レノ・クルーデルのメソッド   作:公私混同侍

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平和問答編
教え子たちのメソッド


 

教え子たちの前で教壇に立つのもあと一ヶ月。

一ヶ月後に何があるのかというと、王立中等教育学校の生徒は一年に一回、進路希望の調査を行う。

進路が明白に決まっているものなら本人の希望を尊重した学業計画を教師たちは練り上げなければならない。

もし進路に迷いがある生徒がいれば親身に寄り添い、本人が将来どういった人間になりたいのか?どういった事象に関心があるのかを事細かに面談をする。

生徒は千差万別であり身分も人種も宗派も異なる。

一人一人の性格や嗜好を分析し最適なプランを提案する。教師が一つでも手を抜こうならば、生徒たちは路頭に迷う危険性を孕んでいるというわけだ。

生徒を多く受け持つ教師は全ての生徒に最適かつ明白な学業計画を提示しなければならず、教え子が教室から旅立っていくまで神経を擦り減らし続けるのだ。

僕はというと幸い教え子が指を三本折り曲げれば数えられるぐらいの教室しか受け持っていない。

他の教師たちは睡眠不足で目の下に隈を作りながら、連日個性的な生徒を相手にしている。恨めしそうな表情で睨まれるといたたまれない気持ちになる。

 

マルク、ナタリー、ソレルの三人の進路は既に調査済みだ。僕からこれといった助言も提案もしていない。三人の学業計画を練る必要性がないので、僕は旅立ちの時までにある課題を突きつけた。

三人は顔を強張らせた。僕が課題の内容と条件を説明すると三人の表情はみるみる明るくなる。

そんなに僕の授業が苦痛だったのか?いやそんなはずはない。本当に嫌だったなら一年間も同じ釜の飯を食う関係にはなれなかったはずだ。

 

「なぁ先生、課題の答えさえちゃんとできてれば三人で話し合ってもいいんだろ?」

 

勉強嫌いのマルクらしい質問だ。将来は父と同じ兵士として国に貢献することらしい。僕と似たような生き方だが兵士とは思い切ったものだ。メガラ人特有の生き抜く力と苦難を乗り越える力を併せ持つマルク・リンドブルムなら、どんな時代でも弛まぬ精神力で道を切り拓いていくだろう。

 

「もうマルクはクルーデル先生の条件を最後まで聞いてなかったの?三人でも一人でもいいって言ってたじゃない」

 

面倒見が良く社交性に富んだナタリー・フィリーヌは将来僕のような教師になるのが夢らしい。僕が姫様の家庭教師をやっていることを知り、より憧れの気持ちを強くしたようだ。

僕の中では勤勉家のソレルよりナタリーの方が優等生だと思っている。もちろん偏見も混じっているので三人の前で露呈するわけにはいかない。

 

「いくらマルクが勉強嫌いだと知っていても、僕は群がってまでクルーデル先生の顔色を伺うつもりはありません。課題は僕一人で十分です――結局君は最後までナタリーに迷惑をかけるんだな」

 

余計な一言でマルクの怒りを買うのは、学内でもずば抜けた成績を残し続ける貴族と商人の間に生まれたソレル・ノベルス。当初は王族と繋がりを持つためだけに授業に出席していたが、いつしか自発的に顔を出すようになった。これを成長と評価すべきかは甚だ疑問だが。

将来経営と政治の観点から国家の在り方を探るため幅広い学問を探究できる専門機関で働きたいという。

『経営と政治の観点』とは恐らく母が会社の社長で父が代議士だからだろう。つまるところ人脈づくりに励みたいということか?

う~ん、教育者として未熟な結論に至ってしまった。

 

「マルクとナタリーは二人で課題の答えを導き、ソレルは独自の考えで答えを導く。時間の制約も課題の結論作成の制約もなし。条件はこれぐらいしかつけてないから、僕から話せることはないか」

 

三人は僕の独り言をこれっぽっちも聞いちゃいない。教え子たちは僕の予想を遥かに超える速さで成長している。三人が揃った最初の授業のギスギスした重苦しい空気はなくなった。僕の前に聳え立っていた民族、身分、宗派という壁も束の間の悪夢から覚めたかのように消えていたようだ。

 

「さて僕が出した課題は『平和とは何か』。一年間、僕の授業を受けてきた三人にはぴったりのテーマだ」

 

難解なテーマだと言わんばかりに腰に手をつけ三人を見下ろすが、ふてぶてしい態度で逆に気圧されてしまった。でもこれで三人の答えは予想がついた。

僕の一年間は無駄ではなかった。それを今まさに証明してくれるだろう。

僕は三人の答えに期待を膨らせながら教え子たちの隣に座る。

 

「それでは僕からよろしいでしょうか?」

 

真っ先に教壇に向かったのはソレル・ノベルス。

 

