ゼロの人造人間使い魔   作:筆名 弘

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またしても、お待たせしてしまいました。

第三章外伝前編をお送りします。本編第三章では、活躍の場のなかった学院組ですが、まあ、なにかしらの活躍はお見せできるかと。


 第三章外伝 ぼくらのロサイス防衛戦 前編

 

 

 --港湾都市ロサイス。

 

 アルビオン大陸の玄関口として栄える港町であり、大陸最大の空軍工廠を擁する軍事基地でもある。トリステイン遠征軍によって無血占領されたロサイスだが、遠征軍本隊が出撃した今、駐屯しているのは、わずか二百の守備隊と学徒・教職仕官小隊のみであった。叛徒勢力「レコン・キスタ」が建国した神聖アルビオン共和国は、要衝であるはずのロサイスを完全に放棄。首都に篭り、篭城戦の構えを見せているため、トリステイン軍は、ほぼ全軍を以ってロンディニウムへ進攻したのだ。

 元より、戦力として数えられていなかった学徒・教職仕官たちは、重要拠点の防衛という名目を与えられ、ロサイスに留め置かれた。ほとんどの学生や教師は、軍上層部の命令を嬉々として受け入れていた。彼ら自身も、自分達が戦力ではなく、内外へのアピール要員であることを理解していた。さらに、危険な前線に出ることなく、貴族として一種のステイタスともされている従軍要件を満たすことが出来て、運が良かったとさえ考えていた。

 

 

 

 

 

 

 「ああ、愛しのモンモランシー……君に孤独を与えてしまう罪深い僕を、許して欲しい」

 

 学徒仕官のたまり場となっている市庁舎別館二階のバルコニーで、空を見上げながら呟いたのは、ギーシュ・ド・グラモン学徒准尉である。

 

 「ギーシュ、きみのそのモンモランシーシック、いい加減にしてくれないか。毎日聞かされる身になってほしいのだが……」

 

 ギーシュの隣に座っている眼鏡を掛けた少年が、辟易とした顔で言った。

 

 「まあ、いいじゃないか、レイナール。どうせ、することもないんだ。ギーシュのアホ顔を肴に、ワインでも傾けようじゃないか」

 

 「ギムリ、きみはアルビオン産のワインの不味さを知らないのか? とても、飲めたモンじゃない。ましてや、肴がギーシュのボケ面じゃ悪酔い確定だよ」

 

 レイナールと呼ばれた眼鏡の学徒仕官が、逞しい体つきをしたギムリに答えた。トリステインでは、貴族の飲み物といえばワインで決まりだが、アルビオンでは、麦酒が一般的であった。ワインもあるにはあるが、生粋のトリステイン人に言わせれば、別物だった。

 

 「でも、ギムリの言うことも一理あるよ。ぼくたちが、駐屯して二日、共和国軍は影も形もないし、町は平穏そのもの。暴徒どころか、泥棒騒ぎもおきないんだからね」

 

 小太りの学徒仕官マリコルヌが、高台に建つ市庁舎のバルコニーから、市内を見下ろしながら言った。ロサイス市内は、戦時中とは思えぬ賑わいを見せていた。アルビオン屈指の空軍基地を擁するロサイスを、完全な状態で放棄した共和国軍に対しては、トリステイン軍上層部も奇襲や破壊工作を危惧していたが、ヴァリエール特務官とその使い魔による強行偵察と、マザリーニ枢機卿の間諜からの報告から、ロサイス周辺における共和国軍の完全撤退を結論付けた。市庁舎を中心とした市民側も、遠征軍に協力的であり、本隊出撃のための再編成や補給に様々な便宜を図ってくれた。彼らがくつろいでいる市庁舎別館も、仕官宿所として提供を受けたものだ。

 

 「まあ、せっかく受けた士官教育の成果を見せる機会がないのは、残念だけどね……」

 

 「それは、たしかにね」

 

 仲間うちで腕を鳴らす学徒仕官たち。その時、またしてもギーシュが溜め息とともに言った。

 

 「……ああ、ぼくのモンモランシー……」

 

 

 ピクピクッ

 

 

 レイナールたちの眉がひくつく。彼らは、無言で頷き合うと、空気を読まない学友に正当なる制裁を加えんと一斉に飛び掛った。

 

 「……え、き、きみたち一体なにを……ギャァァスッ!?」

 

 ギーシュの悲鳴が周囲に響き渡った。

 

 

 

 

 

