前話の「繰気弾」に限らず、本SSのセルには、様々なDBの技を駆使させたいと考えています。
自身の使い魔であるセルとの課題処理を、ひとまず終えたルイズは、コルベールに付き添われて自室に戻った。一息ついたルイズは、学生服をその場で脱ぎ捨て、下着姿になると、体操でもするかのように両腕を高く伸ばした。
「おいおい、嬢ちゃん。旦那は、用があって学院長室に行ったんじゃねえのかい?それとも、そりゃあ最近貴族の間で流行ってる美容体操かい?」
机の上に置かれたインテリジェンスロッド、デルフリンガーのからかい混じりの問いに、下着姿のまま赤くなるルイズ。つい、いつもの癖でセルの念動力による寝巻着への着替えのためにスタンバイしてしまったのだ。
「う、うるさいわね! あ、あんたには関係ないんだから、黙ってなさいよ、デルフリンガー!」
「まったく、嬢ちゃんも随分、旦那に懐いたもんだぜ」
「ばっ!」
デルフリンガーの言葉に、さらに頬を赤く染め抜いたルイズは、すぐさまデルフリンガーを引っ掴むと、杖の両端を持って力任せにしならせる。
「ば、馬鹿じゃないの、あんた! せ、セルは、三歳の亜人の使い魔なのよ! 懐いたって言うんなら、あいつの方でしょうが!」
「へへ、悪かった、悪かったって!……ちょ、ミシミシいってる、ミシミシいってるっての!!」
破壊の危機をなんとか免れたデルフリンガーは、僅かに間を置くと、いつもとは違う真剣な声色で、ルイズに言った。
「なあ、ルイズの嬢ちゃん。ちょうど、セルの旦那はいねえ。あんたが言った通り、旦那は嬢ちゃんに基本付きっきりだ。だから、こんな機会は、次いつ来るかわからねえ。そんなわけで、今聞いときたいんだが・・・・・・嬢ちゃんは、旦那の事をどう考えているんだ? 一応、断っておくがホレタハレタの話じゃねえぞ」
愛用の杖からの唐突な質問に、最初赤面したルイズだが、デルフリンガーのいつになく冗談抜きの低い声の問いに表情を引き締めると自身の杖に言った。
「あんたが、聞きたいのは、セルを信用できるのかどうかってことよね……そんなの、できるわけないでしょっ! 東方の亜人だ、「キ」の力の応用だって言えば、何でも済むと思ってんのか知らないけど、系統魔法も使わずに飛行はするわ、巨大な岩は持ち上げるわ、わたしに「虚無」の魔法を目覚めさせちゃうわ、あげくにアルビオンからトリステインまで、一瞬で往復しちゃう瞬間移動ですって!? どんだけ、ハルケギニアの常識に喧嘩売れば、気が済むのかしら、あの馬鹿使い魔! そんな奴を信用だなんて、ちゃんちゃらおかしいわよ!」
日頃溜め込んでいたものを開放するかのように、憤懣やるかたない様子で自身の使い魔をこきおろすルイズ。しかし、ふいに表情を変えると。
「……でもね、あいつは、セルだけは、わたしの力を認めてくれたの。「ゼロ」と云われ続けたわたしの元に、来てくれて、わたしを主と認めてくれたの。もしかしたら、それすらも、セルの計算どおりだったのかもしれない。でも、わたしには、それで十分だったわ。わたしがセルを信じるためには……」
「嬢ちゃん、あんたは……」
持ち主である十六歳の少女の独白に、言葉を失うデルフリンガー。ルイズは、とても優しい、澄んだ表情で語り終えると、静かに俯いた。
「オレっちが悪かったよ、嬢ちゃん。あんたは、旦那の……」
ガシッ
皆まで言わせず、再度デルフリンガーを掴むルイズ。
「あんたは、知ってしまったわ。誰も知らない、わたしの心の内を。知ってはならない事を知ってしまった者の末路は、何時の時代でも、何処の国でも、たった一つよ……」
俯いたまま、語るルイズの声色は、デルフリンガーをして、未だかつて聞いたことがないほど、平坦で、冷たく、容赦を感じさせない凄味に満ちていた。
「あ、あ、あの、嬢ちゃん? い、いや! ルイズお嬢様わたくしめの口は海王貝よりも固くどのような秘密でも決して洩らしません! いやほんとに!だからお願いやめてぇ!!」
「これをやるのは、ほんとに久しぶりだわ……バイバイ、デルフリンガー」
ルイズは、詠唱を開始した。「虚無」ではなく、コモンマジックでもない。純粋な系統魔法「ファイア・ボール」だ。目標は、魔法の発動体であり、彼女の心底にある想いに触れてしまった迂闊なる愚者、デルフリンガーだった。
「ファイア・ボール!!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ボッ!
