レノ・クルーデルのメソッド   作:公私混同侍

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民族と宗教の狭間編
二重の壁


幾ばくの月日が流れ僕たちはまた一つ大人に近づいた。

マルクやナタリーは初めて教室に入った時と比べ凛々しい顔つきになった。口喧嘩も減り騒々しい時間が今や懐かしく感じてしまう。

ソレルは淡々と授業を受け、優等生としての品格をこれでもかと見せつけ僕の肝を冷やすことも珍しくなかった。子供だと侮れば僕の寝首を掻かれてしまう。そんな程よい緊張感の中、真面目に授業に臨んでいる。

 

僕はというと業務を終え、次の日程を消化しなければならない。

そう、親衛隊会議だ。

 

親衛隊は国王陛下の長男ガレス、家庭教師として務める僕の教え子ランシア姫、そして親衛隊の扇の要でもある大貴族ディクレアート家の令嬢ミグレッタで成り立っている。

 

僕も一応親衛隊の一員だ。自覚はあまりない。

 

そして今日呼び出されたのは火急の案件のようだ。

 

三人は僕を見るなり何やら考え込んでしまった。

 

そんな重大な案件なのか?三人が黙り込むなんて国家の存亡がかかった問題とでも?

 

「レノ……このようなことになり大変申し訳ありません」

 

「へっ?」

 

姫様は開口一番に謝罪を口にする。姫様から実害を被った覚えはない。僕は姫様が苦悶する表情を見て薄ら寒く感じた。

嫌な予感がする。

 

「いや、ランシアが謝る必要はないよ。謝らなければならないのはボクの方だ。レノにこの上ない重責を背負わせてしまった」

 

ガレスが額に手を当て俯く。

話が見えない。一体何があったんだ?

 

「どうやらその顔、レノは何も聞かされていないようだ。謝罪の弁を口にする前に、一から説明したらどうだ?」

 

キョトンとしてた僕にミグレッタが察してくれたようだ。

さて襟を正して、ご説明願おう。

 

「あっ、ああ。そうか、レノは対ミオンの光(ミオナウル)軍事作戦会議に参加してなかったんだっけ?てっきり一緒に同席していたものだと思い込んでいたよ。アハハハ!」

 

ミオナウル……軍事作戦会議?またガレスは厄介事に首を突っ込んだのか?

 

「レノに確認しますが、国教信徒(エルミオン)でよろしいのでしょう?」

 

「僕が生まれる以前父は反国教信徒(サレミオン)でしたが、母が国教信徒でしたので軍隊に入った時に改宗したと聞いています。僕も国教派(エルミオ)です」

 

姫様の表情が暗い。

何なんだこの状況は……魔女裁判でも始まりそうな空気だ。

 

「レノは確かオーバーグレーツ州メヌエ出身だったね。メヌエと言えばステーキが名物!熊の手ぐらいの大きさが観光の目玉にもなって――」

 

ガレスは今更何を聞き出そうとしてるんだ?僕はスパイ容疑でもかけられているのか?

 

「メヌエにはミオン神殿という国教派(エルミオ)反国教派(サレミオ)の聖地がある。それが今回の親衛隊の召集とどう関係するんだ?」

 

僕は立ち上がり真っ向からガレスに問いただした。ガレスは冷や汗を出しながら、口ごもり目を泳がせている。

 

「もういい。私から説明しよう。ミオン神殿はプロシアデス王国が建国される前から存在したとされる歴史遺産だ。宗派に関わらずミオンは共通の聖地として先祖代々崇められている。この程度の教養ならレノでも知っているだろう」

 

ミグレッタの抑揚の無い声に自然と背筋が伸びた。

 

「育ての母から聞いた話ではメガラ王国が存在した百年前まではミオン神殿に立ち入ることができた。かつてメガラの人々は毎日祈りを捧げるべく足繁く通っていたんだ。だけどプロシアデス王国がメガラ王国を併合してからは立ち入りが制限されていたはず」

 

「レノにはメガラ人の血が流れています。ミオン神殿に足を運んでいても不思議ではありません。ワタクシもお祈りの日になれば使用人と共に必ず出向いていますわ」

 

「ボクは王位継承権がないからランシアと違っていつでも出入りできるわけだけど、宗教上の衝突があると話が変わってしまう。ボク自身、王族である事実は変わらないからね」

 

ミオン神殿はその性質上プロシアデス王国の領土内にあるにも関わらず、プロシア人、トリスタ人、メガラ人ですら立ち入ることが許されない。

誰が許さないかってそれは……神が決めたことだからだ。僕が今言えるのはそれだけだ。

メガラ王国はミオン神殿の信託により建国されたという神話がある。神話から生まれた宗教がサレミオと呼ばれメガラ人から見ればサレミオこそが正統(スタンダード)なのだ。

エルミオは弾圧された反サレミオの信徒たちがプロシアデス王国に流れ、メガラ人の技術を取り入れようと保護したことにより国民に広がり国教となったのだ。メガラ人から見ればエルミオこそが異端なのである。

プロシアデス王国がメガラを併合した後、政府はサレミオを抑圧することなく対等に扱おうと努力したが、ミオン神殿を巡って血を血で洗う抗争が続いた結果、ミオンをどちらの宗派にも属さない聖地として扱い立ち入りを厳しく取り締まる方針に転換した。

絶え間ない抗争に疲弊したメガラ人やサレミオは不満を抱えつつもプロシア人、トリスタ人そしてエルミオとの共存を望むようになる。

しばらく平穏な日々が続いているものだと僕自身疑いもしなかった。

それが今になって内紛とは、一体何が起こっているのか?

