レノ・クルーデルのメソッド   作:公私混同侍

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檻の中の自由

月日が経ち二度目の対面の日を迎えた。ところが門は閉じたまま一向に開く気配がない。ベルを三度鳴らすと使用人が慌てて駆け寄ってきた。王宮から門までは大人でも息を切らしてしまうほどの距離がある。使用人も急いで来てくれたのだろう。言葉に詰まるほど呼吸が乱れている。

どうやら使用人によると姫様は熱を出してしまったらしい。僕は仮病を疑ったが問い詰めるのは野暮だと思い、体調を気遣う言葉をかけ引き返した。使用人は白いタオルを片手に持ち、何故か安堵した表情見せている。僕の予感は外れたようだ。

そして三度目の対面の日を迎えた。今日で全て決まる。僕の教師としての始まりの終わりか、はたまた終わりの始まりか。それは神のみぞ知る。

最初の対面の時よりは緊張していない。震えも収まった。扉を開け姫様の姿を確認する。古ぼけた椅子に座り姫様が口を開くのを待つ。

 

「今日は教科書を開かないのですね?」

 

「はい。もしかしたら今日が僕の教師人生最後の日になるかもしれないので、今日という時間は姫様のために捧げようと決めました」

 

「疑っていないのですか?ワタクシが二度目の対面の時に熱を出したことです」

 

「正直言うと最初は疑いました。でも姫様も使用人も嘘はついていないと思います」

 

「自信に満ちた表情をしていらっしゃいます。理由をお聞かせ願えますか?」

 

「使用人が白いタオルを持っていました。恐らく熱を出した姫様の汗を拭うために持っていたのでしょう」

 

「ですが、ワタクシが仮病を装うために持ち出させた可能性もあります。どう説明なさるおつもりですか?」

 

「簡単ですよ。使用人は僕が門の前に姿を現した時、慌てて駆け寄ってきて下さいました。相当急いできてくれたんでしょうね。汗をかいていたのにも関わらず、白いタオルで拭えばいいものの、頑なに拭おうとはしませんでした。きっと姫様や王族に対して無礼な態度は見せまいと、自制心が働いたのでしょう。良く教育された使用人ですね」

 

姫様はうつむき黙ってしまった。態度が傲慢に見えてしまったのだろうか?

僕は一抹の不安を抱いた。

 

「姫様?」

 

「腹立たしいですわ」

 

「えっ?」

 

「悔しいですが、あなたは以前とは見違えるほど成長なされました。ワタクシだけでなく使用人のことまで観察なさっていたとは思いもしませんでした。それにワタクシを気遣う言葉を残していたと人づてに聞きました。この上なく腹立たしいですわ!」

 

誉められているのか?でも何故か悪い気はしない。不思議と心が暖かくなっていくのを実感する。

僕は姫様の中に一筋の光を見た。

 

「今日であなたの教師人生が決まるでしょう。あなたの運命を定める最後の質問です」

 

僕は唾を飲み込む。

僕たちを阻む壁はもう存在しない。

後は突き進むのみ。

 

「『権利』です。あなたの考えを聞かせなさい」

 

僕の予想は外れた。「歴史」「国家」とくれば「経済」とか「哲学」が飛んでくると思ったからだ。

少し頭を整理するため間を置いた。以前とは違い姫様は急かすことはせず僕の返答を待っている。姫様はそんな僕の様子を見て楽しんでいるようだ。まるでプレゼントを待ち望む子供のように。

 

「『権利』……それは『自由と欲望』です」

 

「以前は具体的な例を挙げていたのに、今回は随分と抽象的なのですね」

 

「『権利』は生まれながらにして当然に、地球上に住むあらゆる生命に与えられるものです。例えば母親の胎内から子供が産まれてくるのは母親の意思によって行使された『産む権利』とみなすことができます。『権利』の内容は時代や人々の価値観によって多様な変化を遂げるということは言うまでもありませんね」

 

「それは『歴史』、『国家』にも同様なことが言えますわ」

 

「仰るとおり『権利』は『国家』から与えられるものもあれば、力でもぎ取り勝ち取るもの。それが正しいかどうかはその時代を生きてきた者にしかわからない。だから『歴史』になってから僕たちが考えればいい。ですが『権利』には二つの欠陥があります。姫様にはおわかりでしょうか?」

 

「一つはわかります。『権利』は持っているだけでは意味を成しません。『権利』は要求し行使することで初めて意味を持ちますわ」

 

「では二つ目は?」

 

「う~ん、これはワタクシの持論なのですが『権利』が『欲望』の現れなら……理性のある生物が持てば、いずれ濫用される恐れがあるということでしょう?」

 

「それも一つの正解でもあります。しかし、僕が考える二つ目の欠陥は『権利』を行使すると他人の『自由』を侵害する可能性があることです」

 

「どういうことですの!?何故『権利』を行使することが『自由』を侵害することに繋がるのです!?」

 

「難しく考える必要はありません。例えば僕が持っている土地と姫様が持っている土地があります。土地は境界線で区切られており、境界線上には一本のリンゴの木が立っているとします。その木の所有者が姫様であるとしたらリンゴは誰の物なのでしょうか?」

 

「言うまでもありません。リンゴの木の所有者であるワタクシですわ」

 

