「さて、ロアンよ、出てきても良いぞ」
族長がぽつりと呟く。するとテントの奥から、先ほどシンを呼びに来た魚面、ロアンが現れる。
「本当に、シンを代表として送るのでよろしいのですか?」
普段は表情を全く変えないロアンが、珍しく渋い顔をして尋ねる。
「うむ、ワシは奴以上の適任はいないと考えておる」
「いえ、本人の資質という意味ではありません。アイツなら問題を起こすこともないでしょう。しかし、アイツを族長の直系と認めた事、これは他の者が黙っていません。一族が割れる原因にもなりかねない」
ロアンの懸念に耳を傾け、族長がうんうんと頷き返事をする。
「その恐れは十分にある。じゃが、今優先すべきは中より外じゃ。此度の人質要求、何が目的だと考える?」
一瞬考え、ロアンが返事を返す
「条約の強化でしょうか。血縁を人質に取ることで反抗の芽を摘み、これからも確実に約定が果たされるように…といった」
返事を聞いて族長は目を瞑る。
「否、ワシは此度の人質、開戦のための生贄じゃと考えておる。」
「何と、いや、まさか。考え過ぎではありませぬか。
もう五年ですぞ、交易なども完全に形が出来上がっております。我らが起こすのならばまだしも、奴らが得ている利益を考えれば戦を起こすなど金のガチョウを殺すような話ではありませぬか」
信じられない、というより信じたくないといった表情でロアンが疑問を返す。
「そうじゃ、純粋に国の益を考えるのであれば戦を起こすなど愚行、まずあり得ぬ話じゃ。
しかし、政治とは理のみで進まぬ物、そして帝国は今、大きく揺れ動いておる。」
そこまで話して一度、考えをまとめるようにキセルをふかす。
「これは帝国内におるワシの友人からの話じゃが、王はもう長くないらしい。
順当にいけば第一王子が後を継いで終わりなのじゃが、どうにも第二王子の派閥の動きが不穏での、何やら企んでおる様じゃ。」
「どうやら此度の人質要求も第二王子派が仕組んだ様子。普通に考えれば国内がガタついておる時にわざわざ潜在的な外敵を内に置く理由もあるまい。」
「ええ…まさか!」
「王が臥せっている今、政治は第一王子が仕切っておる。つまり、何か問題が起これば第一王子派の指導力が疑われるといった状況でもあるのじゃ。」
「ここで国を挙げて招いた実質的な敵国の王子が暗殺されてみよ、間違いなく責任問題になる。戦などが起きれば決定的じゃな、第二王子が武勲を挙げれば王位を奪うことも夢ではあるまい。戦が起きずとも、暗殺された時点で十分有利に立ち回れる」
「しかし、やはり考えすぎなのでは。確かに妙な動きではあります。とはいえ族長の考えは飛躍しすぎではないかと。動機があるとはいえ、そこまで自国の利益をないがしろにした愚かな行為をするとは流石に信じられません」
「そうであればよい。しかし、事実は小説よりも奇なり、じゃ。歴史を紐解いてみよ。これよりもひどい例が山と見つかるぞ。」
一度言葉を切り、遠くを見るような眼をする。その顔は先程までの好々爺然としたものではなく、冷徹な政治家としての物だった。
「今回シンを代表に選んだ理由もここにある。万が一死んでも痛手でない者、迂闊に罠にかかり殺される心配のない者、己の立場をわきまえ冷静に立ち回れる者であることじゃ」
族長の話を聞き、納得しがたいところはあるが、しょうがないといった顔で頭を下げる。
「なるほど、確かにそれが最善であるかと。シンを送れば一族内が荒れるやもしれませんが、他の者を送れば自から戦争を引き起こしかねない」
うんざりとした顔で族長が頷く。
「ワシ等の一族は脳筋ばかりじゃからのう、どこで教育を間違えたのやら…
もう少し頭を使うことを覚えてほしいわい」
二人同時にため息をつく。悩みは尽きず、話し合いは深夜まで続いた。