ゼロの人造人間使い魔   作:筆名 弘

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第二十二話をお送りします。

本話をもって第二章は終了となります。


 第二十二話

 

 

 「……ああ、なぜ、わたくしの背には、羽がないのかしら? この背に羽さえあれば、愛するあの人の元へ、今すぐに飛び立てるのに……」

 

 トリステイン魔法学院本塔に設えられた王族専用の貴賓室にて悲嘆に暮れているのは、トリステイン唯一の王女、アンリエッタだった。端整な横顔には深い苦悩の色が見て取れる。夕暮れが迫りつつある窓際から遥か彼方の浮遊大陸を想う、その双眸には、そこに居るはずの最愛の人の姿が寸分違わず映し出されていた。

 

 「ウェールズ様……」

 

 

 ヴンッ!!

 

 

 「……のよ? え、ここは!?」

 

 「……何の意味が? な、なんと!?」

 

 貴賓室内に突如として、二人の人間と一体の亜人が出現した。そう、正に気付いた瞬間に姿を現したとしか表現できない。瞬間移動であった。

 

 「アンリエッタ王女の居室、のはずだ」

 

 「た、確かにここは、学院の貴賓室だけど……ちょっと、待ちなさいよ。じゃあ何? あんたは、アルビオンのニューカッスル城から、トリステインの魔法学院まで一瞬で移動してみせたってわけ?」

 

 さらりと言ってのける使い魔に、こめかみをひくつかせながら、質問するご主人様。さらに亜人の使い魔は何事も無いかのように答える。

 

 「その通りだ。さすが、我が主。状況を正確に把握している」

 

 「なにが、さすがよ。あんたの出鱈目ぶりには慣れてきたつもりだったけど……セル、あんた、ほんとに何者なのよ?」

 

 「私の名はセル。ルイズ、きみの使い魔たる、亜人だ」

 

 「あ、そう……もう、いいわ」

 

 暖簾に腕押し、といった受け答えのセルにルイズは、ため息をつきながらそう呟いた。

 

 「ああ、アンリエッタ。まさか、また会うことを許されるなんて……ぼくのアンリエッタ」

 

 ウェールズは、アンリエッタの背後に近付き、感極まったように声をかけた。今の彼には、自分がどのように浮遊大陸からトリステインまで移動したかなど、ささいなことだった。

 

 「ふふ、愛しいあの人の声が聞こえる。いやだわ、わたくしったら、昨晩のワインがまだ残っているのかしら? こんなにはっきりと幻聴が聞こえるなんて……」

 

 「アンリエッタ、ぼくだよ。ウェールズだ。信じられないかもしれないが、ぼくはここにいるんだ」

 

 ウェールズはアンリエッタの肩に手をかけ、自分の方に向かせて言い聞かせるようにした。だが、アンリエッタはどこか夢心地のままで応える。

 

 「ええ、そうでしたわね。愛するウェールズ様はいつも、わたくしの心の中にいらっしゃるのでしたわね」

 

 「姫さま、私です! ルイズ・フランソワーズですわ! ウェールズ殿下を、その、なんというか、えーと、と、とにかくお連れ致しました!」

 

 

 ルイズも、ウェールズに並んでアンリエッタに現状の報告を大きな声で伝えたが、やはり、アンリエッタはぼんやりとした瞳をルイズに向ける。

 

 「まあ、ルイズ。わたくしのルイズ。ただ一人のおともだち……あなたもわたくしの心と共にいてくださるのね」

 

 だめだこりゃ。

ルイズは肩を落とした。背後で見ていたセルは室内に置かれていた大型の花瓶を念動力で浮かせ、アンリエッタの頭上に移動させて引っ繰り返した。

 

 

 バシャッ!!