 「男子は、元気ね。まあ、暴れたい気持ちは、わたしにもわかるけど」

 

 少し離れた男子たちの席から聞こえてくる悲鳴に耳を傾けながら、赤髪の女学生キュルケが言った。帝政ゲルマニアからの留学生である彼女は本来であれば、トリステインの戦争に従軍する謂れは全くないのだが、本国からの命令によって留学生仕官としてロサイスに駐屯していた。ギーシュたち学徒仕官以上のアピール要員である彼女だが、火メイジとしての情熱的な気性から、前線での活躍を期待していたのだ。

 

 「……」

 

 キュルケの隣には、青髪の小柄な少女タバサが自前の本を開き、それに熱中しているように見えた。

 

 「タバサ、あなたが本好きなのは、知ってるけど、まさか従軍先にまで持ってきてるなんてね」

 

 本の内容に没頭しているのか、タバサからの答えはなかった。仕方なしにキュルケが視線を移すと、バルコニー前の廊下を見知った顔が大荷物を背負って横切るところだった。

 

 「あ、ちょっとごめんね、タバサ」

 

 親友の少女に一声かけてから、キュルケは席を立ち、大荷物を背負った人物を追いかけた。

 

 「ミスタ! ミスタ・コルベール!」

 

 「うん?」

 

 キュルケの声に振り返ったのは、巨大なリュックを背負い、秀でた頭に汗を光らせるコルベールであった。

 

 「おや、ミス・ツェルプストー。どうかしたのかね?」

 

 「いえ、ミスタがすごい荷物を担いでいらしたので、どうなさったのかと」

 

 「ああ、これかね? よっ……と」

 

 コルベールは、苦労しながら下ろしたリュックの中を探ると、手にすっぽりと入る大きさの箱を取り出した。箱の全ての面には小さな穴が開けられていた。思わず首を傾げるキュルケ。

 

 「これはね、私の発明品の一つで、名付けて「しらせるくん」というんだ。この小さな穴から、直線の「ディテクトマジック」が発射され、同一線上の別の箱の穴に入射されることで一つのラインを形成する。メイジが、そのラインを通過すると、箱内の打ち上げ花火に着火して、敵の接近をしらせてくれるんだ。まあ、鳴子みたいなものだね」

 

 「は、はあ……」

 

 自身の発明品を嬉々として説明するコルベールに生返事を返すキュルケ。

 

 「ところで、ミスは、この町の西側の草原を見たかね?」

 

 「え、西の草原ですか? いえ……」

 

 「あの草原の草は、ミカクシソウといってね。今の時期は、二メイル近くまで、成長している。本来なら一面刈り取られているはずなんだが、戦時中のせいか手付かずなんだ。草原の先にある森までを考えると、千人以上の軍隊が隠密にロサイスに接近することが可能なんだ」

 

 「では、それを防ぐために、その、えーと、発明品を?」

 

 「そういうことだね。まあ、何事もないのが一番だが、わたしたち教師は、きみたち生徒を守らなければならないからね。出来ることはやっておきたいんだ」

 

 そう言ったコルベールは、キュルケが知っている彼とは、何かが違っていた。自分と同じ火メイジであり、「炎蛇」という勇壮な二つ名を持ちながら、戦を忌避していた軟弱者。だが、今のコルベールからは、強い信念のようなものが感じられた。思わず、キュルケが言葉にする。

 

 「……変わられましたわね、ミスタ」

 

 「そうかね」

 

 「ええ、火の見せ場は戦いだけではない、とおっしゃっていたミスタとは、どこか違いますわね」

 

 「はは、ある人に言われてね。おまえは、何当たり前のことをいっているんだ、とね。あ、いや、人じゃないのか……」

 

 頭に手をやり、照れながら話すコルベール。ふと、引き締まった顔つきになると、キュルケに言った。

 

 「わたしの本懐は、生徒たちを一人も損なわず、守りぬくことだ。もちろん、きみもだ、ミス・ツェルプストー」

 

 「は、はいっ」

 

 コルベールは、リュックを背負いなおすと市庁舎の階段を降りて行った。その背を見送るキュルケは、自身の胸中に生まれた熱を自覚していた。

 

 「……まさか、あの人になんて、ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バルコニーで本に没頭しているように見えたタバサだったが、さきほどから本のページは、全く進んでいなかった。彼女はずっと、あることを考えていた。それは、二日前。

 

 

 

