ポケットモンスター虹 ~Raphel ‎Quartet~   作:裏腹

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Anecdote Clown

「こ、このたびはッ! 貴重な機会を、お、も、おもうけいただきくださり、ありがとうございます!」

 

 裏返った声を聞いた誰もが、お世辞でも、綺麗な言語とは言わなかった。

 各地を旅するポケモントレーナーの少年、アルバは、ラフエルの叡智の最先端――リザイナの地に居た。

 

「まーまー、そう気負わずに!」

 

 具体的には、リザイナトレーナーズアカデミーの、バトル場に。

 フィールド外から朗らかに声をかけるのは、本アカデミーの非常勤講師、そして四天王の顔も併せ持つ眼鏡の女性トレーナー“ハルシャ”であった。

 それだけなら、偶然で訪れていたと考えれば、まだいい――。

 問題なのは、ここにいるはずのない、もう一人の四天王も居合わせてしまっているということ。

 

「む、無理だろ『緊張するな』なんて……!」

 

 それも、自分が対面するトレーナーズサークルの中で立っている、ときている。

 風が吹けば飛ばされてしまいそうな、白く細身な体躯――それでも、威厳は十分で。ピエロの仮面に隠した計り知れない表情が、余計にアルバの緊張を引き立てる。

 四天王“ジニア”はそんなことも露知らず、のんきにアルバへ手をひらひらと振って見せた。

 アルバは今から、彼と対戦する。キセキシンカの実験という名目で、四天王側からの熱烈なオファーだった。

 確かに彼は、世界でもまだ両手で数えるくらいのキセキシンカの使い手だ。エキシビションとはいえ、全てのジムバッジを集めきっていない段階で、憧れの存在と手合わせできるというのは、役得、ないし僥倖に感じられた。

 が……、実際にその場面に直面してみれば、胸の脈動が止まらない。

 

「こ、こんな、夢みたいな……、か、カイドウさん、ちょっと水を……!」

「もう三四杯目だろう、いい加減に慣れろ」

「く、くぅ~~~~……よし、よしっ!」

 

 ハルシャと同じく観戦サイドにいるカイドウは、とうとう水をくれなくなった。もはや腹をくくるしかない、と両頬をぱん、ぱん、と叩いて、自身を鼓舞。そして。

 

「――頼むぞ、ルカリオ!」

 

 エースであり、相棒であり、一番頼りにしている仲間、ルカリオを場内へと送り出す。

「ウオオオォォッ!」弾けたボールから姿を表すやいなや、空へ向かって大きく吼えた。

 

「僕の準備は完了……よろしくお願いします!」

「ああ、よろしく。数いる四天王の中で、何故あえて僕を指名したのか――不思議なところではあるけれど。ポケモンの相性が有利だから? 単純に弱そうだったから? それとも、僕が好きだから?」

「ポケモン、そして戦法、それと、人柄! あなたのことを、もっと知りたいと思っていたからです!」

「間髪容れない正直者。人として百点満点だ。いいよ、此度は君を心ゆくまで楽しませよう」

 

 そう言うと、ジニアは腰のホルダーから取り出したモンスターボール三つで、ジャグリングを始めた。

 左右の手で、交互に一つずつボールを交差させて投げる――カスケードという技。

 両手を交差するように回して、円を描くようにボールを運ぶ――スパイラルという技。

 

「仕上げだね」

 

 アルバが見とれている間に、三つのモンスターボールを順繰りに高く放り、1、2、3のリズムでキャッチする。

 

「あいてっ」

 

 そのはずだったが、最後の一つを取り損ね、頭頂部にこつんと落下。跳ねたボールはそのまま転げて、フィールドの中でぴたりと止まった。

 そのまま否応なしに出現したのは、怪獣と呼ぶに相応しい出で立ちの鎧ポケモン“バンギラス”。

「か、かくとうタイプ相手に、いわ・あくタイプ……ええ……?」素人のアルバでもわかった。これが明確なミスであると。

 とうのバンギラスも不本意そうに困惑して、一向に吠えないのが何よりの証拠だ。

 

「てへ、間違えちゃった。別のポケモンに替えさせてくれないかな?」

「ぶっぶーです! もう、格好つけるからそうなるんだよ~?」

「アハハ、ごめんごめん」

 

 茶目っ気を出して頭をぽりぽりとかいて、誤魔化すような仕草をしようが、初手のカードはこれで決まり。

 

「ルールは3vs3で交代可、持ち物としてのみ、道具使用をありとします。先に相手の手持ち全員を戦闘不能にした方を勝利とします」

 

 審判を務めるハルシャが開戦の合図として、手で空を切った。

 では両者――――はじめ!