 

 

 かなりの量の水が、活けられていた生花とともにアンリエッタに浴びせ掛けられた。

 

 「きゃあ! な、なんなのです!?」

 

 さすがに冷水を浴びせられたアンリエッタは、ようやく自分の目の前にいる二人に焦点を合わせた。

 

 「え、ウェールズ様? ほ、ほんとうに? そ、それにルイズまで……これは、どういうことなの?」

 

 

 ウェールズが室内のクローゼットからタオルを取り出し、アンリエッタに渡す。そして、ルイズが事の次第を説明する。

 

 

 アルビオンの道中、偶然からウェールズと出会ったこと。

 ウェールズは手紙を返却してくれたが、自身の討ち死にを覚悟していたこと。

 セルがなんというか、穏便に彼を説得したこと。

 貴族派は、ラグドリアン湖から奪った「アンドバリ」の指輪で戦力を増強していたこと。

 自分とセルがどういうわけか、「アンドバリ」の指輪の魔力を打ち破ってしまったこと。

 ウェールズをはじめとする王軍派がトリステインへの亡命を希望していること。

 

 そして、自分とセルとウェールズが事の説明と亡命の事前準備のために、これまたどういう訳か、瞬間移動?で戻ってきたこと。

 

 「ああ、ウェールズ様……また、こうしてお会いできるなんて。わたくし、まだ信じられませんわ。どうか、どうかわたくしを抱きしめてくださいまし。あなたのぬくもりを確かに感じさせてください」

 

 「アンリエッタ……ぼくのかわいいアンリエッタ。きみを再び、抱きしめられることを始祖「ブリミル」に感謝しよう」

 

 ウェールズは、アンリエッタを自身の胸にしかと抱きしめ、アンリエッタも愛する男性の胸元に顔を寄せ、喜びの涙を流した。

 

 「……姫さま」

 

 恋人たちの感動的な場面にルイズも、思わずもらい泣きしそうになるが、彼女の使い魔たる亜人にとっては、何の感慨もわかない。常人であれば、躊躇してしまう甘い空気に正面からズンバラリンと斬り込む。

 

 「事態の推移は待ってはくれない。さっさと動け」

 

 「ちょっ、この朴念仁! あんた、遠慮ってもんを知らないの!?」

 

 自身の使い魔のかなり高い位置にある口を塞ごうとするルイズ。だが、ウェールズはアンリエッタを静かに押しやると凛とした声で王女に伝えた。

 

 「使い魔殿の言うとおりだ。アンリエッタ王女殿下、恐れながら申し上げる。私、ウェールズ・テューダーをはじめとするアルビオン王軍派六百余名は貴国への亡命を希望いたします」

 

 「ウェールズ様……たしかに承りましたわ。トリステイン王国第一王女アンリエッタ・ド・トリステインの名において、ウェールズ・テューダー皇太子殿下以下、六百余名の皆様の我が国への亡命を承認いたします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「オスマン先生、あの使い魔は、本当に何者なのですか? もう、一切の隠し立ては無しにして頂きたい!」

 

 魔法学院長室で、部屋の主たるオールド・オスマンに迫っているのは、マザリーニ枢機卿であった。未だ四十代の彼だが、品評会からこっち、さらに憔悴してしまったのか、実年齢より、二十は老けて見える。かつての生徒に詰問されるオスマンは、またしても自身の鼻毛と格闘しながら答えた。

 

 「隠し立てなど、もうしとらんよ。あの使い魔はミス・ヴァリエールが東方から召喚した亜人で、もしかしたら、「始祖」の伝説にうたわれる「ガンダールヴ」かもしれんとな……あいだっ!! おお、大物がとれおったわい!」

 

 マザリーニは我慢できぬといった有様で立ち上がると、さらにオスマンに詰め寄る。

 

 「それは、昨晩伺いましたが、今さっきの話は一体全体どういうことですかっ!?」

 

 「どういうことかと言われてものう……」

 

