レノ・クルーデルのメソッド   作:公私混同侍

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将軍

 

ミオンの光(ミオナウル)の指導者との交渉役に任命された僕は交渉の場である親衛隊会議室に向かう。

なぜ王宮に武装組織の指導者を招いたのか?

「国王陛下とは旧知の中だから信頼できる人物だ」とミグレッタは言った。たったそれだけの理由らしい。

だけどいくらなんでも安全面を軽視し過ぎじゃないか?

武装組織の指導者を王宮に入れるなんて、姫様の身に何かあったら親衛隊が責任を問われるだろ。

相手は一人で来るみたいだが、真に受けて良いのだろうか?

疑問符は尽きない。不可解なことだらけだ。

 

万が一に備えてミグレッタが僕の警護をしてくれる。ちょっと嬉しいような、虚しいような。

相手が武闘派の人物なのだから僕ではどうしようもない。何かあったらミグレッタに任せよう。僕は僕にしかできないことをする。当たり前のことだが、今は目の前の巨人に背を向けてはならない。

 

「気負いすぎるな。もうすぐで標的が現れる。相手の名をちゃんと確認したか?この会談は公式でもなければ、一部の特権階級の人間を除いて公開もされない。肩に力が入り過ぎると血の巡りが悪くなるぞ」

 

非公式かつ非公開の会談に意味があるのか?

ミグレッタたちは僕に隠していることがあるのか?

今は自分に課せられた役目を全うするしかない。

 

「名前は確か……クメリオ・マフラヴィ。メガラ人の両親を持ちメガラ純血主義思想に傾倒、メガラ人と反国教信徒(サレミオン)の地位向上に心血を注ぐ。四十年前、王国陸軍に入隊し騎兵部隊に所属。数々の武勇を打ち立て最年少で元帥まで上りつめた。国民からは尊敬と畏怖を込めて『将軍』の名で呼ばれる」

 

「それが今やテロリストの棟梁とはな。国家の敵である以上、勇名を馳せた人物であっても斬り捨てる」

 

腰に剣を携えたミグレッタの表情は鬼気迫るものがある。出方次第では刃が空を切ることになる。

ミグレッタは立場上、対ミオナウル軍事作戦の指揮官だ。

元『将軍』の一挙手一投足には細心の注意を払えということだろう。

 

「――来るぞ」

 

軍靴の音が鳴り響く。扉が開き遂に『将軍』のお出ましだ。

ナイフのような鋭い目。顔の皺は傷なのか見分けがつかない。老練な雰囲気を纏い、息苦しく感じるほどの威圧感を放っている。

毒々しい蛇がとぐろを巻いたような装い。部屋中の空気が一層重たくなる。

率直に言って怖い。これに尽きる。

僕の心臓は相手に殺されまいと狂ったように鼓動する。

大きく息を吸った。

うぅ……帰りたい。

 

「挨拶は不要かな?我のことは存じていよう」

 

元『将軍』の男は僕達より先に腰を下ろす。

 

「私達はあなたのことを知っているが、あなたは我々の素性をどこまで知っているんだ?」

 

「我が知るに若造どもの集まりだということ。親衛隊というくだらんオモチャで、はしゃぎまわる餓鬼どもであろう?」

 

ミグレッタは腰に手を当て堪えている。我慢してる間に僕が助太刀しなければ。

 

「え、え~と僕の紹介がまだでした。僕はレノ・クルーデルと申しまして、メガラ人の――」

 

「若すぎる」

 

「……はっ?」

 

「こんな若造に我の話し相手が務まるのかと問うている」

 

手厳しい。第一印象は最悪だ。どうすれば……。

 

「歳を取っても人を見る目は培えなかったようだな。賊に加担したのも必然と言うわけか」

 

「なんだとッ!?」

 

ミグレッタの挑発は効果覿面のようだ。『将軍』の握り拳がテーブルを叩き震えている。

 

「申し訳ない。口が滑ってしまった。私はミグレッタ・ディクレアート。親衛隊の副隊長をしている」

 

「フン、ディクレアート家のご息女か。いかにも完璧主義の血を引いている。頭の切れは貴族の中でも随一だとか」

 