 

「先手必勝!!」

 

 開始早々に声を上げたのは、アルバだった。それを聞き逃さず、ルカリオが前に出る。

 巨体には怯まない。先んじて握った拳へ、強い力を溜め込んだ。

 

「ミスでも、なんでもいい……またとない腕試しの機会、本気でぶつからせてもらう! “グロウパンチ”!」

 

 一息で相手の目前に迫り、放つのは、空気さえ震わせる固く重たい正拳突き。

 牽制や小手調べなど、小賢しい。相手の弱点を一気呵成に攻め立て、即座に終わらせる。

 アルバのルカリオは、いつでも超速攻型。相手よりも早く、多く攻撃を叩き込み、ダメージレースを制することを信条とする。

 いわタイプもあくタイプも、かくとうタイプを苦手とする属性だ。これ以上のチャンスはないだろう。

 踏み込んで、身を捻り、真正面からのストレートパンチ。

 

「取った――!」

「本当に?」

「!!?」

 

 アルバは背筋が凍り付いた。

 拳が鎧へ至る直前の一秒に聞いた、あまりに無機質すぎる声で。

 次の瞬間、ルカリオは大量の炎を浴びていた。

 

「クォ……――ッ!!」

「ルカリオーーーーッ!!」

 

 何が起こったか、わからなかった。しかし、何度か視界を明滅させて、答えを得る。

 

「“かえんほうしゃ”――綺麗な火だろう?」

「そんな、特殊型のバンギラス!? 高いこうげきの性能を活かした物理型が基本のはずじゃ……!」

「データは時としてあらぬ先入観を生む。そして決めつけ、思い込みという形になって、君の首をきりきりと絞めつける」

「あのジャグリングの失敗も、この隙を作り出すための……!」

「さあ、どうだろう。本当に間違えたのかもしれないし、君の言う通り作戦なのかも。どちらに捉えたかは知らないけれど、見えた方がきっと正解だね」

「くそ……会った時から、勝負は既に始まっていた……ッ」

「焦っちゃダメさ、ショーはまだまだこれからだよ」

 

 バンギラスの口から吐かれる火炎が勢いを増すと、ルカリオはアルバの足元まで吹っ飛んだ。

 ルカリオのタイプの一つ――はがねタイプには、効果が抜群だった。全身を蝕む焦げ跡が、“やけど”のステータスを痛々しいまでに物語る。

 

「趣味が悪いな……、盤外戦術とは」

「最大限の話術と行動を用いた、心理戦――これが彼の戦い方。読み合い、駆け引き、情報戦、徹底的に思考を強要し、決して見えるものだけで勝負しない。ひたすらに本意を隠して、観衆を楽しませることに徹する、道化のようなバトルスタイル」

「ヤツとの相性が最悪なのは、よくわかった」

「強さだけじゃないのよね、ポケモンバトルって」

 

 ハルシャとカイドウの視線の先にいるアルバは、ルカリオに何度も呼び掛けていた。

 弱々しい返事で辛うじての体力残存を確認するが、続投させる判断には至らない。

 

「くっ……ごめんっ!」

 

 歯噛みをして入れ違いにするのは、ライトポケモンの“デンリュウ”。

「ありがとう、どうぞよろしく」それとほぼ同時に、ジニアもポケモンを交代させた。

 逆三角のシルエットに鋭い触手、不気味な模様が体表でフェードアウトとインを繰り返す。まるで烏賊を逆さにしたような、ぎゃくてんポケモン“カラマネロ”が、静かにフィールドに降り立った。

 

「デンリュウ、“コットンガード”!」

「カラマネロ、“ばかぢから”」

 

 姿勢を低め、うねり、地上を滑るような機動で、デンリュウへと突撃するカラマネロだったが、どこからか出現した綿の防壁に、阻まれた。

 

「いいね、もう一度いこう、“ばかぢから”」

「何回だって! “コットンガード”!」

 

 カラマネロは、お構いなしに突撃を繰り返す。

 だが、さしものアルバも、これが無意味ではないと気付いていて。

 カラマネロの特性は、ステータスの上下の変動を逆転させる“あまのじゃく”。使用の度にこうげきとぼうぎょをダウンさせる『ばかぢから』は、寧ろメリットに変わる。

 つまり時間が経てば経つほど、相手の勢いは増す。だからこそ。

 