「ではリンゴの木の枝が僕の土地に及んでいるとします。僕はその下に立派な犬小屋を作りたい。でも木の枝を切るには姫様の許しがないとできない。ああ困った……」

 

「なるほど、そういうことですか。ワタクシがリンゴの木の所有権を主張し木の枝を切ることを拒否すると、あなたの犬小屋を作りたいという『権利』を蔑ろにすることになります。つまりあなたは自分が『自由』に使える土地の『権利』を侵害されたことになりますわ」

 

「そういうことです。『権利』は聞こえは良いですが、使うことで損をする人、悲しい思いをする人もいるということを忘れてはなりません。必ずしも『権利』は人々を幸福にするわけでなく、見ず知らずの世界に住む人々の『自由』を縛っているのでは?という考えに至らなければ嫉妬や憎悪となって自身に跳ね返ってくるのです」

 

「考えさせられます。『欲望』のままに『権利』を望めば身の破滅に繋がってしまうのですね。多くの民の利益になるように正しく『権利』を使うことが肝要ということは理解できましたわ」

 

「『権利』は『自由』に近づきます。しかし、『権利』を自己の『欲望』のままに振りかざせば、『自由』は離れて行ってしまう。何事もバランスが重要ということですね」

 

「レノ……」

 

僕はドキッとしてしまった。姫様が初めて名前で呼んでくれたからだ。僕は姿勢を真っ直ぐにして姫様と向き合う。

 

「あなたから見てワタクシは『自由』に見えるでしょうか?」

 

「王族というのは国家が作った法に縛られています。つまり行動が制限されている。『自由』にはほど遠い気がします」

 

「あなたから見ればワタクシは不自由に見えるということですね……」

 

「発想を変えてみればそうとも言い切れません。行動を制限されているということは自由と不自由の間には明確な線が引かれていると解釈できます」

 

「良くわかりません。どういうことでしょう?」

 

「例えば姫様のお部屋を『自由』と定義し外の世界を『不自由』と定義した場合、外に一歩も出なければ姫様は『自由』な世界を謳歌していることになる」

 

「そんなの屁理屈ですわ!檻に囚われた小鳥が『自由』を感じているとでも仰りたいのですか?」

 

「姫様は小鳥ではありません。一人の可愛らしい女性です。自由と平和を愛する素晴らしきプロシアデス王国のお姫様。それらを育んできたのは、この『自由』な世界があったからではないですか?」

 

「急に何ですか?誉めてワタクシを手懐けようとでも?」

 

「それに姫様を愛してやまない人たちもいる。ミグレッタや執事のポンテさんに献身的な使用人。そして兄のガレス王子。そんな人たちに囲まれてもなお、姫様は『ワタクシは自由なんかじゃない』と叫ぶのですか?」

 

「そ、それは……」

 

「羨ましいんです、姫様のことが。僕は話し相手が両親くらいで、友だちも遠くに住んでたので中々話せる機会がなかったんです。姫様みたいに大切に思ってくれる人がいれば僕も違った人生を送れたのかななんて」

 

「ワタクシだって……」

 

「でも後悔はありません。姫様と話せる機会なんて滅多にありませんし、こんな素晴らしい機会を与えてくれたミグレッタやガレス王子には感謝してもしきれません。もちろん姫様にも」

 

「待って……」

 

「僕の将来は姫様に預けます。どんな結末になっても恨んだり悲しむことはありませんから」

 

僕は立ち上がり背を向ける。腕が引っ張られる感覚に思わず振り返った。

 

「……しますわ」

 

「えっ?」

 

「王宮専任の家庭教師としてあなたを任用することを正式に認めます。だから期間を延長すると申し上げているのです!」

 

すると部屋の中にガレスが再び乱入してきた。遅れてミグレッタも登場する。

 

「レノ、おめでとう!やっとランシアが君を認めたんだね!ボクは出会った時から君を信じてたんだ」

 

「姫様、盗み聞きしていたことはお詫びする。早速だが、書類に署名して頂きたい」

 

ミグレッタは王宮教員任命書を姫様に手渡す。姫様は二人の登場に怒りと不満を露にするが、僕の目の前で署名してくれた。これで晴れて教師になったのだ。

 

「嵌められた気分ですわ」

 

「あっ、忘れてた!レノに伝えなきゃいけないことが――」

 

「レノ・クルーデル親衛隊教務部長に辞令が出た。明日付けで王立中等教育学校への異動を命ずる」

 

「あ、明日!?」

 

唐突な辞令に頭の中で何かが崩れるような音がした。下準備もなしに授業に臨めっていうのか。二人は悪魔か?

 

「ミグレッタ、ちょっと待ちなさい!家庭教師の件はどうなるの?」

 

「安心してくれ。レノ・クルーデルは家庭教師と王宮教員を兼務することになる。最初は大変かもしれないが、困ったことがあったら言ってくれ」

 

ミグレッタは僕を一瞥すると肩に手を置いた。

 

「良かったなぁクルーデル先生、夢が叶って。明日からレノの教師ライフの始まりだぁ!」

 

ガレスは僕の手を固く握りしめた。

僕はへとへとの体で急いで帰宅する。

こんな形で教師人生が始まろうとは予想だにしなかった。

でも明日は特別な日。

レノ・クルーデルは生まれ変わった。

きっと上手くいく。そう信じて前に進もう。

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