第二章十四話にて、フーケさんはどうなってしまったのか……
……決して、第三章執筆に煮詰っているわけではありませんので。
うっ、あ、頭が……
「はあ、なんでこんな事になっちまったんだい?」
土くれのフーケことマチルダ・オブ・サウスゴータは、始祖「ブリミル」の石像の台座を背にそう一人ごちた。彼女は今、宗教国家ロマリアの市内に無数に存在する寺院の一つに逃げ込んでいた。時間は深夜を指しており、敬虔なブリミル信徒も、法衣を纏った聖職者もいない。
「やっぱり、あいつに雇われたのは間違いだったかね?」
トリステイン魔法学院の秘宝「破壊の篭手」の奪取に失敗し、捕縛されたフーケは処刑を待つだけの身だったが、ある夜、監獄を訪れた白仮面のメイジに、脱獄と引き換えにアルビオンでの反乱に加わるよう強要された。やむなく、承諾したフーケだったが、その直後に白仮面のメイジはこの世から文字通りに消えた。メイジの背後から現れたのは、長身異形の亜人。彼女の「破壊の篭手」奪取を阻止した人造人間セルだった。
桃色髪のご主人様の命令か、はたまた学院側の密命か、自分を処分するためにこいつは来た。そう考えたフーケだったが、亜人の口から出たのは意外な言葉だった。
「破壊の篭手のような不可思議な物品を探して手に入れろ。金はくれてやる」
亜人の使い魔が、自分を、悪名も高い「土くれ」のフーケを雇うと言い出したのだ。亜人の真意はわからないが、先のメイジの事を考えれば、こっちも選択の余地などない。
その夜、チェルノボーグ監獄の一級犯罪者用獄舎で大規模な火災が発生する。十数人の重犯罪者と数人の看守が焼死。しかし、損傷が激しい死体が多く、死者の正確数は不明とされた。
脱獄したフーケに対して、セルが渡した手付金は彼女の予想を一桁上回っていた。彼女は無論知らないことだが、その原資はセルが夜な夜なトリスタニアの裏社会に潜む犯罪組織や悪徳貴族を吸収、もとい成敗して手に入れた資金だった。「破壊の篭手」のようなハルケギニアでは、まず見かけない珍妙な品物を手に入れれば、さらに金を出すという。亜人の目的はわからなかったが、いい金になるならフーケはかまわなかった。この亜人を利用すれば、彼女にとって何よりも大切なあの子たちに楽をさせてやれる。
フーケは、セルからの要請もあり、ハルケギニア南方のロマリアに潜入した。ロマリアは始祖「ブリミル」の直弟子フォルサテを開祖とする大陸の四王家の一角であるが、その変遷は他の王家と比べて波乱に満ちていた。かつては、王国として周辺都市に君臨する存在だったが、いくたびも衰退、勃興、併合、分裂を繰り返した結果、現在のロマリアはアウソーニャ半島の都市国家連合の盟主にして大陸宗教たるブリミル教の総本山、ロマリア連合皇国を名乗っており、その頂点には教皇を戴いている。始祖「ブリミル」に関する様々な研究や調査に力を注いでおり、その過程で無数の歴史的資料や古代のマジックアイテムを収集しているというのは、大陸中で知られていた。
「しかし、こんな十字架の出来損ないみたいなモノを失敬したからって、まさか聖堂騎士隊のおでましとはねぇ」
フーケは、目星をつけていた宗教庁直轄の寺院の宝殿から一つのモノを盗み出した。それは、十字架の上部分が無くなった様な形の棒だった。彼女にはわからなかったが、それは現代的な造型をしたレバーハンドルであった。ところが、まんまと盗み出したと思ったら、すぐに追っ手がかかった。それも有象無象の警備隊などではなく、ロマリア宗教庁が誇る精鋭、聖堂騎士隊の一隊だった。フーケも彼らの噂は聞いていた。信仰のためならば死をも厭わず、あらゆる任務を冷徹に遂行する魔法騎士であり、独自に宗教裁判を執行する権利を与えられた聖職者でもあるのだ。
寺院の外から、聖堂騎士の指揮官らしき男がフーケに投降を促してきた。
