休日。
街に出ていたルンは後悔していた。
「どいつもこいつもイチャイチャしやがってぇ......!」
自分以外と言っても過言ではない程、周りにはカップルが溢れていた。
「はぁ、リトくん今頃何してんだろ......」
「ルンちゃーん!」
ルンがため息を吐くと同時、元気な声が聞こえた。
「あれ?猿山くんじゃん」
「偶然だねぇ。何か浮かない感じだったけどどしたの?」
「周り見なさいよ。私達以外はカップルだらけ。嫌になっちゃうわ」
実際、ルンと猿山の周りには数々のハートが飛んでいる。
「それに比べて......」
それが幻かどうかはさしたる問題ではない。
「なーんで私はリト君と進展しないのよ!キーッ!!」
「あらら、ご乱心でやんすな......ストレス発散なら全然付き合うよ?」
「でも体動かす格好じゃないのよね」
「ヤケ食いする?」
「乙女になんて勧誘してんのよ」
2人がどうしようか考えていると、男が不意に声をかけてきた。
「ボクこういうものなんだけど」
そう言ってルンに1枚の紙を渡す。
それは名刺だった。
「キラキラ芸能......?」
「へー、スカウトの人なんすね」
「そ!彼女みたいなアイドルの原石を探してたんだ。よかったら考えてみてよ」
ここでルンは考える。
トップアイドルになれば、リトも自分に魅了され、告白を断れなくなるのでは?と。
「やりますっ!」
「おおっ!即決とは嬉しいよ!」
「ルン、皆を魅了するアイドルになります!」
喜ぶスカウトマンの横で猿山は引きつった笑みを浮かべた。
「(うわー......ぜってー嘘だ)」
その考えを察した猿山は特に何も言わず、ルンの容姿であれば不可能では無いなと他人事で考えていた。
「ところで君は......」
「あっ、どうも。猿山ケンイチっていいます」
「猿山くんは......その娘の彼氏さんだったりするのかな?」
「えっ?いやいや全然何の関係も無いっすよ」
「あっほんと?まぁ、ウチはそういうの特に止めないから気にしなくていいよ、っていうのは伝えとくよ」
「あっはい」
「じゃあルンちゃん......でいいのかな?すぐデビューすると思うから、心の準備だけお願いね」
「はーい!」
「あ、それと猿山くんも」
「はい?」
「必要とあらば君にも連絡させてもらうから、よろしく」
「(なんで!?)」
それから、ルンは瞬く間に売れっ子アイドルRUNになった。
期待の新人アイドルとして歌番組への出演。
CDの売上1位。
雑誌から街のポスター、大きな看板にも使用され、アイドルとしての顔は広く知れ渡っていった。
「すごいねー、あっという間にデカくなっちゃって」
「ルンなら当然よ!」
「お、いいね」
今2人は、RUNのCDの売上1位記念イベントの控え室で話している。
「......まだ大丈夫そう?」
「んー?そりゃすっごい疲れてるよ。まぁ元々はリトくんの気を引くために始めたんだけどねー」
「あ、やっぱり?」
「うん。でも私......意外とこういうの好きみたい」
「確かに、良い顔してる」
最初は自分のために始めたアイドル業だが、続けていく内にファンのために活動するようになっていった。
「あはっ♪今更告白してきても遅いよ?」
「はっ、いつしても意味ねーくせに」
「よく分かってるじゃん」
「RUNさーん!イベント始まります!」
「あ、はーい!じゃ、いってくるね!」
「うーす」
ルンが控え室を出た後、猿山は観客目線でイベントを見ようと外に出た。
すると偶然にもリト、ララ、美柑の3人がいた。
「あ、3人とも揃ってる」
「おう。ルンの奴最近学校来てねぇし、大丈夫かと思ってさ」
「......それ、いつか本人に言ってやれよな」
「それにしてもすごい熱気だねぇ」
事実、RUNが舞台に出てきてからというもの、観客の沸き上がりは凄まじかった。
