ゼロの人造人間使い魔   作:筆名 弘

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第三十一話をお送りします。

今話で第三章も終了となります。

ルイズとセルは、あまり出てきませんが。


 第三十一話

 

 

 「これで、終わりですな。」

 

 トリステイン遠征軍副司令官マザリーニ枢機卿は、誰に言うともなく呟いた。隣では、ド・ポワチエ大将が未だに呆然の呈から抜け出せていなかった。マザリーニの視線の先では、トリステイン軍、神聖アルビオン共和国軍の双方から歓喜の唱和を受けるアンリエッタとウェールズの姿があった。マザリーニは、ここ最近急に増えた溜め息をつきながら、これからについて考えを巡らせていた。

 

 (一兵も損なわず、一発の銃弾も砲弾も消費することなく、戦争の勝敗を決することができた。全く以って、万々歳、めでたしめでたし……とはいかんだろうなぁ)

 

 一見、最良の結末にも思えるが、軍上層部にとって今回の戦争は、言ってしまえば、アルビオン大陸への遠征訓練あるいは全軍慰安旅行という有様になってしまった。未だ首都ロンディニウムを占領したわけではないが、間諜の報告では、共和国の意思決定機関である最高評議会は形骸に過ぎず、総議長クロムウェルも、長く公の場に姿を見せていないという。そして今、実質的な最高責任者ともいうべきジョージ・ホーキンス将軍が、降った以上、いまさら残存兵力が抵抗するとは思えない。

 

 (戦闘らしい戦闘がなかった以上、軍部に対する論功行賞など行いようがない。武勲を挙げたとすれば、ヴァリエール特務官と殿下たちのみ……)

 

 軍上層部が、大きな不満を抱くだろうことは想像に難くない。特にド・ポワチエ大将は、かねてより空軍元帥の地位を渇望していた。陸軍元帥であるアルマン・ド・グラモン伯爵への対抗心からだった。ちなみに、ポワチエ大将は若かりし頃、グラモン元帥に意中の女性を三人寝取られていた。

 

 (ホーキンス将軍率いる共和国軍の残存兵力の存在も、頭が痛い)

 

 共和国軍の残存兵力が、ウェールズ皇太子のテューダー朝政権に組み込まれれば、トリステインは、当初予想していたような圧倒的な影響力を行使できなくなる。終戦後の交渉も一筋縄ではいかない可能性が高い。ある程度は譲歩も必要だろう。

 そして、マザリーニが最も危惧していることがある。

 

 (何より読めないのは、ヴァリエール特務官の力を目の当たりにした各国の反応だ)

 

 今回の戦争の発端でもあり、終結の立役者ともなったヴァリエール公爵家の第三息女ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢が見せた超魔法「虚無」。単独で数千から数万の軍勢を無力化する、その威力は始祖の伝説に謳われたとおりの物だった。観戦武官の報告を受けた列強が、どのような反応を示すか。下手をすれば、さらなる戦乱の呼び水となるかもしれない。

 長身異形の亜人セルに抱き抱えられているルイズを複雑な目で見るマザリーニ。その視線に気づいたのか、亜人セルの両目がマザリーニを射竦める。

 

 (うっ……)

 

 マザリーニの全身が総毛立つ。彼の脳裏にかつての師、オスマンの言葉がよみがえる。あの亜人は決して敵にまわしてはならん。トリステインのみならずハルケギニアそのものの存亡に係わるやもしれん、と。セルの視線は、賢しい真似はするな、と告げているようだった。やがて、セルの方から視線を逸らしたため、ほう、と大きな息をつくマザリーニ。

 

 (全く……頭が痛い)

 

 頭痛とともに、胃痛をも感じる枢機卿。彼の老け込み様は止まる所を知らないようだった。

 

 

 「フレイ、アルビオン!! フレイ、プリンス・オブ・ウェールズ!!」

 

 「ヴィヴラ、トリステイン!! ヴィヴラ、アンリエッタ!!」

 

 悩み深き宰相閣下を尻目に、将兵たちの唱和は繰り返しロンディニウム平原に響き渡っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トリステイン遠征軍と神聖アルビオン共和国軍は、轡を並べ共に首都ロンディニウムに入城した。実際には共和国軍の大半は、平原に留め置かれ、武装解除と不時着した戦列艦の応急処置に当たっていた。その援助と監視のため、トリステイン軍も三分の一の兵と戦列艦隊を残していた。

 ロンディニウムの大門は、共和国軍首都防衛師団の手によって内側から解放された。ロンディニウムの市民たちは、歓喜の声とともに彼らの皇太子と、解放者たるトリステイン軍を迎えた。

