ゼロの人造人間使い魔   作:筆名 弘

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お久しぶりです。第四章 無能王 第三十二話をお送りします。

実に久しぶりにルイズとセルを書くことが出来ました。




第四章 無能王
 第三十二話


 

 

 --「王権守護戦争」

 

 旧アルビオン王国の要請を受けたトリステイン王国と旧王制を打倒した神聖アルビオン共和国との戦いは、トリステイン王国の勝利によって、その幕を閉じた。アルビオン王国テューダー朝は、トリステインの援助の下、再興されることとなったが、その前途は芳しいものではなかった。共和国の前身である反王権貴族連盟「レコン・キスタ」による内乱とそれに続く「王権守護戦争」によって、国内貴族の実に六割が、その命を失ったのである。生き残った各家の嫡子も相続年齢に達していない者が多く、支配階級の人材枯渇は、ウェールズ立太子率いる新政権の泣き所となった。

 

 戦争の勝者であるトリステイン王国も、アルビオンから割譲を受けたサウスゴータ領の総督人事に苦心していた。アルビオン大陸の物流や交通の要衝であるサウスゴータの総督は、名誉の面からも、利権の面からも、トリステイン貴族にとっては、垂涎の的であったが、これという適任者がいなかった。本来であれば、戦役における論功行賞の最上位者が総督として充てられるはずだったが、予想を遥かに上回る特務官ルイズと、ウェールズ、アンリエッタの両王族の活躍を前にしては、さしも厚顔無恥な軍上層部を構成する貴族たちも、自身の立候補を声高に主張することはできなかった。

 当面は、愛するウェールズの助けとなるため、遠征軍の三分の一とともにアルビオンへの長期滞在を決めたアンリエッタ王女が、臨時総督となり、マザリーニ枢機卿が総督代行として実務を担当する形を取ることとなった。

 

 マザリーニ枢機卿兼総督代行閣下のため息と酒量が、増大したのは、言うまでもない。

 

 

 残る大陸四王家の一角であり、最大の王国ガリアは、トリステインとアルビオンの双方に戦勝祝福の特使を派遣し、両国の栄誉を称えた。表向きは。

 ロマリアもまた、教皇の御名において、両国への祝報を贈り、さらに始祖の「降誕祭」に合わせて、戦勝を祝うミサの開催を提案してきた。その前準備のため、宗教庁の肝いりで一人の助祭枢機卿が派遣されることとなった。

 四王家以外の強国たる帝政ゲルマニアは、一躍勇名を馳せる事となったトリステインに対抗するかのように、首都ヴィンドボナにて大規模な観艦式を挙行する旨を発表した。

 

 四王家中の「小国」と侮られていたトリステイン王国の躍進と「強国」として畏れられていたアルビオン王国の衰退は、長らく停滞してきたハルキゲニア大陸の時流を大きく動かすことになる。

 

 

 その端緒となった、一人の少女と一体の使い魔は、今。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 --ラドの月へイムダルの週ダエグの曜日夜、トリステイン王国首都トリスタニア王宮内近衛特務官専用居室。

 

 「あ~もう、限界だわ。もうたくさんよ! 毎日毎日、祝宴やら戦勝会やら……」

 

 部屋に戻ってきた少女は、桃色の髪を束ねていたバレッタを引き剥がすと、そばに控える亜人の使い魔に投げ渡した。

 ルイズである。普段の学生服ではなく、「フリッグの舞踏会」さながらのドレス姿だった。彼女は、王宮退役軍人会主催の戦勝祝賀会から戻ってきたところであった。ちなみに昨日は、王宮審議院主催の祝宴園遊会、一昨日は、宮廷貴婦人会と魔法衛士隊本部共催の戦勝記念舞踏会に主賓として出席していた。

 

 

 「王権守護戦争」終結から、約一か月。ロンディニウム平原の戦いで、意識を失ったルイズは、一週間眠り続けた後に何事もなかったように目覚めた。覚醒したルイズの心身に問題は見られなかったが、大事をとって学徒小隊とともに帰国した。

