帝国封印超越者 作:フルト・フルト=フルト
バハルス帝国で一つの噂を知っているだろうか?
帝国の中枢とも言っていい魔法省の地下に強力なアンデッドが安置されている、というものだ。そのアンデッドはかの
だが、そこに安置することはできた。さすがはフールーダ様だね。そのフールーダ様も研鑽を積んでいる。かのアンデッドが帝国で暴れないのはかの魔法詠唱者の実力が年々伸びているからだとか。
かの老人と、歴代の皇帝。彼らがいるからこそ、帝国の平和と安寧が続いていることを忘れるんじゃないぞ?
ん?そのアンデッドの名前かい?
それは秘密さ。全てを語ってしまっては面白くないだろう?
ただ一つ言えることは。
魔法省の地下室には絶対近付いてはダメだ。
いいね?アルシェ。
・
その日、アルシェ・イーブ・リイル・フルトは走っていた。自分の通う帝国魔法学園から離れた帝国魔法省に向かって走っていた。
数年前、帝国の皇帝が変わった。鮮血帝と呼ばれるほど過激な手段で帝位に就いた若きカリスマ皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。そのジルクニフは無能な貴族を間引いた。
処刑にした家系もあったが、貴族位を剥奪しただけの家もある。帝国のために働けない貴族などいらないと切り捨てるのは帝位を簒奪した時と同じだ。
アルシェには魔法の才能があった。帝国魔法学院は魔法の才能がなくても入学できるが、貴族としての教養があり魔法の才能もあったためにアルシェはかなり若くして入学していた。
その上帝国が誇る逸脱者フールーダ・パラダインと同じ
だが、その肩書きも終わりだ。終わってしまった。
生家であるフルト家が貴族位を剥奪され、当主である父が皇帝ジルクニフに叛意を抱いているとわかったからだ。
貴族位を剥奪されたにも関わらず帝都の高級住宅地に居住しており、ジルクニフに屈したと見せかけないようにと貴族的な浪費を続けてとうとう借金ができた。
そして借金があると、帝国魔法学院に在籍し続けるのは不可能だった。国最高の教育機関であり、国の威信をかけて設立された学院だ。そこに現皇帝へ拒絶の態度を隠さない、借金のある家の子息がいたらどう思われるか。
居場所なんてあるわけがなかった。
アルシェはそのタレントと魔法の才能から、卒業後は魔法省へのポストが約束されていた。だがそれも全て
こんな家の恥をフールーダに話せるわけもなかった。まずは出費を少しでも減らすために魔法学院に退学届を提出するところからだろう。
だがアルシェの足は魔法省へ向いていた。家に帰りたくはなく、というか家から逃げ出して走った結果魔法省に着いていた。退学届も書いていないので魔法学院には行けず、もう関係者ではないので魔法省には来られないことも足を運んだ理由だろう。
それと理由はもう二つ。
誰に聞いたのかも覚えていない噂と、この地下にいる大魔法詠唱者に会ってみたかったからだ。
噂とはこの魔法省の地下にいるとされるアンデッドのことだ。帝国が興されて百年の節目に唐突に現れたアンデッドのようで、フールーダと当時の皇帝が覇を見せつけて地下に封印したという伝説。
アルシェはその伝説を少しは信じている。全てが全て本当ではないと子供ながらわかっているが、あながち間違いでもないのだろうと。
その理由は、彼女のタレントで数年前に天にも昇る魔力の波動を捉えたことがあったからだ。
魔法学院に入学する前。父に連れられて帝都を歩いていた時に魔法省が虹色の魔力光に包まれた。色のことはいつものことだから良かったが、その魔力の波動は規格外だった。
帝国で一番凄い魔法詠唱者はフールーダだ。そのフールーダでも魔力の波動は精々置物のゴーレムくらいの高さと厚みだ。だというのに、その数年前に拝んだ波動は帝城に匹敵していた。
あまりの圧に、アルシェはその場にへたり込み全身を震わせ、往来だというのに嘔吐をしたほどだ。往来で吐くなど貴族らしくないと父親に叱責されたが、それがきっかけでフールーダに見出されて優秀だと太鼓判を押されると父親はアッサリと掌を返した。
その幼少期の経験から伝説の第十位階魔法が使える魔力系魔法詠唱者が魔法省にいると確信していた。フールーダにも問い出さなかったが、帝国もフールーダもアルシェがその存在に気付いていると確信している。確信しながら黙っている。
アルシェがそのまま魔法省へ行くエリートコースを進むなら問題ないと考えたのだろう。だが、その目論見は崩れる。フルト家が予想以上に使えず、アルシェ一人のために貴族で居させる理由がなくなってしまったのだ。
この決定を下したのはジルクニフだ。フールーダには伝えて、アルシェをどうするかと今相談している段階だ。まさか皇帝と逸脱者が自分の進退について話をしているなんて思い付かない十五にもならない少女は暴走していた。
アンデッドがいるならいい。機密に触れて死のうと。
フールーダを超える魔法詠唱者がいるなら恥を忍んで懇願しようと。幼い妹達を残して死にたくないと。
そんな自暴自棄を抱えてアルシェは魔法省の地下に向かう。ただ地下に向かってもその機密に近付けるはずがない。目に見える最下層に辿り着いて、アルシェの目には不自然な魔力が映っていた。
(あれ……?フールーダ様と同じくらいの魔力……?だけど、人じゃない?)
