猿山が出かけてから、結城家はすっかり静かになった。
美柑は1人待っていた。
「寂しがっている」という言葉を胸に引っかけながら。
「......寂しくなんてないし」
リビングの真ん中で、そう呟いた瞬間。
「美柑ちゃんお待たせーい!」
「!」
ガサガサと袋の音と共に楽しそうな声が玄関から聞こえた。
思わず慌ただしく駆け出す。
「お、おかえり」
「ただいま!」
少し息を荒くした美柑が出迎えると、猿山は嬉しそうに返事をした。
「へへっ、美味し〜いご飯をくれた美柑ちゃんにお礼の品をあげます」
そう言って猿山が袋から出したのは、コンビニで1番高いカップアイスだった。
「えっ!?これって......」
「そう、ダッツでやんす!」
「いいの!?」
「いいのいいの!」
リト達には内緒だと言っていそいそとリビングへ向かい、美柑に好きな方を選ばせてから2人の贅沢なひと時が始まった。
「う〜ん、美味し〜♪」
美柑は1口食べて頬を押さえる。
いつも通りの笑顔で。
それを見て猿山は満足気な様子だった。
「猿山さん?」
「え?」
美柑はダッツに手をつけない猿山を疑問に思い、声をかける。
「なんかボーッとしてたけど、どうかした?」
「あぁ、美柑ちゃんが笑ってくれて良かったと思ってさ」
「!」
美柑は先程まで、自分の表情がどうなっていたかを思い出す。
それと同時に、猿山が何故ダッツを買ってきたかも分かってしまった。
「(気、遣わせちゃったかな......)」
それに対して、猿山は。
「さっきも言ったけど、美柑ちゃんのご飯がちょ〜美味しかったからお礼として買ってきたんだよ」
そう念を押した。
「(......鋭い)」
美柑はそう思った。
「それ以外の理由があるとしたら、喜んで笑って欲しいからだよ」
「!」
当然のように出てきたその言葉は、美柑の心を僅かながらに照らした。
そんな思いを知ってか知らずか、猿山はもう1つのダッツも美柑にあげようとした。
「そ、それはさすがに申し訳ないかな」
「もー優しい子なんだから!じゃあ俺が貰っちゃお!」
そう言ってダッツにがっつく猿山。
美柑は先程の言葉を思い出す。
「(喜んで笑って欲しいから......か)」
すると、じんわりと胸が温かくなる。
目の前の男は何も考えてなさそうな様子でダッツを食べているが、美柑は心の隙間に糸を通されたような感覚になった。
その糸で、沈んでいた自分を引っ張り上げられたような感覚に。
「(優しいのはそっちだよ......)」
そう思いながらダッツをスプーンで一掬いし、口へ運ぼうとする。
その最中、向かいに座って忙しなく食べている猿山を垣間見る。
美味い美味いと言いながら夢中になっていた。
思わず小さな笑みがこぼれてしまう。
すると、目が合った。
「どしたの?」
「あっ、え、えっと......」
まさか反応されるとは思わず、慌てた美柑は言葉に詰まる。
焦り半分、恥ずかしさ半分で。
すると猿山は。
「......もしかして顔にダッツついてる!?」
「えっ?」
「それはまずい!」
そう言って洗面台へ駆け出す。
1人でドタバタしているだけで、家の中が随分騒がしくなった。
「(......さっきまではなあんなに静かだったのに)」
美柑は先程まで1人で待っていた時のことを思い出す。
あの時は随分家が広く感じた。
美柑は考える。
猿山が帰ってきた時、慌てて出迎えにいったのは何故か。
自分の心が温まったのは何故か。
「(やっぱり......本当は......)」
自分の気持ちに素直になった時丁度猿山が戻ってきたので、美柑は正直な気持ちを吐くことにした。
「猿山さん」
「ん?」
「私、やっぱり寂しかった......んだと思う」
猿山のスプーンが止まる。
しっかりと美柑の話に耳を傾けるために。
「なんでかっていうのも、多分猿山さんの思う通り」
「うん」
「こうやって話すのも、猿山さんが初めてだと思う」
