とある廃ビルの中で銃の取引が行われていた。この日本に銃を大量に密輸したグループと、日本に潜んでいるテロリスト集団の取引だ。
「これで全部か?」
「ああ。こっちもかなり無茶したんだ。金には色を付けて欲しいもんだ」
「了解した。――おいっ!」
テロリスト側のリーダーと思わしき人物が部下の一人にトランクケースを持ってくるように指示する。
だが、部下は取りだした拳銃でそのリーダーを撃ってしまった。
「――っつ! テメエ、何してんだ!?」
リーダーは即死だ。同じテロリスト側の仲間がリーダーを射殺した男に詰め寄るも、返事が芳しくなかった。
「あれ? 何でだ? 俺、急に打ちたくなっちまって?」
「カラーズトラップ『裏切りの黒』」
男は自分でも不思議そうな顔をしながら――バンバン、と再び引き金を引き続ける。
「おいおい、仲間割れかよ!?」
「薬でもやってるのか!? っち、ハズレを引いちまったようだな」
銃密輸側も拳銃を取り出し、暴走しているであろう男に銃口を向け引き金を引く――――
「カラーズトラップ『闘牛の赤』」
的外れなところに銃弾が飛んでしまう。
「おい! どこに打ってんだお前!」
「テメエもだろう! さっさとあいつをぶっ殺すぞ!」
再び引き金を引くが、玉は壁に描かれた”赤いマーク”ばかりに着弾する。
「おい、もう放っておけ! 目的の金を持って、さっさとトンズラするぞ!」
「おう判った――って、金がねえ!?」
「何いー!!」
◇ ◇ ◇
ポチッ――――ドカーン。
私は仕込んでいた爆弾を起爆させ、そのスイッチを懐に仕舞う。
「カラーズトラップ『ネズミの灰色』、解除」
”カラーズトラップ”とは、『ONEPIECE』第14巻で登場したバロック・ワークスのオフィサーエージェントであるミス・ゴールデンウイークが使っていた技だ。
優れた写実画家である彼女は、感情の色さえも現実に作り出し、洗練された色彩のイメージは絵の具を伝って人に暗示をかけることが出来る。
ちなみに『ネズミの灰色』は原作にない私のオリジナルで――脇道でネズミを見ても見なかった振りをする通行人のように、私を見ても目から逸らしてしまう暗示だ。
この世界の前の世界。――転生する前、どうやら私は『ONEPIECE』の能力が欲しいと言ったみたいなのだが、その記憶が一切ない。ただ、転生したような気がするのと、神様らしき人物から与えられた能力が『ONEPIECE』に由来するという気がする。
この世界に『ONEPIECE』はないのだが、その漫画の内容は知識として第40巻辺りまで、覚えている。
……何巻まで続いているんだろう?
ともかく、神様から与えられた能力は、この世界に合わせたものになったらしい。
確かにこの世界で『ゴムゴムの実』と与えられても困ってしまう。そう考えれば写実画家としての能力は当たりだろう。
今日の報酬を片手に私はアジトへと足を運び、ご褒美として高いショートケーキを食べた。
◇ ◇ ◇
廃ビルが爆発してから一週間後。
その廃ビルで銃取引をされており、何者かが金だけを奪い密輸側とテロリスト側の両方を巻き込んでビルを爆発させたことが情報で伝達された。
「変わった話ですね」
「そうなの。どうやらテロリスト側はお金を用意していたみたいなんだけど、それらしきものがないのよ。上層部は第三者がお金を奪ったんじゃないかって言ってるわ。せめて、生き残った人がいれば詳しい状況を知ることが出来たんだろうけど」
「謎の第三者、ですか」
「リコリスの情報網もお手上げといったようだな、ミズキ」
「くるみ、いたのか」
「いたぞ」
喫茶リコリコの店長ミカのお手製デザートを食べながら、たきなとミズキに端末を見るように促す。
「ほれ? 隣のビルの監視カメラの映像だ」
そこには20~30代の若い男たちが歩いている姿が映されていた。
「この人、トランクケースを持っています」
「ああ。こいつらがテロリストで、奪われたトランクケースはこれのことだろう。後は、周辺のカメラからこのトランクケースを持っているやつを探せば――ビンゴだ」
出てきたのは、おさげの髪にチューリップハットを目深に被った人物だった。くるみの言う通り、テロリストが持っていたものと思わしいトランクケースを左手に持っていた。
「サングラスとマスクで顔が全く分かりませんね」
「スカートをはいているから女の子だとは思うんだけど。ねえ、本当に合ってるの?」
「いや。この人で間違いない。他にトランクケースを持っている人物は爆発したビルから半径1㎞内でヒットしなかった」
「ですが……」
なおも疑わしい目をするたきな。
「だったら、調べてみようよ」
「千束」
リコリスの制服に着替え、提案する。
「おいおい。調べるといっても、カメラからの手がかりはこの画像だけだぞ。もう少し範囲を広げればヒットするかもしれないが、その可能性も低い」
「チューリップハットに、マスクとサングラス。それだけ怪しい人がいれば、他の人が気付くって」
「さすがに、身なりを変えているだろう」
