レノ・クルーデルのメソッド   作:公私混同侍

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クルーデル・メソッド 後編

 

「まだ不満があるのかな?」

 

「いえ、不満というか不安というか……」

 

ミグレッタが僕の肩を二回叩く。「終わり」の合図だ。

 

親衛隊が集まっていた時、僕は姫様たちに三つのプランを提示した。

一つ目は「二国家共存」。

二つ目は「プロシアデス連邦構想」。

そして三つ目は「ミオンを含むオーバーグレーツ再併合」。

一つ目と三つ目は片方の利益を最大限尊重したものであるため、議論は当然の帰結として平行線を辿ることになった。

無論、僕たちの結論は双方が歩み寄れ、平和的解決を図れる「プロシアデス連邦構想」だ。

 

交渉は難航を極めると誰しもが想像した。

しかし、独立一辺倒だった将軍が態度を軟化させ、「プロシアデス連邦構想」を受諾したことにより急展開を迎える。

不穏な空気が纏わりつく中、会談は一方通行になっていった。

問題は山積みだ。僕たちが手に負えるものじゃない。そんなこと最初から分かり切っていたじゃないか。なのにまだ胸の中に燻る反骨心が抑えきれない。爆発させないと後悔するようなそんな予感がする。

僕はミグレッタの手をそっと握り返した。

 

「ごめん、ミグレッタ。僕はやっぱり正しいとは思えない」

 

「なに?」

 

僕はお腹に力を込め、視線を将軍に集中させる。

もう後には引けない、引くものか。

 

「将軍、申し訳ありません。プロシアデス連邦構想に際して、勝手ながら検討する時間を頂きたいと存じ上げます」

 

将軍は眼光鋭く僕を睨む。物怖じしてる暇はない。

これが最後のチャンスだ。

 

「プロシアデス連邦構想には許容できない欠陥を内包しております。それは――」

 

会議室の外から騒騒しい物音がする。四、五人が諍いを起こしているようだ。すると、突然扉が開いた。

 

「おっと、取込み中大変失礼します」

 

「お兄様!お父様の許しもなく、立ち入っては……ハッ!?」

 

姫様とガレスが扉を蹴破ってきた。

僕を止めにでも来たのか?

 

「相も変わらぬお転婆ぶり。ガレス様も昔と変わらぬようで」

 

「また会えるのを楽しみにしてたんだ。久しいね、クメリオ」

 

ガレスの変哲のない挨拶に鳥肌が立った。何だこの二人の会話、凄くきな臭い。

 

「ワ、ワタクシは……初めてお目にかかります、よね?」

 

「ランシア姫には一度、お目通りなさっております。姫がまだ二歳にも満たないぐらいでしたかな。中身をくり抜いたカボチャに収まってしまうほど小さかった。それがまた随分と大人びて見目麗しくなられた」

 

昔話が始まった。水を刺された僕は意気消沈し固く口を閉じたまま状況を静観する。

ミグレッタが将軍たちに悟られないよう小さな声で僕に語りかけた。

 

「最終的な結論に達した。私達の利害は一致している。それでもレノはあの男の弁舌を信用できない。そうなんだろう?」

 

「信用してないわけじゃないんだ。でも将軍は本当のことを僕たちに話していない。想像の域を出ないけど本心に辿り着けない限り、またミオンの光(ミオナウル)みたいな組織との対立や分断を招いてしまうんじゃないか?そんな不安に駆られるんだ」

 

「それはレノの責任じゃない。民と国が将来に向けて背負うべき責任だ。もう背負う必要はない。極限の重圧からレノは解放されたんだ。それでは駄目なのか?」

 

「僕は姫様や教え子に正しい道を歩ませなきゃいけない。もし姫様たちが道を踏み外したら、それは僕の責任になる。本人が悪いと言われようと教え子と教師の関係は死ぬまで続くんだよ。子供たちには幸せになってもらいたい。ミグレッタもポンテさんもガレスもみんな、ずっとずっと笑顔で過ごしてもらいたいんだ。父さんと母さんを悲しませるなんて考えたくもない。理想主義だろうが独善的だろうが僕たちは、その極限の重圧からは逃れられないところまで来てしまったんだ」

 

「私はどんなに辛い現実にも、実直に向き合い続けるレノの姿をもう見ていられない。だが放って置くこともできはしない。どうしたらいい?」

 

「側にいてくれるだけでいいよ。それだけでも僕には十分過ぎるぐらいだから」

 

ガレスが咳払いをした。

さぁ、終幕に相応しいどデカい花火を打ち上げてやろう。全身全霊を捧げ、最終局面を丸ごとひっくるめて振り出しに戻してやる。

 

「閑話休題、主は本筋に戻って検討し直すと述べた。ではこの期に及んで如何なる議題を論ずると言うのかな?」

 

