この話を執筆中に思ったのですが、よくセルはトランクスから、奪ったタイムマシンに乗る気になったなあ、と。
使い方とか、わからないだろうに……
アニメだと、スイッチ一つで時間旅行に行ってましたが。
―-ガリア王国サン・マロン。
王国最大の軍港施設を有し、大陸最強を誇るガリア両用艦隊の根拠地を兼ねる海運都市である。
その日、郊外の軍事施設の中でも、最も新しく、最も大きな施設の専用桟橋に巨大なフネが接岸しようとしていた。施設周辺を警備していた歩哨が、そのフネの威容を見上げながら、同僚の歩哨に言った。
「おい、見ろよ。「王弟」じゃねえか」
「その呼び方、やめとけよ。「シャルル・オルレアン」号だろうが」
今は亡きガリア王弟オルレアン公シャルルの名を冠した「シャルル・オルレアン」号は、王室の座乗艦であり、両用艦隊の総旗艦を兼ねる大型戦艦である。全長は百五十メイルほどで、大きさこそ、アルビオン空軍の「レキシントン」号に劣るものの装備された砲門は、両舷合わせて二百四十門を誇る。「レキシントン」号が失われた現在、ハルケギニア最強のフネと呼べる存在であった。
「ありゃあ……国王旗を掲げてやがるぜ」
視力が自慢の歩哨が、巨大な船体の最上部に翻る旗を確認する。国王旗の掲揚が意味するところは、一つ。
「無能王陛下のご来臨か……何しに来たんだか」
「オレらみたいな下っ端にゃ、関係ないべ」
歩哨たちを尻目に専用桟橋に接岸した「シャルル・オルレアン」号から、フネの主であり、軍の最高司令官であり、国の全てを統べる男が姿を見せる。桟橋周辺で待ち構えていた軍楽隊が、一斉に歓迎の音楽を掻き鳴らす。
ガリア王国国王ジョゼフ一世の行幸であった。
「待てん! もう、待てんぞ! 作成に取り掛かってもう一年だ! いい加減、成果という物を見せてもらわんとな!」
「実験農場」と呼ばれる巨大な施設に入ったジョゼフは、施設内の廊下を大股で進みながら、大声で言った。小走りについて行く研究者風の痩せ過ぎの男が恐縮しながら、言い訳めいた言葉を吐く。
「お、お怒りは、重々承知いたしております、陛下。さ、されど、か、改良には、い、一応の目途がついておりまして、その……」
男の言葉を無視したジョゼフは、建物内の最重要施設に足を踏み入れる。そこでは、数多くの人間がせわしなく動いていた。メイジ風の研究者や技師、いくつもの鍛冶場で鉄を精錬する鍛冶師など、職種も様々だ。突然、現れた国王の姿に呆気にとられる作業員たち。それらも無視したジョゼフは、施設の奥に鎮座しているモノに視線を向ける。
「ほほう、これか……」
三十メイルはあろうかという天井スレスレの高さに屹立していたのは、巨大な鎧を纏ったゴーレムだった。なんとか、ジョゼフに追いついた男が、必死に自身が造り上げたゴーレムの改良点を並べ立てる。
「そ、その、う、腕回りの可動域に関しては、い、以前と比較して二割ほど向上しまして、あ、足回りの可動域とそ、装甲板との干渉についても、か、改善を……」
「動かせ」
簡潔にジョゼフが命じる。男の顔面に冷や汗がどっと溢れ出る。
「お、お、畏れながら、陛下。よ、「ヨルムンガンド」は、か、限りなく完成の域に近づいてはおりますが、ま、万が一にも陛下の御身に、き、危険が及びましては、如何ともし難く……」
「……もう一度だけ、言う。動かせ」
顔だけを開発主任の男に向けたジョゼフが、猛禽類の様な笑みを浮かべながら、言った。
「ひぅ……か、か、か、かしこまりました」
あわや、失神しかけた開発主任は、こわれた人形のように首を上下させると、作業員たちに稼働準備を命じた。
ゴゴゴゴゴゴゴ
起動した「ヨルムンガンド」が、目の前に据えられた専用の大剣を手に取ろうと腕を伸ばす。全長二十五メイルに及ぶ巨体を持つゴーレムとは思えぬ滑らかな動きだった、が。
ギャギャギャギャッ!!
