ゼロの人造人間使い魔   作:筆名 弘

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第二十八話をお送りします。

原作では好き勝手やってくれた「レコン・キスタ」ですが、本SSではセルを敵にまわしている以上は、もうねぇ……

見事な最期を飾ってもらいたいものです。


 第二十八話

 

 ――ブリミル暦六二四二年アンスールの月、エオローの週、ラーグの曜日、トリステイン王国ラ・ロシェール。

 

 天空の双月が重なり、浮遊大陸アルビオンがハルケギニアに最接近するこの日、トリステイン軍三万を乗せた遠征艦隊は、「レコン・キスタ」討伐のため、アルビオンへの玄関口である港町ラ・ロシェールを出港しようとしていた。国中からフネを掻き集めて編成された遠征艦隊の総数は、二百隻を超えた。その内の三十隻が艦隊の主戦力を担う戦列艦である。残りは小型の偵察船や中型の輸送船で構成され、中には民間の商船を徴用した即席の輸送船も多く見られた。

 トリステイン王国暫定女王マリアンヌとアルビオン亡命政権のジェームズ一世は、巨大な世界樹桟橋の最上部から、無数に伸びた支枝桟橋を出航していく艦隊を見送った。

 

 「朕が、後三十歳若ければ、ウェールズだけに任せず、朕自らの手で叛徒どもに鉄槌を下してやったものを……」

 

 最上部の見張り台に設置された簡易玉座に座りながら、かなりの老齢であるジェームズ一世は、そう一人ごちた。

 

 「お気持ちは、お察しいたしますが、どうかご自重くださいませ。テューダー朝ジェームズ一世、遠征陣中にて没する、などと後世の歴史家に記させるわけに参りませんわ、義兄上」

 

 ジェームズと同じ簡易玉座に座っていたマリアンヌ暫定女王は、年の離れた義理の兄をそう戒めた。アンリエッタの父、マリアンヌの夫である先代トリステイン国王ヘンリ三世はジェームズの実弟だった。

 

 「そなたは変わらぬな。その気概も、その美貌も。そなたを射止めたことこそ、わが愚弟の唯一の功績であったわ」

 

 目を細めながら、そう言ったジェームズは微笑んだ。マリアンヌは、四十をいくばくか過ぎていたが、その美貌は未だ健在だった。

 

 「陛下もお変わりなく。二十余年前、妃殿下も幼い皇太子殿下もありながら、わたくしを舞踏会の場で口説こうとして、わたくしのスナップを利かせた張り手をお受けになった時のままですわ」

 

 すまし顔で言ってのけるマリアンヌの言葉に、さらに大きな笑い声を上げるジェームズ。やがて、笑いをおさめるとゆっくりと玉座から立ち上がり、見張り台の手すりにつかまりながら、次々と出撃していく艦隊に複雑な想いを込めた視線を向ける。

 

 「往ってしまったか、始まってしまったか。朕が無能であるがゆえに、このような戦が……」

 

 マリアンヌも立ち上がり、ジェームズの隣に立ちながら、義兄の方は、見ずに言った。

 

 「もう、賽は振られてしまったのです、ジェームズ一世陛下。どうか……どうか、王にふさわしい威厳を以って、彼らを送り出してください」

 

 ジェームズは、一度目をつぶってから、背筋を伸ばすと年齢を感じさせない威厳に満ちた大きな声で叫んだ。

 

 「ヴィヴラ・トリステイン!! フレイ・アルビオン!!」

 

 マリアンヌが、後に続く。

 

 「ヴィヴラ・トリステイン! フレイ・アルビオン!」

 

 出撃していく各艦の乗組員や、ラ・ロシェールに残る近衛隊がマリアンヌに続いて唱和する。

 

 

 「ヴィヴラ・トリステイン!! フレイ・アルビオン!!」

 

 「ヴィヴラ・マリアンヌ!! フレイ・ジェームズ!!」

 

 

 数万の人々の唱和は空を圧するほどの勢いとなり、二人の最高権力者の胸に迫った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルビオン大陸遠征艦隊総旗艦「ヴュセンタール」号の内部に設えられた大会議室において、遠征軍首脳陣による軍議が行われていた。

 上座には、最高司令官アンリエッタが、王族の一等軍装に身を包み、緊張の面持ちで座していた。アンリエッタの左側には副司令官であるマザリーニ枢機卿が、右側にはアルビオン皇太子ウェールズが座り、下座に向けて艦隊の司令長官や参謀総長、地上軍の将軍などお偉方が席を占めていた。そして、ルイズとその使い魔セルは、アンリエッタのやや後方にオブザーバーとして控えていた。

 

 議題として話し合われていたのは、アルビオンへの遠征軍上陸の際、障害になると思われる「レコン・キスタ」艦隊と、上陸地点の選定についてだった。

 主力艦隊四十隻を失ったとはいえ、「レコン・キスタ」は未だに戦列艦二十隻弱を保有しているはずだった。外征には不足だが、本土防衛には十分な戦力といえた。そして、三万からの大軍を速やかに展開するための港湾設備を有しているのは、王都南部の空軍基地ロサイスか、北部の要衝ダータルネスの二港だけだった。