「それでも、深夜に私と同じぐらいの背丈の子がいてトランクケースを持っていたら、きっと目立つって!」
「それもそうか」
千束の言葉にくるみは納得する。
「それにほら。頭で考えるより、足を動かすって言うじゃない!」
「千束。それ、刑事ドラマに出て来る言葉じゃないか?」
「細かいことはい~の。ここで考えても答えは出ないんだし。モヤモヤ考えるよりも外に出て情報収集した方がいいて。ねえ、たきな」
「一理あります」
「――というわけで、準備が出来次第足取りを追うよ!」
「了解しました」
◇ ◇ ◇
「見つからないよー……」
現場に到着し、一時間が経過。
目撃情報はゼロだった。
『それなりに、人が通っている道なんだ。目撃情報があってもおかしくないんだが……』
『バカね。あったらリコリスの方に情報が入っているわよ』
くるみとミズキの会話をインカム越しに聞く千束とたきな。
『でもよ~。あの身なりだぜ? 誰か一人でも覚えていてもおかしくないだろう』
『それは私も同感よ。でも、見つからないんだから仕方がないじゃない』
「時間帯が悪かったんですかね。偶々、人がいない時間を狙って道を通ったのではないでしょうか」
『あの画像はビルが爆発する5分前のものだ。爆発音を聞けば人も集まるし、野次馬のうち誰かが見ている可能性もあると思ったんだが』
「野次馬!!」
眠りから覚醒したように千束がくるみに尋ねる。
「くるみ。ネットに流れているビル爆発の画像・映像の中から探すことは出来ない!?」
『もう探した。結果はゼロ。ノーヒットだ』
「ああ~。名案だと思ったのに……」
再び項垂れる千束。
『手がかりはカメラの画像一つのみだ』
「……千束、今日はもう帰りましょう」
「……うん、判った。でも、その前にもう一度現場に行きたい」
◇ ◇ ◇
犯人は現場に戻ってしまう――とある犯罪推理学者が唱えた一説だと思うけど、私は当たっていると思う。
現に、こうして私はビルを爆発させた現場にいた。
さすがに爆発させた翌日に行く気がなかったので、多少スパンを開けた。
煎餅を齧りながら、ビルが建っていた場所を眺める。
……青いビニールシートで囲まれていたので、中の様子は全く見えない。
「……まあ、当然か」
来週頃にはビニールシートが無くなっているかもしれないので、そう遠くない内に中を見ることが出来るだろう。
「――あの~、すいません」
立ち去ろうとした私に、金色の髪をしたショートの女の子が声をかけた。後から黒い長髪の女の子が来る。
……二人は似たような制服を着ているのだが、赤と青で色が違っている。
同じ学校に通う先輩・後輩コンビなのだろうか?
「はい。なんでしょうか?」
ともかく、私は返事をした。
「ちょっと、聞きたいことがありまして。先週、このビルが爆発したみたいなんですけど、知ってます?」
「ああ。ニュースになってましたね。何でもガス漏れによる事故みたいなんですよね」
真実は私による爆発事故なのだが、世間的にはガス漏れ事故になっていた。
革命家の如く、私がやりましたと公言する気はないのだが、それでもいい気はしない。
世間に流れるニュースがどれくらい偽りであるのか、想像もしたくない。
「それでですね~。この辺りに私ぐらいの背格好の少女、見ませんでしたか? デカいトランクケースを持っている?」
「その人、友達なんです。あの日以降、連絡が取れなくて」
黒い長髪の女の子が続いて言う。
……トランクケースを持っていた人物は私なのだが、もちろん目の前の少女たちとは友達になった覚えはない。
「……すいません。私も普段、ここを通らなくて」
「そうですか。お時間を取らせてしまい、すいません」
「いえいえ。それでは」
厄介ごとの匂いを察知した私は現場から立ち去る。
幸いにして、少女たちは突っ込んだことを訊かなかった。
まあ、警察でもない彼女たちが何か出来るとは思えなかったが、警戒するに越したことはないだろう。
私は駅に向かい、適当な電車に乗り窓の景色を堪能した後、目に入った喫茶店で一服する。
……なんとなくだけど、付けられている気がする。
◇ ◇ ◇
千束とたきなはビル爆発の現場で偶然出会ったおさげの少女を追跡し、大きな通りに出ていた。
「千束。どうしてあの人が怪しいと思ったんですか? 画像の人物との共通点といえば、おさげと背丈ぐらいですよね」
「うん。そうなんだけど、なんでだろう。どことなく、気になるんだよね」
「気になる、ですか?」
千束の言葉の意味が判らないたきなは聞き返した。
「うん。私と同じような匂いかな?」
「同じ匂いというと」
「……私にも判らないんだけど、そうだね。一言で表すというと――女の勘♪」
「(絶句)…………撤収しましょう」
「待って待って、冗談だって! 本当に待って!」
腕を引っ張るたきなを懸命に千束は止めようとする。
「『リコリコ』の仕事もあるんですから、ほら行きますよ」
「たきな、待って待って。説明するから、説明するから!!」
「(長考)…………聞きましょう」