「私のことなど会談とは関係ないことだ。それよりレノに指一本触れてみろ。天井一面を貴様の血肉で染めたくなければな!」

 

ミグレッタは僕を守るために啖呵を切ってくれたようだけど、これじゃあどっちが武装組織の人間か分からない。

 

(ぬし)よ」

 

「ぼ、僕のことですか?」

 

「名をクルーデルと申したな?」

 

「はい。父は元兵士でクレスという名です」

 

「そうであったか。多少なりとも面影はある気がしたが、まさかこのような形であの男の息子と対面することになるとは思わなんだ」

 

「父はよく申していました。『男として生まれ、兵士であれば一度はあの人(将軍)に憧れを抱くものだ』と。ですが兵たちの羨望を一身に浴びていたと謳われている『将軍』との対面が、このような形になって残念です」

 

「クレスは女っ気がさらさらなくてな。部下になった当初は周囲の後押しなくして声すらかけられない男だった。だが、そんな男を己の息子のように可愛がったものだ。トリスタ人の女を嫁にして家庭を持ったと耳にした日は今でも憶えているぞ。部下どもが我の関知しないところで大砲を引っ張り出してきたのだよ。アレを祝砲代わりにするとは流石に血の気が引いた思いがしたものだが。フハハハ」

 

「我々は老兵の昔話を聞きに来たのでは――」

 

「ミグレッタ、少しだけ話をさせてくれないか?僕の我儘で迷惑をかけてしまうのは理解している。でも……」

 

ミグレッタは僕の胸中を察してくれたようだ。腕を組み『将軍』の言動を観察している。

 

「老兵であっても戯言には耳を貸してほしいものだ。でなければ我が王都ハイデリンまで出向いた意味がないのでな」

 

「『将軍』は国王陛下と旧知の仲だと伺いしました。二人の関係を疑っているわけではないのですが、できれば思い出話など聞かせて頂けないでしょうか?」

 

「何だ?思い出話?……フハハハ、若造と思ってあぐらをかいているつもりだったが、相手を知りて己の知ろうとは良い心掛けである。陛下が差し向けた御心が分かった」

 

印象が変わった。僕の中で少しだけ手応えのようなものを感じた。

 

「陛下が王太子だった頃、我が護衛を務めたあの日初めて相まみえたのである。真珠のように透き通った瞳に我は心を見透かされたような気持ちになったものだ。歳が近かったこともあったかもしれんが不思議にも会話が弾んでな。身内話に華を咲かせたものだ」

 

武装組織の指導者とは思えないほど楽しそうに話している。もっと『将軍』のことを知らなければと勘が訴えかけているような、そんな気がした。

 

「我が昇進する度に祝砲を上げてくれたものだ。しかしなんだ、勘違いはしてほしくない。決してクレスの時のように無断で持ち出したわけでないのでな」

 

冗談まで飛ばすようになった。気分良く話をしているが、そろそろ止めたほうがいいかな。

ミグレッタが狸寝入りしているから。

 

「あのぉ、それでどうしてミオナウルに身を寄せることになったのでしょう?二人の仲は終始良好だったんですよね?」

 

「そうだ。今生の別れを告げた日まではな」

 

「今生の別れ?それは一体どういう意味ですか?」

 

「我が少将に任命された頃、身分議会がミオン神殿の管理を軍に委託する法案が通った。中身は宗教紛争や民族紛争に対処するために設置された第三者機関に関することである」

 

「ミオン神殿の立ち入りが厳しくなったのはその頃からなんですよね?僕の記憶が正しければ宗教の違いによる争いや民族間の対立の原因を追究し、軍を中心とした第三者機関が予防と対策を検討する組織だとか」

 

「陛下が必要だと判断すれば第三者機関が動く。そしてその責任者にメガラ人の中で最上位の階級についていた我が選ばれたのだ」

 

「国王陛下の後ろ盾があれば、柔軟に対応できる組織。『将軍』が任命された理由はやはり、国王陛下とは懇意にしていたからでしょうか?」

 

「そうだろうな。『宗教と民族の間に立ち塞がる障壁を壊してほしい。お前にしか頼めない』。そう言われれば頭を横には振れんだろう。我は陛下のためならばと二つ返事で承諾した」