 オスマンも困り顔である。さっきの話とは、突然王女からのお召しを受けた際の話だった。マザリーニとオスマンが参上すると、王女専用の貴賓室には先客が二人と一体いた。ヴァリエール公爵の息女とその使い魔、もう一人の金髪碧眼の青年はどこかで見たことがあると思ったら、王女殿下がのたまうには。

 

 「アルビオン王国のウェールズ・テューダー皇太子殿下です。殿下とジェームズ一世王陛下及び、アルビオン王家に忠誠を誓われる六百余名の方々が我がトリステイン王国に亡命を希望されたので、わたくしの名において、承認いたしました。枢機卿、すぐに受け入れ準備を整えなさい」

 

 マザリーニはたっぷり三分間は言葉を発することができなかった。王女殿下は今、なんと言われた?さらにその後、聞かされた内容はマザリーニの想像を絶していた。うっぷんを晴らすかのようにオスマンに言葉をたたきつけるマザリーニ。

 

 「あれだけ、念を押したのにウェールズ殿下に送った恋文などという爆弾を隠されているかと思えば、それの回収によりにもよってヴァリエール公爵の息女を単独で派遣する? それだけでも、国が傾きかねないというのに、派遣された息女と使い魔は、あろうことかウェールズ皇太子と接触し、その上「レコン・キスタ」と称する叛徒どもの戦力の源が、かのラグドリアン湖に眠る秘宝「アンドバリ」の指輪だと看破? しかも、息女と使い魔の謎の魔法で指輪の魔力は破られたと? 果ては、アルビオン王家の残党が我が国への亡命を希望するから、王女の名の下に承認しただぁ!? あんの脳みそフーテン娘は何考えとんじゃあ!!」

 

 「どうどう! すこし、落ち着かんかい。誰かに聞かれでもしたら、おぬしとて不敬罪は免れぬぞ」

 

 オスマンの言葉に、少し冷静さを取り戻すマザリーニ。さらに五歳は年を食ったかのようだ。

 

 「はあ、はあ、はあ、私としたことが失礼しました」

 

 「……じゃが、おぬしも承認したのじゃろう?」

 

 オスマンの問いに、深く息を吐いて再び座り込むマザリーニ。

 

 「ええ、実際問題として、私が収集していた情報とも合致する部分が多々ありましたからな……」

 

 そうなのだ。今回のアルビオンの反乱は、おかしな反乱だったのだ。あまりにも、反乱の拡散が早すぎた。完璧な王家などありえぬが、それでもアルビオンの現王家は、失点の少ない部類に入る。なのに、一地方の反乱は、わずか数ヶ月で王国の大半を反王家に奔らせたのだ。まさか伝説のマジックアイテムが関わって来るとは想定外だった。だが、その指輪の魔力も破られたという。それには疑問符がつくが、あの亜人の使い魔を見ると、それも納得できてしまう。そして、マザリーニがかねてより得ていた反乱軍主力艦隊の失踪という情報。皇太子ら王軍派が最後の砦としていたニューカッスル城にも姿を見せなかったということは、この情報の信憑性を裏付けた。

 

 「それで、枢機卿猊下におかれては、利があると踏んだわけじゃな?」

 

 自嘲気味の笑みを浮かべながらマザリーニが答える。

 

 「使えるものは、なんでも使う。政治と戦の基本。あなたに教わったことです、オスマン先生」

 

 「ほっほっほ、そうじゃったかのう」

 

 

 

 

 

 

 その後、セルとルイズとウェールズは、瞬間移動でニューカッスル城へ帰還。すぐさま、王軍派六百余名を二隻のフネに分乗させ、ニューカッスル城を脱出。なんとか混乱を最低限収拾した「レコン・キスタ」軍がようやく、城内に突入したときには、財宝はおろかパンの一欠けらも残っていなかった。

 

 

 