 ロサイス軍港の大型戦艦用ドックでは、一時間後に迫った艦隊出撃の準備のため、整備員や甲板仕官が鬼気迫る表情で走り回っていた。タバサを含む学徒仕官たちは、艦隊総旗艦「ヴュセンタール」号の歓送のため集められていた。しかし、一部のフネの艤装に問題が発生したため、準備は押し気味だった。タバサは、他の学徒仕官たちとは離れた場所で、持ち込んだ本を読んでいた。その彼女に一人の男が音もなく近付いた。タバサが接近に気付いた時には、すでに目の前にいた。かなりの凄腕のようだ。

 

 「北花壇騎士タバサだな。わたしは、バッソ・カステルモール。ガリア東薔薇騎士団上級騎士長にして、ガリア王国観戦武官だ」

 

 そう名乗ったのは、二十代前半の若い騎士だった。ぴんと張った髯が凛々しい。ガリアの花壇騎士と聞いたタバサは、全身に緊張を漲らせる。

 

 「……」

 

 「わたしは、丸腰だ。おまえに話がある。ついてこい」

 

 基本的に、敵対国以外の観戦武官は、最上級の外交官として扱われるが、暗殺等を防ぐため、杖の携帯は禁じられていた。さらに、マントを拡げて非武装であることを示すカステルモール。タバサがかすかに頷くと、二人で放棄されているドックに移動する。

 

 「ここなら、問題あるまい」

 

 カステルモールは、そう言うとタバサの前に跪き、臣下の礼をとる。

 

 「ご無事のご尊顔を拝し、恐悦至極に存じます、シャルロット殿下」

 

 無表情のタバサが、わずかに目を見開く。シャルロット、それは捨て去った彼女自身の名だった。今のガリアで、タバサをそう呼ぶのは、オルレアンの屋敷に残った数人の使用人だけのはず。

 

 「……あなたは?」

 

 「今は亡きシャルル殿下に、永遠の忠誠を誓いしオルレアンの騎士でございます。シャルル殿下を、あの無能王の魔手より、お守りできませなんだこと、シャルロット殿下にいかにお詫び申し上げればよいか……」

 

 そう言ってカステルモールは、全身を震わせた。唯一無二の主君と仰いだオルレアン公シャルルを守れなかった無念は常にカステルモールを苛んだ。

 

 「ですが、シャルロット殿下は、我が命に賭けて、必ずやお守りいたします。これは、わたしの一存ではございません。東薔薇騎士団及び東百合騎士団は、団長以下全員がシャルロット殿下への忠誠を誓っております。また、地方の有力軍閥や一部の自治都市からも、決起への内諾を得ております」

 

 カステルモールの口調に熱が篭る。逆にタバサは、状況を冷静に分析しようとしていた。いかに杖を取れば、北花壇騎士として数々の修羅場を潜り抜けた自分でも、十五歳の少女に過ぎない。単純な戦闘力でいえば、目の前のカステルモールにも及ばないだろう。もっと、もっと自分は力と知識を身に着けなければならない。強くならなければならない。

 

 だが、どこまで強くなればいい?

 

 父の仇である伯父王ジョゼフを殺し、失われた母の心を取り戻すには。タバサの冷静な部分は、カステルモールをはじめとする父の遺臣の力を借りるべきだと訴えているが、彼女の幼い部分が、自分の手で仇を討ちたい、他人を巻き込みたくない、とも訴えていた。

 

 「殿下! 殿下の御下知さえ頂きますれば、我ら一丸となって、かの王位簒奪者の首を殿下の御許に!」

 

 「……今は、トリステインとアルビオンの戦争中」

 

 タバサの冷静な一言に、我にかえるカステルモール。恥じ入ったように平伏し、タバサの手を取り接吻した。

 

 「申し訳ございません。わたしとしたことが、余りにも性急でありました。ですが、我が忠誠は、始祖に誓って、殿下だけのものでございます」

 

 音もなく、ドックから去るカステルモール。タバサは、心配したキュルケが探しに来るまで、無人のドックに一人佇んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ふ~う、これで、よしっと」

 

 最後の「しらせるくん」のセットを完了したコルベールが、額の汗をローブの袖で拭った。ロサイス西側のミカクシソウの草原を横断する形で配された二十個の「しらせるくん」がディテクトマジックで結ばれる。メイジか、メイジの魔法がラインを通過すれば、その間の「しらせるくん」の箱から打ち上げ花火が轟音とともに発射される。ロサイスの東側は、見晴らしのよい平原が広がり、北側は王都への街道が延びている。無論、南側は大陸の縁であり、フネか竜騎士でもなければ上陸は不可能だ。西側の草原の先には、深い森が広がっており、千人規模の軍隊が身を潜めることができた。

