、声が出なくなる。
「フン。このDIOを煩わせるな。そうだな。体育祭を優勝できなかったら、貴様の体をもらおう。最近私が表に出られる時間が少しづつ増えているようだしなァ?」
そのセリフは世界の憔悴した心に突き刺さる。
体育祭優勝?無理。
出来なかったら体が取られる?理不尽。
なんで私がこんな目に?
そう思うことしか出来ない世界は恐怖でどうにかなりそうだった。
そんな世界を冷たく睨むDIO。
愉快なことを思いついたのか、口を愉悦で歪めた。
その口で言う。
「体を奪ったら、どうしてやろうか…」
世界の体がピクリと揺れた。
「髪束 恵子だったな。貴様の母親も、それと近所の町医者もいたな。なんならあの学校のガキ共を皆殺しにでもしてしまおうか…?」
最悪の想像が頭を巡っていく。
血まみれの母、四肢のない親友、死屍累々となった学校。
やるといったらやる。
そんな凄味が目の前の男にはある。
嫌な予感を叩きつけるほどの圧。
「ほう…」
「う゛ぅ゛っ!!うぁあ゛!!」
目の前の男に対して、世界は拳を振り上げていた。
持ち前の身体能力をフル活用し、接近した。
が、巨悪を前にそれは児戯でしかなく、次の瞬間には【
「クククッ!セカイよ。獣みたいじゃあないか!!どうした?何か気に障ることでもあったのかい?」
「殺らせない!!お母さんも!恵子も!!私の体が殺すくらいなら私がアンタを殺してやる!!!」
「フハッフハハハハハ!セカイよ!ヒーロー志望の言葉か?!それがァ!」
「あああ!!あ゛あ゛あ゛あ゛あああああ!!」
「面白くなってきたなぁ……クククッ。いいことを思い付いた。ゲームは仕掛けがなければ成り立たん。それまで大人しくしているがいい」
◇
◇
◆
色褪せた世界に色彩が帰ってくる。
湯冷めする感覚はなく、DIOは慣れ親しんだ感覚を覚えた。
どうやらセカイが無意識に【
DIOが個性たる所以なのか、それともただの暴発か、DIOのスタンドがセカイにも使えていたらしい。
先程も感じたが、どうにもこの体の主は面白い存在だ。
獣のような凶暴性に巨悪を前に自らを顧みない自己犠牲、人並外れた手の届く範囲に及ぶ正義感、身体能力も高かった。
仕舞いにはスタンドの使用。
「楽しい催しになりそうだなぁ…セカイよ。少しでも私を愉しませてくれよ?」