「早急に防御を上げきって、身を固めて、要塞になって――迎え撃つッ!」

 

 デンリュウは二度のコットンガードで、ぼうぎょが最大まで上昇、こうなっては生半可な攻撃ではびくともしない。

 

「くらえ、“10まんボルト”!」

 

 拳を前に突き出し、逆襲のサイン。その愚直な突進を、高火力の一撃できっちりと咎め切った。

 重たい電撃を受けて転がるカラマネロを見て、ここまで優位だったジニアもたまらず両手を上げ、驚くジェスチャーを見せる。

 これが嘘か真かはわからないが。

 

「このまま畳みかけるよ、10まん――!」

「――“ひっくりかえす”」

 

 どのみち、すぐに知ることになる。

 あまりに眩しい発光だった。出所はカラマネロの腹部の、妖しい模様――。

 脳みそが揺すられるような感覚に、光の正体を催眠や暗示の類と確信したアルバは、デンリュウに更なる攻撃を指示した。

 

「はじめて聞く技だけど、おかしなことをされる前に!」

「もう遅いさ」

「くっ!」

 

 ば、と起き上がり、ひゅん、と跳び上がり。ジグザグの閃光は無を通り抜けた。

 しゅるしゅると音を立てながら低空を駆け、カラマネロは再びデンリュウへと肉迫、その身に触れる権利を得た。

 

「“ばかぢから”は、もう通じない!」

「それは嘘だ」

「また、おかしなことを!」

「おかしくないよ。ここは皆が嘘つきになる場所だから」

「何……!?」

 

 カラマネロの触手という鞭が、デンリュウを尋常ではない力で弾き飛ばした。

 その姿は、さしずめボール。バットで打たれた、野球ボール。

 地べたをこれでもかと舐めまわした後、その躰は動きを止める。

「で、デンリュウ!」駆け寄るアルバに、返る意志はなかった。

 

「デンリュウ、戦闘不能」

 

 引き換えに、ハルシャの声が局面の終わりを告げる。

 

「ね、言った通り、嘘つきになってしまったろう?」

「そんな……一体何が! コットンガードは!?」

「“ひっくりかえす”は、対象の能力変化の状態を逆転させる技さ。ちなみにこれは本当」

 

 皆まで言う必要は無かった。

 上昇していたものが、一瞬にして下降に変えられただけのこと。

 要らぬ油断をして。騙され、行動を誘い出されて。

 ジニアが指の上でくるくると回していたトランプの柄が、いつしかAから2へと変化する。

 

「つまらなそうな顔だった観客が、一瞬にして沸くように。意味不明だった行動が、直後にサプライズを起こすように――最強と最弱が、一瞬で逆転してしまうこともある。それらを目の当たりにした人々のびっくりする顔を見るのが、楽しみでね。僕はどうも人を驚かせるのが好きらしい」

 

 これも嘘か本当か、わからない。本人のみぞ知る。

 ただアルバにわかるのは、

 

「……“プテラ”、君に任せた!」

 

 明らかに自分に悪い流れが出来ていて、それをなんとかしなければならない、ということだけ。

 手札が全て明かされる。最後の一匹は、ひみつのコハクから復元された古代の翼竜“プテラ”。

 

「飛び回って、隙を窺って!」

「させないよ」

 

 “じごくづき”――指示が木霊すると、カラマネロの二本の触手は長く伸び、その灰色の巨体を捕まえようと追いかけ始めた。

 際限の無い空と、大きな翼からなる高機動もあり、文字通りの追手を振り払うのに難はない。が。

 

「“サイコカッター”」

「しま――っ!」

 

 見えるものから逃げるばかりで、不意の方向からの遠距離攻撃に気付けなくて。

 

「目に見えるものが全てじゃないと知りながら、目に見える情報しか受け付けない……何にも代えがたい僕らの悪癖だ」

「プテラ、逃げろ!」

 

 三日月状のピンクの刃は、想定をはるかに超える威力であった。こうげきの数値の上昇が、このタイミングで活きてくる。プテラは悲鳴のような咆哮を上げ、一撃で墜落した。

 ドスッ。落ちて尚も立ち向かおうとする、そんな勇ましい姿を唾棄するように、触手はその身を一突きした。

 

「プテラ、戦闘不能」

「……っ……!」

 