光栄だと笑いながら頭をかく猿山。
「だから、お願いがあるんだけど......」
猿山は次の言葉を待つ。
急かすことはせず、彼女のペースに任せて。
そこから少しの間、2人は無言だった。
美柑は、伝えたい言葉を伝うために。
猿山は美柑のそれをちゃんと聞くために。
「ま......」
蝉の鳴き声が家の中に響き渡る。
汗をかいているのは猛暑故か、緊張故か。
ついに、美柑は。
「またこういうことがあったら、頼ってもいい......かな?」
しっかりと、言いたいことを言い切った。
あとは、猿山の返事を待つのみ。
けれど不思議と、美柑に不安はなかった。
「もっちろん!いつでも飛んでくるよ!」
猿山は必ず自分を安心させてくれると、そう思っていたから。
美柑の思った通りに、猿山はお願いを受け入れた。
当たり前とでも言うように。
「いつでも?」
「おうよ!24時間営業でやらせてもらうぜ!」
「そんなにはいらない」
「あ、あれ?」
すると先程の緊張感との落差からか、美柑の体から一気に力が抜けた。
「(......ありがと)」
そして心の中で最大限の感謝を込めた後、いつもの様子に戻った。
「さ、ダッツ溶けちゃうから食べよ!」
「はーい!」
綺麗に完食したダッツのゴミを捨て、猿山は椅子に座る。
「さて美柑ちゃん、これから何したいとかある?」
「え?」
「何でもいいよ〜。ゲームでも良いし、外で遊んでも良いし......めっちゃ暑いけど」
何故か美柑よりも乗り気な様子でとことん付き合う気満々な猿山。
「(......そっか)」
この人はこういう人なんだ。
どこまでも自分を喜ばせようとしてくれている。
そう思った美柑は吹っ切れ、猿山に負けない元気を出した。
「よーし!今日は目一杯遊んじゃうよー!」
いつもは年齢に似合わない落ち着き、という印象の美柑が年相応にはしゃごうとしているのを見て、猿山もテンションを上げた。
「今日はこのケンイチお兄さんがどこまでも遊んでやろーじゃないの!」
「おーっ!」
そう声を上げ、2人は何をするかを話し合った。
外に行くか、家に籠るか。
運動にするか、ゲームにするか。
「ゲームはやめた方がいいんじゃない?」
「というと?」
「だって私が勝っちゃうもんねぇ?」
「あ”っ!?」
思い出すのは先程の光景。
バナナ、甲羅、etc。
完全に世界が美柑の味方をしていた。
「い、今なら俺の方が強い......かもしれないでしょ!」
猿山は目が泳ぎまくりな上に段々と声が小さくなってしまっていた。
それを見て美柑は大きな声で笑った。
「あーあ、そんな弱気じゃ絶対勝てないよ〜?」
「な、なにおう!?次やったら絶対俺が勝つね!」
「じゃあやってみる?」
「上等!」
それから2人は時間を忘れてゲームに没頭した。
レースゲームだけでなくすごろくやら協力パーティゲームやら格闘ゲームやら、リズムゲームやら結城家のゲームを遊び尽くす勢いでプレイした。
「ちょちょちょ!3連続6って何!?」
「猿山さんは......ぷぷっ、また1だね」
「ぬおおおお!!」
すごろくでは圧倒的豪運を。
「もっと力出せよねずみぃいいい!!」
「猿山さんが小動物選んだんじゃん!」
「ごめーーーん!!あ、勝った」
「......スコアの8割くらい私なんだけど?」
「えっ!?......次いこう次!」
「もーっ!」
協力パーティゲームでは頼もしさを。
「ガード甘いよっ!」
「おわ!?」
格闘ゲームでは千手観音のような手数の多さに翻弄され。
「うぉおおおお!ギリクリア!」
「...........」
《PERFECT!!》
「あ、あら〜美柑さんったらお上手......」
リズムゲームでは落ち着きを見せつけられた。
「......あ、もうこんな時間だ」
気付けば、夕食時になっていた。
時間を忘れるというのはこういうことなのだろう。