 ニューカッスル城の脱出から、五日後。トリステイン王国は、ハルケギニア全土に対して布告を発した。アルビオン正統王家の亡命承認と、全王権国家の敵たる「レコン・キスタ」討伐の宣言である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――「レコン・キスタ」軍陣地にて、「アンドバリ」の指輪の魔力が破られる十数分前、ニューカッスル城から、西南に八十リーグ地点。

 

 「残骸の数が少なすぎる。だが、やはりこの大穴を見る限り、艦隊はここで失踪、いや消滅したということか……」

 

 大地に穿たれた全長百メイルを超える大穴の前で、そう呟いたのは、長い黒髪と額にルーンを備えた二十代半ばの冷たい雰囲気の美女だった。彼女の背後には、グリフォンと呼ばれる幻獣を従えた羽帽子のメイジが控えていた。メイジが美女に声をかける。

 

 「ミス・シェフィールド、そろそろ、ニューカッスル城前の陣に戻りませぬか? クロムウェル閣下もミスを心待ちにしておられるかと」

 

 メイジの言葉を無視すると、シェフィールドと呼ばれた美女は、脇に抱えていた鏡を自身の正面に持つと、意識を集中する。彼女の額のルーンが光り、鏡の鏡面にいくつかの光点が映る。この鏡は彼女が自身の真の主から託されたマジックアイテムの一つであり、周辺の魔力反応を追跡することができる。やはり、艦隊の風石の反応はここで途絶えている。次の瞬間、鏡面に映っていた大きな光点の一つが突如現れたさらに大きな光点に飲まれるように消えた。

 

 「!! まさか、「アンドバリ」の指輪が?この土壇場でこの国の担い手が目覚めたとでも……」

 

 シェフィールドは、再度意識を集中すると、遥か彼方に居るはずの自身の主に念を送る。まるで、一人で会話しているような光景だった。

 

 「……はい、艦隊だけではなく、たった今「アンドバリ」の指輪もおそらく……可能性はあるかと思いますが……はい、ではクロムウェルは捨て置くということで……ああ、そのようなお言葉を頂戴できるなど光栄の極みですわ、ジョゼフ様……」

 

 愛しい相手と二人きりで会話しているような表情を見せていたシェフィールドは、念話を終えると、いつもの冷たい雰囲気を纏い直し、背後のメイジに命令する。

 

 「ロサイスへ飛びなさい。そこでフネに乗り換えるわ」

 

 「はっ、し、しかし、ニューカッスル城は如何するのですか? クロムウェル閣下は?」

 

 動揺を隠せないメイジに、シェフィールドはまるで、猛禽類のような獰猛な笑みを浮かべ迫る。

 

 「おまえはクロムウェルの能無しとは違い、使い道がある。このハルケギニアで最も尊く偉大な王に仕える気があるなら、その精兵の末席に加えてやってもよい。今、決めるがいい、子爵」

 

 子爵と呼ばれたメイジは、これまで「レコン・キスタ」に加わってより感じていた疑問が氷解したことを悟った。本来、一地方の反乱に過ぎなかった「レコン・キスタ」がここまでの力を持った理由。大陸最大の王国が背後で糸を引いていたのだ。だが、その快進撃を支えていた主力艦隊は消え去り、肝心の後ろ盾も彼女の言からすれば、手を引くようだ。これでは、アルビオン一国を押さえただけで、「レコン・キスタ」は潰えてしまう。彼の目的も達成できない。故国を裏切ってまで手に入れようとしたものが。彼に選択の余地はなかった。羽帽子を取り、胸にかざすと跪き、宣誓した。

 

 「我が命ある限り、ミス・シェフィールドとその主たる最も尊く偉大な王への絶対の忠誠を誓いましょう」

 

 彼の名は、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドといった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼロの人造人間使い魔  第二章 レコン・キスタ  完




第二十二話をお送りしました。

第二章をなんとか終えることができました。

次話以降は第三章前に断章をいくつか投稿することになります。

ご感想、ご批評、よろしくお願いいたします。

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