 アルバは、震えていた。

 これが負けん気や、武者震いであれば、どれほどよかったか。

 これまで積み上げた常識や、トレーナーとしての知識、経験――全てが、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。相手が常に自分の上を往く。こんなにも何もさせてもらえなかったのは、初めてだ。

 

「そんなわけがない。嘘であればいい。嘘であってほしい。自分はきっと悪い夢を見ている。或いは狐か何かに化かされ、今でも虚構の中を生きている。ちなみにこれは嘘」

 

 性別を悟らせないくぐもった声が、余計に焦りを誘発し、彼の呼吸を荒くする。

 

「本当に嘘なのか、それとも本当が嘘なのか、はたまた嘘の嘘なのか。ショーはまだ続いているよ、アルバくん」

 

 言動全てが確信犯というのが、恐ろしい話。

 追い込みに追い込んでから、舌戦による心理的な揺さぶりで精神を乱し、相手の判断力を欠如させる。

 何もルールは破っていない。破ってはいないが、もしも彼がポケモントレーナーという肩書でなければ、どうなっていたか。考えただけでも身の毛がよだつ。

 ダメもとで目をきゅっと閉じ、視覚を遮断しても、結局脈拍は変わらなくて。

 

「もう止めろ、レベルが違い過ぎる。挑むには早すぎたんだ」

「そうね、言い出しっぺだけれど、少しマズいかも」

 

 見かねたカイドウの介入にハルシャも賛同し、止めに入ろうとした。

 

「ストップ」

 

 その時だった。

 彼らに向くジニアの掌。しかしジニア自身は、アルバの方から視線を逸らさない。

 釣られるように見た彼の腰に、震えるモンスターボールが一つ。

 

「へ……?」

 

 アルバは、それを手に取る。中にいるのは、残った最後の一匹、ルカリオであった。

 握る手から、波導の温かさが伝わる。それはやがて強靭な意志となり、アルバの胸の中に流れ込む。

 

「ルカリオ……、君は……」

 

 まだ、終わってない。まだ、戦える。

 負けを重ね、どん底に落ちて、それでも『もう一度』を繰り返してきた。

 歯を食い縛って、何度でも、勝つまで立ち上がってきた。

 僕らは、そうやって戦ってきた。

 

「……ああ、そうだったね」

 

 絶対に屈しない。逆境に折れたりしない。

 負けさえも糧に出来る――それが、それこそが、僕らの一番の強さだった。

 

「だから、いつだって恐れずぶつかっていけたんだ――!」

 

 ボールがフィールドの中で輝く。

 満身創痍でなお、ルカリオはファイティングポーズを取った。その眼中で燃える焔は、未だ消えず。

 サイコカッターが飛んでくる。

 “しんそく”で回避、コンマの世界を駆け抜けてカラマネロへと蹴りを入れ、離脱。再びアルバの前で構えた。

 やけど状態で落ち込んだ攻撃力に、上昇状態の相手のぼうぎょという最低の組み合わせで与えられるダメージなど、雀の涙にも満たない。

 それでも、けれども、ルカリオはフーッと息を吐き、その戦意を燃やし続ける。

 

「ボロボロだね。降参は?」

「そんなわけ! ショーはまだ、終わってないから!」

「いい顔してる。そうこなくっちゃ」

「ルカリオ――……思い出そう」

 

 あの時のことを、思い出す。

 弱い自分を、負けてしまう自分を認めた、あの時を。

 それでも進み続けると誓った、あの時を。

 ただの強さではない――――皆を守るための強さを欲した、あの時。

 

 

「――あの瞬間を!」

 

 

 刹那、風が渦巻いた。

 それはアルバとルカリオを包み込み、彼らの姿を覆い隠す。

 続けざまに地表から漏れ出した虹の光は盛大に巻き上げられ、やがて竜巻と合わさって、眩い光のドームと化した。

 

「まさか、この土壇場で起こすとは」

 

 大地が唸る。

 

「もしかして、きたきたきたきた……!」

 

 空気が震える。

 

「さて、待ちに待った大一番だ。展開はどう転ぶ?」

 

 この世界で、もう一度。

 

「ルカリオ――――、キセキシンカッ!!」

「ルオオオオオオオオオォォッ!!」

 

