使い魔品評会はアニメ1期の話ですが、あえて今回盛り込ませていただきました。
例年通りであれば、使い魔品評会は、学院のヴェストリの広場に仮設の会場を設営して行われていたのだが、今年に限っては、アンリエッタ王女とマザリーニ枢機卿という二大VIPの観覧があるため、ヴェストリの広場では手狭だとして、春の召喚の儀を行った学院管理の平原に特設会場を設営しての開催となった。
使い魔お披露目の舞台、生徒と使い魔の控室、生徒や教師たちの観客席、生徒たちの保護者である一部の貴族たちの貴賓席、そして二人の来賓のためのロイヤルボックス。これらの設営の責任者にされてしまったコルベールはただでさえ、危機的状況にある毛根細胞がさらに死滅してしまうほどの激務にさらされていた。さらに一部のお偉方の我儘から、学院から離れた会場に、冷たいお飲み物や軽食を提供できるように仮設の厨房まで用意された。当然、その準備にシエスタやマルトーらも駆り出され、学院中が大わらわという有様だった。
もちろん、主役たる生徒と使い魔たちも、本番に向け、最後の練習に余念がなかった。男子生徒たちは、麗しい王女殿下の御前で一際目立つお披露目ができれば、あるいは、殿下御自らのお褒めの言葉が頂けるかもしれない、と夢想し、練習にも熱が入る。女子生徒たちも、国中の女性の憧れである魔法衛士隊の超エリートとお近づきになれるかもと、男子以上に盛り上がっていた。
そして、当日。
「えー、只今より、今年度の使い魔品評会を開催いたします!!」
設営責任者と司会進行役をも兼任するはめになったコルベールは、傍目にも分かるほど痩せ衰えた身体に鞭を打って大声を張り上げた。彼のわずかな頭髪にはここ数日、白髪が目立つようになっていた。
品評会の発表順は基本的には、幻獣とそれ以外の獣とで大別され、幻獣を召喚した生徒は会の後半に発表を行う慣例になっていた。これは、王国にとって、この品評会が将来の王国の直接的軍事力あるいは軍事利用できる使い魔使用法などを発掘することが主目的とされているためであった。前半では、通常の獣の使い魔たちが、主である生徒たちの指示に従い、様々な芸を披露する、そんな和やかな、だがある種、弛緩した雰囲気で会は進行した。だが、幻獣種の使い魔たちがメインとなると、より実戦的なお披露目が始まった。効率良く獲物を仕留める、敵の目を効果的に欺き目的を果たす、ただ単純な戦闘力を示す、など荒々しい演武が続く。
「ふむ、今年の品評会は、どうやら、それほどの逸材には恵まれなかったようですな、オールド・オスマン?」
ロイヤルボックスにて、王女と共に品評会を観覧していたマザリーニがオスマンに尋ねる。だが、オスマンは余裕の表情を崩さず、宰相に答える。
「ほっほっほ、マザリーニ殿。その評価はちと、早計というものですな。こういってはなんじゃが、今までのお披露目は前座でしてのぅ」
「ほう。では、とっておきの隠し玉があると?……品評会の会次第によれば、残りは三人ですが」
「左様。マザリーニ殿もご存知では? かの「土くれのフーケ」を捕縛した功労者たちでしてな。いやあ、彼女らに「シュヴァリエ」と「精霊勲章」を授与できなかったのは痛恨事でしたわ。」
暗に授与申請を却下したマザリーニを批判するオスマン。わずかに眉を動かしたマザリーニが、とりすました顔で言った。
「ああ、そういえば、そのような申請がありましたな。昨今の状況を鑑みれば、こそ泥一人捕まえた程度で「シュヴァリエ」を授与するわけには参りませんな。授与には従軍が必須要件となりましたので」
豊かな口ひげをわずかにひくつかせたオスマンが、すぐさま応じる。
「ほほう、そうでしたかのう。こそ泥一人、捕まえることもできない王宮が擁する軍が、王国を守るという責務を果たせるかどうか、いやはや……」
「なぁに、学院で楽隠居同然のあなたにご心配いただく必要など、ありませんとも」
「……それはそれは。ほっほっほっ」
「……いやいや。ふっふっふっ」
静かに、だが確実に熾烈な火花を散らす王国宰相と魔法学院長。あまり世間には知られていないが、マザリーニ枢機卿は若かりしころ、オールド・オスマンの元で魔法や勉学に励んでいたことがあったのだが、その頃から、二人はどうにも反りが合わなかった。憎み合っているわけではないが、お互いに相性が合わないのか、子供ような意地の張り合いになってしまうのだ。いい年こいた大人たちの修羅場に涼やかな声が割って入る。
「オールド・オスマン、会の最後を飾るのは、もしかして……」
品評会のプログラムに見入っていたアンリエッタがオスマンに尋ねる。我が意を得たりとばかりに、胸を張りながらオスマンは言った。