 

「ミオナウルという武装組織を知っているか?」

 

「『ミオンの光』を自称する反国教派で結成された過激派集団って父から聞いているけど、それはもう二十年も前の話だったはず。まさかミグレッタはその武装組織が再び活動を始めたとでも言うのか?」

 

「そのまさかだ。ミオナウルはメガラ併合後、間もなくしてサレミオを中心に結成された政治団体。かつてミオン神殿の帰属を巡り宗派を超えて対立し、政治団体は武装組織へと変貌を遂げてしまう。いつしか彼らは国教信徒(エルミオン)を目の敵にするようになった。その者たちが再び活動を活発化させ政府に声明を叩きつけてきた」

 

声明?テロの犯行予告か?

ガレスが数ページに束ねられた資料を捲り始める。

 

「ボクが読み上げよう。えー、『我々ミオンの光は三つの目的を果たすために行動に出るものである。まず第一にミオン神殿は有史以前からサレミオの聖地であり、プロシア人、トリスタ人及びエルミオの立ち入る禁ずるものである。故に我々はミオン神殿に立ち入る者をサレミオの教えに基づき排除する』」

 

聖地……サレミオの教え……。

 

「ええっと――『第二にミオン神殿を巡る長年の抗争によりメガラとサレミオの尊厳は大いに傷つけられた。よってその責任は全てプロシアデス王国が負うものである』」

 

尊厳……責任……。

 

「最後は――『第三に地球上のメガラとサレミオの魂はミオンに生まれミオンに還る。そしてその土地から新たな命が芽吹き、森から果実が、山から水が、空から天の恵みが降り注ぐ。我々はサレミオの教えに基づき宣言する。ミオン及びオーバーグレーツ全域を含む領土をプロシアデス王国からの分離独立し、サレミオのサレミオによるサレミオのための国家、即ち――』」

 

 

『メガラ共和国を建国するものである』

 

 

 

サレミオのサレミオによるサレミオのための国家……独立宣言……。

 

「彼らは戦争をしてまで独立を望んでいるのでしょうか?お兄様はどうお考えなのですか?」

 

「ランシアがレノではなくボクに意見を求めるなんて今日は雪でも降るのかな?なんて茶化してる場合じゃなかった。ミオナウルは自らの主張を押し通すためなら如何なる犠牲をも払う覚悟がある、そんな気がするよ。それにオーバーグレーツは海峡を挟んだ先に王国を良く思わない小国が連なっているからね。背後にプトレミシュ・セレスツカ・アケメニのサレミオ同盟諸国がいるのは間違いなようだが……それに今日のミグレッタは猛犬のように気が立っているようだから――」

 

「あなたには分からないだろう。私の気持ちが!レノの故郷を焼き払わなければならないかもしれない、私の気持ちが!」

 

故郷を……焼き払うだって!?

 

「ミグレッタ!どういうことだ!メヌエを焼き払うって――」

 

ミグレッタは唇を噛み締めながら机を殴った。あまりの豹変ぶりに姫様は恐怖のドン底に叩きつけられたのような表情をしている。

 

「私は対ミオナウル軍事作戦の指揮を取ることになった。もしミオナウル、サレミオ同盟諸国との交渉が決裂した時、その時はミオナウルの本部があるオーバーグレーツ州を武装組織ごと焼き払う。これは()()()()()()()、そして国王陛下の聖断だ」

 

「そ、そんな……で、でもまだ交渉は始まってないんだろ?それなら双方が歩み寄れば、まだ時間は残されているはずだ!」

 

「それが今回、親衛隊を召集した目的なのさ。そしてレノ、キミを国王陛下と身分議会に推挙したんだ。ミオナウルとの折衝役にね」

 

ガレスが僕をミオナウルとの交渉役に選んだって……?

聞き間違いじゃないのか……?

 

「それがレノ、あなたの働きぶりに貴族や商人たちが噂していたようなのです。教え子からの篤い信頼、王族まで魅了する独自の指導法、そしてなにより大貴族御用達の家庭教師を母に持っていること。その全てがお父様の耳に入ってしまったようなのです。お兄様は包み隠さず、レノのありのままをご説明致しました。そして何よりあなたがメガラ人であることこそが最大の強みであると、お兄様は仰っていらっしゃいました」

 

……。

 

「こんな王国の行方を左右してしまうような重荷を背負わせてすまないと思ってる。だけど僕はキミの才能に妬いてしまうぐらい惚れ込んでいるんだ。父上もキミにならプロシアデス王国の未来を託しても良いと言っていたよ」

 

うぅ……えずきが止まらない。

簡単に決められるわけがないじゃないか。王国に住む人々の人生がかかっているんだ。そうやすやすと引き受けられない。

僕の決断次第では故郷に住む父さんや母さんが争いに巻き込まれることになる。それだけじゃない。メガラ人、プロシア人、トリスタ人も混乱に陥れることになる。

宗教問題や民族問題は人類が幾度となくぶつかっては跳ね返されてきた分厚い壁。その壁が宗教と民族という二重の壁になって立ちはだかっているのだ。

方程式に当てはまらず、証明が不可能な数学といえば、問題の根深さを理解してもらえるだろう。

宗教と民族が絡んだ紛争を解決できれば、地球上の半分の問題は解決できた言っても過言ではない。

それぐらい困難を極める難問だ。

その難問に僕が立ち向かえるのか?

判断を間違えれば取り返しのつかない結末が待っている。

選択を誤れば二度と平穏な日常を送ることは叶わない。

僕は今、人生の岐路に立っている。

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