レノ・クルーデルのメソッド   作:公私混同侍

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親衛隊最後の日

 

クメリオ・マフラヴィ将軍の死の一報が国中を駆け巡り、親衛隊との関わりが白日の下に晒された。

ミオナウルとの関係を糾弾されたガレスは無期限の謹慎処分を身分議会から申し渡される。王族としての特権を全て剥奪されたが、国家反逆罪で死罪を免れただけでも国民や国王に感謝しなければならない。

ランシア・プロシアデスこと姫様は実の兄が武装組織に与していた事実にショックを受け、自室に閉じこもってしまった。食事も睡眠も取れていないと使用人から聞かされ、心配と不安で僕の健康状態も日に日に悪くなっているような気がする。

国全体の根幹を揺るがした将軍との三度の会談は内容こそ秘匿されたものの、結果として首謀者の自害という結末に終わったことで小さくない衝撃を与えた。

戦争は回避されたが、心の中に残る爪痕は永久に消えることはない。民族と宗教という二重の壁を前にして、僕たちはできる限りのことを尽くした。そう自分に言い聞かせなければ、平常心を保っていられない。こんな苦しい思いをするのなら、もっと別の方法で解決できたんじゃないか?今更悔やんでも将軍は生き返らない。昔話も聞けない。失われたものは二度と手に入らない。

 

王宮の一室に呼び出された僕とミグレッタは潮風の匂いに誘われるように扉を叩いた。部屋から耳を撫でるような艷やかな声がする。

 

「呼び出してすまなかった。幽閉されている身とはいえあまりに退屈でね。二人に話し相手になってもらいたかったのさ」

 

「将軍が服毒自殺を図った後、私たちはミオナウルとの会談の件で身柄を拘束され息つく暇もなかった。あなたの行方を身分議会により秘匿され、安否さえ誰一人として口外しないのは見えない力が働いてるとしか考えられない。それに手紙をもらうまであなたが幽閉されている事実さえ知り得なかったんだぞ」

 

ミグレッタは早口でまくし立てた。ガレスは窓から吹き込む潮風を手のひらで感じている。

 

「手紙にも書いた通りボクは身分議会で一ヶ月近く取り調べを受けていてね。非公開の特別裁判まで開かれたのさ。王族が裁判にかけられるのは数百年ぶりらしくて、事務手続きに時間を取られてしまったんだよ。君たちに連絡を取ろうにも、検閲が厳しくて手紙を書くのも一苦労さ」

 

ガレスは見慣れた面々を前にして子どものような笑顔を見せる。厳しい監視と取り調べの連続で心身とも困憊の色を隠せない。

僕はどうしても気になっていることを聞く。

 

「食事はしっかり取れてるのか?」

 

「食事なら王族でなくとも使用人が用意してくれてるからね。すっかり痩せこけて色男の面影が薄れてしまったけど、見ての通り健康状態に問題はないよ」

 

「ガレスのことじゃない。姫様のことだ」

 

「ああ……ランシアには辛い思いをさせてしまったね。ボクが身分議会に拘束されている間、塞ぎ込んでいたらしい。使用人が身体に障るからと何度もキミとミグレッタを王宮に呼ぼうとしていたようだけど、ランシアが誰とも顔を合わせたくないの一点張りでね。今はポンテ以外は面会謝絶だと使用人から聞かされたよ」

 

ポンテさんが姫様の様子を見ているのか。少しホッとした。

 

「レノとミグレッタに詫びなければいけない。真実を捻じ曲げ、嘘で塗り固め、ボクのわがままでレノの家族まで巻き込んでしまった。愛する妹を傷つけた罪は決して許されることじゃない。罪滅ぼしにはならないかもしれないけど、聞きたいことがあれば全て打ち明けるよ」

 

聞きたいことは山ほどある。質問攻めを受ける体力はガレスにはなさそうだ。ミグレッタも口には出さないが顔色が良くない。目もどこか虚ろだ。

 

「将軍との会談で僕を交渉役に指名した理由が聞きたい。ずっと引っかかっていたんだ。政治家や外交官ではなく、一教師である僕でなきゃいけない理由は何だったんだ?」

 

「レノがクメリオと同じ側の人間だと確信したからだよ」

 

「武装組織の主犯格とレノが同じ側の人間だと?どういう意味だ?」

 

ミグレッタが怒気を帯びた声でガレスに詰め寄る。

 

「ボクが初めてクメリオの自宅に遊びに行った時の話なんだけどね。無理言って部屋の中に上がらせてもらったのさ。クメリオの自宅は将軍とは思えないほど質素な作りをしていて、妻と子供一人が住む家としては息苦く感じるほどだった。だからボクはクメリオに率直な疑問をぶつけたのさ。『どうして立派な家を建てなかった。クメリオほどの高尚な立場の人間なら王宮程度の邸宅ぐらい建てられるだろう?』ってさ。レノだったら何て答える?」

 

「僕なら……はっ!?」

 

「レノ?」

 

「やっぱりキミも生粋のメガラ人なんだよ――」

 

 

 

 

『ガレス様は広々としたお部屋で自由と幸福を実感なされた経験がおありかな?』

 