「ファイア・ボール」は、発動しなかった。しかし、かつてのルイズの代名詞ともいうべき大爆発も起きなかった。見ると、デルフリンガーの肉体であるルイズ愛用の杖の先端が、若干こげていた。ルイズの詠唱した呪文は、デルフリンガーの「肉体」ではなく、以前セルが強靭だといった彼の「自意識」に向けて発動したのだった。
「マジで死ぬかと思った……」
シュ
デルフリンガーの呆然とした呟きと同時に、ルイズの部屋の扉と床の隙間から封筒が滑り込んできた。
「あら、誰かしら?」
何気なく封筒を拾い上げるルイズ。そっと部屋の扉を開き、廊下を確認する。部屋の左右の廊下には人影は見当たらなかった。首を傾げたルイズは、自分が下着姿なのに気付くとあわてて扉を閉めた。
「タバサから? 珍しいわね、直接言えばいいのに……」
封筒には、青髪の友人の名が記されていた。封筒を開け、中身を確認するルイズ。
「えーと……あなたの使い魔について、重大な事実が、判明した。ガリア王立機密図書館で発見された古文書に詳細が記されている。あなただけに伝えたいので、この手紙を確認したら、すぐに学院西のエスト平原の一本杉に来て欲しい、タバサ」
読み進める内に表情を引き締めたルイズは、すぐに脱ぎ捨てた学生服を着直すと、僅かに煙を燻らせるデルフリンガーを掴むと部屋を飛び出した。
できるならば、傷つけたくない。
それは、タバサの偽りない本心だった。
学院のすぐに西にあるエスト平原、その真ん中に立つ一本杉。その周囲に僅かに自生し、自身の姿を覆い隠す程度に成長した下草に紛れながら、タバサは、自身の「友」であり、「獲物」でもある少女を待っていた。
ザッザッザッ
「……来た」
ルイズの姿を確認したタバサは、意識を集中させ、詠唱を開始した。「友」を捕らえるために。
「イル・ウォータル・スレイプ・クラウディ……」
「あれ、タバサはまだ来てないのかしら?」
一本杉に到着したルイズは、幹に手を添えながら、周囲を見渡した。時刻は夜だったが、天空の双月から振り注ぐ月光によって、周りの様子はある程度確認できた。
「変ね、霧が出てきたわ。こんなに晴れてるのに……」
突如、一本杉の周囲に発生した青白い霧は、ゆるやかにルイズに近付いてきた。
「こ、こいつは!? 嬢ちゃん、逃げろ!「スリープ・クラウド」だっ!」
「え?」
眠りの雲と呼ばれる「スリープ・クラウド」は、水属性の高位魔法の一つであり、青白い雲とも霧ともつかない気体を発生させ、対象を深い眠りへと誘う、相手を傷つけずに無力化するには、最適の魔法だった。また、インテリジェンスロッドであるデルフリンガーは、攻撃魔法は吸収することができたが、幻覚や催眠などの精神作用系の魔法を吸収することは出来なかった。タバサもデルフリンガーも、次の瞬間には、ルイズは意識を失い、その場に倒れ伏してしまう、と予想した。
ところが。
「別にどうにもならないわよ、これ。ただの霧なんじゃないの?」
ルイズは、「スリープ・クラウド」の青白い霧に包まれながらも、平然としており、手を振って周囲の霧を払った。
「え、マジか?嬢ちゃん、何時の間に……って、自前の「虚無」を編み出してりゃあ、当然か」
スリープ・クラウドの効果は、絶対ではない。対象者のレベルが、術者を大きく上回る場合は、著しく効果が減退するのだ。