美柑はそう思いながら、隣で踞る男に視線を向ける。
「小学生に負けた......しかも女の子に......」
同じことを呟きながら拗ね始める猿山。
その様子が面白くて、美柑は思わず吹き出してしまう。
「さ、猿山さんって......ほんとゲーム下手だね......ふふっ」
「......美柑ちゃんが笑ってるならそれで良いや」
笑いを堪えて震えている美柑を見て、猿山は照れくさそうに言った。
美柑は腹を押えながらひとしきり笑った後、改めて猿山を見る。
本当に拗ねている目の前の男のお陰で、何度も笑った。
そのお礼といっては何だが。
「ねぇ猿山さん」
「うん?」
「晩ご飯食べていかない?」
「マジ!?良いの!?」
「もちろん!」
自分もしっかりもてなそう。
帰り際もしっかり笑顔で見送れるように。
そう思った。
「何食べたい?」
「餃子!美柑ちゃんも一緒に作ろうよ!」
「うん!」
それからは行動が早かった。
2人はすぐにスーパーで餃子の材料一式を購入し、職人のような手捌きであっという間に幾つもの餃子を作り上げた。
「さすが美柑ちゃん。餃子もお手の物だね」
「猿山さんも上手じゃん。手先器用なんだね」
「まぁね。あやとりとかも結構自信あるよ」
「この時代に?珍しいね」
そんな会話をしながら餃子が焼き上がるのを待つ。
「ついでだし、他にも何か作っちゃおっか。猿山さんは何がいい?」
「うーん......お味噌汁と、あと野菜炒めとかも食べたい」
「おっけー。今から作るから、餃子見といて」
「ラジャー!」
エプロンを結び直し、美柑シェフは調理に取りかかった。
その手際の良さに猿山は目を輝かせる。
「(リト達は幸せ者だなぁ。毎日美柑ちゃんのご飯食べれるんだから)」
後ろで腕を組みながら、うんうんと頷く。
「猿山さんだって、家に来てくれたら作ってあげるよ」
「あれ?声に出てた?」
「んーん、勘だけど」
「わーお......」
鋭い。
猿山はそう思った。
味噌汁も野菜炒めも完成し、残るは餃子だけどなった頃。
「しっかし、リト達帰って来ないね」
ふと時計を見て猿山は言った。
猿山が結城家にお邪魔してから結構な時間が経っている。
海もとっくに暗くなっているだろうに、リト達は帰ってくる気配が無い。
「(連絡が無いってのも変な話だし......)」
「ね。もう夜なのに......」
「まぁ美柑をちゃん1人で家に残すなんてしないだろうし、何かしらの事情があるんだとは思うけど......お」
「いい感じじゃない?」
話の途中ではあるが、餃子が完成した。
「じゃあ盛り付けは美柑先生にお願いしようかな!」
「任せて!」
大皿に程よく焦げた餃子を盛り付け、食卓へ運ぶ。
「「おぉ〜っ!」」
2人は想像以上の出来栄えに拍手した。
そして急いで椅子に座り、手を合わせる。
「「いただきまーす!」」
そこから、猿山はまたしても箸が止まらなかった。
「餃子美味ぇ〜!」
みるみる内に餃子は皿から消えていく。
昼と変わらぬ豪快な食べっぷりを見たからか、自分の料理を褒められたからか、美柑は満足気だった。
「ね、猿山さん。野菜炒めどうだった?」
「美味い!俺塩味好きだからさ、この味付けめっちゃ良いと思う!」
「あはは、なんでも褒めてくれるね」
「だってほんとに美味しいからね!?」
結局猿山は用意した食材を全て平らげ、味噌汁を飲んで締めに入っていた。
「あ〜、味噌汁が沁みるよ......」
そんな様子を見ながら、美柑は食器を洗っていた。
猿山自身、最初は自分で洗おうとしていたが、美柑の厚意には甘えることにしていたのだ。
「ごちそうさまでした!」
「はい、お粗末さま」
楽しかった夕食も終わり、美柑は風呂に入った。
猿山はその間できる範囲で掃除をしていた。
「じゃ、そろそろ俺はお暇しようかな」
「え?お風呂入ってかないの?」
「え?」
猿山が帰り支度を始めると、美柑は目を丸くする。
