帝国封印超越者 作:フルト・フルト=フルト
モモンガはふと思い出す。この世界に転移してきたばかりのことを。
転移した場所は、トブの大森林だった。最初は転移してきたことに気付かずトブの大森林を見て回ったことでユグドラシルではないことがわかった。
そうしてトブの大森林を探索していく中で──法国の漆黒聖典に出会った。
初めて会った人間だったので、話してみようとして。
いきなり敵意を向けられた。
当時の漆黒聖典にスルシャーナ教がいなかったこともあって強力なアンデッドと見做され、討伐されかけた。
百年前、転移したばかりで何もわからなかったために色々と実験をしていたのだ。魔法詠唱者として魔法が使えるかどうかは死活問題だった。だから第一位階から第十位階まで使って実験をしていた。
森にはモンスターがたくさんいたので身の危険もあるのかもと考えたのだ。モンスターを倒すことは簡単だったが、どこまで自分の力が通じるのか調べないと状況判断ができなかった。ユグドラシルとも違うのに身体も魔法もモンスターもユグドラシルにそっくりで困惑することばかりだった。
そうして実験を重ねていたところに、漆黒聖典がやってきた。なんかついでに封印されていた土地を刺激してしまい復活したレイドボスの魔樹を倒してMPが尽きかけていたところに漆黒聖典がやってきて、異形種だから撲滅せよと襲われた。
法国にはもちろん六大神の一人スルシャーナはアンデッドだと伝わっていたが、彼らはいきなりプレイヤーとしての力を行使したモモンガを魔神の生き残りか悪しきプレイヤーとしか判断できなかったのだ。
そして悪しきプレヤーならば即座に対処しなければ人類が滅ぶと自分達には人類を守護する義務があると、慢心と早計が重なった結果、全員で転移した漆黒聖典が見たものは枯れ果てた大森林の一部と焦土になるほどの高熱によって物体がガラス化した土地。
法国からでも見えるような空をかけるいくつもの流星。夜だというのに辺りが明るくなるほどの閃光。それを観測してしまったがために風花聖典による調査でも巫女姫による大儀式でもなく漆黒聖典の派遣が緊急会議で即座に決まっていた。
最高戦力の番外席次を除く法国の切り札を投入して。事実実力も番外席次に近しい者もいて。<
荒地を作り出すほどの相手が誰だったのかわからないまま、漆黒聖典は武器を構える。現地人特有の能力で強者の強さは探知阻害の指輪のせいで確認できなかったことも警戒度を上げた。ユグドラシルプレイヤーとしてはこの辺りの対策は当たり前だったが、現地民からすれば得体の知れないことこの上ない。
法国がプレイヤーの影響を受けていても、空中分解してしまった国家だ。ユグドラシルの全ての情報を継承したわけでもなく、仮称神がいたのは五百年も前のこと。最早神のそのままの姿を知る者もいなくなった法国では他国よりは知識があっても、わからないことが増えてきている。記録を書類で残しているが、その意味などは伝聞や独自解釈も含まれ始めている。
そんな裏事情を知らなかったモモンガは、彼らの装備を見て快く話しかけようとする。
「あ、その装備。ランクは低いけど……」
「総員戦闘配備!人類守護のため、悪しきアンデッドを討伐する!」
「おお!」
「え、ええっ⁉︎」
戦闘終了後に二回戦が始まり、しかもMPが切れたPK行為。
人間種のプレイヤーとしか思えない集団に、襲われる。それはモモンガとしての原点、ナインズ・オウン・ゴールを結成する前のことを思い出していた。
弱かった頃、異形種というだけで何度も殺された。それと同じ光景が今出来上がっていた。
知らない世界で、いきなり始まった一人でのレイド戦の後の、PK。
寂しい思いをしていたところに、ユグドラシルで一番嫌だった時の記憶と瓜二つな状況に精神抑制が追い付かなかった。
「なんだ……。なんだって言うんだ⁉︎」
死にたくなかったモモンガはそもそも蘇生できるかもわからなかったので必死に逃げつつ迎撃した。何人か殺して精神の抑制も起こった。そうしてモモンガは鈴木悟ではなくアンデッドの感覚が上回った。
漆黒聖典を半壊させて人間を殺したというのにそんな人間は虫を潰した感覚でしかなかった。その感覚にモモンガは愕然とし、迎撃で相手を殺してしまった後は逃げることを優先。
この時の漆黒聖典は神人としての覚醒者が多く、番外席次には及ばないもののレベル六十以上が半分を占めるなど歴代最強と呼ばれている質を誇っていた。ワールドアイテムは適性がなく誰も持っていなかったが、竜王でもなければ必ず倒せるほどだった。
だからこそ、モモンガに突っ込んでしまい。志半ばで力尽きることになる。
法国最高戦力が半壊し、生き残った人員もプライドを折られて戦意喪失。実質壊滅した漆黒聖典のせいで法国は取れる手段が一気に減り戦力の補強に奔走して外部に干渉する時間が減った。
漆黒聖典を実質壊滅させたアンデッドについては調査すべきだったが、戦力的には敵わず巫女姫が監視しようにも居場所を見失ったために追跡もできなかった。
その後強力なアンデッドが活動したという報告を聞かなかったために、アンデッドも逃げ出したので漆黒聖典が与えたダメージによって力尽きたのだろうという楽観的な考えに至って忘却の彼方に送られた。
漆黒聖典の壊滅は「アンデッド事変」として語り継がれて、世界を救った誇りある隊員だったと名誉として国葬されたことと同時に、慢心してはいけないと漆黒聖典へのメンタル育成も追加された。
戦力の強化と上には上がいることを教えさせるために漆黒聖典に入った隊員には番外席次との模擬戦が慣習化した。これによって調子に乗る隊員は激減。絶対に敵わない頂点が人間種にいると思い知ったのだ。