大剣を掲げるために下半身に重心をかけたとたん、すさまじい金属音が施設内に響く。下半身を覆った装甲板とゴーレムの足部が干渉していたのだ。
「止めろ。うるさくてかなわん」
大半の作業員が耳を塞いでいる中、平然とした様子のジョゼフが手を振りながら、言った。大剣を手にした状態で停止する「ヨルムンガンド」。その下半身からは、干渉によって生じた摩擦熱から、煙が発生していた。大きくため息をつくジョゼフ。
「……施設ごと処分か? 人間も含めてな」
「あ、あ、あ、あの、その、へ、陛下、な、な、何卒……」
ジョゼフの言葉に全身を震わせながら、尚、言い訳を続けようとする開発主任。そこに、涼やかな声が割って入る。
「どうか、お待ちくださいませ、ジョゼフ様」
現れたのは、漆黒のローブを纏った美女、シェフィールドだった。自身の使い魔を見たジョゼフは、相好を崩すと鷹揚に笑いかける。
「おおう、我が愛しのミューズよ! 今までどこに行っていたのだ? そなたが居なければ、余の周りはすべて退屈で塗りつぶされてしまうというのに」
「我が身に余るお言葉、光栄の極みですわ、ジョゼフ様」
普段の冷徹さからは、想像も出来ない至福の笑みを浮かべながら、主たるジョゼフに応えるシェフィールド。懐から二つの拳大ほどの石を取り出し、ジョゼフに差し出す。
「ほう、土産か? 余のミューズよ、これは何だ?」
「風石と火石の結晶にございます。我が一族が、かつてエルフどもより奪った数少ない戦果でございます」
「……これが、伝説に謳われる結晶石か。この風石一つに大型戦艦十隻以上を浮遊させるほどの魔力が秘められているとはな」
シェフィールドから、風の結晶石を受け取ったジョゼフが石を頭上に掲げながら、言った。
「ミューズよ、これをどこで手に入れたのだ?」
「我が一族の神殿より、簒奪して参りました。怨敵より手に入れた力を使わずに祀るなど、愚の骨頂と考えた次第」
「一族の者共は、素直に渡したのか?」
ジョゼフの問いに、シェフィールドは猛禽類のような獰猛な笑みを浮かべ、言った。その笑みは、主であるジョゼフのそれと、とても似通っていた。
「父も母も一族も、皆殺しにした上で手に入れましてございます。ジョゼフ様のお望みこそ、私にとって全てに優先いたしますゆえ……」
シェフィールドの答えを聞いたジョゼフが感極まったように、自身の使い魔を抱き寄せる。
「おお、ミューズよ! 我が最愛のミューズよ! そなたは、最高だ! かの始祖「ブリミル」が使役した四の使い魔すらも、そなたの前では霞んでしまう!」
「あん、ジョゼフ様……恥ずかしいですわ。人の目もございますのに……」
一族を皆殺しにした、と言い放った人物とは思えぬ、まるで恋する少女のような可憐な表情を見せるシェフィールド。
「ふむ、そうだな」
使い魔を言葉を聞いたジョゼフは、懐から王家の紋章が刻まれた短剣を取り出すと、背後も見ずに投擲した。
シュッ
ドスッ
「は、はれ……」
短剣は、狙い澄ました様に開発主任の額に突き刺さる。信じられない、という表情で崩れ落ちる開発主任。その様に見向きもせずにジョゼフは、腕の中のシェフィールドに言った。
「ミューズよ、この「ヨルムンガンド」の作成をそなたに任せたいと思うが、どうだ?」
「謹んでお受けいたします、ジョゼフ様。必ずや、ご希望に沿う最強のゴーレムをお見せいたします」
ジョゼフは、動きを止めたままの「ヨルムンガンド」を見上げながら、言った。
「完成の暁には、最強の騎士人形を試すための相手がいるな。我が兄弟たる担い手たちよ、おまえたちにその力があるか」
「かなり、年季は入っているようだが、確かに「破壊の篭手」に通じる何かがあるな! そう、存在自体が異質とでもいえばいいのだろうか……」
興奮したコルベールが、タイムマシンの周囲にかじりつきながら言った。ルイズたちは、完全に置いてきぼりである。
「これは、一体なんなんだ? せ、セルくん、きみなら、これが何に使うモノか、解かるんじゃないかい!?」
「……」
不可逆であるはずの時間を超越する機能を備えた機械である。
この世界の住人が知るべき知識ではない。そう判断したセルは、当たり障りのない情報を与えることにした。
「東方の一部地域で、流通している個人用の飛行機械だ」
飛行機械であることは、嘘ではない。それを聞いたコルベールが、さらに勢い込んでセルに迫る。
「ひ、飛行機械? では、これは単独で飛行が可能だということかい!? しかも流通しているということは、一般の人間でも手に入れられるのか! と、東方の技術……恐るべし!!」
コルベールのヒートアップは、留まる所を知らない。また、セル自身もタイムマシンの存在について思考を巡らせていた。
(タイムマシンは、あくまで時間移動装置だ。わたしが知る限り、次元間移動の機能などないはず……なぜ、この世界にこれがある?)
