「ようお嬢さん。また歌を聞きに来てくれたのか?」
一時の時が経ち、私は毎日のように朝練のついでに、お爺さんの畑へと繰り出していた。最初は、本当に歌が素晴らしいと思ったから。でも、しばらくしている内に、私の中の焦りを紛らわすためにここに来ているというのが正直な気持ちである。特に、トウカイテイオーの活躍を見ているからだろうか。本当に、気持ちが焦る。私はまだ大丈夫なのだろうかと。
「はい。おじいさんの歌、好きなので」
「こいつぁ有難いね。こんな若い娘さんに俺の歌が届くとはな。いいぜ、じゃ、何を聞ききたい?」
「え?リクエスト、いいんですか?」
普段、私が来るとおじいさんが歌いたい曲を私に歌ってくれていた。だが、今日は珍しい事に私の聞きたい曲を歌ってくれると言う。ならば、そうだな。
「突撃ラブハート。あれをお願いします」
「いいぜ、突撃ラブハートだな。ああ、もしよければ一緒に歌うか?」
「え?」
「ふふ、ああ、そうだな。せっかくだ。アップザイツファレ、お前、ウマ娘ってことはある程度歌えるんだろう?」
「あ、ええ。まぁ。それなりには」
「オッケー。じゃあ、お前の歌も聞かせてくれよ」
おじいさんはそう言うと、私の答えを聞く間もなくギターをかき鳴らし始めていた。うん、まぁ、そういう事なら、歌ってみるのも一興だろうか。そう思って、私は大きく息を吸った。
■
ギターの音が止まり、おじいさんと私はお互いに一つ息を吐いていた。突撃ラブハート、いきなり始まったセッションは、私がメインパート、おじいさんがハモリを歌うなかなかいい曲になったとは思う。うん、ま、普段のライブ練習の賜物だなぁとほっとしていると、おじいさんはにやりと口角を上げていた。
「アップザイツファレ!お前も良い歌、歌うじゃねえか!はははは!」
そういって、満足そうに大口を開けて笑うおじいさん。どうやら、おじいさん的にも満足のいくセッションが出来たようだ。よかったよかった。
「そういえば、俺のちゃんとした自己紹介はまだだったな」
ちゃんとした?私が首を傾げると、おじいさんは更に大きく笑っていた。
「そうだよな!ま、俺は農家としては根津木と名乗っている。ただ、アーティストとしては、ネッキ・バサラと名乗っているんだ」
「ネッキ・バサラ…あ、あのCDの?」
「おお。そうだ。トウカイテイオーに渡したCDの名前は俺のアーティストとしての名前さ。改めてよろしくな!」
おじいさんはそう言って、右手を差し出してくれていた。よく見れば、年相応にしわしわの手。よく、この手であれだけギターをかき鳴らせるなぁと思う。
「なるほど…では、改めて、いつも美味しいピーマンと曲をありがとうございます」
私はそう言いながら、おじいさんの手を握り返していた。
「あ、というか、あのCDすごく変わっているんですけど、何か仕込んだんでした?」
「ん?いや?12曲のアルバムさ。気に入ってくれてるんだろ?」
驚きの事実である。どうやらおじいさん的には普通のCDをトウカイテイオーに渡したらしい。
「ま、この世界で2枚しかないアルバムなんだけどな。昔語りになっちまうが、ウマ娘さんの引退ライブに曲を提供したことがあってな。そん時の記念にURA協賛で作られたのさ」
「そうなんですか。でも、なんで2枚だけ?」
「俺が止めた。俺の歌は、俺が届けたい奴だけに歌う。そう決めていたからな」
なるほど、この人、なかなか歌にこだわりがある人のようだ。俺の届けたい奴にだけ、俺が歌う。ロック、というやつだろうか。
「というわけで、一枚はそのウマ娘さんに、一枚は俺の所にあったわけだ。ま、俺ももう後先みじけぇから、いい機会だと思って、トウカイテイオーに渡したのさ」
「なるほど。でも、良かったんですか?そんな貴重なものを私達が頂いてしまって」
