ゼロの人造人間使い魔   作:筆名 弘

29 / 91
第二十五話をお送りします。

最近は、会話ばかりでセルさんも退屈気味かもしれませんが、今回も会話オンリーになります。

セルさんのストレス解消を考えなければ……


 第二十五話

 

 

 「おおよその話は、控えの間で聞いていました」

 

 ルイズ達三姉妹の母であり、ヴァリエール公爵の妻であるカリーヌ夫人は、晩餐室に入ると、手にしていた羽扇子を閉じた。その容姿は若々しく、とても二十代後半の娘がいるとは思えない。ルイズとカトレアに受け継がれた桃色の髪をまとめた夫人は、公爵その人をしのぐほどのオーラを纏っていた。

 

 

 パチンッ!

 

 

 その音を聞いたエレオノールとルイズが思わず、身体を震わせる。母の機嫌がよくないときの癖だった。ジェロームや使用人たちに至っては、その音を聞くやいなや直立不動の姿勢をとる。

 

 

 ゴンッ

 

 

 運び出されようとしていた公爵が、頭から床に落ちるが、誰も気にしなかった。夫人は、ルイズに向かって言った。

 

 「ルイズには伝えていませんでしたが、エレオノールとバーガンディ伯爵との婚約は、先頃解消されたのです」

 

 「えっ!?」

 

 母の言葉に驚愕するルイズ。長姉に向き直り、泣きそうな声で謝罪する。

 

 「ご、ごめんなさい、姉さま! 私、知らなかったとはいえ、姉さまになんてことを……」

 

 エレオノールは苦笑しながら、ルイズに答える。

 

 「……いいのよ、ルイズ。もう過ぎたことだから」

 

 「姉さま……」

 

 娘達を見つめていたカリーヌ夫人が、ルイズの背後に控える亜人セルに視線を移した。次の瞬間、目を見開く夫人。

 

 (まさか……だが、似ている。三十年前のあの時、私を助けてくれた、あの騎士と共にいた亜人に……)

 

 かつて、夫人が「烈風」の二つ名で呼ばれるよりも、さらに過去のことだった。だが、記憶に残っている亜人とは細部が異なっているようにも見える。夫人がセルに近づきながら、尋ねる。

 

 「ルイズの使い魔だそうだけど、名はなんと言うのです?」

 

 公爵家の最高権威者に問われても、セルはいつも通りの調子で答える。

 

 「私の名はセル、人造人間だ」

 

 「三十年ほど前に、このトリステインに来たことは?」

 

 「えっ、母様?」

 

 母の質問の意図が見えないルイズだが、使い魔たるセルは特段構えることなく答えを続ける。

 

 「私がこの地に来たのは、ルイズによって召喚された二ヶ月前が最初だ。そもそも、私は誕生してより三年しか経過していない。三十年前など影も形もない」

 

 「はあ? セル、あんたって三歳児なの!?」

 

 母が質問の最中にも関わらず、思わず突っ込んでしまうルイズ。

 

 「人造人間である私は、きみたち人間とは、成長速度が異なるのだよ」

 

 「いや、だからって私より十三歳も年下だったなんて……」

 

 セルの答えを聞いた夫人は、しばらく彼を見つめた後、その視線を夫である公爵に移した。彼は未だに意識を失ったまま、床に転がっていた。

 

 「お父様があのご様子では、今夜のお話はここまでね。ルイズ、詳しくは明日の朝にしましょう。いいですね」

 

 「は、はい、母様」

 

 カリーヌ夫人の一言で、その場は解散という流れになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 晩餐室での会合が終わった後、セルが案内されたのは、物置に毛が生えたような粗末な部屋だった。部屋の半分以上が城内の清掃に使うと思われる雑多な清掃用具に占領されていた。残りの半分にこれまた粗末なベッドと机が置かれていた。最も、睡眠も必要としないセルにとっては、どうでもいいことだったが。

 しばらくすると、控えめなノックとともにシエスタが部屋に入ってきた。彼女の頬は若干赤みを帯びており、手には酒瓶を持っていた。

 

 「あ、あの、セルさん。少し、ご一緒してもいいですか?……ひっく」

 

 「かまわん」

 

 セルの答えを聞いたシエスタはベッドに腰掛ける。

 

 「このお酒、お城の方に頂いたんです」

 

 「そうか」

 

 「やっぱり、ヴァリエール公爵家ってすごいですね!このお城も学院よりも大きいですし。わたし、ミス・ヴァリエールがうらやましいです。あの方はなんでもお持ちになっていて……ひっく」

 