 勇気と一緒に、弾け飛ぶ七色。

 再び見えたアルバは瞳に虹が宿り、ルカリオはより勇猛な闘士となっていた。

 キセキシンカの発現――安定して行えるものではないが、今この瞬間だけは、アルバにも確信があった。

 勝ちたいという強靭な魂。

 強くなりたいという純然たる願い。

 それらが相棒とシンクロしたから。

 

「目を逸らせないわ、まばたき禁止ね……!」

 

 カイドウは「データを取ってあるが」と言おうとしたが、子供よろしく好奇心で目を輝かせるハルシャを見て、野暮な物言いをやめた。

 

「いける……」

 

 澄んだ視界と、穏やかな時の流れの中で、眺めた自身の手をきゅっと握る。

 キセキルカリオの体力は全快し、火傷は体表より漏れ出た波導エネルギーに乗って、発散された。

 力を体内で溜めきれない。だからこそ、オーラという形に乗って揺らめいて。

 賞賛を込めた、控えめなハンドクラップが鳴る。

 

「ダメージは帳消しで能力は全体強化、ってところかな。見事だね、ラフエル」

 

 “そこ”にいるのかは、知らないけれど。

 一転、ジニアの呟きと同時に、カラマネロがばかぢからによる突進。

「……!」だが、叶わない。片手のみで、数センチの後ずさりだけで、受け止められた。

 

「二段階上がった攻撃力を受け止めるの……!?」

「元来の筋力がさらに強化されているようだ」

「カラマネロ」

 

 主の呼び声に反応し、急速に間合いを取り、仕切り直しの態勢を取るが、

 

「“バレットパンチ”」

「うん、速い――……」

 

 瞬きの後、ルカリオは目の前にいた。

 しんそくをも超える瞬間速度を以て追ってきた闘士の瞳が、『逃げるな』と確かに云った。

 苦し気な呻き声が上がる。誰のものかは言わずもがな。弾丸のような拳は、額面通りの超速ストレート。

 

『グァアガァア!』

 

 上昇したぼうぎょが幸いし、なんとか持ちこたえるも、ダメージは大きい。

 ふっ飛ばされても向き直り、すかさず反撃するのは、一秒でも猶予を与えれば追撃に曝されると知っているから。

 拒絶の意志、三日月型の光刃(サイコカッター)を出鱈目なほど乱れ打つ。

 

「噂には聞いていたけれど、それよりもずっと凄まじい力だ。少しだけ焦っているよ。いや、もしかすると結構」

 

 猛攻で抵抗する烏賊も、おしゃべりに興じる道化も、二人にとってはもはや些細なもので。

 ルカリオはお構いなく、ゆっくりカラマネロへと歩いていく。

 一発、首を傾け回避。

 二発、身を捻ってすり抜け。

 十発、当たるものだけを拳で叩き壊す。

 六十発、駆け抜け、すり抜け、通り抜け。

 百発――――もう、視界にはいなかった。

 

「“インファイト”だああああああああああああああッ!!」

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 カラマネロが次にルカリオを視認した時。それは、全身に拳と蹴りを叩きつけられた時。

 ラッシュ、ラッシュ、ラッシュ。光速にも等しい打撃を、無限とも間違う回数、浴びせられる。

 無事なはずもない。カラマネロはとうとう白目を剥いた。

 

「カラマネロ、戦闘不能!」

「まずは、一体……!」

 

 カラマネロの次に出てきたのは、アルバの大方の予想通り、バンギラス。

 しかし気にする事でもない。相性有利と、これだけの力の差故に、見据えるのはまだ見ぬ三体目のみ。

 

「いつ力が切れるかもわからない、速攻で終わらせる!」

「“かえんほうしゃ”!」

「同じ手は!」

 

 地面を激しく殴れば、巻き起こる衝撃波。

 

「喰らうものかッ!」

 

 火の勢いを風の壁で防げば、攻略完了。

 

「トレーナーの戦術(プラン)を悉く実現させるだけの力と、その力を引き出す、人間の強い精神。これが、キセキシンカ」

「脳内で考えたことは思いのまま。これを極めれば、恐らくできないことというものは、存在しなくなる」

 

 睨んだ怪獣目掛けて一歩踏み出せば、やることは一つ。

 カラマネロよりも劣る機動力と、強化もなされていない耐久と、対応の済んだ技――負ける要素は何一つない。

 アルバとルカリオの表情が叫ぶ。このまま決める、と。

 

「今度は通す! “インファイト”、叩き込めぇぇぇぇぇッ!」

 