アルシェが気付いたのはただの壁に魔力が施されていたこと。しかもその魔力がこの国最高のフールーダと変わらない魔力なのだからここだと確信を持った。
触ってみても何も起きない。フールーダにしかできない、いやそれ以上の魔法詠唱者にしかできなくて場所という空間を無視できる魔法なんてアルシェには一つしか思い付かなかった。
「転移?もしかして魔力に反応してる……?」
そう思って魔法を使うのと同じ要領で手から魔力を流してみる。するとそれが正解だったのか壁に刻印された転移トラップが発動した。
正確には壁に埋められたマジックアイテムが起動してアルシェを転移させた。
アルシェが移動した先は洞窟のような場所。そして大きな扉の前だった。成人男性よりも遥かに大きい扉で、洞窟だけならば無骨なものなのにシンプルながら分厚いその扉はどこか神聖さも感じられた。
その扉が、内側から開く。
「フールーダ、連絡がないのに来たのか?魔法談義も程々にしないとまたジルクニフに怒られるぞ?」
声は低い男性のもの。
アルシェはただその声の主を確認しようと扉を凝視していて。
噂と自分の目で見たものはどちらも本当だったのだと理解した。
貴族でも見たことがないどんな生地でできているのかもわからないほど高級そうな、黒いローブを着て、胸下から見えるは真紅の宝玉。そして白磁の肋骨にすらりとした骨だけの手。背丈はアルシェの知る人間の中でも最も高かった。
顔も全体的に白い。というか、赤い眼窩は確認できても肉は全くついていなかった。
無手であり、アルシェの目で看破できなくても、相当高位の魔法詠唱者だとわかった。同類だとわかって、剣士や拳士のような接近職ではないと歩き方で理解する。
それでも、その存在にアルシェは腰を抜かしていたが。
「……ぇ?女の子?」
扉の前に立つ絶対者。
・
「なるほどなるほど。アルシェは噂とかそのタレントで見たものを確認したくてここまで来たと」
「は、はい。そうですモモンガ様……」
「様はやめてくれると嬉しいかな。俺ってこんな僻地で魔法やマジックアイテムについて研究してるだけのアンデッドだし」
「ですがフールーダ様にも同じ敬称をつけています。それに帝国のために研究成果を卸していることはこの部屋を見ればわかります。その上第十位階を修めている方など天上の方としか……」
「あー、うん。同じやり取りをフールーダやジルクニフともしたなあ。そもそもモモンガって名前もプレイヤーネーム……偽名みたいなものだし、帝国での立場も宙ぶらりんだからアルシェが畏まるようなことはないんだよ」
腰を抜かしたアルシェはモモンガによって扉の中に招待されていた。その扉の中は魔法学院の校舎や講堂よりも広く、様々なアンデッドが農業や魔法の研究をしていた。低位のアンデッドは農作業をしていて、
その実験内容は魔法学院生であるアルシェにわかるものもあればわからないものもあった。魔法学院でも教わる
「うーん。そのタレントで見たのは俺がやっちゃったとある実験の時のものだね。フールーダには事前に話しておいたから問題なかったけど、まさか帝国内に同じタレントを持っている子がいるとは思わなかったよ」
「普段は、魔法で隠しているのでしょうか?」
「指輪だね。探知阻害で隠していたんだけど、帝国内ならいいかって気を抜いちゃったんだよ。それから君のことを聞いて普段も外さないように決めたんだけど……。いや、帝国に来て外したのは数回だけなんだけどね?」
元々慎重なモモンガだ。指輪もあまり取り替えないが、実験をする際に一番必要ない物が探知阻害だったので外したが、今後は外さないと心に決めた。
タレントが予想外すぎたのだ。フールーダと同じタレントを持つ人間が同年代にいるとは思わなかったのだ。タレントを持っている人間がそもそも珍しくて、そのタレントだって多種多様だ。使えるものから使えないものまで様々。
まるっきり同じタレントを持っている人間がいて、その二人が同じ国にいるなんてどんな確率だとモモンガは当時思ったものだ。