舞台に乗り上げ、ルンを追いかけるファンもいた。
先頭を走っているのは校長だった。
「よっしゃリト、行ってこい!」
「えっ?どわっ!!」
それを見て猿山は頭を抱えつつも、ルンを助けさせるためリトを投げ飛ばした。
「さてと、ララちゃ......あれ?」
「ララさんならさっきお客さん達にわっしょいわっしょいされてどっか行っちゃったよ」
「えぇ......?」
結局そのイベントは、ルンがリトと話している間にララが舞台を乗っ取ってしまい、ルンがハンカチを噛み締めるという結果に終わった。
それから。
「どうも依頼主さん......えぇ、こちらも先程地球に到着したところです」
夜の街。
どこかの路地裏で、一人の男が話していた。
「......ご心配なく。あの”金色の闇”が仕留められなかった標的......殺し屋として、こんなにやりがいのある仕事はそうないですからねぇ」
そう言って、男は手に持っている写真に写っている標的を確認する。
楽しげに笑う、リトの顔が写っていた。
「言われずとも......必ず仕留めてみせますよ」
その声は、自信に満ちている。
そのことを誰も知らぬまま、いつも通りの日々が過ぎていった。
「はぁ......」
ある日、猿山は保健室でとても悩んでいた。
「珍しいわね、あなたがそんなに悩むなんて」
「まー俺の話じゃないんですけど」
「とりあえず話してみなさいな」
コーヒーを入れてくれた御門に礼を言いつつ、猿山は話し始めた。
「最近ねぇ、ヤミちゃんが遠慮しなくなってきてくれてるんですよ」
「あら、良い事じゃない」
「そうなんですけど......なーんか他の皆にはそうじゃないんですよね」
「......と言うと?」
「美柑ちゃんとか例外はありますけど、まだちょっと距離を感じるというか」
猿山はヤミのこれからを憂いていた。
「それって、今ヤミちゃんが1番甘えられる相手が君ってことでしょ?」
「多分......そうすね。ありがたい話ですけど」
「それは君にとってどうダメな事なの?」
「もっと色んな人に甘えて欲しいというか......」
「要はあなただけじゃなくて皆にも、もっとラフに接して欲しいって事ね」
「そうなんすよ」
御門は考える。
「ちょうど花火大会もあるし、皆で行って屋台でも楽しんできたら?」
「花火大会?」
「ええ。といっても今日の夜だから、そろそろ始まるんじゃない?」
「んじゃ行ってきます!コーヒーゴチです!」
猿山は急いでヤミの元へ向かった。
図書室を探してもいなかったので誰かしらに聞こうと連絡したところ、結城家にいるとララから情報を貰った。
「ヤミちゃん!今日花火た───」
「あーっ!やっと来た!」
するとそこには、浴衣を着た美柑とヤミの姿が。
「あら可愛い。てか2人ともその格好って......」
「今日花火大会あるってリトから連絡来てない?」
「え?......あっ」
美柑に言われて確認すると携帯には、リトからの着信が数件来ていた。
それと、校長からのメールが1件。
「もーちゃんと見てよね」
「ゴメンゴメン......あれ?てことはヤミちゃんも来てくれる感じ?」
「何か問題ありますか?」
「違う違う。俺もヤミちゃんが来てくれたら良いなって思ってたからさ。美柑ちゃん、他には誰が来るの?」
「えーっとね、リトとララさん、ナナさんとモモさん、春菜さんと古手川さんかな?」
「おーいっぱい来るねぇ。良かった良かった」
「うん!皆で屋台の食べ物いっぱい食べるんだから!」
ここで猿山は何を思ったのか、自分の財布を守るように握りしめた。
「ね、猿山さん♪」
美柑の笑顔の、なんと眩しいことか。
「そ、そうだねー......」
しかし、猿山の心は穏やかではない。
今頭に浮かぶのは「破産」の2文字。