「レノ、どちらの肩も持つつもりもないのは事前に打ち合わせた通りだ。けどね親衛隊隊長として忠告はさせてもらうよ。『底なし沼に嵌ったら二度と抜け出すことはできない。すべからく動かなければ静寂に沈む蟻地獄』。キミの母の金言をアレンジした受け売りだけどね」

 

――長考は奈落に通ずる蟻地獄、思い込みは闇に溶ける底無し沼。

全然違うじゃないか。改変どころか改悪だ。

しかも苦々しい記憶まで蘇ってきた。

ガレスなりの励ましとして受け取っておこう。

 

「お兄様、レノは無茶をなさろうとしているのですか?」

 

「元々無茶を押し付けたのはボクだからね。レノが掴み取った未来に対しては親衛隊隊長であるガレス・プロシアデスが全責任を取る。安心してくれ、ランシア。レノが家庭教師を辞めるなんてことにならないよう、可能な限りの手は打つつもりだから」

 

姫様には心配ばかりかけてしまった。王宮専任教師の名折れだな、僕は。

役者は揃った。各々が将軍を囲むように座る。

正念場?

人生の分岐点?

運命の分かれ道?

どの言葉で取り繕っても気休めにしかならない。

 

「それでは……プロシアデス連邦構想の許容できない欠陥についてご説明致します」

 

皆が固唾をのんで見守ってくれている。敵とか味方とかもはや関係ない。まるで一つの家族のような不思議な感覚だ。

ここしかない。奥の手(メソッド)を使う瞬間がきた。

 

「欠陥――それは歴然とした軍事力の差です」

 

「なかなかどうして一介の教師風情が興味深い着眼点を持つものだ」

 

「例え連邦国家の一つとしてのオーバーグレーツ州が実現したとして、棲み分けは十二分にできますが、民族や宗教間の対立の根本的な解決には至りません。それどころかメガラ人や反国教信徒(サレミオン)が苦境に立たされることこそが最大の懸念とも言えます」

 

「オーバーグレーツ州に住むメガラ人やサレミオンが本州であるハイデリンの軍事力を前に抑圧されるとでも?」

 

「否定はできません。民族や宗教上の小競り合いから武力衝突に発展してしまった場合、両州から部隊が派遣されます。軍事力がほぼ均衡している州同士であれば、睨み合いや散発的な戦闘に終始し対話による解決が見込めます。しかし、軍事バランスに極端な差があると軍事面で優れているハイデリン州の方が主張を押し通しやすくなり、聖地ミオンを武力で制圧することも容易であるという側面もあります。これは経済面、政治面でも同様のことが言えるでしょう」

 

ガレスが独り言を呟く。

 

「そうか。有利な立場にあるハイデリンが経済援助や軍事技術の提供を引き合いに出し、将来的に聖地ミオンを政治的取引材料として独占しようとする政治家や軍人が現れても不思議じゃないってこと、かな?」

 

「なめてもらっては困る。敬虔なサレミオンや気高い民族意識を持つメガラ人が脅迫や強要に屈するなどありえん」

 

「必ずしも欺瞞や威迫が交渉材料の武器として使われるわけではありません。例えば強欲で金に目のない政治家がオーバーグレーツ州にいた場合、その政治家は脅迫するよりも買収した方がより効率的に交渉を進められるということになります」

 

姫様が合いの手を入れる。

 

「脅しやゆすりでは相手に警戒され交渉も打ち切られてしまう恐れがあります。ですが、金銭のやり取りなら相手の心は動きやすいですし、周りにも気づかれにくいということですわ」

 

「金の切れ目は縁の切れ目の言葉が表す通り、人は欲深く長いものに巻かれやすい生き物。権力者や為政者となれば尚更でしょう。僕がハイデリン州の人間であれば脅迫や強要で譲歩を引き出すよりも、穏便に解決できる方法を選びます。買収するかどうかはさておき」

 

「総合的に鑑みて主の理想とする国家の在り方は一択しかないと?」

 

「……はい」

 

「かつてメガラ人は堪え難きを堪え抜いた我慢強い民族であった。それが今やこの有様だ。プロシア人、トリスタ人そしてエルミオンに媚びへつらい、国家建設という夢さえ葬られ、未来に思いを馳せることも叶わず忍び難きを忍ぶ日々に戻らなくてはならないとは、忸怩たる思いである」

 

持ち上げてはどん底に叩き落とすような後ろめたさ。将軍の苦虫を噛み潰したような顔は嘘をついていない。本音だろう。

 

「よって私()は『第三のプラン』、ミオンを含むオーバーグレーツ再併合を軸に検討に入る」

 

ミグレッタ?