「いい、たきな? リコリスとして戦ってきた私にはそれだけの経験がある。そして、勘というのはその経験から生まれるものなの。私自身が気付いていなくても、私の経験が何かに気付いて勘として私自身に訴えてくれている可能性があるの!」
「??? ……すいません、実は千束が超能力者だったという話ですか?」
「違うわ!」
「っ! 実は双子だった!?」
「何で双子が出て来るのー!?」
『おいお前達』
インカムからくるみの切羽詰まるような声が聞こえ、二人は会話を止める。
『目的のおさげがカメラの死角に入った。そっちから見えるか』
「はい。確認できます。今、道を右に曲がりました」
『そこは路地裏だ。待ち伏せの可能性がある、追跡するなら注意をした方が良い』
「了解しました」
おさげの少女が入った道を二人は慎重に進む。
「あれ? さっきのおさげの子、いないね」
「撒かれましたかね? でも、一本道ですし」
たきなは怪訝そうな顔をして、警戒度を強める。
道は路地裏といっても幅は広い。水色のゴミ箱や植木鉢などが置かれているが、それでも人が通れるほどだ。
「罠――ですかね」
「どうだろう? ここまであからさまだと、返ってブラフに思うけど」
千束が慎重に足を進め、たきなも後を続くように先へと行く。
「…………」
「…………」
◇ ◇ ◇
「………………あれ?」
路地裏の先にあったのは、先ほどとは違う通りだった。
多くの通行人が歩いており、いつもと変わらない平和な景色だった。
「…………何も無かったですね」
『あのおさげもいなかったのか』
「はい。誰もいなかったです」
インカムから聞こえるくるみにたきなが返事をする。
「勘、外れましたね」
「…………」
「……千束?」
硬直している相棒の肩を叩くたきな。
その顔は涙を流していた。
「千束!? どうしたんですか! どこかやられたんですか!」
「…………たきな」
「どこか痛むんですか、大丈夫ですか!?」
「勘、ハズレちゃたよ……」
「はい?」
千束はその場で蹲ってしまう。
「……あれだけ自信満々に言ったのに。たきなの静止も振り払ったのに、外しちゃうとか……。ううぅ、なんて私はダメなやつなんだ」
「え? え? 千束?」
「ううぅー、この体たらく『ファースト』どころか『サード』さえ相応しくない。いや、それどころか人間でいること自体恥ずかしい」
「いえ。それ程の失敗ではないかと」
「……うぅぅ、そうだ、貝になろう。貝が私に相応しい。海が私を呼んでる」
「一体どうしたんですか!!!」
嗚咽を出し、滝のように涙を流し続ける千束に、周囲の人間が心配そうに集まり始めた。
『おい。どうした? 千束に何かあったのか?』
まるで泣き上戸のような千束の声に、インカムからくるみの心配する声を聞く。
「はい。千束が――」
『千束が、どうした?』
「――――ち、ちさと、が。 っっっっっ!!」
『?』
「――――き、しししししししっ♪」
『おい、たきな?』
どうやら様子がおかしいのは千束だけではなかった。
「ち、ちさ、ちさとが。女の、女の勘と言って、外して、羞恥で泣いて、泣いているんです――」
『…………お前、笑っていないか?』
「――――――※※※※※※※※???」
くるみがジャックしたカメラから、たきなが壁を叩きながら笑いに堪えているところがバッチリ映し出されていた。
「あは、あははははははは!! ダメです、もうダメです! 何故だか可笑しくて堪りません!! あはははははーー!!!」
「うえええーーん。たきな、そんなに笑わなくてもいいじゃーん」
「すいません、千束。ですが――――ぷっ」
「ああ、また笑ったー!! うえええーーーーん、、たきながいじめるーー!!」
「あははははははははーーーー!!!」
『…………なんだ、コレ』
くるみの乾いた声がインカムから流れたが、今の二人には届かなかった。
その後、ミズキが二人を車で迎えに行くのだが、千束の泣き上戸とたきなの笑い上戸はしばらく続いた。
◇ ◇ ◇
「カラーズトラップ『悲しみの青』&『笑いの黄色』」
私を尾行してきた赤い制服の女の子には『悲しみ青』を、青い制服の女の子には『笑いの黄色』の暗示を施したのだけど――何だか私の予想より暗示に効いているみたいだ。
少し距離を取ったのだけれど、彼女たちの泣き声と笑い声が思いのほか響いているのがその証拠。
「暗示に効きやすい体質か。もしくは普段、感情を表に出さない人達なのかもしれない」
まるでパンパンになった風船の口が外れてしまったように声を出している。
……まあ、難しい年頃だから。無理もない話なのかもしれない。
「カラーズトラップ『ねずみの灰色』解除」
解除といっても、コートを裏返すだけなんだけど。
二人の少女に施した『青』と『黄色』のマークは、時間が経てば消えるように細工した絵の具。なので、証拠も残らない。
そして、私も年頃の女の子。
プライベートを侵害するような不届きな奴らにはこれぐらいのお仕置きで十分だろう。
「……はい、チーズ」
もう会わないと思うけど、写真取って保存しておこう。