「いかにも、今年の品評会のオオトリを務めるのは、ヴァリエール公爵家の三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢でしてな。今現在、わしがもっとも注目しとる生徒ですわい」
懐かしい名前に思わず、目を細めるアンリエッタ。マザリーニも当然、その名は知っていた。
「ラ・ヴァリエール公爵のご息女ですか。たしか、殿下のお遊び相手だったとか」
「ええ、ええ! ルイズ・フランソワーズ! わたくしのお友達ですわ!」
その時、最後から三番手であるキュルケのお披露目が始まった。キュルケの使い魔は高位のサラマンダーであるフレイム。主の命令に応じて様々な炎を吐き、観客を盛り上げる。
「さあ、いくわよ、フレイム!! 炎と炎の共演よ!!」
とどめとばかりにフレイムが放った特大の火炎放射に、キュルケが自身の「フレイムボール」の魔法を融合させる。スクウェアクラスの火メイジに匹敵するほどの大火球が誕生する。それは、標的としてキュルケが恋人の一人である土メイジに造らせたゴーレムを一瞬で溶かし尽くしてしまう。その様を見た観覧席から今日一番の大歓声が起きた。
自信満々に、その赤髪をかきあげながら舞台を後にするキュルケ。続いて登場したのは、シルフィードを従えたタバサだった。
「……飛びなさい」
タバサを乗せたまま、華麗な空中機動を見せるシルフィード。元より速度に優れる風竜とはいえ、その機動力には目を見張るものがあった。一通りの機動を披露し終えたシルフィードが高度を下げると、控え室からなにかが飛び出した。タバサが母国ガリア王国から取り寄せた空戦用のガーゴイルであった。シルフィードに襲い掛かるガーゴイルだが、その空中機動には追いつけない。タバサはシルフィードとの息の合った連携をもって、ほんの数度の打ち合いでガーゴイルを破壊する。キュルケの時を超える歓声が巻き起こった。
「なるほど、まさかこれほどとは……オールド・オスマンが言われるだけのことは、ありますな」
キュルケとタバサのお披露目を見たマザリーニが思わず、唸る。それまでに見たものとは、頭二つは抜きん出ている。
「でも、この後に出るルイズは、さらにすごいのでしょう?」
わくわくした様子を隠そうともせず、アンリエッタが言った。ここ最近で一番生き生きしているように見えた。そんなアンリエッタにオスマンは笑みを浮かべながら答えた。
「どうか、ご期待くだされ」
「……いよいよね、緊張するわ」
「主は堂々と構えていればいい」
控え室で出番を待つルイズとセルは対象的だった。落ち着かず、そわそわした様子のルイズと、なに一つ普段と変わらないセル。その時、タバサのお披露目が大盛況の内に終了した。タバサとシルフィードが舞台から去ると、コルベールが今日一番の大声をはりあげる。
「えー、それでは、本年度の使い魔品評会、最後の生徒と使い魔になります!! ヴァリエール公爵家第三息女ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢とその使い魔東方の亜人セル!!」
ルイズはセルを従え、舞台に上がる。学院の生徒や教師たちにとっては、異形長身の亜人セルはすでに見慣れたものだったが、はじめてその姿を見た貴族たちやロイヤルボックスの二人は目を剥いた。アンリエッタは、思わず呟く。
「あれが、ルイズの使い魔……」
ルイズはまず、アンリエッタに対して口上を述べた。
「始祖「ブリミル」の恵みを持ちまして、麗しきアンリエッタ殿下の御前にて、私の使い魔をお披露目できますことは、望外の喜びでございます」
背後のセルを指し示し、さらに口上を続ける。
「こちらが、私の使い魔、セルと申します。出身は遥か東方の「ロバ・アル・カリイエ」の一地方チキュー。種族はジンゾウニンゲンという亜人の一種でございます。この者の力をお見せするために、一つのモノを殿下に献上させていただきたく存じます」
セルの尾がルイズの足元に伸びる。ルイズは尾の上に立ち、杖を高く掲げ、セルに命じた。
「さあ、セル!! 姫殿下に力をお見せするのよ!!」
「承知した、我が主よ」
セルとルイズがそのままの格好で、一気に数十メイル上昇する。杖も詠唱もつかわない飛翔。それだけで大半の観客は度肝を抜かれる。だが、そんなものは序の口に過ぎなかった。セルが右手を大地に向ける。
ゴゴゴゴゴゴゴ
会場から、数百メイルはなれた平原の地面が地鳴りとともに大きく盛り上がり、巨大な岩の塊が姿を見せる。大きさは五十メイルは超えているだろう。魔法学院の本塔よりも大きい。セルは続いて左手を岩塊に向け、素早く振る。光の線が岩塊に向かって奔る。本来、セルの衝撃斬は視認することはできないのだが、より見栄えがするようにと光の軌跡が残るように改良していたのだ。
ビッ!!ビビビッ!!ビビッ!!ビビビビビビッ!!