 

「レノだけに十字架を背負わせるわけにはいかない。私にも背負わせてほしい。微力だが支えにはなれる」

 

ガレスが薄気味悪い笑みを浮かべている。姫様は唇をぷるぷるさせて僕を恨めしそうに見ているが、内面までは読み取れない。

 

ミオンの光(ミオナウル)の宿願である夢は遥か彼方へと消えました。しかしながら、ミオナウル側が身を切ったというのに王国側が一歩も譲らないというのは不誠実です。ですので僕たちから、身を切る改革を政府に対しては要請致します」

 

「威勢の良さだけは称賛に値するが、減税などという生温い提言ではあるまいな。減税を実行に移して得するのは民であるが、予算案を作成するために国防や……ぬっ、よもや!?」

 

「そのまさかです、将軍。政府には『軍縮』を求めます」

 

「フフフ、フハハハ、ハッハッハッハッ!」

 

会議室全体に将軍の笑い声が木霊する。

 

「無理だ、やめたまえ。国家安全保障の扇の要である軍事部門にメスを入れるとは政府に負け戦を仕掛けるようなものだ。素直に身を引いたほうが世のためぞ」

 

「いいえ、僕は引きません。『軍縮』を行わない限り、不均衡な軍事バランスがもたらす戦火のリスクは常に民や政府にのしかかります。それにミオンを含むオーバーグレーツ再併合に伴い諸外国からの理解を得るためにも『軍縮』は避けては通れません」

 

「そこまで申すのなら、具体的どれほど『軍縮』を実行に移せるのか明確に示してもらいたい」

 

「我が王国正規軍の総数は約二十四万五千。そしてミオナウルの戦闘員の数は約八千。この二つの数字を基準に勘案したとして、実際に軍事を縮小できる割合は二割。即ち、人員、兵器、その他軍事関連物資をそれぞれミオナウル支援国と比べ、二割削減を目標として頂きます」

 

「主は計算もまともにできぬのかな?王宮専任教師の肩書が泣いているぞ。政府と交わした口約束なぞ手のひらを返されるに決まっている」

 

「勘違いをなさっては困ります。僕が述べたのはプトレミシュ・セレスツカ・アケメニの正規軍を合算して単純計算によって導いたものです。従ってサレミオ同盟諸国の実戦投入可能な兵士の総数約十二万とした場合、ミオナウルの戦闘員を加算すれば二割削減が妥当だと結論づけました」

 

「それでもなお、軍事的不均衡は是正されないではないかな?」

 

「勢力均衡論を額面通りに受け取れば、軍事バランスが五分五分であることが望ましいと考えられます。しかし、民族と宗教の対立構造を考慮した場合、勢力均衡論は非常に不安定なものとなってしまう。そして僕はこの勢力均衡論に若干の修正を加え、安全保障の根幹として機能させることこそ真の平和をもたらす最善の方策だと確信しました。僕が再構築した秩序モデルを『新世代型勢力均衡理論(バランス・オブ・パワー・ニューモデル)』と呼んでます」

 

「完全ではない勢力均衡による新たな国際秩序の形成だと?空想上の理論が罷り通るとは思えんが……」

 

「現状我が国の軍事力を『7』とした場合、サレミオ同盟諸国が『3』です。これを将来的には6対4まで持っていきます。二割削減できれば、おおよそ6対4の範囲内に収まるはずです」

 

「軍事面での王国優位が変わらぬのには訳があるのだな?なにゆえ軍事比6対4でなければならぬのか、お聞かせ願いたい」

 

「最初の理由として外交摩擦の低減です。強大な軍事力を背景に外交を展開する相手に対して、不利益を被ってまで敵対しようなどと思う国は多くはありません。ところが主義思想の相容れない国家は強大な軍事力や経済力を持つ大国を仮想敵とみなすケースがあります。サレミオ同盟諸国が良い例でしょう。対話による解決を図ろうにも軍事力をちらつかせる国家を相手にすれば、利害関係を有する国ほど猜疑心に駆られるものです。『軍縮』には相手の警戒心を緩和させ分け隔てなく接することを国際社会にアピールする狙いもあります」

 

「主義思想の相容れない国家群が連帯したとして、眼前で『軍縮』を目の当たりにすれば対話への道が開ける。それに軍事的優位性が王国にある以上、周辺国は容易に手出しはできまい」

 

「次に政情不安への対応です。軍事的優位性を保持する国家が有事において最も気をつけるべき点は、内外の混乱に乗じて政体そのものを根底から覆そうとする反乱分子の存在です。民族と宗派の対立を煽り戦争に乗じて敵対国が戦況を好転させようと画策するでしょう」

 

「反乱分子を抑え込む。そのための余剰戦力なのだな。まさに不完全な軍事均衡と呼ぶに相応しい」

 

「最後に『軍縮』によって削減された予算の使い道です……もう説明の必要はありませんね」

 

「余った予算を迫害を受けたメガラ人とサレミオンの賠償に当てるという算段か。肉を切らせて骨を断つ。クルーデル夫妻はとんでもない怪物を産み出したものだな。道を見誤ったのが己自身だったとは……」

 

「将軍、本当のことを教えて下さい。あなたがこの国で成し遂げたかったことを」

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