朝。
猿山は食欲をそそる香りで目を覚ました。
起き上がって匂いの元を辿ると、朝食を作る美柑の姿があった。
「おはよ、猿山さん」
「おはよー美柑ちゃん。起きんの早いね」
「朝ごはん作んなきゃだし。猿山さんもお腹空いてるでしょ?」
女神がいた。
猿山は心の中で思う。
慌てて寝袋から脱出し、 美柑共々椅子に座った。
「ね、リトから連絡なかった?それかララさん」
朝食を食べながら、そんな会話をする。
「それが全く。こっちから連絡しても繋がらねぇし、もしかしたら地球の外にいるんじゃない?」
普通ならば冗談と受け取られる発言だが、結城家においてはその限りではなかった。
美柑は確かに、と頷く。
「ララさんとどっか行くってなったら、絶対発明品使うよね」
「ね。そんで機械が壊れたかなんかで帰る方法が無くて......とか?」
「あーあるかも」
「早く帰ってきて欲しいね」
猿山がそう言うと、美柑は。
「......うん」
一瞬憂いのある表情になった後、小さな声で頷いた。
「(......やっぱり)」
昨日の夜、美柑にとってのリトという存在の大きさを、彼女の寝言を通して強く感じた。
家族にしか出来ないことがある。
自分が介入できないところまでケアするのは難しい。
それが出来るのは。
「(リトの奴、帰ってきたらうんと構ってやれよな)」
そう思いながらまた1口、白米を口に運んだ。
朝食を済ませてから少し雑談した後、猿山は玄関で美柑に別れを告げていた。
「そんじゃ、また来るよ」
「またっていつだろーね?」
「そりゃあ美柑ちゃんが寂しがってる時でしょうよ」
「......そ」
美柑は面映ゆそうに顔を背けた。
「朝ごはんまでありがとね」
「いいよ。ついでだったし」
「......じゃ、そろそろ行くよ」
猿山はドアを開けて1歩踏み出し、夏の日差しを浴びる。
一瞬とんでもない暑さに思わず結城家にとんぼ返りしそうになったが、美柑の前で格好をつけた手前、渋々ながら帰ることにした。
「猿山さん」
「ん?」
最後の最後で、美柑ははにかんで言った。
「またゲームしようね」
「おうよ!」
「ボコボコにしてあげるからさ」
「キーッ、ケン子負けないんだからっ!」
美柑の笑い声を聞きながら、猿山はドアを閉めた。
庭に立っているバカでかい植物にも挨拶を交わし、帰宅した。
それから改めてリト達に連絡したものの、結局繋がらないままだった。
いないことを薄々察しつつ外に出てみるが、やはり見つかるはずもなく。
「せめて電話が繋がればなぁ......」
諦めきれなかった猿山は、範囲を広げてリト達を探し回った。
一刻も早く美柑に会わせるために。
真夏の昼間からずっと。
足が止まらなかった。
自分で確かめるまで納得がいかなかった。
ひたすら探し続けた。
良い結果にならないとわかりながら。
「はぁ......はぁ......」
気づけば、夕方になっていた。
「やっぱいねぇか......帰ろ」
柄にもなく必死になったな、と思いつつ家路を辿っていた時。
「あら、ケンイチじゃない」
「お嬢......」
付き人の凛と綾を連れていない沙姫と出会った。
「なんだか疲れた顔をしてるわね」
「あー......ちょっとさ」
「......ケンイチ、今から私の家に来なさい」
「へ?」
返答を待たず、沙姫は猿山の手を引く。
「ほら、早く行きますわよ!」
「どわっ!?ちょ、お嬢!?」
沙姫に連れてこられた天条院家、本邸。
その彼女の部屋で。
「それで、一体どうしたの?」
言うまで返してくれない。
そう思った猿山は、少し躊躇ってから口を開く。
「お嬢って、良くない結果が見えてても行動するタイプ?」
「急になんですの?変な質問ね」
「実はさぁ......」
猿山は訳を話した。
いても立ってもいられなくなって、無意味な結果になるとわかりながら必死になっていたことを。
「てな訳で、無駄に苦労しちゃったんだよね」
それを聞いた沙姫は、凛とした表情で聞いた。
「ケンイチは何故、そこまでして苦労したの?」
「......喜んで欲しい子がいたんだ。何かできないかなって思ってさ」
「そう......さっきの質問の答えを言ってもいいかしら?」
「うん。聞かせてほしい」
「仮に結果が見えていたとしても、私のすることは変わらないわ」