「じゃ、俺はこの辺で───おう”っ!?」
そう言って猿山が結城家を出ようとすると、ヤミの髪が首に巻きついた。
「何故帰ろうとするんですか?まさか来ないつもりですか?」
「や、今日はちょっと予定が......」
「何の予定ですか?どこで?いつから?」
猿山が思っていた以上の強さでヤミは詰め寄る。
「えっ、猿山さん来ないの......?」
その横で、美柑も悲しげな表情になる。
「えーっと、えーっと......」
何と言い訳しようか慌てていると、ヤミと美柑は見るからにしゅんとしてしまった。
猿山は胸を抑える。
効果抜群だった。
「もちろん行くぜ!食べ物も好きなだけ買ってあげるに決まってるじゃんか!」
「あははっ、やーっぱりそう言うと思った!」
「計算通りです」
「計算通り」という言葉を聞いて、猿山は鳥肌が立った。
少女2人の手のひらの上で踊らされていたことに。
「(幼いのに恐ろしい子達ッ!)」
弱点が普通に見抜かれてしまっていることに情けなさを感じつつ、2人が喜ぶなら、と思考を放棄した。
「ところで皆集まってから行く感じ?各々好きなタイミングで出発?」
「花火を皆で見るのが目的だから、自由にしてて良いと思うよ」
屋台はついでか、と心の中で納得する。
「まぁ皆集まった方が楽しいだろうし、すぐ合流すると思うけどね」
「そうね。俺もそれが1番だわ」
それから猿山はリト達と早めに合流して祭りへ繰り出し、屋台の食べ物を買い尽くしていた。
「そういえばリト、花火ってどこで見んの?」
「あぁ、前に美柑と見つけた穴場があってさ。あの建物の屋上だよ」
「ほぇー、良いとこ見つけたなぁ」
「へへっ、だろ?つーか、猿山も来てくれるなんて珍しいな」
「ま、今回はちょっとした助けもあってな」
「助け?」
「や、なんでもねぇよ。そういえば最近遊んでなかったし、今度どっか行くか」
「おう......その時はいっぱい金持ってると良いな」
「う”ん......!」
リトに肩を叩かれ、猿山は涙を拭う。
簡単に言えば、破産秒読みだった。
美柑はともかくヤミの食欲が郡を抜いており、普段からは想像もつかないほど頬張っていた。
その中で射的や金魚すくいに挑戦していたものの、結果は芳しくなかった。
リトは無双していた。
「とりあえずルンちゃんと古手川さん連れてくるわ」
「おう、頼む。俺飲み物買っとくよ」
「サンキュー!」
着々と花火まで時間が迫る中。
少し離れた森林では、男が苛立ちを見せていた。
「(あの男......尽く邪魔をしてくれる......!)」
リト達が祭りを楽しむ裏で、既に戦いは始まっていた。
相対するは2人の男。
「(結城リトを始末するのにここまで手間取るとは......)」
片方はリトを狙っていた殺し屋こと、通称”ランジュラ”。
体から糸を分泌し、それを手足のように扱う殺し屋。
少し息が上がっている。
「(いや、奴は貧弱な地球人だ。始末するのに焦る必要は無い。しかし......)」
木々の中で張り巡らされた糸。
その中に槍を持って立つ男が1人。
「(あの男は別だ)」
ランジュラの今の標的である。
その正体は。
「若人の邪魔をさせる訳にはいきませんな」
彩南高校の頭。
校長だった。
両者睨み合いが続く。
「(ひとまず、糸は張り巡らせた。後はゆっくり───)」
現状を見てランジュラが自分優位だと思った瞬間、音もなく校長の重撃が頬を掠めた。
「っ!」
その一撃を食らった瞬間、ランジュラは痛みに反応するより自分の居場所を変えることを優先し、とっさにその場を離れる。
辺りを見回して校長がまだ糸の中にいることを確認し、先程の突きで吹き飛ばされた”耳のあった場所”に触れる。
「(なんなんだ、今の突きは......)」
