何故俺は、こんなところにいるのか。暑い。ただ暑い。高校二年生の夏休み。学校にもなれて、受験には余裕がある、自由に遊びまわれる。そんな最高の夏が待っているはずだった。
なのに俺は親に言われて、終業式も終わるや否や、祖父母の家がやっている海の家を手伝いに来ていた。
みんな水着で楽しそうにしている中、俺は一人鉄板の上で焼きそばを焼いている。
「あつい……」
「ははは! 熱いだろ! いやあ、健太(けんた)が来てくれて助かったよ! なんでも、聖地? になったらしくて、海開きが始まる頃から観光客が増えててな!」
祖父母の家は海の近くで、昔から海の家をしていた。小学生の頃に何回か来ていたけど、海のべたついた空気が苦手で反抗期もありこなくなった。
数年ぶりに昨日あった祖父母は俺を歓迎してくれたけど、朝から買い出しから調理から接客までめちゃくちゃこき使われている。
まだ夏休みになったばかりなのに、かなり人は多い。祖父母のあまりわかっていない説明によると、話題にあったアニメの聖地がこの街らしく、めちゃくちゃ観光客が増えているらしい。夏休みが始まったら大変なことになる、例年の人手では足りない。そう判断して俺が送り込まれたらしい。
お小遣いはもらえるらしいし、正月にだけ会ってお年玉をもらっていた後ろめたさもある。わかったと了承したのは俺だ。
それにしても、熱すぎる。
「じいちゃん、今日最高気温何度?」
「あー? おいおい、この商売、天気予報のチェックは基本だぞ。跡を継ぎたいなら今から習慣付けとけよ。38度だ」
全然継ぐ気はないけど、何故かじいちゃんは昨日から上機嫌でそんな体で話をしている。まあ、まだ進学先も決まっていない。もしかして就職浪人にでもなったらニート扱いを避けるため手伝う可能性はある。ここは黙っておこう。
それはそれとして
「まじか聞かなきゃよかった。今年最高の熱さだろ」
「なぁに言ってんだ。この辺りは最高だと40度まで余裕で行くぞ」
「まじか。ところで、昼はいつ? 俺腹減ったんだけど」
朝早く起きてから働かされ、もう二時を過ぎた。さっきまでは客足が多かったので忙しさで誤魔化せていたが、そろそろ空腹は限界だ。水をのみながら客が来たら見える程度の手近な椅子に座ったところで爺ちゃんに尋ねる。
じいちゃんが隣でおなじように働いているから弱音を吐きたくなかったけど、そろそろいいだろう。まさか昼を抜くわけじゃないだろう。
「おー、そうだな。そろそろ来ると思うぞ。交代で休める。先に休ませてやるからな」
「交代?」
そう言われて首を傾げたが、昨日聞いた話を思い出す。そう言えばじいちゃんと同居はしてないけどこの町にはおじさん家族もいて、そっちは毎年手伝ってくれているらしい。
夏休みも部活をしていて午後からしか来れないって話だったな。
「お待たせー、おーい」
「お、来たぞ」
「ちーっす。じいちゃん、健太も久しぶり」
「お、おお。久しぶり、夏樹、だよな?」
「そーでーす。健太もおっきくなってるし、雰囲気かわったよね」
「あ、ああ。お互いにな」
走ってやってきた体操服みたいな派手な赤いジャージと白シャツを着た女子がにかっと景気よく笑って挨拶してきた。五年ぶりくらいの従姉妹は、そう言えば女子だった。知ってたけど、普通に髪もみじかいし何も考えずに一緒に遊んでたから、今見ると普通に女子だな。
うろたえるな、俺。従姉妹の夏樹にびびってはいけない。可愛いとか思ったら負けだ。
「てか、健太、なに、まさか焼きそばつくってたの?」
「は? なんだよ、まさかって。俺だって焼きそばくらい作れるっての」
客が減ってから頼まれた分しかつくってないので、今は鉄板の上には何もないが、ピークは山盛り作ってたし、味だって昨日練習させられたから問題ないはずだ。そもそも家でも小腹が減ったときは自分でちょっとくらい料理するしな。
だと言うのに、夏樹は唇をつきだすように怒った顔になる。俺、何かやったか?