衝撃斬によって、瞬く間に切り裂かれていく岩塊。呆然と見ていた人々も次第に形を変えていく岩塊が、人型に変貌していることに気付いた。ルイズはセルの作業を監督しながら、指示を出していた。姫殿下の美しさと高貴さを同時に表現しなさいとか、お召し物は今日のドレスが風になびくような感じでとか、でも、胸はそれほどでもなくていいかも、とか。セルの創作作業は、ものの十分で終了した。
ズズン!!
完成した作品を地面に降ろし、自らも地上に戻るセル。使い魔の尾から降りたルイズは作品を背後にして最後の口上を述べる。
「お待たせいたしました。アンリエッタ殿下に献上仕ります、作品名「聖王女立像」でございます」
それは、全高四十メイルを超えるアンリエッタの石像であった。その細工は像の巨大さからすれば、ありえないほど精妙極まりないものだった。風になびく髪やドレスの裾、右手に握られている水晶の杖、そして、その表情の再現度は、もはや神の領域としか呼べない美しさだった。
あまりの出来事にしばらくの間、静まり返ってしまった会場にたちまち、これまでの数倍もの歓声がこだまする。
「な、なんと美しい像でしょう……このようなものは見たことがありませんわ!!」
「ば、ばかな、あんな岩塊を浮遊させる念力などあ、あるわけが……」
「すばらしい!! さすがはヴァリエール家のご息女!! あのような力を持つ使い魔を召喚されるとは!!」
「これは、間違いなく我が国屈指の観光名所となりましょう。大陸のいかなる国にもこのような巨大な石像はありますまい!」
「数十メイルの岩塊を容易に浮遊させる念力と、それを切り裂く光の線。あの使い魔一匹でいかほどの戦力になるか……」
当然、ロイヤルボックスも騒然としていた。アンリエッタ王女などは飛び上がらんばかりに喜びをあらわしていた。
「す、すごい、すごいわ!! ルイズ・フランソワーズ!! こんな、すごい使い魔を召喚するなんて!! やっぱり、あなたは特別だったのね!! ああ、私のルイズ!!」
「お、オールド・オスマン、あ、あの使い魔は一体……なんなのです?」
王女とは対象的にマザリーニは、ヴァリエール公爵家の令嬢が召喚した使い魔のあまりのすさまじさに驚愕を隠そうともせず、オスマンに聞いた。
「ふむ、きみがそんな抽象的な質問をするのは、いつ以来かのう。まあ、わしも詳しいことは判ってはおらんが、後ほど教えてしんぜよう」
小生意気な元生徒が驚愕している様を満足気に眺めながら、オスマンは言った。そして、舞台上で大歓声を受ける奇妙な主従を見やる。
(いやはや、いくらなんでもやりすぎじゃ。これは、荒れるのう……)
魔法学院使い魔品評会、最優秀賞は、ヴァリエール公爵家息女ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールとその使い魔、東方の亜人セルが獲得したのだった。
第十六話をお送りしました。
アンリエッタとルイズの小芝居は次話となります。
ご感想、ご批評、よろしくお願いいたします。