『自由と幸福?そんな金で買えるものをどうして実感しなきゃいけない?』

 

『お言葉ではございますが、心休まる空間や家族との触れ合いはお金では買えませぬ。自由というのは部屋の間取りや綺羅びやかな家具で決まるわけではないのです。一見狭く見える部屋にこそ幸福が詰まっておるのですよ』

 

『誰も文句は言わないのか?』

 

『妻と相談して決めたのです。なにゆえ文句を申されましょう。自由というのは与えられるものでも奪うものでもありませぬ。自らの手で生み出していくものです。それは幸福にも言えましょうぞ。ガレス様もどうかご両親から与えられたものだけに満足せず、人に施すことで幸福を感じることのできる人間になって下され――』

 

 

 

ガレスは目元を拭った。

 

「キミがランシアに『権利』について説いていた時、果たして王族が自由を謳歌していると言えるか持論を展開していたのを覚えているかい?」

 

鮮明に覚えている。あの日があったから僕は念願の教師になれたんだ。そして外でガレスとミグレッタが盗み聞きしていたんだ。姫様の猜疑心に満ちた表情も印象に残っている。

 

「キミの言葉を聞いて懐かしい気持ちになってしまったんだ。父のように慕っていたクメリオとキミが被って見えたんだよ。キミにならクメリオの考えを汲み取り、解決に導いてくれる。そんな微かな希望を抱いたさ」

 

「私からも聞きたい。レノの素性については伝えていなかったのか?クメリオ・マフラヴィの反応の鈍さが気になったんだが」

 

「ボクがあえて素性を伏せたんだよ。余計な情報を与えて会談を白紙にしたくなかったからね」

 

「将軍が僕と同じメガラ人だからか?」

 

「それもある。本当の理由としてキミの育ての母との出来事が関連しているんだ」

 

僕の育ての母だって!?意外な人物との接点にミグレッタも驚いている。

 

「育ての母ヨハンナ・クルーデルがレノの父との再婚話をクメリオが耳にして祝辞を述べるためキミの故郷メヌエを訪れた時の話なんだけど、サマンサが突然クメリオの前に立ち塞がってこう言ったんだ。『あなたのような表立って動けるような立場でもない人間が何用ですか?良からぬ噂が立ちますので早々と立ち去り下さい』だってさ。アハハハ!その時のクメリオの苦虫を噛み潰したような顔を想像したら笑っちゃうよね」

 

故郷を追いやられた将軍が気の毒でしょうがない。母さんの対応は間違っていないが、わざわざ王都から出向いてきた将軍のやり場のない気持ちを思うと不憫だ。

 

「二度目の会談の後、レノがヨハンナ・クルーデルの義理の息子だと知らされて多少驚いてはいたけど、『骨格や負けず嫌いなところはクレスにそっくりだが、物事の考え方や捉え方がまるっきり似ていない。一体あの若僧は如何様な人物から教育を受けたのであろうか……』って小言を周囲に漏らしていたそうだよ」

 

「僕が母さんの教育を受けていると知ったらまともに話を聞いてもらえなかったかもしれない。だからあえて僕の素性を隠して会談させたのか」

 

「心証を悪くして会談を潰したらそれこそ、レノに逆恨みして故郷を戦場にしただろうね。でもキミは正面から向き合ってくれた。メガラ人としてではなく一人の人間としてね。クメリオももう一人の孫に未来を託せて後悔はなかったと思うよ」

 

「ガレスはこれからどうするんだ?」

 

「そうだね。ここにいても幽閉生活まっしぐらだし、国を出ようと考えているんだ」

 

「国を出る?」

 

「レノも一緒にどうだい?」

 

ガレスの勧誘にミグレッタが割って入る。

 

「レノの処分は身分議会が保留している。処分が下されるまでは教師の仕事を続けられるはずだ」

 

「国を出たらクメリオが叶えられなかった夢を叶えようと思うんだ。そのためには……」

 

「将軍の野望を叶えるためには僕が必要なのか?」

 

「まあ、キミが教師をクビになってから考えてみてほしい。ボクは世界中を周りながら協力者を募るから、いつでも声をかけてよ」

 

好き勝手言ってくれるな。教師をクビになったら母さんになんて伝えたらいいんだ……。

 

「レノには姫様の家庭教師としての職責がある。許可なく連れて行かれたらポンテ卿が頭を抱えるぞ」

 

「レノを引き抜かれて困るのはミグレッタの方じゃないか?」

 

「私……だと?」

 

「キミが感情に任せてレノを振り回すからランシアがやきもきするんじゃないか」

 

「私は姫様のために動いているだけだ。レノがいなければ姫様を支えることもままならない」

 

「まあいいけど。今のボクはレノと同じ平民だからね。王族のしがらみもないし、国を出れば力を持たないただの人だ。ランシアとはもう会えなくなるけど、キミたちがいれば心配はいらないだろうね」

 

ガレスは外を眺め遠くを見つめる。太陽がてっぺんに昇り雲一つない青空が広がる。

久々の再会となった今日という一日が親衛隊最後の日となった。

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