数秒の沈黙の後、顔を赤くしてそっぽを向いた。
「美柑ちゃん?」
「へ!?あ、いや......」
「?」
美柑は、小さな声で切り出した。
「今日はさ、その......最後まで一緒に遊んでくれるんだって思ってた、から......」
最後になるにつれて声が小さくなっていく。
言ってしまえば、楽しみにしていたのだ。
猿山の言った「今日はどこまでも遊ぶ」という言葉を信じて。
なんといじらしいことだろうか。
猿山は胸を押えた。
「(可愛過ぎる......!)」
「さ、猿山さん?」
本当に帰ってしまうのかと少し不安げな美柑。
猿山は少しでも不安にしてしまった自分を呪った。
そして。
「美柑ちゃん!」
「はっ、はい!」
「もちろんそのつもりだよ!美柑ちゃんが寝るまで付き合っちゃる!」
世界中の誰よりも、残り少ない今日を楽しく過ごそうと誓ったのだった。
「ほんと!?」
「大マジよ!あ、でもお風呂使わせてもらうのはあれだから、1回家帰ってから入ってくるよ」
「別にいいのに......絶対帰ってきてよ!」
「任せなさい!美柑ちゃんこそ寝ないでよー?」
「当たり前じゃん!今日は100連勝するまで寝ないから!」
「ここは退かせていただくでやんす!」
ゲームの話が始まった途端、猿山はスタコラと逃げていった。
そして家に着いた直後、ルンルンで風呂を済ませ、爆速で結城家へ向かった。
「美柑ちゃんただいま!ごめんね遅くなって」
「ん、おかえり......全然大丈夫......」
美柑は出迎えてくれたものの、足取りが覚束無い。
部屋に上がってゲームの準備を終えた後も、上の空なままだった。
見るからに眠そうにしている。
猿山は時計を見る。
「(うわ〜、ちょっと時間かかっちまったな......)」
急いで向かってきたとはいえ、多少時間を取ってしまっていた。
「よし美柑ちゃん、今日はもう寝よう!」
「え?ま、まだ大丈夫だよ」
「ダメダメ、お子様は寝なきゃダメでやんすよ!」
猿山は美柑を部屋の前まで連れて行き早く眠るように催促した。
仕方なさそうに従い、美柑は部屋に入る。
猿山の手を引いて。
「漫画も読まないよ。ほら、早くベッド入りな」
部屋の中で遊ぼうとしていた美柑の考えを封じ、布団を被らせる。
ここまでは良かったものの、美柑は不服そうだった。
「......ゲームしたかったのに」
「うっ」
ジト目で猿山を見ている。
対する猿山は自分のせいでゲームができなかったこともあり、申し訳なく思いつつも何とか宥めるよう努めていた。
「ま、また今度いっぱいやろう。いつでも呼んでよ。ね?」
「じゃあ今」
「今以外ね」
「......むぅ」
「じ、じゃあ電気消すよー」
これ以上話しても不利なことを悟り、強引に消灯した。
「......猿山さん、いる?」
「いるよ」
「......今日どこで寝るの」
「リビングで寝させてもらおうかなって思ってるけど」
「床で?」
「寝袋持ってきてるからね」
「......ふーん。ここで寝たらいいのに」
「絶対ダメ」
「えー......じゃあ明日起きたら───」
「美柑ちゃんさ、俺が寝落ちするまで時間稼ごうとしてるでしょ」
美柑はギクッ、と暗い部屋の中でもわかるほど露骨な反応を見せた。
猿山自身、友人の妹の部屋で寝る訳にはいかないのである。
「......わかったよ。ちゃんと寝るから」
「頼むよーほんとに」
「最後に1ついい?」
「んー?」
「......今日楽しかった、ありがと」
「うん、どういたしまして」
そんなやり取りから数分経った頃、美柑が寝息を立て始めたのを聞いて、猿山がそっと部屋から出ようとした時。
「......リト」
そんな声が聞こえた。
部屋を出てから、猿山は思った。
家族にしかできないことがある、と。
「リトー、早く帰って来いよー」
そんな呟きに反応する者はいなかった。
それをわかっていた猿山は、そのまま寝袋に入った。