「アリエステ修道会付き聖堂騎士隊隊長、カルロ・クリスティアーノ・トロンボンティアーノです。神聖なる寺院に立てこもる盗賊に宣告します。すでにこの寺院は完全に包囲されています。騎士とはいえ、聖職にも籍を置く我々は無用の争いを好みません。おとなしく投降しなさい。」
「そうすりゃ、あたしの身の安全を保障してくれるってのかい!?」
大声で言い返すフーケにカルロは柔らかいが断固とした口調で答える。
「あなたが神と始祖の御許に送られるその時までは、保障もされましょう」
投降しても、神聖な寺院から盗みを働いた以上、情状酌量の余地はないということだ。冗談ではない。だが、聖堂騎士の実力は本物だった。フーケ自慢の巨大ゴーレムも、彼らの賛美歌詠唱と呼ばれる合体魔法が生み出した炎の竜に飲み込まれてしまった。侵入、ゴーレム創造、逃走の各過程で魔法を使い過ぎてしまい、彼女に精神力はほとんど残されていなかった。残っているのは、雇い主である亜人にいざという時に使えと渡されたちっぽけな投げナイフだけだった。
「こんなモンでどうしろってんだい。どうせなら、「破壊の篭手」みたいなヤツを寄こしてくれりゃいいのに」
反応を見せない寺院内の賊にしびれを切らしたのか、カルロは背後の聖堂騎士たちを振り返り、自身の杖を楽団の指揮者のごとく掲げた。
「第二楽章、始祖の禊」
聖堂騎士たちが一糸乱れぬ詠唱を開始した。彼らの周囲に数百本の氷の矢が出現する。その尋常ではない魔力を感じ取ったフーケは焦りの表情を見せる。
「こりゃあ……やばいねぇ。寺院の中なら多少、あいつらも加減するかと思ったけど甘かったか……こ、こいつは!?」
フーケが強く握りしめていた投げナイフが、突如光を放ち始めた。この光、どこかで見たことが、そうだ。「破壊の篭手」が放った光に似ている。そう思った瞬間、聖堂騎士たちが放った氷の矢の大群が寺院の壁面を吹き飛ばしてフーケに迫る。思わず、目を瞑り、自身の最期を覚悟するフーケ。
ズオォォォォォォ!!!
だが、数百本の氷の矢はすべて、フーケが握っていた投げナイフの短い刀身に吸い込まれていく。
この投げナイフは、セルがルイズから買い与えられた五本の内の一本だが、デルフリンガーを一度破壊し、ルイズの杖と融合させた際に、その能力を解析したセルが物質出現魔術を応用することで、投げナイフにその能力を転写したのだ。強靭な自意識は転写できなかったが、魔法を吸収する能力はオリジナルを遥かに超えた許容量を備え、さらに吸収した魔法を使用者の魔力に変換する能力をも付与されたナイフは、もはや伝説級のマジックアイテムと化していたのだ。ナイフから供給された魔力によって、一時的ではあるがスクウェアクラスさえ凌駕する力を得たフーケは、不敵に笑った。
「はっははは、あの亜人野郎め! こんな、とんでもないマジックアイテムなら、最初からそう言えってんだい!!」
フーケが自身の足元に「錬金」を発動する。
ゴゴゴゴゴゴゴッ!!
フーケが隠れていた寺院も、聖堂騎士たちが展開していた寺院前の広場も、寺院の周囲数百メイルの区画すべての地面が一瞬で泥状に変化する。複数のスクウェアメイジが同時に「錬金」しても、こんな現象を起こすことは不可能だった。二度の賛美歌詠唱によって、精神力を消耗していたカルロ以下の聖堂騎士たちは、なす術なく泥に飲まれ、なんとか顔だけ出している状態だった。そんなカルロに近付くフーケ。彼女が進む地面だけ瞬時に硬度を取り戻し、泥の上の橋を形成していた。自身の状況が信じられないカルロの額に一枚の紙切れを貼り付けてフーケはその場を後にする。
「それでは、ごきげんよう。お仕事熱心な聖堂騎士の皆様方。また、お会いしましょう」
カルロの額の紙には、こう記されていた。
『カイドネス修道会所蔵の場違いな工芸品、確かに領収いたしました 土くれのフーケ』
断章之参をお送りしました。
フーケさんはしばらくロマリアですので、本編での出番はほとんどありません。
でも、このままフェードアウトはしません……多分。