「いいんだよ。CDもただ埃被っているより、聞いてもらった方が良いに決まってる」
なるほどなぁと感心すると共に、今、そのCDに起きている異変については、黙っておこうとも思っていた。だって、この人が昔作って、おじいさんになるまで自分で持っていた貴重なものだ。それが変な事になっているなんて、なかなか伝えづらいところがある。
「ま、CDの話はいいさ。つーかお前さん、何か悩んでる、というか焦っているんじゃないのか?」
「え?」
「はは、図星だろう?俺だって、無駄に年を取ってるわけじゃねぇよ。ここんところ毎日来ているアンタの顔をみてりゃ、そのぐらいは判るさ。よければ話してみな。こんなじいさんでも少しはその気持ちを受け止めてやれるとは思うぜ?」
これは驚いた。まさか、自分が焦っている事に気が付いているとは。ならば、せっかくだ。正直に話してみよう。
「…じゃあ、そうですね、せっかくですから」
私はそう言うと、一息ため息を吐いてから、おじいさんに改めて相対していた。そして、少し真面目な顔を浮かべてから、彼に言葉を投げてみる。
「実は、焦っているんですよ」
「ほう、焦る?」
「ええ。トウカイテイオーがクラシック獲ったのは知っていますか?」
「ああ、三冠ウマ娘も目前だーと言われているな。それが関係しているのか?」
「ええ。関係しています。というのも、実は同じような練習をしているんですが、どんどん実力が離されていっていると言うか。同期にもどんどん離されていっていまして」
「ほう」
「しかも自分は脚が少し弱くて時々故障寸前まで傷んでしまうんですよ。その都度さらに差が開くので…本当に、焦っているんです」
私の正直な気持ちだ。周りが成長していく中で、私はどうもその成長が鈍い。本格化を迎えていないとは言っても、ナリタブライアンやチケゾーさん、エアグルーヴらとは明らかに実力が離れていってしまっている。少し前なら「持たない私」と「持ってる彼女ら」なんて分けていたけれど、あれも今考えれば、焦りを誤魔化すための自己防衛みたいなものだったのだろうと今なら判る。
「…焦り、か。なるほどな」
おじいさんは噛みしめるようにそう呟いていた。と、同時に、ギターを静かに爪弾き始めた。
「俺も、焦った時期があった」
「おじいさんも、なんですか?」
「ああ。俺の歌が届かない。なんでだ。ってな」
「そう、なんですか」
「ああ、考えてもみろって。俺がこの曲を作ったのは数十年前だ。その頃はロックなんてものは日本に無かった。歌謡曲、演歌、そういうものが全盛期な頃に路上でロックを歌ってたら、まぁそりゃあこんな曲は歌じゃねぇだとか、こんな曲を歌ってたんじゃだめだろう、となんども言われたもんさ」
…確かにそう言われればそうだ。というか、そう考えるとすごいなこのおじいさん。もしかして、初めて日本にロックを持ち込んだ人じゃないのか?とか思ってしまう。
「…そんな時、おじいさんはどうやってその焦りを乗り越えたんですか?」
私がそうおじいさんに問いかければ、おじいさんはにやりと口角を上げて見せる。
「歌った。ただ、ただ歌った。俺は、山にも空にも、俺の歌は届くと信じているからな」
「山にも、空にも…?」
「ああ、宇宙ですらも。だからそうだ。俺は、そんなときには宇宙に向かって歌ったのさ。だから、お前には、そんなときに作った曲を贈る」
おじいさんが爪弾くギターが、メロディを帯び始める。
『神も仏もないような やな事一杯あるけれど それはみんな俺達が 作った幻の悪魔さ』
そして、おじいさんの口からは、間違いなく『励まし』とも言える言葉が飛び出し始めていた。
『まだまにあうさ まだまにあうさ あきらめたら おしまいさ』