 ウェールズ率いる親衛隊と、ホーキンスの近衛隊がハヴィランド宮殿に急行するが、宮殿内は、ほぼもぬけの殻であった。最高評議会を構成していた閣僚たちは、直属の部下といくばくかの財宝とともに姿を消していた。ホーキンスがさもありなん、という表情とともに近衛隊に捜索を命じる。あの者たちには、自分と一緒に戦争責任者として断罪の場に出てもらわなければならない。

 だが、後に判明することだが、閣僚たちは平原の会戦が始まるタイミングを見計らい、ロンディニウム郊外の森に密かに建設されていた王族用の脱出施設から、財宝を手土産に逃げ出そうとしていたのだ。ところが、いざ脱出用のフネに搭乗しようとした閣僚たちは、ウェールズとアンリエッタが放った「ディヴァイントルネード」によって、施設やフネごと跡形もなく、吹き飛ばされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ロンディニウム開門の数時間前、ハヴィランド宮殿内共和国総議長執務室

 

 「おおおおお! アンドバリの指輪よ! わたしの「虚無」よ! め、目覚めてくれぇ!! わ、わたしにまた、あの甘美な夢を見せてくれぇ!!」

 

 かつては、アルビオン王ジェームズ一世の主寝室であった巨大な部屋の中心に、王専用の壮麗なベッドが置かれていた。今、そのベッドの上で、最高級の毛布に包まりながら、必死の形相で、自身の右手に嵌めた指輪に懇願しているのは、恐怖に怯える三十過ぎの痩せ男。神聖アルビオン共和国総議長オリヴァー・クロムウェルその人であった。

 ニューカッスル城の一件以来、平民出の地方司教に伝説の「虚無」を与えてくれた「アンドバリ」の指輪は、その輝きを失い、巨大な後ろ盾を整えてくれた秘書ミス・シェフィールドは、行方知れず。もう、限界だった。ただ一時の夢を見ているだけのつもりだった。王以外の誰もが一度は夢想するだろう、自身が王になってみたいという願望。ガリア王国首都リュティスの場末の酒場で始まったのは、終わりのない甘美な夢のはずだった。

 だが、覚めない夢はなかった。自身の粗末な部屋の安普請のベッドの上で目覚められれば、どんなに良かったか。今、彼がいるのは、王の寝室であり、そのベッドの上である。甘美な夢は、最悪の悪夢に変じた。

 

 「ああああ! 始祖よ! 我が敬愛する偉大な「ブリミル」よ!! も、もう、十分ですっ!! わ、わたしは十分に堪能しましたっ!! どうか、私をかつての地方教区の! あの粗末な教会に! お戻しくださいっ!! どうかっ!!」

 

 

 バンッ!!

 

 

 執務室の大窓が突如、開け放たれた。

 

 「ひっ! な、何事だ!?」

 

 毛布を放り出し、飛び上がるクロムウェル。大窓は開け放たれていたが、室内には彼以外は居ない。恐る恐るベッドを降りたクロムウェルは、大窓に近寄る。

 

 

 ズンッ!

 

 

 クロムウェルの身体に衝撃が奔る。彼が自身の右腕を見ると、黒色の斑点を持つ先端が尖った尾のようなものが突き刺さっていた。

 

 「ひっ……」

 

 

 ズギュンッ!!

 

 

 クロムウェルが悲鳴を上げる前に、何かを吸い取る音が響き、彼の右腕が枯れ枝の如く痩せ細る。「アンドバリ」の指輪が指から抜け、床に落ちる。

 

 「ああ……あ……ううぅ……」

 

 右腕のみならず、全身から活力が失われたかのように、その場に座り込むクロムウェル。その目前に異形の存在が舞い降りる。亜人セルの分身体の一体だった。床に落ちた「アンドバリ」の指輪を念動力によって拾うセル。もはや、まともにしゃべる気力すら失ったクロムウェルに、良い声だが、感情を感じさせない平坦さで告げる。

 

 「おまえには、最後の役目がある。この戦争の責任を一身に背負い、断頭台の露となることだ。だが、安心するがいい。おまえに偽りの「虚無」を与えた者共も、いずれ同じ場所に送ってやろう」

 

 セルは、そう言うと静かに浮かび上がり、大窓から飛び去っていく。後には、抜け殻のようになったクロムウェルが残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「レコン・キスタ」討伐戦争、後に「王権守護戦争」と呼ばれた戦いは、終結した。神聖アルビオン共和国総議長オリヴァー・クロムウェルは、執務室において正気を失った状態で発見された。彼が肌身離さず、身に着けていたはずの「アンドバリ」の指輪は、大規模な捜索が行われたものの、発見されることはなかった。正気を失ったクロムウェルに代わり、共和国軍統帥卿ジョージ・ホーキンスが、降伏文書に調印した。ホーキンスは、自身とクロムウェルの命を差し出す代わりに共和国に属した者達への恩赦を懇願した。その言葉を聞いたウェールズ皇太子は、静かに首を振るとホーキンスに命じた。貴官の命は、もはや貴官の物ではない。その命ある限り、アルビオンの全ての民草に尽くせ、と。ホーキンスは罪一等を減じられ、クロムウェルとともに終身刑となる。数年後、特赦にて出獄を許され、新生王立空軍の将軍を拝命することになる。クロムウェルのその後については、出獄の記録は残されていない。

