授業が終わり、夕闇が近づく中。練習上がりのトウカイテイオーは足早に栗東寮へとその脚を向けていた。カバンの中には、例の『Nekki Basara』と文字の入った、燃えるギターのパッケージのCDを携えている。
「お帰りポニーちゃん。今日も一日、よく頑張ったね」
「ただいま、フジキセキさん!」
笑顔で出迎える栗東寮の寮長フジキセキ。トウカイテイオーも笑顔でそれに答えていた。が、次の瞬間にはフジキセキは、少し怪訝な顔を向けていた。
「トウカイテイオー、今日は少し早いようだけど、何かあったのかな?」
大概のウマ娘の動向を把握しているフジキセキからすると、トウカイテイオーが少し早い時間に戻ってきたことが気になるらしい。
「あ、そうです。実はフジキセキさんに聞きたいことがありまして」
「聞きたいこと?なんだろう」
トウカイテイオーは自らのカバンを漁ると、その中か、例の燃えるギターのパッケージが描かれたCDを取り出していた。それをフジキセキは興味深そうにのぞき込んでいた。
「このCDなんですけど、フジキセキさん、ご存じですか?」
「うーん…?少し見せてもらっていいかな?」
「はい、どうぞ」
フジキセキはトウカイテイオーからCDを受け取ると表の文字をじっくりと読み、裏のパッケージへと視線を移したり、興味深そうに観察を始めていた。
「…パッケージは見たことがないな。文字もかすれちゃって読めない、と。唯一読めるのが…ねっき、ばさら…。トウカイテイオー、中を見てもいいかな?」
「はい、どうぞ」
「では遠慮なく。…うーん…」
フジキセキがパッケージを開けてみれば、その中にあったのは、何の変哲もないただのCDであった。そして、蓋の方にはなにやら、成人男性らしき写真が一枚あるだけである。
「トウカイテイオー。この写真の男性に見覚えはあるかな?」
「いえ、ないです」
「そっか。ごめんね。私もこのCDのことは知らないかな」
「そうですか…。あ、ごめんなさい。お時間とらせちゃって」
「いいや、気にする事は無いよ。そうだなぁ…ねぇトウカイテイオー。そのCDを一度、聞いてみたらどうだい?」
フジキセキの言葉に、少し、困ったような顔を浮かべるのはトウカイテイオーである。確かにそうだ。見たことのないCDでも、聞けばもしかしたら知っている曲かもしれないのである。だが、トウカイテイオーにはそれが出来ない理由があった。
「そうしたいのは山々なんですけど、CDを再生する機械が無いんです」
「ああ…確かに、最近は見ないね」
そう、CDプレイヤーと言うものが珍しいのだ。ライブの曲ですらウマホで聞く世代の彼女らは、CDを聞くという習慣すらないし、CDをそもそも買わない。買ったとしても、それはグッズとして買うぐらいであって、音楽を聴く道具では既に無いのである。
「うーん…そうか、CDプレイヤーか」
「はい。あ、もしかして、フジキセキさんなら持っていたりしませんか?」
「私でも流石に持ってはいないかな。でも、持ってそうな子に声を掛けてみるよ」
「え?いいんですか?」
「うん。他ならぬポニーちゃんのお願いだからね。あ、あとこのCD、写真に残してもかまわないかな?」
「はい、どうぞ」
「…うん、よし。このCDのことも、私の方でも調べてみるよ」
「ええ!?そこまでしてもらうのは悪いですよ」
思わぬ申し出にトウカイテイオーは驚きの声を上げていた。まさか、こんな形で協力を得られるなんて、と。それと同時に、流石に悪いなぁと思わず断りの言葉も口から出ていた。
「ううん。私が好きで調べるだけだから、ポニーちゃんは気にしないでね。それよりも、CDの事が気になって眠れない、なんてことが無いようにね」
「はい!ありがとうございます!」
「ふふ。いい子だ。それじゃあお休み、ポニーちゃん」
しかしそこは流石のフジキセキ。にっこりと笑顔でそう言葉にすれば、トウカイテイオーは従うほかはない。足早に寮の部屋へと戻るトウカイテイオーを見送ったフジキセキは、すぐさま何人かのウマ娘と、トレーナーにメッセージを送っていた。その内容は、端的に言えば二件。
『どなたか、CDプレイヤーを持っていないでしょうか』
『このCDの詳細を知っている方はおられませんか?』
そのメッセージを送ってから数分後、流石のフジキセキの人脈といったところであろう。CDプレイヤーについてはすぐに目途がついた。
『お姉さんが持ってるわよん。貸してあげましょうか?』
赤い勝負服が眩しいウマ娘から、すぐに返信があったからだ。
『ありがとうございます。ぜひ、お願いしたいです』
『オッケー!じゃあ、明日、トレセン学園に行く時に持って行くわね!フジキセキちゃんは…栗東寮よね?』
『はい。栗東です』
『オッケーオッケー!じゃあ、明日、始業時間の前には届けるようにするわね!』
『助かります』
これでトウカイテイオーの一つの要望には応えられそうだ、とほっと胸をなでおろす。しかし、もう一つの課題はどうやら難しそうだった。
『CD…これは知らないなぁ…』
『知らん』
『存じ上げません』
『お姉さんでもちょーっと…判らないわね』
『すまない、フジキセキ』
『自室に戻ったら調べてみるが、私の記憶の中には無いな』
『アタシの灰色の脳細胞でもCDもアーティストもシラネーなぁ…。つーかこの写真の男誰だ?これが、このnekki basara?』
『大変申し訳ありあません!フジさん!存じ上げません…!』
自分の人脈の中でCDの詳細について知っている人間は、どうやら、トレセンの中には居ないらしい。ううん、と判りやすく頭を悩ませるフジキセキ。
「…おかしいなぁ。ライブもやるからトレセン学園は音楽に詳しい人ばかりのはず、なんだけれど…。特に雑学に詳しいゴルシが知らないって言うのも、なんか、変だ」
もう一度、フジキセキは写真に収めたCDを眺める。
「ねっき、ばさらか。うん、少し、調べてみようかな」