ぬるりとした感触と共に自分の手が赤黒く染まっているのを見て、もしあの一撃が直撃していたならどうなっていたかとつい考えてしまった。
それとは別に。
「(だが、妙なのは......)」
先程まで自分のいた場所を見ると、木々は無傷だった。
校長も、無傷で槍を構えている。
「(どういう仕組みかは知らないが、狙ったものに”のみ”その威力を発揮する......という事か)」
対して、自分は頭の一部が持っていかれてしまっている。
致命傷には至らなかったものの、時間と共にそうなりえる傷ではあった。
「(ある意味では、威力を知れて良かったな)」
あの槍を食らえば悪い意味で状況は一変する。
しかし周りには自分の糸を貼り尽くしているので、依然有利ではある。
「(......ちっ)」
はずなのだが。
ランジュラは校長の前から姿を消した。
「ふむ、消えましたか」
校長はそれを追うことはせず、槍をしまってその場を離れた。
ランジュラが、リトを狙わなくなったことを察して。
「さて、帰ってコレクションを読みますぞー!」
何事も無かったように、呑気な声でそう言った。
一方その頃、リト達───と言うよりナナ達はランジュラの依頼主であるラコスポを、完膚なきまでに打ちのめしていた。
最終的に、ラコスポは花火になった。
「ちょっと、もう少し丁寧に───いっだぁ!?」
「さ、猿山くん!早いっ、早いわ!」
その裏で、猿山は遅れているルンと唯を担いで屋上までダッシュしていた。
「大丈夫だって。古手川さんは怪我させないから」
「ルンは!?」
「君はタフでしょ!」
「はぁー!?か弱い乙女なんだけど!?」
「嘘つけェ!」
「な、なんでもいいから早く下ろしてーっ!」
そんなやり取りをしていると花火が始まってしまった。
「やばーい!!」
それから1分もしない内に、何とか屋上に到着した。
既に集まっていたリト達は、飲み物を飲んでゆったりとした時間を過ごしていた。
「リトくんお待たせーっ♡」
「うわっ!?」
リトを見つけた瞬間飛びつくルンに突っ込むこともせず、猿山は買われている飲み物を1本手にする。
そして携帯を取り出し、校長にメールを送った。
「(校長のお陰で皆と祭り来れたし、感謝しねーとな)」
その直後、腹が鳴る。
「......屋台ってまだやってんのかな?」
「はい、猿山くん」
屋上から祭り場を見下ろそうとすると、春菜が焼きそばを手渡してきた。
「2人を連れてきてくれてるとき、屋台回ってなかったでしょ?」
「春菜ちゃん、君は女神か......!」
「あははっ、大袈裟だよ」
焼きそばを一瞬で平らげると、春菜は想定内と言わんばかりにおかわりを渡してきた。
「いっぱい食べるって美柑ちゃんから聞いてるから、ちゃんと買っておいたよ」
優しさを心に沁み込ませながら、屋台の食べ物を口に詰める。
「......ねぇ、猿山くん」
「ん?」
「猿山くんって、好きな子いる?」
「!?」
猿山の背筋が凍る。
いつぞや、御門にバックハグをされた時のような緊張感が走った。
「な、なんで急にそんなことを?」
もしや、春菜は自分の事を───
「私ね、結城くんことが好きなの」
「あ、うん」
というのはもちろん杞憂であった。
「でも、ララさんも結城くんのこと好きじゃない?だから......」
春菜は次の言葉を発しようとしなかった。
「俺には、春菜ちゃんの気持ちを100%わかるなんてのは無理だけど」
先に沈黙を破ったのは猿山だった。
「どんな理由があろうと、春菜ちゃんがもしリトの事を諦めようとしたり、自分の気持ちに蓋をするつもりなら......」
春菜は不安げに猿山を見つめる。
「それはそれで良いと思う。春菜ちゃんが決めたんならね」
「!」
それから春菜も猿山も、何も言わなかった。
聞こえるのは、花火の音だけだった。