レノ・クルーデルのメソッド   作:公私混同侍

20 / 26
クルーデル・メソッド 前編

 

「さぁ、結論と参ろうかな?今日の我は情け容赦をせん。発言には十分注意したまえ」

 

どっしりと足を組み、ふんぞり返る将軍。僕は視線を逸らさないようにして椅子に座る。

 

「結論に入る前に、この場を借りて一つ忠告させてもらう。今しがた我が軍はオーバーグレーツ州境に部隊の展開を終えた。きさ……いや、あなたの賢明なご判断を期待する」

 

二度目の会談の後、僕はミグレッタに説教をしたんだ。

感情に身を任せて、相手を圧倒してしまうような情熱溢れる性格だから釘を刺しておかないと、三度過ちを犯す危険がある。

彼女の言動を戒める意味合いも含めて、口頭注意したんだ。功を奏したみたいで良かった。

最初のハードルはクリアした。

残す障害は二つ……。

 

「それでは僕が前回、提示した三つのプランについて検討に入ります」

 

異存は認めない。聞くだけ野暮だからだ。なにせ相手はあの「将軍」。互いの手の内は知っている。

僕のすべきことは、ありったけの思いをぶつける。たったそれだけのことだ。

 

「まず第一のプランである『二国家共存』」

 

将軍の悲願である『夢』を無条件で受け入れ、独立国家として認める。平和的かつ穏便に済ませられ、理想を体現できる人類にとって最も有益な結末。

しかし理想はあくまで理想。現実から乖離すればするほど、夢は独りでに歩き続け民を置き去りにする。途端に理想は夢のままで終わるのだ。

 

「――メリットは以上のようになります。それではデメリットをご説明します。問題点の一つ目は『聖地』です」

 

ミオン神殿の問題は長きに渡る宗教紛争の結果、プロシアデス王国が領有権を保留し中に浮いたままとなっている。

国教信徒(エルミオン)反国教信徒(サレミオン)の警備隊がミオン神殿を取り囲むように配置されており、信者は人種と宗派を事前に申告しなければ立ち入りが許されない。

 

「将軍の独立国家建設を容認した場合、聖地ミオンはどちらに帰属するのか僕たちの結論を示します」

 

「不要である。ミオンはメガラ人、そしてサレミオンの土地だ。主らに決定権はない」

 

「ではミオン神殿を分割して管理するというのはどうでしょうか?」

 

「ぬけぬけと……今日までサレミオンに足枷をしてまで立ち入りを阻んできたというのに、分割して管理するだと?フン、主らがまやかしの聖地を求めれば良いことだ」

 

「仮の聖地を作れと?それは暴論、いや神への冒涜です。国教派(エルミオ)反国教派(サレミオ)もミオン神から教えを受けた民が土着し、生きるための知恵を出し合い、未開の地を開拓していったのです。例えかりそめの聖地を生み出したとしてもテロリズムの増長は防げません。その場しのぎの対応では憎しみや悲しみの連鎖は止められないのです」

 

「エルミオはミオンの教えを己の都合良く解釈し教義を捻じ曲げた。つまるところ国教信徒(エルミオン)は罪深き業を背負っているとも言えよう」

 

「教義は時代にそぐわない部分があれば、人の手によって修正や加筆が行われます。それが悪いか、そうでないかはその時代を生きた人にしか知り得ないことです。現代社会を生きる僕たちの価値観で物事を当てはめるのは偏見や差別を生み出し、かえって民族や宗派を分断する要因にもなりかねません」

 

「プロシア人、トリスタ人そしてエルミオンに責任はないのかな?」

 

「あります。メガラ人やサレミオンが少なからず抑圧され弾圧された事実は消せません。政府は自らが引き起こした人権侵害を認め、迫害された当事者またはその子孫に賠償する義務を果たさなければなりません」

 

「金で万事解決できれば戦争なぞ起きぬ。なんと愉快な世界か。主の軽薄な理念には失望した」

 

これ以上は踏み込めない。賠償は国家政策における重要課題。一教師の分際で生半可な気持ちで飛び込めば、地雷を踏んでしまうかもしれない。

ミグレッタが拳を口に当てる。「深追いは禁物」の合図だ。

『聖地』の問題は最後にするしかない。

――残す障害は一つ。

 

「では次の問題点の指摘に参ります。それは『格差』です。『格差』は身分による不利益な取り扱いを含まない点にご留意願います」

 

「主はこう申したいのであろう?経済基盤を農業や水産業に重きを置くオーバーグレーツでは、工業力や技術力に勝るプロシアデス王国に太刀打ちできぬと」

 

「近代的工業化に成功した王都ハイデリンを例に挙げると、労働者は法の下、人種や容姿による差別から保護されており、競争社会の一員として対等に扱われてきた歴史があります。未だ不利益な扱いを受けたり、潜在的差別により人権を蔑ろにする者は存在しますが、民の多くは人権に対する強い関心を持ち、知識を得る努力を惜しみません。近い未来、王国は人権大国として世界中の模範になるでしょう」

 

「ならば『格差』はどう説明するのかな?持つ者は生き残り、持たざる者は死を待つのみ。人間性の微塵もない社会制度が人の生き死にを決するとは、人間とはなんと不憫な生き物であるのか」