 

 「やはり、問題は敵艦隊戦力の現在位置と、ロサイスとダータルネス両港の港湾能力の有無でしょうな」

 

 マザリーニの隣に座っていた四十過ぎながら、なかなかの美髯をたくわえた将官が発言した。彼の名はポワトゥー・ヴィエンヌ・ド・ポワチエ大将。トリステイン王軍きっての名将と知られた人物だった。最も数十年の間、大戦を経験していないトリステインに限っての話だが。

 

 「叛徒どもの艦隊規模を考えれば、両港に防衛戦力を配するとは思えません」

 「しかし、我が軍の侵攻を遅らせるために、港湾施設を破壊する可能性が……」

 「まさか、二大港を失えば、彼奴ら自身の首を絞めるだけでは?」

 「ここは、犠牲を覚悟の上で強行偵察を行うしかありませぬか」

 

 将軍達が意見を戦わせている間、じっと待機していたルイズが、ふいに発言する。

 

 「強行偵察の任、私にお任せください」

 

 議場の人々の視線がルイズとセルに注がれる。

 

 「おお! ラ・ヴァリエール公爵のご令嬢ですな。先だっての品評会は拝見いたしましたぞ。殿下の石像を造られた手並みは見事ととしか言いようがありませなんだ」

 

 ド・ポワチエ大将が、立ち上がり、ルイズを誉めそやす。彼をはじめ、幾人かの将軍は来賓として魔法学院の使い魔品評会を観覧していた。アンリエッタも立ち上がり、親友の少女に振り返る。

 

 「……いいのですか、ルイズ?」

 

 「はい、殿下。そのために私はこの場にいるのです」

 

 ルイズの迷いの無い瞳に、若干押されるアンリエッタだったが、深呼吸をすると、ルイズに命じた。

 

 「特務官ルイズ・フランソワーズ、あなたにロサイスへの強行偵察を命じます。敵戦力と港湾設備の有無を確認するのです」

 

 「殿下に捧げし杖に賭けて!!」

 

 

 

 

 

 

 「ヴュセンタール」号の甲板から飛び立ったルイズとセルは、通常の飛行魔法や最高位の竜騎士にも到底不可能なスピードで雲海に消えていった。それを最上部の甲板から見送るアンリエッタとウェールズ。

 

 「ルイズ、どうか無事で」

 

 愛する王女のつぶやきを耳にしたウェールズは、彼女の肩を抱き寄せながら言った。

 

 「心配はいらない、アンリエッタ。彼女たちならば、なにがあろうと任務を達成して戻ってくる、ぼくはそう信じている」

 

 「はい、ウェールズ様……」

 

 愛する皇太子に身体を預けながら、うなずくアンリエッタだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルイズとセルは、数十分の飛行でアルビオン随一の規模を誇る港湾都市ロサイスを眼下に収めていた。飛行中、敵のフネや竜騎士に遭遇することはなかった。最も、通常適正とされる飛行高度よりも数百メイル上空を雲海にまぎれながら超高速で飛行する亜人と少女など、捉えられようがなかったのだが。

 

 「セル、あんたはどう思う? 「レコン・キスタ」は戦力を展開させてたり、あるいは施設を破壊してしまうかしら?」

 

 「おそらく、今の「レコン・キスタ」の戦力はトリステインの司令部が想像しているよりも、はるかに低下しているだろう。主力艦隊を失い、ニューカッスル城では、「アンドバリ」の指輪を失った。王家に忠誠を誓っていた有力な貴族や上級軍人、そしてそれに従っていた錬度の高い兵も多く失ったはずだ。もとより「アンドバリ」という偽りの「虚無」頼りの反乱だったのだ。もはや、奴らの戦力は形骸に過ぎん」

 

 セルの言葉を頷きながら聞くルイズ。ふと、疑問に思っていたことを口にする。

 

 「……ねえ、セル。「レコン・キスタ」の主力艦隊が失踪したのって、ひょっとしてあんたの仕業じゃないでしょうね?」

 

 「……私では、ない」

 

 「ま、そうよね。主力艦隊が失踪したっていわれてる時、あんたは間違いなく私のそばに居たんだし。ごめん、変なこと聞いたわ。」

 

 「……」

 

 二人は降下を開始した。ロサイスの周辺には、戦列艦や偵察船といったフネは全く見られなかった。上空から確認する限りは、港湾施設や市街地にも損傷はないようだった。ルイズがセルに尋ねる。

 

 「敵軍が潜んでいるような「キ」を感じる、セル?」

 

 「いや、ロサイスの周囲には、軍隊が駐屯している様子は感じられない。「レコン・キスタ」はロサイスを完全に放棄したようだ」

 

 セルの言葉にほっとした表情を見せるルイズ。

 

 「なら、第一関門は突破ね。早く姫さまにお知らせしなきゃ。セル、「ヴュセンタール」号に戻りましょう」

 

 「承知した」

 

 ルイズはセルの右腕に掴まり、セルは左の中指を額につけて集中する。アンリエッタの「気」を感じ取ると瞬間移動を発動する。

 

 

 ヴンッ!!

