ウマ娘トレーナーと担当ウマ娘が、周りを見返すために孤軍奮闘する話(仮題) 作:マリリアンヌ
プロローグ:夢オチ、なんて……。
──ワァアアアアアァァァ!!!
この日、東京レース場は、かつてないほどの熱気に包まれていた。
芝2400メートル、左回り、晴れ、良バ場。
各国からトップクラスの優駿が集う、日本最高峰とも名高いレース。
『先頭に立ったのは──!──ですっ!あれだけのバ群をかき分けて、──が先頭に立ちました!何という末脚!何という強さっ!!』
11月28日、ジャパンカップ。
そのウマ娘は長い長い冬を経て、その大輪の花を咲かせた。
どれほど虐げられようと、決して頂点の座を諦めることはなかった。
その名の通り、多くの人々の夢を乗せて、それを叶える架け橋のように直線を駆る。
『これが、私たちだ』。自らの価値を証明するため、彼女
そのウマ娘の名は────
『やりました!レヴェリーブリッジです!!ついに届いたGⅠの舞台っ!世界の並みいる強豪たちを相手に、レヴェリーブリッジがレースを制しましたっ!!』
ゴール板を駆け抜けた彼女は、その栃栗毛を揺らしながら、徐々にスピードを落とす。やがて、極度の緊張から解放されたかのように脱力すると、半ば転がるようにしてレース場の芝に倒れこみ、酸素を求めて胸を大きく上下させた。
視界の端に映る掲示板。滝のように流れてくる汗やら何やらでまともに見えたものではないが、自らのウマ番であることを示す「8」の上には、何も表示されていなかった。
そして赤く点る、「確定」の二文字。
同時に沸き起こる、地をも揺るがすほどの大歓声。
その状況を理解した瞬間、彼女の顔面は洪水のようにびしょ濡れになった。
とめどなく溢れる涙。抑えられない嗚咽。
──ついに、届いた。
彼女は無理やり笑顔を作ると、コースに寝転んだまま拳を高々と突き上げ──
~~~~~~~~~~~~
「やったぁああああああぁぁぁっ!!」
「……もう、朝から大きな声出さないでよ」
拳を突き上げていた──ことには変わりないのだけれど、先ほどまでの景色とは少し違っているようにみえた。
視界に移るのは、真っ白な天井。
がばっと起き上がり、重い瞼で周囲を見回す。
教科書や参考書が積みあがった学習机に、まだ片付け終わっていない段ボールたち。ハンガーにかけられた、トレセン学園の制服。
少しのスペースを空けて、隣のベッドで眠たそうに眼をこする、芦毛のウマ娘。
どうやら、先ほどまでのレース風景は夢のようだった。
「あー……あたし、また騒がしくしちゃった?」
「まったく、安眠妨害で寮長さんに訴えちゃうよ~」
ごめん、と冗談めかして謝る。
カーテンを開けると、ちょっと眩しいぐらいの明りが差し込んできた。
うん、いい朝だ。
「こんな日は走りたくなっちゃうね~」なんて言いながら伸びをしていると、同室の子──マスカレイドセイジという──が、青ざめた顔で目覚まし時計を眺めていた。
「レイちゃん?どったの?」
「遅刻しちゃうっ!ヴェリーちゃん、急いで準備しないと!!」
「最初の授業なのに、遅刻しちゃうなんてぇ~……!」
「春って感じがしていいねぇ~!」
「もう、ヴェリーちゃん!呑気なこと言ってないで、さっさと行くよ?」
2人で寮を飛び出し、桜並木の中を小走りで駆け抜けていく。
レイちゃんはあんなことを言ってはいるけれど、その顔はどこか楽しそうだ。
走るのって、やっぱり気持ちいいなぁ。
「レヴェリーブリッジさん、マスカレイドセイジさん。おはようございま──」
「たづなさん、おはようございま~す!!」「おはようございます……!」
緑色の服装がトレードマークのたづなさんの横をそこそこのスピードで駆け抜けると、たづなさんに「気を付けてくださいね~」なんて困った笑顔を向けられたり、風紀委員の先輩には「遅刻ギリギリの登校は減点ッスよーっ!!」なんて言われたりもした。
まあ、その後はレイちゃんと同時に教室に到着したことで、どうにか事なきを得たのだけれど。
~~~~~~~~~~~
「来月から、選抜レースへの登録が始まる。自分の適性や目標などをよく考えたうえで申請するように!分からない者もいると思うから、今回は俺が軽くアドバイスするぞ」
屋外トレーニングの授業。
あたしたちみたいな本格化を控えたウマ娘は、担当トレーナーがつくまでの間、教官に選抜レースに向けたトレーニングを見てもらうことになっている。
その授業の中で、教官が選抜レースへの登録申請用紙を配っていた。
選抜レース。
担当トレーナーのいないウマ娘が、トレセン学園のトレーナーに自身の実力を見せるための、数少ない機会の一つだ。それどころか、ウマ娘とトレーナーが結ぶ担当の契約は、この選抜レース後に行われるパターンが圧倒的多数を占めている。
逆に言えば、ここで満足な結果を見せられなかったり、トレーナーたちの目に留まらなかったりした場合は、トウィンクル・シリーズでのメイクデビューが大きく遅れることになる。
そのため、フリーのウマ娘たちは、選抜レースに向けて日々トレーニングに励んでいるのだ。
申請用紙を見ると、芝とダート、そのそれぞれで短~中距離の中から組み合わせを選び、申請するという形式のようだ。どうやら距離は細かく決められないみたいで、まだ完全な適正距離がわかっていないあたしにとっては、少し怖い。
日陰に座ってどのレースに出ようか迷っていると、教官は生徒一人ひとりにアドバイスをしているようで、あたしは聞き耳を立てた。
何やら書類が挟まっているバインダーを片手に、教官がレイちゃんに何やら話している。
「次、マスカレイドセイジ。……君は、どうやらダートでのマイル~中距離向きのようだ。大きなレースは芝に多くなるが、どうする?」
「私の目標は、育ててくれた両親に恩返しをすることです。だから、私は自分が最大限輝けるところに行きたい。教官がそうおっしゃるなら、私はダートに行きます」
「そうか。俺は君の意思を尊重するから、もし変えたくなったら変更することも考えておくといい。……次、ミ──」
「……目標、かぁ」
レイちゃんには目標がある。たとえそれが抽象的であったにせよ、あたしと比べればとても立派だ。
…………。
……だが、私はどうだろう。
何か、目標と呼べるようなものはあるだろうか?
……そうだ。
レイちゃんと比べれば、あたしなんて──
「──ちゃん、ヴェリーちゃん!」
「……うん?」
思考の海に沈みそうになっていたところを、揺さぶられて引き戻される。
隣には、あたしを心配そうに見つめるレイちゃんの姿があった。
「大丈夫?……また考え事?」
「──うん、ちょっとね」
「次、レヴェリーブリッジ!」
──と、ちょうど教官から呼び出しがあった。
レイちゃんの視線から半ば逃れるように、私はそそくさと立ち上がった。
「ごめん、ちょっと行ってくるね」
「あ──……うん。行ってらっしゃい」
そんなレイちゃんの声を背中に受けながら、私は教官のもとへと向かったのだった。