 帰国後、ルイズの周囲の状況は、大きく様変わりしていた。今の彼女に与えられている二つ名は「ゼロ」ではない。曰く「救国の英雄」、曰く「トリステインの戦乙女」、曰く「蒼光纏うルイズ」。戦役終結に多大すぎる貢献を果たした彼女は、今や紛れもないトリステインの英雄であった。戦中は、従軍のために最高司令官直属特務官という特別官位に就いていたルイズだが、現在の彼女の肩書は、トリステイン王家直属近衛特務官である。それは、軍部から完全に独立し、独自の裁量権をも許されるという異例の官職であった。最も、その地位を与えたアンリエッタ王女は、誰よりも信頼を置く幼馴染の功績に報いるために、当初は割譲されたサウスゴータ領を公国化し、ルイズを初代女公に封ずる事を構想していた。ルイズが挙げた戦果を考慮すれば、決して過大すぎる褒賞ではなかったとはいえ、軍部や宮廷貴族からの反発、マザリーニの説得、なによりルイズ自身が固辞したため、サウスゴータ公国初代女公ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・サウスゴータは、幻の存在となった。

 

 「ルイズ、留守の間に「いつも」の書簡が、また二十ばかり届けられたが」

 

 バレッタを受け取りながら、念動力によって主のドレスを脱がし、寝間着に手際よく着替えさせた長身異形の亜人セルが、報告する。ルイズは、さらにげんなりとした表情を見せる。

 

 「また? もう縁談話も、いい加減にしてほしいわね」

 

 元々、国内屈指の名門貴族の三女であるルイズには、折を見て種々の縁談が持ち込まれていたが、戦役終結後は、日々何十という縁談話や見合い話が届くようになっていた。中には、ヴァリエール公爵家にも比肩し得る由緒正しい名門貴族の齢七十の老当主が、後添えにぜひにという話や生まれて二か月の当家の嫡子を婿に、などという話もあって、ここ最近のルイズの頭痛の種であった。

 

 「名門貴族の子弟となれば、トリステインに限った話ではないだろう。まして今のきみは、国を救った英雄なのだからな」

 

 「政略結婚は、貴族の習い。わたしだって、そのくらいわかってるわよ。でも、姫様を見てるとね……」

 

 ベッドに横になりながら、ルイズは言った。貴族どころか王族の女性ともなれば、婚姻に自由意志など存在するわけがない。いわんや恋愛結婚など、夢のまた夢である。しかし、ルイズの幼馴染であるアンリエッタ王女は、多くの困難を乗り越え、真に愛する人と添い遂げようとしていた。ルイズには、そんな王女が、とても眩しく映っていた。

 

 (わたしも、十六歳。貴族として、正式に婚約とかするのは早過ぎるとは言えないけど……わたしも、いつか母様のように結婚して家庭を持つようになるのかしら? あれ、わたし、なにか忘れてる? まあ、いいわ)

 

 ルイズは、ベッドの上から使い魔セルの様子を伺う。

 

 (もし、わたしが婚約とかしたら、セルはどう思うのかしら?)

 

 セルの召喚から、およそ五ヶ月。常にセルとともに居たルイズだが、ここ二週間ほどは、日中は宮廷行事への参加が重なり、就寝前にしか使い魔と言葉を交わすことができなくなっていた。ウェールズ立太子やマザリーニ枢機卿の進言により、ルイズが「虚無の担い手」であり、セルが「虚無の使い魔」であることは、公には伏せられていた。そのためセルは、亜人の使い魔としか宮廷では認識されておらず、王宮内では、ルイズの居室で待機する他はなかった。

 ルイズが、何か言おうとする前にセルが先に声をかけた。

 

 「ところでルイズ。ここ最近、祝宴や晩餐会が続いているが、食事には気を付けた方がいい。菓子類の過剰摂取は、きみの健康と体型を損なう可能性がある」

 

 ギクッ

 

 思わず、上半身を起こすルイズ。確かに王宮での晩餐会では、毎回贅を凝らした食事が大量に用意されている。タバサのような健啖家とは違い、食の細いルイズは、メインディッシュなどより、スイーツやフルーツのようなデザードを多く口にしていた。特に今日の祝賀会で饗されたクックベリーパイは、正に絶品であり、ルイズは、都合六個のパイを平らげていた。

 

 「な、な、なんであんたにそんなことがわかるのよ!?」

 

 「視れば、わかる」

 

 セルの視線が、ルイズの下腹部に移る。それを避けるように背を向けたルイズが、そっと自身の下腹を指でつかむ。

 

 

 ムニ

 

 

 「が、がはっ!?」

 

 今はまだ贅肉ではないが、ルイズは自身の皮下脂肪に、わずかながら好ましくない変化を認めざるを得なかった。それを見透かしたようにセルが言った。

 