 シエスタは酒瓶から直に酒をあおる。頬の赤みもさらに増して行く。

 

 「わたし、タルブっていう田舎の村から出て来たんです。何にも無いのがとりえ、なんて言われるんですけど、とても質のいい葡萄が採れるんです。それに「ヨシェナベェ」っていう郷土料理もおいしいんですよ! ひっく。他にもタルブの祠には、何に使うかわからないけど、とにかく珍しい見たことない珍品が安置されているんですよぉ、ひっく」

 

 「ほう、見たこともない珍品か。興味深いな」

 

 思いがけず、セルが食いついてきたので、シエスタは気を良くしたのか、さらに酒をあおりながら陽気な声で言った。

 

 「じゃあ、今度、二人でタルブに行きましょう! わたしが案内しますから!」

 

 「そうだな。戦争が終結した後にルイズとともにお邪魔するとしよう」

 

 戦争とルイズの名を聞いたシエスタは、顔を曇らせるとさらに酒をガブ飲みする。かなり、酔いも回ってきたのか、目も据わりはじめている。

 

 「おう、こら、セル!」

 

 「なんだ?」

 

 完全な酔っ払い口調のシエスタに、素の返しをするセル。そんなセルに手にした酒瓶を向けてシエスタが、普段からは想像できないドスのきいた声で言う。

 

 「飲め!」

 

 「断る」

 

 口調はともかく、赤らめた頬の美少女メイドに迫られても、我らがセルの不動心は小揺るぎもしない。

 

 「わらしのさけはのめないってのか、あぁん?」

 

 「私は酒は飲まん」

 

 「んじゃあ、わらしをかまえ!」

 

 突然、セルにしだれかかるシエスタ。

 

 「いっつも、いっつも、ルイズルイズルイズルイズって、すこしはわらしにもかまえってーの!」

 

 「……」

 

 当身で落とすか、さすがにセルがそう思った矢先、シエスタの身体が力を失い、ズルズルと下がる。酒瓶を抱えたまま、シエスタは寝息を立て始めた。酔いつぶれたメイドをベッドに寝かしたセルは部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、ルイズはカトレアの部屋にいた。カトレアがつい先日、城近くで保護したと言うツグミを二人で看病していた。ツグミに限らず、カトレアの部屋は様々な動物たちで溢れ返っていた。ルイズが魔法学院の寄宿舎に入る前に、見た時と比べて明らかに増えていた。ツグミの世話を慣れた手つきでこなすカトレアが隣のルイズに問いかけた。

 

 「あなたの意思は固いのね、ルイズ」

 

 「はい、例え家族の誰からも賛同されなくても、私は姫様の力になると決めました」

 

 決意の表情を見せるルイズを眩しそうに見守るカトレア

 

 「強くなったのね、ルイズ。それも自分以外の誰かのための強さだわ。きっと、あなたにも大切な人ができたからね。もしかして……」

 

 「ち、ちがうわ、ちいねえさま! セルはそういうのじゃなくて、なんというか、そのぉ……」

 

 慌てるルイズにカトレアがいたずらっぽい顔で追撃を加える。

 

 「あら、わたしは誰それと言った覚えはないのだけど?」

 

 「あう、ちいねえさまのいじわる……」

 

 頬を染めながら、下を向くルイズ。カトレアはそんなルイズを優しく抱きしめる。

 

 「でもね、ルイズ。エレオノール姉さまも、父様も、母様も、城のみんなも、もちろんわたしもあなたのことを大切に思っているの。だから、必ず無事に戻ってきてね」

 

 「はい、カトレア姉さま」

 

 ルイズの返事を聞いたカトレアは、静かに妹を離すと言った。

 

 「いいお返事だわ、ルイズ。この子の世話も終わったことだし、あなたも自分のいるべき場所へ戻りなさい。あなたと一緒に歩む人の下へ」

 

 「……はい」

 

 部屋を出るルイズを見送るカトレア。突如、胸を押さえ激しく咳き込む。

 

 「……せめて、あの子たちが戦から戻るまでは」

 

 ヴァリエール公爵家の次女カトレア。彼女は原因不明の奇病にその身体を蝕まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セルがヴァリエール城の中層階を歩いていると、通路の反対側からエレオノールが姿を見せた。妹が召喚したという亜人の使い魔を見ると、エレオノールはあからさまに顔をしかめ、敵意を剥き出しにして言った。

 

 「おまえが、ルイズに諸々の悪知恵を吹き込んだのかしら?」

 

 エレオノールの問いには答えず、彼女の身体を上から下まで眺めるセル。その視線にさらに柳眉を逆立てたエレオノールは自身の杖を構えた上で怒声を発した。

 