 勝者となったトリステイン王国は、アルビオン王国との間に強固な相互軍事同盟を締結。さらに、港町ロサイスと王都ロンディウムを結ぶ交通の要衝であるサウスゴータ領の割譲を受ける事となった。その他にも、通商条約の有利な改定などをもぎ取ったものの、戦後賠償金については、アンリエッタ王女の強い要望もあり、大幅に減じる事となる。マザリーニ枢機卿が渋い顔をしたのは、言うまでもない。

 

 しかし、大陸四王家にあって、年々国力を減じつつある「小国」と侮られていたトリステイン王国は、単独にて神聖アルビオン共和国を降した事で一躍、大陸屈指の強国として、各国から一目置かれる事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハルケギニア大陸最大の王国ガリア、その王都リュティスもまた、大陸最大の都市であった。その外れに位置するガリア王城ヴェルサルテイル宮殿。広大な庭園にも例えられる宮殿の中心に一際大きな建物があった。ガリア王族が平時を過ごす小宮殿グラン・トロワである。その最奥に位置する国王の私的な謁見の間に一人の男がいた。ガリア王国千五百万人の頂点に立つ唯一無二の王。

 ガリア王ジョゼフ一世である。

 ガリア王族の特徴とされる青色に彩られた髪と髯をたくわえ、その容貌は美丈夫と称されるに足る若々しさを備えていた。その長身からは、とても四十代半ばとは思えないしなやかさをも発していた。ジョゼフは玉座の前に置かれていたチェス盤に夢中となっていた。

 

 「ふむ、反乱の扇動など、つまらない手慰みかと思っていたが、なかなかどうして、面白い結果を導き出すものだ! なあ、余の麗しき女神よ!」

 

 ジョゼフは、盤上に置かれていた黒色の「ビショップ」を盤の下に放り出した。盤上には、白色の「ナイト」「クイーン」「ビショップ」「キング」だけが残されていた。ジョゼフは、「クイーン」の駒を摘み上げ、ブラブラと振る。

 

 「はい、陛下。アルビオンの担い手は、目覚めませんでしたが、まさかトリステインの担い手が目覚めるとは……」

 

 ジョゼフの背後に控えていた黒髪の美女が答える。彼女の額には、ルーンが刻まれていた。クロムウェルを直接扇動した秘書シェフィールドである。彼女が敬愛する真の主こそ、ジョゼフであった。

 

 「はは、老いさらばえた小国に過ぎんと思っていたが、腐っても四王家の一角か。だが、目覚めた担い手が、王家の直系ではないとはな」

 

 「はい、傍流の公爵家の令嬢で、トリステインの魔法学院に通う一学生とのことです」

 

 「ほうほう、学生か! それもトリステインの魔法学院とな? それはそれは! 親愛なる我が姪が留学しているではないか!!」

 

 ジョゼフは、「クイーン」の駒をぶつけ、「ナイト」の駒を倒す。そして、「クイーン」の駒を盤上に戻すと、盤外から黒色の「ナイト」を「クイーン」の隣に置く。

 

 「余の愛しき女神よ! 我が姪に命じるのだ! 首尾よく任務達成の暁には、最大の望みを叶えてやるとな!!」

 

 「かしこまりました、陛下」

 

 恭しく頭を垂れるシェフィールド。ジョゼフが思い出したように問いかける。

 

 「ああ、そういえば、アルハレンドラの老いぼれが、城と領土ごと消え去った件はどうなった?」

 

 「も、申し訳ありません。未だに詳細は判明しておりません。ただ、魔法だと仮定しますと、威力があまりにも桁違いなため、系統魔法や先住魔法とは考えられず、かと言って「虚無」の反応も感知できず……」

 

 恐縮しながら、答えるシェフィールド。主に満足な結果を伝えられないことを気に病んでいるかのようだった。

 

 「ああ、気にするな! 余の可愛い女神よ! 一つ二つぐらいは、不確定要素がなければ面白くないからな!!」

 

 ジョゼフは、陽気な声で言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼロの人造人間使い魔  第三章 王権守護戦争  完




第三十一話をお送りしました。

次話から、また断章をいくつかお送りします。

また、学院の面々が活躍する第三章外伝を中篇にて投稿する予定です。

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