「……そういえばアルシェは俺のこと危ないって思わなかったの?第三位階魔法が使えれば天才なのに、俺なんてそれを超える魔法詠唱者なんだけど?」
「……それは……」
そこからポツリポツリとアルシェが話し出す。
家が貴族位を無くしたこと。だけど両親はお金の浪費をやめるどころか加速させていること。借金もできたために魔法学院を辞めること。
この後のことは考えておらず、自暴自棄でこの地下へやって来たこと。いっそ死んでもいいと思っていて、ただ死ぬくらいなら凄い魔法詠唱者に会ってフールーダを超える存在に会えたことに満足して死のうと思ったこと。
生きて帰れたとしてもワーカーか冒険者になるしかすぐにお金を稼ぐ手段がないこと。モモンガから質問されて魔法省や魔法学院で事務員などにもなれないのか聞かれたが、それは魔法学院を卒業しなければ無理だという。
幼い妹達のためにも一刻も早くお金を稼がなければならないこと。でも貴族としてしか生きてこなかったためにお金の稼ぎ方がわからないこと。魔法くらいしか取り柄がないためにワーカーと冒険者が候補に入ったこと。
そして先行きの見えなさに絶望して死という逃げ道を選択しようとしていたこと。
アルシェは出された紅茶が美味しかったからか、何でも話してしまっていた。貴族のアルシェですら飲んだことのない美味な物で普段はあまり動かない表情筋が緩んだほどだ。
「……そうか。親は、選べないものな。それに妹さんのために。ううむ……。フールーダには話したのか?」
「いえ……。わたしはただの学生なので。フールーダ様にお話しするようなことでは……」
「その若さで第二位階魔法を使えて、フールーダと同じタレント。俺もこの世界が長いから有望株だというのはわかってるぞ。……あ、しまった」
「?どうかされたのですか?」
「ここのことって、フールーダとジルクニフしか知らないんだよね……。あちゃー、国家機密を教えちゃったぞ。ドウシヨー」
いきなり棒読みになるモモンガ。大袈裟に額に手を当てる大根役者ぶりだった。
だというのに、真面目なアルシェは言葉通りに捉えて目を見開く。
「……もしや、わたしは口封じをされるのでしょうか?」
「うん、そうだね。ここのことを一切誰にも話さずにお口チャックしてもらわないといけないかな。いやー、困った困った」
「なら、とても不遜なお願いですが。なるべく高位の魔法で殺してください。最後に神話の魔法を見て死にたいのです」
「殺さないよ⁉︎覚悟決めすぎでしょ⁉︎……えー、ごほん。つまりアレだよ。俺がジルクニフとフールーダに掛け合ってアルシェをここで働かせてあげるよ。貴族位のことはどうにもできないけど、仕事の斡旋くらいは大丈夫なはず」
モモンガはこの世界に来て百年経った。この世界に来た直後に法国に喧嘩を売られて撃破。その後人間の国が信じられなくなって世界を彷徨いてとある竜王と知り合ってちょっとしたお手伝いをして。
フールーダに出くわしてとことん追いかけられ。モモンガの心が折れて当時の皇帝と話し合って帝国に身を置いたわけだ。
帝国でもモモンガの存在を知っているのは歴代皇帝とフールーダだけ。そこにアルシェが加わっただけだ。
「……ここで?」
「人間の研究員も欲しかったところなんだよね。一々フールーダやジルクニフと話すのも疲れるし」
「……ええっと」
「魔法省の職員の給料から考えると、一月三十金貨でどうかな?何か成果が出れば歩合制で追加報酬、時間超過でも残業代は出すし、有給もあるよ。週休二日でどう?」
「あ、あの」
モモンガが一方的に話していると、アルシェが手をおずおずと挙げながら質問をする。
「仕事内容、聞いていません」
「あっ。そうだった」
それから仕事内容を話して、モモンガはジルクニフとフールーダに助手を雇ったことを報告。
いきなりのことにジルクニフは頭髪が若干抜けてフールーダはアルシェにずるいずるいと文句を叩き付けた。