「まず最初にこのような機会は一年間の集大成と捉えるべき貴重なお時間だと伺っているので、今からお話することは全てクルーデル先生のメソッドを踏襲したものになっているという点はご理解頂きたいと思います」

 

マルクはムスッとし、ナタリーは苦笑いを浮かべている。僕は前のめりになった。

 

「僕が考える平和とは何か?それは『家』です」

 

マルクの喉が鳴る。すかさずナタリーが頬をつねる。一連の流れにソレルの目が釣り上がった。

 

「続けてもよろしいでしょうか?『平和』がなぜ『家』に例えられるのか、重要なポイントが二つあります。一つは『家』を国家として考えた場合、大事な家族を守るための最後の砦として機能します。それは他の『家』にも同様なことが言えます。周りの『家』から干渉することも、干渉されることもありません。これは国際法における『内政不干渉の原則』を端的に表現したものになります」

 

難解な専門用語を用いた論説にマルクとナタリーが呆気に取られている。これもまた勉強だ。世界は広いのだと二人が改めて知るキッカケになるはず。

 

「そして二つ目は『家』が家主によって健全に保全され外部から武力を使われる危険がなく隣人たちとも共存関係を築ければ、この状態を『平和』と呼んでも差し支えないことになります。ここまでで質問等があれば受け付けます」

 

まだ始まったばかりというのにマルクとナタリーが酷く落ち込んでいる。二人に助け舟を出してあげよう。

僕は二人の脳裏に直接語りかけるように呪文を唱えた。マルクは怪訝な顔で周囲を見回した。ナタリーは僕の横顔を見て瞳に光が宿る。

 

「ソレル君、質問なんだけど外にいる怪しい人や武器を持った組織から『家』が攻撃されない限り『平和』なんだよね?」

 

「そういうことになるね」

 

「でも外が問題なくても『家』の中に問題ないとは言い切れないんじゃない?」

 

「ああ!?そうだぜ!『家』の中にいても口うるさくてゲンコツを食らわしてくる親父だっているかもしれねぇじゃん!」

 

マルクの話は個人的なことだ。疑問の意図は理解しているようだが、私情を挟む癖を直さないと兵士としてやっていけるのか不安になる。

 

「問題の肝はそこにあります。外が安全でも中が安全とは限らない。ましてや中はプライバシー空間です。外から様子を見ようにも情報管理が徹底されていれば外に漏れることはありません。逆に考えれば外からわからないということは中で起きている異常を察知できないということでもあります」

 

「でもそれだと『家』の中が『平和』だと主張されたら、周りの『家』は助けたいときに助けられない。それに『家』の中から助けを呼びたくても呼べないよ」

 

「でもよお、内は内、他所は他所っていうじゃん?それにさっきソレルがナントカナントカの原則とか言ってたし」

 

「内政不干渉の原則に従えばナタリーの考えている通り、『家』が独裁国家や軍事政権だった場合隣人たちは手出しができないという結論になってしまいます。僕たちが取り組むべきは良好な隣人関係の構築と家庭内の不和を取り除き、秩序と規律を守れる状態を維持すること。つまり互いの『家』と土地を尊重し法令遵守の精神を各々の家庭が育む絶え間ない努力こそが、隣人と隣人が結びつき世界を包み込む『真の平和』へと導く最適解なのです」

 

マルクとナタリーが不満気に僕を見ている。言いたいことがあれば僕じゃなくてソレルに言え。

 

「クルーデル先生はまだ僕に聞きたいことがあるじゃないですか?」

 

「そうだな。例えば戦争、内乱、革命、クーデターを家庭内の不和で表現できるのか?」

 

「戦争は隣人トラブル、内乱は家庭内暴力、革命は価値観の相違による離婚、クーデターは外部との接触によって引き起こされるケースが多いので不貞問題でしょう」

 

うむ、手のつけようがない。

ソレルの満点解答にマルクとナタリーは項垂れている。

 

「マルクとナタリーが一生懸命勉強してきたのは知ってるよ。今日のだって二人の自信作なんだろう?それなら聞かせてほしいな、二人の考えを。一年間皆で学んだことはきっと世の中の役に立つことだと思うんだ。『平和』を考えるキッカケって中々ないと思うから三人に課題を出したんだよ。自分のためになるかどうかも大事だけど、世の中のためになるかどうかも考えてほしかったんだ」

 

「……世の中のために役に立てるか私には自信ない。だけどクルーデル先生の授業は無駄じゃなかったって私たちが証明しないと、誰の役にも立てないってことになっちゃう」

 

「そういえばオレたちが課題に取り組もうとした時、『始めから難しい事を成し遂げようとするよりも、簡単なことから始めた方がより理解が深まる』ってソレルがアドバイスしてくれたんだぜ。先生たちがいたから政治とか歴史に興味を持てたんだ。オレたちだってやればできるってことソレルにも見せてやろうぜ!」

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