そんな法国の変化がありつつ。
なんとか逃げ出したモモンガは、人間国家に近付くことを嫌った。同じような目に遭うくらいならと、世界を好きに旅をした。
そこでとある変態の竜王に出会ってこの世界のことを知って、たった一つの望みであるギルメンのことも絶望的で。孤独な放浪の旅を始めた時にトブの大森林でのことを知ったフールーダに二十年も追いかけられて世界のほとんどをお爺さんと巡った。
その頃フールーダのことはただの魔法キチだと思っていたので帝国の要人だと知って、すぐモモンガは取って返して帝国に行って皇帝に平謝りをした。旅もほとんど終わっていたタイミングだったので帝国に戻ることは何も反対しないどころか、平社員だった庶民感覚から皇帝を十年単位で待たせたことにない胃が締め付けられる思いだった。
フールーダのことはぞんざいに扱っていたが、モモンガは孤独ではなくなっていた。魔法談義も面白かったし、この世界の常識についても教えてもらった。フールーダのレベリングも手伝ったし、この世界の美しさと素晴らしさも教えてもらった。
旅をするのも初めてだったので旅ですることも、この世界の常識も、街での過ごし方など教わることは多かった。ただの庶民に社長秘書がずっとくっついているようなものだったので一刻も早く皇帝に謝りたかった。
モモンガとしては恩をもらいすぎた。皇帝も宮廷魔法詠唱者が二十年もいなくなったために困っていたようだが、フールーダが第七位階に到達したのでむしろ大喜びされた。そのままアンデッドであることを気にせず仕事をもらい、帝国の地下で研究を始めた。
フールーダも音信不通になっていたことで主席宮廷魔術師は辞めさせられていたが、法国以外の国での第七位階到達者ということでむしろ即座に主席へ返り咲いていた。
ただし第七位階のことは一切公表しなかった。第六位階ですら人間国家では飛び抜けていたからだ。
第六位階というのはそれだけで周辺諸国への牽制になり、取れる外交カードが増える。フールーダをチラつかせるだけで王国への圧力外交にかなり役立った。
モモンガは最初はフールーダと帝国への償いで始めた仕事だったが、やり始めるとこれが何かと面白かった。ユグドラシルの頃も簡単なアイテム作成はしていたが、この法則の違う世界でのマジックアイテム作りは様々な発見があって試行錯誤をしている感覚がユグドラシルのようで楽しかった。
そんな楽しさも思い出してくれたフールーダに恩を返すということも忘れて研究に没頭していた。人間ともほぼ関わらずにやりたいことができていたのでこの世界での娯楽を見付けて生き方を確立させていた。
そのせいもあってか、モモンガはフールーダに甘い。悪態とかつきつつ文句も言いつつ、ジルクニフを紹介されれば是として。アルシェのことを言われた時にはなるほどと頭に残していた。
アルシェのことを助けるつもりは、彼女が訪れた段階で十分あったのだが、そのせいでフールーダがうるさくなったのは困ったところだ。現地民の視点が必要だと言ったら自分でいいはずだと食い下がってきたのでジルクニフの認可があるんだぞと送り返した。
それにフールーダとは何度も話しているので発送の転換にはならないだろうと突き返した。
その判断が間違っていなかったとモモンガは自分を褒める。
アルシェの発想は自分とフールーダでは思い付かなかったこともあり、しかも仕事にはしっかり取り組んだために様々な研究成果を出した。その報酬としてモモンガが与える給料はとても高く、アルシェは一人でアダマンタイト級冒険者ほどの給与を得ていた。
それだけ成果を出していながらも仕事を休まずに好奇心旺盛に様々なジャンルに手を出すアルシェのことを、モモンガは褒める。
「しかし、アルシェは勤勉だなあ。他の人間とはだいぶ違う」
「……そう?普通だと思うけど」
「いやいや。真面目っていうのは良いことだよ。非道な人間も多いからね」
モモンガはそう言う。アルシェはまだ先生と呼ぶが、敬語はしなくなった。モモンガが敬語は堅苦しいから嫌だと言ったからだ。
法国の人間に比べればなんと善良なことか。今も双子の妹を養うために仕事に真面目に取り組んでいる。
先月「マジックアイテムと巻物に籠められる魔力と出来上がるアイテムの質の相互比例論」という論文を発表し、その正確な比率を公表したことでタレント以外の能力如何ではなく、用いるアイテムと籠める魔力の詳しい比率を膨大な量の実証データによって纏めた論文は業界に一石を投じた。
膨大すぎる量の実験から完全な公式を産み出したのが魔法学院を退学したことになっている弱冠十四歳の少女で、魔法省の誰もが唸る論文を叩きつけたのだ。モモンガの元で好きなだけ実験していたとはいえ、データを纏めて正確な数字を導き出したのはアルシェ一人の力だ。
「アルシェ、今度カッツェ平野に行こうか。そろそろ第四位階が使えた方が良いでしょ。選択肢が増えるし」
「れべりんぐ、ですか」
「騎士団がやってることに比べたら簡潔なやつだよ」
「死なない?」
「死なない死なない。俺の召喚したアンデッドと戦うわけじゃないからさ」
そういうわけでカッツェ平野に三日ほどアンデッド狩りに向かう二人。
そこで二人はある三人組に出会う。
「クソ!なんだってエルダーリッチが!滅多に現れないじゃねえか!」
「ヘッケラン、無駄口叩かないで逃げる!」
「そうですよ!ここは逃げの一手です!」
人間の双剣使い、ハーフエルフの弓使い、人間の神官。
そんな三人が魔法を使って移動するエルダーリッチから逃げていた。