セルとコルベール以外の一行は、特に興味なさそうに一体と一人を遠巻きにしていた。タバサだけは、好奇心を刺激されたのか、熱心にタイムマシンを見ていた。そこに、村から戻ってきたシエスタが姿を見せる。
「みなさん、お待たせしました! 歓迎の準備ができたので村の方へ来てください」
「シエスタ、この機械について聞きたい」
シエスタの言葉に、誰かが応える前にセルが聞いた。
「これは、村では「光の竜篭」って、呼ばれています。ひいおじいちゃんの話では、竜篭でも、飛竜は必要なくてそのままで飛べるらしいです。ひいおじいちゃんは、これに乗って東から来たって、村のみんなに言ったそうです」
「じゃあ、シエスタの曽祖父は、東方の人だったのね」
ルイズの言葉に、シエスタは首を傾げながら、言った。
「本人はそう言ったらしいんですけど、村の人は誰も信じなかったみたいです。「光の竜篭」が飛べなかったからですけど」
「これは、飛べないのかね?」
「はい、なんでも「えねるぎ」って燃料が無いらしくて……」
「きみの曽祖父が遺した遺品や遺言などはあるか?」
「えっと、自分で造ったお墓と遺品が少しだけ、ですね」
「見せてもらおう」
コルベールは、夜まで祠に残ることにした。キュルケも残ろうとしたが、コルベールの分の財宝の選別をお願いされたため、ルイズらと一緒に村に戻った。村長宅に案内された一行は、心づくしの歓待を受けた。村自慢のワインは、ギーシュやモンモランシーをも唸らせ、タバサは、村特製の「ヨシェナベェ」というシチューが気に入ったのか、十杯以上お替りした。
ルイズとセルは、シエスタの案内で、村の共同墓地を訪れていた。
シエスタの曽祖父の墓は、他の白い幅広の石で作られた墓石とは、趣が異なる黒い石で作られていた。墓石には、墓碑銘が刻まれていた。
「ひいおじいちゃんが、自分でこのお墓を作ったらしいんですけど、何て書いたかは、誰にも分からないみたいです」
「確かに見たことない文字ね、これ……文字なのかしら?」
シエスタとルイスを尻目に、セルが墓碑銘を読み上げる。
「……西ノ地区辺境山岳警備隊隊員、ササキ・タケオ異界ニ眠ル」
「え?」
「はい?」
セルの言葉に、目を丸くする二人。
(わたしの情報に間違いが無ければ、西の地区辺境山岳警備隊は、西1050地区を管轄していたはず。わたしが、トランクスから奪ったタイムマシンの着陸位置も、その周辺だったな)
セルが、シエスタの容姿を改めて確認する。黒髪と黒色の瞳は、トリステインでは珍しいが、地球の西地区では、多く見られる人種的特徴である。
「あんたが、読めるってことは、シエスタの曽祖父は、あんたと同じ東方の「チキュー」から来たの?」
「そうなるだろうな。」
「そうだったんですね! セルさんが住んでいた東方の国……いつか、行ってみたいです!」
シエスタの言葉を聞いたルイズも、そっぽを向きながら、使い魔に言った。
「わ、わたしも行ってあげても、いいわよ! 使い魔の出身地は、その、把握しておきたいし!」
二人の言葉を聞いたセルが、遥かな東方の方角、あるいは、その先に存在するどこかを見据えながら、言った。
「そうだな。いつか、その時が来れば、な……」
翌日、ルイズたち一行は、タルブ村を後にした。
お土産として、名産の葡萄とワインと、「光の竜篭」を貰い受けることとなった。
元々、シエスタの家の私物のような物であり、家族も持て余していたため、シエスタの父は快く、譲渡に応じた。通常であれば、学院まで運ぶのに、莫大な輸送費がかかるところだが、セルの念動力によって苦もなく輸送は、完了した。
タイムマシンには、本体を「ホイポイカプセル」と呼ばれる小型のカプセルに粒子変換する機能が、備えられていたが、ある意味で時間移動よりも、未知の技術であるため、セルはあえてそのままで輸送した。
学院に持ち込まれたタイムマシンは、コルベールの強硬な主張によって、彼の自称研究室である掘っ立て小屋の横に安置されることになった。セルは、密かにタイムマシンのカプセル化スイッチとキャノピー開閉スイッチをバリヤーによって固定した。セルとしては、破壊することも考えたのだが、あるいは、自身の異界転移の答えを導くきっかけとなるかも知れないと思い、保存を決めた。
そして、ルイズたちが、学院に帰還してから、二日後。
タバサの元に、久方ぶりの書状が届けられる。ガリア本国からの、北花壇騎士タバサの呼び出し状であった。
第三十五話をお送りしました。
第四章 無能王ですが、四話目でようやく我らが無能王陛下が登場してくれました。
しかし、この陛下……
第一目標であるトリステインの虚無の使い魔は、セルだし、
絶賛放置中の娘の使い魔もセルだし、
……詰んでる?
ご感想、ご批評のほど、よろしくお願いします。