そして、芯のある声でそう言った。
「自分が行動する理由をちゃんと持っていればね」
猿山は、沙姫の言葉に耳を傾ける。
「私達の今は、全て等しく過去になるわ。いずれ背負っていく過去という結果に。それを良くするのも悪くするのも、自分次第よ」
沙姫の声は、貴さを帯びている。
「だからこそ、今を精一杯生きるのが美しいのではなくて?」
それと同時に、温かみを感じさせた。
「よく分からないけれど、ケンイチは必死に動いたのでしょう?自分ではない誰かのために」
猿山が肯定することを躊躇う中、沙姫は待たずに続ける。
「美しいことよ」
その言葉が、胸に刺さる。
「その優しさが、その頑張りが無意味だなんて、そんなことは誰にも言わせませんわ」
沙姫は、優しい笑顔で。
「───たとえケンイチ自身でもね」
そう言い放った。
猿山の口から、思わず乾いた笑いが出てしまう。
「......さすが、ちょーワガママ」
「女王はワガママなものよ」
沙姫は猿山の頭を抱き寄せ、そっと撫でた。
「だから無意味なんて言わないで?あなたの優しさに救われている人だっているんだから」
そう言われ、猿山の目頭が熱くなる。
沙姫はただ微笑み、優しく抱きしめ続けていた。
しばらくそうしていると、猿山は礼を言って沙姫から離れる。
「......心は晴れたかしら?」
赤くなっている猿山の目元を指で触りながら、沙姫は問う。
「......うん。ありがとう、お嬢」
「......今日は泊まっていったら?ゲスト用の準備はすぐできるわ」
「凛ちゃんと綾ちゃんに殺されるからパスで」
「ふふっ、残念」
その日の夜は、安らかに眠れた。
「よし、今日も可愛い子見つけにいきますか!」
翌日、調子を取り戻した猿山はナンパをしに出かけた。
どんな子が見つかるかな、などと思いながらスキップしていると、地面に大きな影が。
「な、なんだぁ!?」
思わず見上げると、頭上に謎の宇宙船が。
不意に着信音が鳴る。
1周回って冷静になって電話に出ると、御門からだった。
「まさか先生の船だったとは......」
「驚かせちゃったかしら?」
「あんなん誰だってビビりますよ」
猿山は今、御門の宇宙船に乗ってオキワナ星へ向かっていた。
片道4時間である。
向かう途中、猿山がおいたを仕掛けようとしたところ見事にカウンター(御門の所持しているビームの出る銃)を喰らい、黒焦げの状態で正座させられているという状況である。
「そういや先生、俺の事ボディーガードとか言ってましたけど」
「えぇ、それがどうかした?」
「何故に俺を?ララちゃんとかの方が良い気がするんですけど」
「あぁ───」
そう言われ、御門はヤミに聞いた話を思い出す。
以前ヤミが体調を崩した時、リトが汗だくになって彼女を御門家まで運んだことがあった。
それを御門から聞いたヤミは、リトの行動が理解できない様子だった。
「どうして敵である私を......」
「向こうはそう思ってないんじゃない?」
「!」
「ま、地球には色々な人がいるのよ。結城くんみたいな子もいるし、宇宙人をナンパする子に、ド変態もいるわ」
「......あなたも大変ですね」
「そうね......でも賑やかだし、結構楽しいわ。あなたもお友達とか作ってみたら?」
「......今の私は、結城リトと猿山ケンイチを始末するためにいます。そんなことをしてる場合では───」
「え?」
御門は耳を疑った。
驚きすぎて椅子から転げ落ちる。
ヤミは吃驚した。
「な、なんですか?」
「い、今誰って言った?結城くんと......猿山くん!?」
「そう言いましたが、何か?」
ヤミは不思議そうに首を傾げる。
「あなた彼と面識あったの?」
「えぇ、まぁ」
「......ど、どうだった?」
「どうとは?」
「変なことされてない?」
御門は不安になった。
ヤミは殺し屋と言えども、誰が見ても美少女と言える容姿をしている。
いつか猿山に話した「金色の闇にすらナンパしそう」という考えが、まんまと当たっていたらどうしようかと。
そう考えていると。
「変なこと......まぁ、戦いはしました」
「えっ!?」
想像もしていなかった話が出てしまった。
ますます理解が追いつかなかった。
地球人が、いつもふざけた理由で自分に絡んでくるおちゃらけたあの男が、金色の闇と戦う?