 

 「まあ、ミス・ヴァリエールとセルくんが、偵察を行った以上、そんな大規模な部隊が潜んでいるわけはないんだがな……」

 

 軽くなったリュックを背負い、ミカクシソウの草原を抜けたコルベールは、すっかり紅に染まった空を見上げた。

 紅い、とても紅い夕暮れだった。

 

 「……いやな空だな。あの日を思い出す」

 

 忌まわしい記憶を振り払うように、頭を振り、コルベールは市庁舎別館に急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 --ロサイス西部ブーベイルの森。

 

 地元の人間もまず足を踏み入れない深い森のロサイス側に、自然に出来た広場のような場所があった。広場には、多くの人間が集まっていた。数百人はいるだろうか。全員が、鎧兜に身を固め、剣や斧を携帯し、中には杖を腰から下げている者もいた。それらと相対するように、さらに十数人の人間がいた。こちらは革製の使い古したコートを纏っていた。

 

 「毎回とはいえ、この臭いには慣れませんぜぇ」

 

  コートの一人が鼻を押さえながら言った。確かに広場には、形容しがたい臭いが充満していた。生き物が焼ける臭いであったが、豚や牛といった家畜ではない。人間が焼ける臭いだった。

 

 「おまえの鼻は腐っているのか? 生物が燃え尽き、最後に放つ香り。これ以上のものが、この世にあるか」

 

 コートの集団の先頭に立つ男が、人間が焼ける臭いに恍惚となりながら、自身の部下に言った。男は、年の頃は四十過ぎだが、コートの下からのぞく肉体は鍛え抜かれており、年齢を感じさせない。右手に下げている杖は、無骨な長い鉄棒だった。何より目立つのは、彼の顔の傷跡だった。黒い布で左目を覆い、右目から頬にかけて大きな火傷あとが刻まれていた。

 

 「さて、おまえたちの隊長たちは炭になった。仕方ないから、次の隊長は、オレがやってやろう。文句のある奴はいるか?」

 

 彼の名はメンヌヴィル。「白炎」の二つ名を持つ凄腕の傭兵メイジである。彼の背後に控えるのは「白炎中隊」と呼ばれる傭兵隊である。わずか十数人で、敵の中隊を全滅させたという伝説を持つ。そして、メンヌヴィルたちにすっかり萎縮してしまっている数百人の軍人と思しき集団は、「レコン・キスタ」の逃亡兵たちであった。「レコン・キスタ」最盛期に参加した者達だったが、ニューカッスル攻城戦以降、日に日に勢力を減退させていく本丸に見切りをつけ、陣中から逃亡したのだった。やがていくつかの部隊も合流し、ブーベイルの森に辿り着いた時には、総勢三百人を超える規模になっていた。

 

 「……」

 「……」

 「……」

 

 それまで、指揮をとっていたメイジ崩れの隊長たちが、三十秒かからずに炭化する様を見せ付けられた逃亡兵部隊は、黙って恭順の意を示すしかなかった。

 メンヌヴィル率いる白炎中隊も、神聖アルビオン共和国に雇われており、契約した評議会閣僚から、ロサイスの撹乱任務を受けていた。さすがに三万の遠征軍本隊が駐屯していては、手の出しようがなかったが、幸いにも全軍を挙げてロンディニウムへの進攻を選択してくれた。メンヌヴィル達も、自身の雇い主の命運が尽きていることは承知している。前金はもらっているので、ロサイスで最後の一稼ぎをしてから、アルビオン大陸からおさらばする心積もりであった。同じことを考えていただろう逃亡兵部隊に接触した彼らは、いつものやり方で主導権を握り、逃亡兵部隊を捨て駒にする算段をたてた。

 

 「今回の戦じゃあ、大して燃やせなかったからな。最後は盛大にいきたいもんだなぁ!」

 

 そう言って笑ったメンヌヴィルは、火傷にひきつる自身の顔を撫でた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 --同時刻、ロサイス上空千二百メイル。

 

 日が暮れようとしていた港湾都市ロサイスをはるか高空から、睥睨する存在があった。それは、人造人間セルの分身体の一体だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第三章外伝前編をお送りしました。

……もう、どのくらいルイズを書いていないのだろうか。

次話は、外伝後編の予定です。それが終われば、ようやく第四章に……

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