 

「ちょっといいでしょうか?現在、プロシアデス王国では王族、貴族、商人、平民で構成される身分議会議員にならなければ王族であっても、政治に参加することは不可能です。しかし、第三者機関が存在した当時はまだ国王陛下は政治に介入する権限を有していた」

 

「そんな些末なこと、教師である主が一番理解してなくてはならない事象ではないかな?」

 

「ということは王族が政治に関する権限が著しく制限された法案が通された後、後ろ盾の失った第三者機関の存在意義は無くなったのではないでしょうか?」

 

「……」

 

「『将軍』が軍を離れた理由が分かった気がします」

 

「主の考えている通りだ。我は陛下が掲げる宗教と民族の融和を叶えるため。つまり『二重の壁』を取り払う大役を仰せつかったのだ。しかし、王族の力が弱まり身分や出自に囚われない社会の実現という国民の声が大きくなっていたのもまた事実。そんな時代の荒波にさえ抗えなくなり、『第三者機関は解散せよ』という言葉が陛下から口から漏れた刹那、我は裏切られ居場所さえも奪われたと国を心底恨んだのである」

 

「ですが国王陛下は『将軍』を決して蔑ろにしたつもりはなかったと思います。むしろ……」

 

言葉が見つからない。僕だってミグレッタや姫様に「明日から来るな」なんて言われたら、誰にも頼れず人を信用できなくなってしまう。

『将軍』は国からの信頼を失ってしまったことが一番辛かったのかもしれない。

 

「どんな言葉で取り繕うとも傷つけられた愛国心や忠誠心は元の形には戻らないのだよ。主らに如何なる言葉を投げかけられようが、陛下が頭を擦りつけようがメガラや反国家派(サレミオ)を足蹴にし、分断せしめた罪は一生消えることはない」

 

沈黙を保っていたミグレッタが重い口を開く。

 

「貴様の身勝手な逆恨みで王国は危機に瀕しているんだぞ。国王陛下はミオナウルとの妥結をお望みなのだ。レノは陛下に王国の未来を賭けられた。貴様にその意図が分かるか?」

 

「フン、くだらん。()()()()()()()()()()()とて民から信任を得たわけではない主に、如何ような発言力を持ち合わせているというのか、説明願いたいものだ」

 

「いや、国王陛下だけでなく身分議会からも信任を受けてるんですが――」

 

「クク、クククッ、フハハハッ!」

 

な、なんだ!?

『将軍』の強かな態度が不気味な雰囲気に変わった。

ミグレッタの顔がみるみる険しくなる。

どういうことだ?

 

「主は聞かされていないのかな?身分議会の中に我の同志を潜り込ませていてな。我らとの会談に関する議案も知り得ていたのだ。確かなことは賛成多数で主の不信任を可決したのだよ。故に主は民の付託を得ず、非合法な手段で会談に立ち入った無法者である」

 

そ……そんな馬鹿なッ!?

それならなぜガレスは身分議会の総意だなんて平然と嘘をついたんだ!?

思い起こせば折衝役を任された僕は頭の整理がつかず、二人の言葉を鵜呑みにしていた。

よくよく考えれば可笑しな話だ。多数決である以上、身分議会の総意という表現は不正確だ。

いや、あの打算的なバカ王子ならやりかねない。

納得してしまう自分が不甲斐ない。

これから僕の立場は一体どうなってしまうんだ……?。

 

「なぜ弱気になる?テロリストの戯言を真に受けるのか?」

 

「ミグレッタだって知ってたんだろ?身分議会は不適格という烙印を僕に押していた。それなのにみんなして僕を騙すなんて……」

 

「内輪揉めは見るに堪えんな。今日はこの当たりでお開きとしよう。次は適任者を呼んでくることだ。さもなくばハイデリンが瓦礫の山になる。王都の生活の生命線と成り得る情報は細部まで頭に叩き込んでいるのだ。軽挙を謹んだほうが身のためであるぞ」

 

僕は失望感に囚われていて、マフラヴィ将軍がいなくなっていたことに気づけなかった。

ミグレッタは椅子に座ったまま目を閉じる。

最初の会談から一時間後、再び親衛隊が召集された。

 

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