 

 

 二人は一瞬にして、旗艦「ヴュセンタール」号に帰還した。その際、帰還した先のアンリエッタが、ウェールズとかなりいい雰囲気を醸し出していたため、一騒動あったのだが、ここでは割愛する。

 

 特務官の報告を受けたトリステイン軍は全軍を以ってロサイスに急行。報告の通り、もぬけの殻であったロサイスを無血占領し、一兵も損なわずアルビオン大陸への上陸を果たした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 旧アルビオン王国の首都ロンディニウム。国名が変わっても、浮遊大陸アルビオンの首都は変わることはなかった。その首都の南部に荘厳なハヴィランド宮殿は建っていた。宮殿内の円卓議場にて、神聖アルビオン共和国の幹部たちが会議を行っていた。内容はもちろん、侵攻を開始したトリステイン軍にいかに対抗するか、であった。だが、円卓の上座には共和国総議長を務めるオリヴァー・クロムウェルの姿はなかった。彼は、ニューカッスル城の一件以来、「虚無」の力を回復するためと称して自室に引き篭もっていた。主の居ない席を見つめる共和国軍統帥卿ジョージ・ホーキンス将軍は密かにため息をついた。

 

 (今日も総議長閣下は欠席か。「虚無」を回復するためとはいえ、一体いつまで……下手をすれば、二~三日中にもトリステイン軍が我がアルビオンに上陸するというのに)

 

 ホーキンスが議場に目を移すと、そこでは神聖アルビオン共和国の閣僚たちが、口々に己の願望を言い立てていた。

 

 「たとえ、トリステイン軍が襲来しようとも、か、閣下の「虚無」が復活すれば物の数ではない!」

 「さ、左様! このロンディニウムにて、彼奴らを待ち受け一網打尽にすればよいのです!」

 「ガリアよりの来援もあるはず! そうすれば、トリステイン如き小国の軍勢など……」

 「おお! ガリア王国の両用艦隊は戦列艦百隻を優に超える陣容を誇っていると聞き及びますな!」

 

 聞くに堪えん。

 

 ホーキンスは、頭痛を感じ始めた頭を振った。こいつらは、状況を理解しているのか?主力艦隊を失い、空軍に残された戦列艦は二線級の老朽艦ばかり。熟達の仕官や下士官も多く死亡し、どうにか艦隊戦闘を行えるのは、ホーキンス旗下の十隻ほど。地上軍も残存兵力は二万を大きく割り込んでいた。当然、士気も錬度も低い。

 

 (落ち目も甚だしい我らに今更、肩入れする謂れがガリアにあるとでも言うのか)

 

 そもそも、反王権を旗印とする「レコン・キスタ」がハルケギニア最大の王権国家ガリアの支援を受けるなど本末転倒な話ではないか。今や「レコン・キスタ」はハルケギニア全てを敵にまわした様なものだ。クロムウェルの「虚無」が復活するならば、戦いようもあるだろうが、ホーキンスは、その可能性はまずないと考えていた。

 

 (貴族ですらない一地方の司教に、始祖「ブリミル」がその御力たる「虚無」を授けるだろうか。今考えれば、今回の反乱すべてが出来の悪い喜劇だったのかもしれん。いや、我々にとっては悲劇か)

 

 一度、反王権を掲げ、王家を打倒してしまった以上、彼ら「レコン・キスタ」幹部の末路は決定していた。降伏など許されようもなく、捕縛されれば最も苛烈な拷問の末の処刑が待っているのだ。

 

 (私やこいつらがそうなるのは構わないが、兵達に累が及ぶのは忍びない。彼らはただ、上からの命令に従ったまでのこと。なんとか救いたいが、しかし……)

 

 その時、円卓議場の扉が開け放たれ、一人の仕官が転がり込んできた。彼は声を大にして議場の人々に伝えた。

 

 「お、恐れながら、ご報告申し上げます!! 本早朝、トリステイン軍三万がロサイスに上陸いたしました!!」

 

 

 ザワザワッ!!

 

 

 突然の凶報に一層混乱の度合いを深める円卓議場。ホーキンスは瞑目すると、静かに呟いた。

 

 「終わりの始まりか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第二十八話をお送りしました。

本SSのホーキンス将軍やド・ポワチエ元帥(仮)の本名は適当につけたものです。

さて、ポワチエ氏は元帥位を無事に得ることが出来るのでしょうか?(爪を切りながら)

ご感想、ご批評をよろしくお願いします。

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