 「兆候を捉えた時には、すでに手遅れという病も少なくない。だが、ルイズ、きみは若い。今からでも食生活を改善すれば、最悪の破局は免れるだろう」

 

 「そ、そ、そうね! わ、わたしの肢体には、な、何の問題もないけど、使い魔の助言には、真摯に耳を傾けるのが、良きご主人様ってものよね!!」

 

 まくしたてたルイズは、毛布をひっかぶった。

 

 「じ、じゃあ、わたしは寝るから! 明日からは、ようやく学院に戻れるから、ちょっと早めに起こしてよね、セル!」

 

 「承知した。おやすみ、ルイズ」

 

 「……おやすみ、セル」

 

 アルビオン戦役は、魔法学院の夏休み期間と被っていた為、従軍したルイズと学徒小隊には、特別休暇が与えられた。最も、帰国から数日で学院に帰還を許されたはずの小隊の学生達とは違い、英雄であるルイズは二週間以上、王宮に留め置かれていたため、明日の虚無の曜日からが、本来の休暇となっていた。

 部屋の明かりが消えてしばらくすると、ルイズは寝息を立てはじめた。その寝顔をしばし見つめるセルの背に、低い男の声がかけられる。

 

 「今度は、どうやって嬢ちゃんの力を引き出そうかって考えてんのかい、旦那?」

 

 「何のことだ、デルフリンガー?」

 

 セルに声をかけたのは、室内のテーブルの上に置かれていたルイズ愛用のインテリジェスロッド、デルフリンガーであった。

 

 「だから、質問に質問で返すなっての。アルビオンでのドンパチで、嬢ちゃんは自前で「虚無」の魔法を編み出しちまった。あんたには、これがどんだけとんでもないことか、わかんねえだろうなぁ。まあ、オレにもおぼろげにしかわからんけどよ」

 

 「……」

 

 「それでも、あんたは満足しちゃいねぇ。オレには、そう思えてしょうがねぇんだよ」

 

 「ルイズが就寝中だ。黙れ」

 

 「はいはい、役にたたねぇ杖は黙りますよっと」

 

 

 

 

 使い魔と杖の会話が途切れてから、凡そ二時間。セルは、テーブル上のデルフリンガーを握り、自意識を遮断すると瞬間移動によって姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 --王都トリスタニアの上空二千メイル。

 

 

 ハルキゲニアの高空に四体の異形の存在が浮遊していた。人造人間セルと三体の分身体である。本来であれば、四体の姿は寸分違わず、同一のものであったが、ガリアに派遣された分身体のみは、イザベラによって召喚された際に第二形態に変化していた。

 

 

 彼らは、定期的に参集して、記憶と情報を並列化していた。セルたちは、あえて並列化した情報を口に出すことで分析、比較、推論を重ねていた。

 

 「やはり、イザベラの力は「虚無」に間違いないということか?」

 

 「第二形態への変化に関しては、未だに不明だがな」

 

 「ルイズとの相違は、何故だ?」

 

 「担い手は、始祖の系譜に連なる四王家に発現する」

 

 「ルイズの覚醒が先だった為に、イザベラの覚醒は不完全だったのか」

 

 「そもそも、担い手が同時に複数覚醒することは考えられないだろうか」

 

 「では、ガリアには、すでにイザベラと私以外の担い手と使い魔が存在しているのか?」

 

 「可能性は高い」

 

 「アルビオンは、どうか?」

 

 「現状では、ウェールズの可能性が最も高いだろう」

 

 「ロマリアについては、フーケの報告がまもなく入る。結果によっては、私自身がロマリアに赴く」

 

 「ゲルマニアは、始祖の系譜から外れた国ではあるが、アルビオン以上に火種が多く存在する。噛ませ犬として利用できる」

 

 「大陸東方の砂漠地帯に居住する亜人種の動きも活発になっている」

 

 「エルフだったか」

 

 「あるいは、四王家を纏めるために使えるかもしれん。今しばらくは、監視のみでいいだろう」

 

 

 「……今回は、ここまでだな」

 

 

 本体の言葉を受けた三体の分身体は、瞬間移動によって各々の持ち場に戻っていった。

 セル自身も、仕えるべき主の下へ戻るために、彼女の「気」を探ると、その場から消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第三十二話をお送りしました。

最後のセルたちの会話は、完全な独り言です。

次話では、学院に戻ったルイズたちの前に……

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