 「未開の地の亜人風情が、ヴァリエール公爵家の令嬢を舐め回すように視るなど、許されるとでも思っているの!?」

 

 「ふむ、ルイズの長姉だけあって、極めて流麗な容貌と明瞭な声色を持っている。表情には陰りがなく、その肉体は均整がとれており、非常にしなやかだ。王立アカデミーの研究者であれば、名誉職ではあるまい。優秀な頭脳と魔法の才を備えている証だ。そして、このトリステイン王国において王家に次ぐ家格を誇るヴァリエール公爵家の第一子という血統の良さ……」

 

 「な、なにを……」

 

 突然、自分の美点を次々と挙げる亜人に困惑するエレオノール。いつも、使用人や領民、あるいは社交界で聞く、ただ誉めそやすだけの賛辞とは違う客観的評価のためか、エレオノールには新鮮に聞こえた。

 

 「この国において、これ以上の良縁など、望むべくもなかろうに。件のバーガンディ伯爵とやら、よほど特殊な嗜好の持ち主か」

 

 「ち、ちがうわ。ただ、その、「もう限界」と言われて、それで……」

 

 「人間の男女間には、非常に細やかな機微があるとは聞くが、私には到底理解できないな」

 

 「おまえ……随分変わった亜人ね」

 

 エレオノールから、セルに対する敵意は消えていた。はたと気付いたエレオノールが咳払いをしながら、セルに申し渡す。

 

 「い、いまの無礼は、妹に免じて不問としましょう。ですが、今後私の妹、引いては我が家に仇なすことがあれば、ヴァリエール公爵家長女エレオノールの名において容赦はしません! 心しておきなさい!!」

 

 「承知した。では、失礼する」

 

 一切の調子を崩さず、その場を去っていくセルの後ろ姿を見つめるエレオノール。その視線には、敵意ではなく興味が強く出ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ルイズ、こんな所で何をしている?」

 

 セルは中層階のバルコニーのベンチで、毛布を纏ったまま、一人座るルイズを見つけ声をかけた。セルを振り返り、少しうれしそうな顔をするルイズ。

 

 「いま、ちょうど、あんたの事を考えていたの」

 

 「ほう」

 

 セルはルイズの隣に並んで立ち、しばし天空に浮かぶ双月を鑑賞する。沈黙を破ったのは、ルイズだった。

 

 「アルビオンから学院に戻って、ずっとドタバタしていて聞けなかったけど、セルは……私の力が「虚無」の魔法だって、最初から知っていたの?」

 

 自身の隣に立つ長身異形の亜人を見上げながら、ルイズは尋ねた。

 

 「いや、それは知らなかった。だが、きみに力があるとすれば、「虚無」以外にはありえないとも考えていた。何しろ、きみはこの私を、人造人間セルを召喚したのだ。我が主たる者が、系統魔法などという有象無象の者どもと、同じ力しか持たぬ器なわけがないからな」

 

 要は自分がすごいから、その自分を召喚したルイズもすごいだろう、といった程度の論理だった。思わず、吹き出すルイズ。

 

 「ぷっ! 何よ、それ! 遠回しに自分の自慢しているだけじゃない。これだから、三歳児は単純なのよねぇ」

 

 ひとしきり、セルを笑った後、ルイズは正面を見据えて言った。それは、隣にいるセルに聞かせるようにも、自分自身に言い聞かせるようにも感じられた。

 

 「……私は戦争に参加するわ。姫さまをお守りし、このトリステインも叛徒どもから守って見せる。たとえ、そのためにこの手を汚すことになっても」

 

 「その覚悟がある限り、きみの眼前に立ちふさがる敵は、いかなる万神万魔であろうと、この私がすべて退けてみせる、我が主よ」

 

 セルの言葉を聞いたルイズは、少しだけ鼻をすすってから、使い魔に命じた。

 

 「セル、ちょっと座りなさい」

 

 「承知した」

 

 自身のとなりに座った二メイルを超える異形の亜人にもたれかかるルイズ。かすかに甘い声でつぶやいた。

 

 「……当たり前でしょ、あなたは私の使い魔なんだから」

 

 

 

 天空の二つの月から降り注ぐ月光が、バルコニーの奇妙な主従を淡く、照らし出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第二十五話をお送りしました。

今回、あからさまな伏線を張ってしまいましたが、回収できるかは不明です。

次話で帰省編は終了し、そのまま戦争前夜編として、久しぶりの学院の面々が登場します。

ご感想、ご批評をよろしくお願いします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。