事実とは到底思えなかった。
「戦いになるの?」
「見たことないんですか?」
「ないない。あの子ずっとふざけてるんだから」
「......確かにそうですね」
そもそも相手にすらならないだろうと思っている御門。
それは、かつてのヤミも同じだった。
「彼は、ふざけた人です。殺し屋の私でさえ傷つけようとしなかった」
それどころか、自分を───
心に熱を帯びながら、ヤミは思い出す。
「結城リトも、プリンセスも......」
初対面の自分にたい焼きをくれたリトも、襲いかかったにも拘らず愛称で呼んでくれるララも。
「皆、甘いです」
殺し屋として孤独に生きてきた彼女には分からない考えを持っていた。
「......そう言う割に、悪くないって感じね?」
「!」
心の内をズバリ言い当てられ、ヤミは誤魔化すように黙り込んだ。
御門は赤くなっているヤミの頬を見て、良い出会いが出来たのだろうと勝手ながらに安心したのだった。
「(───なんてこともあったけれど、この子がねぇ......)」
改めて宇宙船で正座している猿山を見る。
「先生?」
想像もつかないが、知らない一面を見てみたくなった。
それが彼を連れていく理由だった。
「......ま、ただの好奇心よ」
「星に置き去りとかしないすよね?」
「しないわよ」
変なことしなければね、と付け加えると猿山は震え上がり、背筋をピンと伸ばした。
「(水着はお預けかなぁ......とほほ)」
そう思いながら涙を流していると、目的のオキワナ星に到着した。
「......他の星って言っても、地球と変わんないんすね」
「ほぼ沖縄だもの。とはいえ人がいないけど恐竜とか危険な植物とかあるから気をつけてね」
「こっわ!?......にしても、薬草がある感じはしないっすね」
「ルートは分かってるからすぐ終わるわ。ついてきて」
御門の薬草採取は定期的に採りに行っていることもあり、実にスムーズだった。
「フルーツとかあるんすねぇ」
「ブレないわねぇ」
猿山は御門の護衛がてら、道中実っていたフルーツを楽しんでいた。
問題なく採集が終わり、あとは帰ろうかというところ。
「キキッ!」
2人の前にいくつかの影が。
「ん?こいつらは猿......ですかね?」
「そうね。この星の生き物よ」
何故か原子惑星に似合わない荷物を持った猿が現れた。
「この子達は荷物を取ろうとしてきたりするから気をつけてね」
「先生、俺手ぶらです」
「......じゃあ大丈夫ね」
「......ん?」
猿山は猿達が持っている荷物を見て、既視感を感じた。
どこかで見たことあるような気がした。
「あーっ!」
「どうしたの?」
「あの荷物、リトが持ってるの見たことありますよ!」
「あら、ということはあの子達も来てるのかしら?」
「......うわー、マジでそうなのかよ」
御門の言葉で、猿山はようやく合点がいった。
リト達が帰ってこなかったのは、この星でトラブルに巻き込まれたからだと。
「とりあえず......このエテ公ども、とっちめてやらぁ!」
「キキーーッ!!」
猿山はリト達のため、猿の群れに戦いを挑んだ。
荷物を取り返し、皆で帰る為に。
美柑を安心させるために。
キャラ被りしている目の前の生き物に上下関係を分からせるために。
「いざ勝負!」
戦いの火蓋が、今切られた。
数分後。
「猿山くん大丈夫?」
猿山は取っ組み合いで普通に負けてしまった。
御門は意識確認のため、頬をつつく。
「でも荷物は取り返しましたぜ!」
「はいはい、早く立って」
「つれないなぁ先生」
猿山は数名分の手提げ袋を抱えながら、呑気な様子で御門の後をついて行く。
今は御門と共にリト達の捜索しているという状況である。
「海の方にいると思ったけれど......1日2日帰ってないとなると、森の中で自給自足してる可能性が高いわね」
「さっきバカでかい恐竜が倒れてたし、近くにララちゃんがいる気はするんすけどねぇ」
「声が聞こえないってことはどこかで休んでるか、それなりに離れた場所にいるのかしら」
御門がこの地を知っているとはいえ探す範囲が惑星単位であれば、普通の人探しとはわけが違ってくるのだ。
先日街を探し回った猿山は、その事を強く理解していた。
「全然いないっすねぇ」
「そうねぇ......上空から見れたらもう少し見つけやすいと思うんだけど」
そんな話をしていると、どこからか女性の悲鳴が聞こえた。
「今のは......あっちね 」
2人は声の方向へ急いで向かった。
「見つけた!」
少し離れた場所で春菜とリトがオキワナ星の植物に縛り上げられ、今にも捕食されそうになっているのを発見した。
御門が銃を取り出そうとした時、それより先に横から猿山が飛び出していった。
御門が驚いているのを余所に猿山は右手を大きく振る。
するとどうだ。
「ガ......!」
危険植物は固まって動かなくなった。
トドメに御門がビームを撃ち込み、植物の危険は回避できたのだった。
「ふー危ねー。リト大丈夫か?春菜ちゃんも怪我ない?」
「う、うん。ありがとう」
「猿山......なんでここに......って御門先生!?」
「間に合って良かったわ」
御門はとりあえずララから事情を聞くため、他の面々の元へ向かうことにした。
「なるほどね......ミスとはいえ、こんな星まで転移しちゃう装置を作っちゃうなんてね」
「御門先生はなんでここにいるの?」
「この星では貴重な薬草が採れるから、よく来てるの」
「猿山は?」
「ボディーガードでやんす」
「何にしてもこれで帰れるのね......」
5人は心から安堵した。
御門の宇宙船内は、随分賑やかになっていた。
その中で猿山とリトは女性陣から離れたところで話をしていた。
「リト、素晴らしい光景だなぁ」
御門の水着を見れず終いだった猿山は、ララ達を見て心の中でガッツポーズをした。
対してリトは。
「疲れた......」
助かってから一気に疲労がのしかかって来たようで、猿山に乗っかる体力も無くなってしまっていた。
「あぁ、大変だったもんな。悪い悪い」
ぐったりしているリトをそっとしておき、猿山は美柑に良い報告ができると喜んだ。