 

「『格差』は文明が発達する以上、避けては通れません。人は血の滲む努力によってその価値を世間に認めさせる生き物です。努力をしない、生きるために知恵を出し合わない人を国が救う義務はありません。その者たちが自分たちは弱者だと声高に叫んでも、周りからは冷ややかな視線を浴びせられるだけでしょう。もちろん生まれつき体の弱い人や身体の一部に障害を持つ者は救済されるべきです。将軍は身分や人種という障害を乗り越えたからこそ、元帥まで上りつめた。『格差』は競争社会の摂理なのです」

 

「『格差』がメガラ共和国建国への障壁となるか。解せんな。まるでメガラ人、そしてサレミオンが陽光の下、のうのうとのさばってるような物言いではないか?」

 

「僕はメヌエで十八年生活してきました。静かな農村、人里離れた辺鄙な片田舎。これといった観光の名所もなければ、自慢できる名物はステーキぐらい。そこに住む人たちは争いを好まない反面、外部からの干渉に拒否反応を示す人たちが数多くいます。僕自身、民族の違い、宗派の違いから嫌がらせを受けてきた過去があります。しかし、国家を作れば諸問題が解決されるとは限りません。むしろ民族や宗派による分断がより一層進むものと考えらます」

 

「新国家を建てる上で本意と言えるのではないかな?」

 

「それではオーバーグレーツに住むプロシア人、トリスタ人、そしてエルミオンが故郷に留まりたいと願った時、将軍は当然彼らに選択権を与えるのですよね?」

 

「選択権……メガラ共和国への忠誠を誓ってもらうか、でなければ王国へ突き返すかということか」

 

「もしオーバーグレーツ側に留まりたいと考える人がいれば、それを王国側から垣間見た場合どのように映るでしょう?」

 

僕はずっと空気を読んでくれていたミグレッタに目配せする。

 

「フッ、裏切り者と罵られるだろうな」

 

将軍はテーブルを指で叩き始めた。

 

「だからなんだ?はっきり述べたまえ!裏切り者だろうが、売国奴と罵倒されようが我々は腹は括っている!信念なき者は故郷から去っていけば良い話ではないか!」

 

「それはどうでしょうか?僕のように混血(ハーフ)の場合、行く宛も帰る場所のない人たちが報われません。王国で居場所を見つけるか、周囲の視線に晒されながら故郷で一生を過ごすか。でなければ彼らは『難民』となって苦難の旅路に出る他ありません」

 

「『難民』対策ならば人権国家を標榜する主ら王国民の出番であろう。我らには関わりないことだ」

 

「本当にそうでしょうか?将軍は『難民』が海を越えることを想定していないのですか?」

 

「海を越える……!?」

 

「海を越えた先、そうです。プトレミシュ・セレスツカ・アケメニの同盟諸国に難民が殺到します。そうなればオーバーグレーツ側に早急に法整備をするよう警告するでしょう。それでも将軍は『我らには関わりないことだ』と一蹴するのですか?」

 

「妄言であるぞ!」

 

「妄言なんかじゃありません。メガラ共和国が『難民』に対して不条理な接し方をすれば、人権意識の低い国だと軽蔑され国際社会から孤立する可能性だってあるんです。国際社会から孤立すれば経済基盤が安定しないオーバーグレーツでは瞬く間に政情不安を引き起こすでしょう。武装組織が国防を担っている国では尚更です。最悪国家そのものがひっくり返り、信仰心に満ちた国家が軍事国家へ姿形を変えてしまう恐れもあります。政権を選択する民の意志を力で捻じ伏せてしまうことにも繋がるでしょう。『歴史』がそれらを証明してるんです。将軍なら力を正しく使い、民を導いていかなければならない…そうですよね?」

 

使える手札は切った。『格差』のハードルだけでも取り除ければ、『聖地』の問題は僕らの関与を必要としない。

 

「主は真に……クレス似て負けず嫌いな男だ」

 

手応えを実感した。やっと前進する。

 

「それでは独立国家の建設は一旦白紙に――」

 

「我も勝ちたいのだよ。意趣返しではないが、こちらから譲歩しよう」

 

な、何を言い出すんだ……?

 

「メガラ共和国の夢は無情にも露と消えた。であれば主のプロシアデス連邦構想(第二のプラン)とやらを快く受け入れたい」

 

連邦構想を受け入れるだって!?

ミグレッタが目を丸くして驚いている。

まさかあの堅物な将軍から譲歩を提案されるなんて、夢にも思わなかった。

プロシアデス連邦構想なら『難民』問題は解消されるが、『聖地』問題は棚上げにされたままだ。

僕には奥の手(メソッド)がある。だがその手を披露すれば僕の将来は暗転するだろう。換言すれば、勇気と判断力を要する諸刃の剣だ。

 

「聖地ミオンは現状維持で構わないという返答として受け取るが?」

 

ミグレッタが長考している僕を差し置いて将軍に問いかけた。

 

「老兵の足掻きほど惨めなものはない。晩節を汚すわけにもいかんのでな。歯がゆいが受け入れるしかあるまい」

 

本当にこれでいいのか?

僕がここで頷けばメヌエは戦火を免れる。父と母は助かる。友人も教え子も。

けれど……けれど……。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。