 ズドン、と鈍さを取り越した、重厚な音。

 地響きさえ感じ取れるほどだ。

 

「行ったか……」

 

 カイドウの視点からは、いや、ここにいる誰から見ても、ルカリオはバンギラスを確実に貫いていた。

 止まる時間、静まり返る空間。呼吸さえ止まりそうな緊張が、数秒。

 動きを止めたバンギラスを見て、そして念のためにジニアの佇まいをも確認し、アルバは心の中で「やった」と安堵する。

 

「そろそろクライマックスだね」

 

 ――棒立ちのピエロが、その瞬間を待っていたとも知らないで。

 ゾクリ。本能が危険を察知しても、やっぱり、もう遅い。

 ルカリオの拳が、バンギラスから抜けない。短く息を吸って、見上げた怪獣の姿――それは少しずつ揺れて、歪んで、ほつれて、終いには全く別の姿に変わり果てた。

 

「きあいのタスキ……!?」

 

 風に乗せられ宙を舞う、ぼろぼろの赤い襷。きあいのタスキ。

 一撃で致命打となる攻撃を受けた時、ぎりぎりのところで踏みとどまらせてくれるアイテムだ。

 だが、それを使ったのはバンギラスではない。

 漆黒の体毛と、流線を描く細い体躯。四足とも二足ともつかぬ、闇夜にかかる濃霧のような妖しさを湛えた、化け狐にも似た獣――。

 

「くそっ! ルカリオ、バレット――!」

「“カウンター”」

 

 名を、“ゾロアーク”。

 拳を押さえ、捕縛したまま見舞ったのは、先ほどの攻撃のちょうどきっかりの倍返し。

 いくらキセキシンカといえども、耐えられるはずがなかった。

 

「る、ルカリオ、戦闘不能!」

 

 虹が解けて、消え去った。

 少しの間を置いて姿が戻り、その場で倒れ込んだルカリオへ、駆け寄るアルバ。

 やはり、目に見えないところでの戦いだった。

 ゾロアークの特性『イリュージョン』は、他のポケモン、とりわけトレーナー戦では、控えの手持ちポケモンに化けるという効果を持つ。

 備えた魔力で周囲に幻覚を発生させ、無いものを有るように、有るものを無いように見せ、攪乱するのだ。

 

「あえて相手の得意なポケモンに化け、弱点の技を引き出し、確実なダメージをもらい、きあいのタスキで耐えて、最大反撃(リターン)で勝負を取る……バンギラスの特性『すなおこし』が発動しなかったのは、初めからゾロアークだったということか」

「物理技だから返せたけれど、特殊技の『はどうだん』とかだったら、どうしていたのかしら。ほんとに危なっかしい賭けをするんだから……」

「賭けは分が悪いほど、面白くなるものさ。それにカラマネロが突破された段階で、どのみちこうするしかなかった。バンギラスではあのルカリオを止める手立てはなかったかもしれないし」

 

 ジニアはフィールドの定位置から離れ、ゾロアークの元へ。

「いい仕事だったよ、お疲れ様」毛量の多い体表を撫でてやると、疲れた、と言わんばかりに寝そべった。

『ボールに戻せ』の合図なので、言う通りにしてやる。

 

「く、う~~~~~~~~~っ!! 悔しい~~~~~~~~っ!!!!」

 

 ジニアとしては、落ち込んでいるのかもと気にしてみたが、どうもそういうわけでもないようで。

「ごめんよ、ルカリオ」その傍らで、アルバもパートナーをボールに戻した。

 

「フィールド外での戦い……勉強になりました。ありがとうございます!」

「楽しんでもらえたなら、何よりだよ。僕たちも、いいものを見れた」

 

 固い握手は、悔しさと共に、次は勝つという意志も込められている。

 

「でもやっぱり強いなぁ、四天王は。全然うまくいかないや……」

「僕でなければ、勝てたかもしれないね。例えば、そこにいる」

「ちょっと、変なイジり方しないでよ~! 生徒がどう反応していいかわからないでしょ!」

「アハハ、ごめんごめん。それじゃあ……再演(リベンジ)待ってるよ。今度はポケモンリーグという、もっと大きなショーで会おう」

 

 アルバは、離れていくその小さな背中を見送った。

 そして、改めて世界の広さを知り――勝ちたい相手が、また増えた。

 

「……よし」

 

 あれが四天王。あれがジニア。

 チャンピオンロードは、まだまだ終わりそうにない。

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