「犯人は貴方ですよね」
そう言った桂木ユウの顔は、ささやかに微笑んでいたように見えた。
工藤新一にとって桂木ユウは可も不可もないただのクラスメイトである。否、クラスメイトであった。その認識が変わったのは今さっき、食堂で話し合っている撮影クルーの一人を指先してそう発言した時だ。
食堂にいた人たちも撮影クルーも、犯人呼ばわりされた男も一瞬ぴたりと動きを止め、その後は何を言っているんだと皆が首をかじけている。
新一(ともう二人ほど探偵もどきが居たが今はひとまず置いておこう)もその人物が犯人である可能性を見つけてはいたが、その証拠とトリックの一部が未だ判明しておらず、目の前でさもあたり間のように言ってのけた桂木ユウに目を奪われていた。
「単純なトリックです。それにそのトリックを使えば四年前の事件も他殺になりますね」
珍しくにっこりと笑ったその少女はこの雪山で起きた殺人事件の詳細を淡々に語り、少しづつだが確実に犯人を追い込んでいく。新一が予測した通りの犯人の行動と気づいていなかったトリックを明かされてしまえば新一だけではなく誰しもが頷くしかないし、それは犯人にも言えること。
大衆の前で己の罪を暴かれてしまった男はただただアイツが悪いんだとつぶやいた。
「先輩のためにもオレがやらなきゃならなかった! それにアイツはきっとまた同じことをしでかすに違いない。オレがやらなきゃ──っ」
「それが、人を殺す理由になるとでも?」
犯人の自白も虚しく、桂木ユウの発言でまたもや時が止まったかのようであった。
「先輩の為って言ってもそれはもう死んでる人間でしょ? その人が仇討ちを願うかなんて誰も解りゃしない。それを一方的に決めつけて殺したんだよあんたは。先輩を理由にして殺したんだよあんたは。綺麗事言ってなんになるの? 正直に気に食わなかったから殺した、知り合いが殺された腹いせで殺したって言えばいいのに」
「──違う!オレはっ」
「何が違うの。死人に口なし、殺して欲しいと言われたわけでもなければ枕元に立たれてそう願われたわけでもない。貴方は自分の思い込みで人を殺したんだ。貴方が殺した人がそうしたように、自分勝手な感情で自己満足で殺したんだ。それなのになんで被害者ぶるの?」
桂木ユウは心底理解できないと言う顔でため息をつき、一度だけ腹をさする。
新一やその他群衆も彼女の言い分を聞き入れはしたが、僅かに犯人への同情もいだいた。人を殺すと言うことがただの自己満足と言われてしまえば、同情しても仕方がないだろう。
犯人とされた男も彼女の言葉を聞きオレは違うと繰り返し口に出していたが、確かにそう言われてしまえばその通りなのだと思わずにいられなかったのである。
桂木ユウはあとは捕まえるなりなんなりすれば、との言葉を投げ捨ててその場から移動し、少し離れた席へ荷物を置きくともう関係ありませんと言わんばかりに食券を手に未だ沈黙する列に並ぶ。もとより並んで人たちは彼女に順番を譲り、数分しないうちに四、五人前ありそうな食事を手にして彼女は席についた。
今ここで起きたことなど気にするそぶりもなく、もう既に犯人たちを見ることもなく黙々と食べ進めるその姿に、どれだけの人間が恐怖にも似た感情を抱いたのだろう。
少なくとも自分より事件を自分より早く解いた桂木ユウという存在に、工藤新一(とその他一名)は思わずに対抗心を燃やす結果となったようだった。
「桂木っていったか? おめぇももしかして探偵めざしてんの?」
「──いや別に?」
それから工藤新一と桂木ユウが初めて対話をしたのは翌々日のことである。
スキー教室を終えたその時から新一は桂木ユウについて調べ始め、有難いことにクラスが同じであったことがわかった。ついでに言えば父親である工藤優作は彼女の"母"が誰であるかを知っており、それ故に推理能力が高いのだろうとも新一に助言もしている。
優作としては息子の同級生よりも、過去最大最長の事件と定められたあの"時期"にあらわれた初代高校生探偵の方が気になっているのだが、そこは息子の働きに期待している。彼女の娘である桂木ユウと仲良くなればあの事件の詳細を聞けるかもしれないなんて、それを題材にして小説を書けるかもしれない、ほんの少ししか思っていなかったのだ。
だがその考えも虚しく、桂木ユウとある程度な仲良くなった息子が彼女を自宅へ招いたが何一つも過去話なんて出てくることはなく。
「──たまに工藤さんみたいな方に母の話を聞きたいと詰め寄られるのですが、私が話せることなんて多くはないんです。母は成り行きでそうなっただけだと言うし、吾代さん、えっと、母の知り合い?の方はそうさせられたとおっしゃるし。まぁなんとなく事情は察してるのですが、私からその当時のことを話せることなんてないんですよ。すいません」
「……いや、こちらこそ悪かったね」
とまぁこのように、桂木ユウらひたすらお菓子を食べるだけで語ることはない。
ただ一つ彼女の口から"父親"の話が出てこないのも謎ではあったが、息子の友人の家庭事情に首を突っ込むのは憚れた。
「でもなぁ、オレも"桂木弥子"については知りてぇんだけどなぁ。やっぱりお前も母さんの血ぃ引いてるから謎解きが好きなわけ?」
「いや? 私は最近まで謎解きなんて興味なかったよ。マ、なんというか、必要に迫られてやっただけで。やらなくていいならやらないけど、やった方がいい的な?」
「……なんだそれ?」
「私にも色々あるんだよ」
そう言って桂木ユウは遠い目をして腹をさする。
新一はある程度彼女が大食いであることを調べていた為新たに菓子を差し出して、彼女もまたそれを躊躇いもなく受け取り食らった。
桂木ユウはあの時の一件から度々事件を解決するようになり、中学3年の夏には最年少探偵と名前を広めることとなった。事件が起こりそれを解決するたびに新一が彼女に対して競争心を抱くようにもなるのだが、ユウは全くもって新一にも事件を起こした犯人にも感情が揺らぐことはない。
ただ彼女が事件を解決するたびに満足そうに笑い腹をさする仕草が目撃されている。
新一もまたその行動を不思議に思っていたのだが、何度それに対して問いかけても満足したからとしか返ってこない。故に新一は自分のことを棚にあげて、彼女のことを謎解きジャンキーなどと比喩することもある程だ。
それくらい彼女は"謎"を求めていた。
そしてそんなある日の事、工藤新一と桂木ユウが出会っておおよそ3年後。
新一は彼女の謎への執着を知ることとなる。
「ねぇねぇ工藤くん、なぜ体が縮んでるの? そこにはどんな"謎"があるの? ねぇねぇ工藤くん、君は本当に謎の申し子だね?」
「──なん、で?」
「なんで? どうして見た目が変わったくらいで気づかないと思ったの? だって君は君じゃないか。体が小さくなるくらいどうとでもなるじゃない」
「っなんねぇよ! そんな簡単に縮んでたまるか!?」
「でも縮んでるよ?」
「そうだけどもっ!?」
「大丈夫だよ工藤くん。私がその謎を解き明かしてあげるからね」
だってとても──が唆られるのだもの。
桂木ユウがつぶやいた言葉は、風に流されて工藤新一に、江戸川コナンに届くことはなかった。
そこに需要はあるのだろうか