「えー、ずるい! 私なんか毎年手伝ってるのに、じいちゃん私に鉄板係は絶対やらせてくんないのに!」
「鉄板は男の仕事だ。火傷したらどうする」
「むー! ちょっと健太! 焼きそばつくってよ! お金払うし」
「は? 腹減ってるし疲れてんだけど」
じいちゃんの背中をぱんぱん叩いて不満をあらわにしてから、夏樹は俺に無茶振りしてくる。
思わず女子を怒らせたかとドギマギしたが、俺が悪いわけじゃなさそうだとほっとしたのはいいが、何でこれからつくらないといけないんだ。もう疲れてるし、腕もパンパンなのに。
「つくってお昼にしたらいいでしょ。ほらー、半端な味なら許さないからね!」
「そうかそうか、よーし、じゃあ健太、俺は先に休憩で母ちゃんのめし食ってくるからよ、お前は焼きそば作って二人でくってていいぞ」
「ちょっとじいちゃん!」
ひ、ひでぇ。
夏樹は鉄板をしないって言うなら俺か爺ちゃんは絶対にここになきゃいけないはずだ。交代でしか休憩がとれない。先に休ませてくれるってそう言う意味か、と理解した瞬間に、夏樹のいちゃもんがめんどくさくなったらしくて先に休憩とられた。
俺だって、家に帰ってばあちゃんの料理が食べたいのに。俺はそそくさと出ていくじいちゃんの背中をうらめしげに睨み付けるが、夏樹が俺を睨み付けているので逃げるわけにはいかない。
「あー、もー、しゃーねーな。その代り、じいちゃんが戻るまで鉄板以外全部お前の仕事だからな」
「美味しかったらね」
仕方ないので立ち上がって鉄板に近寄り油をひく。弱火にしていた火も強くして、熱している間に麺をほぐす。今日一日メチャクチャつくったのでもう考えなくても手がうごく。調味料のかけ具合も感覚だ。
二分もかからず出来上がる。中々のベストタイム。それをパックにつめて、と。
「ハイお待たせしましたぁ!」
あ、つい客気分でしてしまった。従姉妹に愛想笑いするのハズいな。そんでパックに入れる必要なかった。
「むむ。タイムは合格だね」
「何様だよ」
してしまったものはしゃーないし、受け取る夏樹に悪態をつきながら俺も割り箸をわる。できたての焼きそば。ずっと作ってたからもう匂いも飽きてきたと思っていたが、いざ食べるとなると空腹の腹が騒ぎ出す。
水だけは飲み放題で用意されている。水を飲んでから早速食べる。うん。うまい。この暑さの中、味の濃い焼きそばがうまい。紅ショウガもいい味している。うあー、うめぇ。
自画自賛だけど、まじでうまい。
「……くっ、男子の癖に料理できるとか、ずるい」
「なんだよそれ。男女差別だぞ。お前だってこのくらい作れるだろ」
「あー、女子は料理できるとか言う男女差別発言はいりましたー!」
「男女関係なくこのくらいできるだろって話……え? もしかしてお前、できないの? 毎年海の家手伝ってるんだよな?」
「う、私はかき氷担当なの! もう! 見てよほら! かき氷なら30秒でできるんだから!」
悔しそうな夏樹は一気に焼きそばを食べてからかき氷機に向かうが、いや電動だしそりゃできるだろ。シロップかけるだけだし。
「ほらできた! ほーら、美味しそうでしょ!」
宣言通り30秒でつくった夏樹は何故か誇らしげに俺の目の前にかき氷をむけてくる。ご丁寧にスプーンストローもさして一口分もちあげている。
「見て、このシロップの完璧なかけ具あ、あ!? な、何で食べるの!?」
「え?」
目の前に差し出されたかき氷、この熱い中めちゃくちゃ美味そうだったから普通に食べたら、何故かめちゃくちゃびっくりされてしまった。
「駄目だったのか? お前から出してきたんだし、デザートかと。てか、暑いんだしいいだろ、朝から鉄板の前にいたんだし、今も焼きそばつくっただろ、もっとくれよ」
「……そ、それはそうだけど。わ、わかったよ! もう、健太は昔から偉そうなんだから。ほら……あーん」
え? あ、さっきの、何も考えてなかったけどあーんだったのか。そしてなんか、俺が追加であーんしてくれと催促したみたいになってしまったのか。
「お、おお。あーん」
俺は照れくさそうに差し出す夏樹を見ながら、従姉妹って結婚できるんだよな。と考えていた。
なんだか、最高の夏が始まりそうな気がしてきた。