「……」
下草の茂みに潜んでいたタバサは、思わず下唇を噛み締める。仮にも「救国の英雄」と呼ばれているルイズを侮っていたわけではないが、タバサが渾身の魔力を込めた「スリープ・クラウド」をほぼ完全に無効化してしまうとは、予想外だった。可能な限り、穏便に済ませたかったが、もはや手段を選んではいられない。シェフィールドと名乗った伯父王の使いは、単独で無数のガーゴイルを操って見せたが、それでも、ルイズの使い魔である亜人には対抗できないだろう。彼が駆けつける前に決着をつけなければ。
タバサは、身を起こし、茂みから姿を見せた。
「タバサ、そんなところで待ってたの? あ、それより、あなたの手紙にあったセルの……」
友人の姿を見つけたルイズは、無防備にタバサに走り寄る。瞑目していたタバサは、決然として両目を見開くと、すぐさま詠唱をはじめる。
「え、タバサ、どうしたのよ?」
「嬢ちゃん! オレを青の嬢ちゃんに向けろ、急げ!!」
「は? あんた、何を……」
「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ハガラース!」
タバサの詠唱が完了し、彼女の周囲に複数の氷の槍、「ジャベリン」が形成され、間髪入れずにルイズに向かって飛翔する。
「きゃあっ!」
ルイズが、デルフリンガーを握っていた右手を無意識に前方へ突き出す。
ズオォォォ!!
氷の槍は、すべてデルフリンガーの短い杖に吸収された。その様子を確認したタバサは、わずかに驚きを示すと続けて詠唱を開始した。
「ち、ちょっと、タバサ、いきなり何するのよ!? 遅れたからって、そんなに怒ることないでしょう!?」
突然、友人から攻撃魔法をお見舞いされたルイズは、自分より小柄な青髪の少女にくってかかる。だが、タバサはそれを無視して詠唱を続けた。
「ラナ・デル・ウィンデ!」
不可視の風の塊が槌となってルイズに襲い掛かるが、またしてもデルフリンガーに吸収される。
「青の嬢ちゃんは本気だぜ。本気でおまえさんを仕留めるつもりだ!」
「な、馬鹿いってんじゃないわよ! なんで、タバサがわたしを……冗談でしょ、タバサ、ねえ!」
杖の警告を一蹴したルイズは、タバサに問いかける。タバサは、詠唱を中断すると、いつも以上に無感情な声で言った。
「……あなたを捕らえる。抵抗しないで」
「と、捕らえるって……ど、どういうことよ!?」
「……命令だから」
一瞬だけ、目を逸らしたタバサが、ルイズに告げた。
「め、命令って……」
淡々と告げるタバサに、絶句するルイズ。続けざまにタバサの攻撃魔法が襲いかかってくるが、すべてデルフリンガーに吸収されてしまう。二人の争いは膠着状態に陥ろうとしていた。
「タバサ! お願いだから、説明してよ! 命令でわたしを捕まえるって、一体誰の命令よ!? なんで、あなたがそんなことをするの!?」
「……」
タバサには、説明したくてもできない訳があった。シェフィールドが念のためと称して、監視用のガーゴイルをタバサに張り付けさせていたのだ。ここで下手なことをしゃべれば、自分だけではなく、旧オルレアン邸に軟禁されている母にも累が及びかねない。しかし、このままではいたずらに時間だけが過ぎてしまう。すでに相当数の魔法を放ってしまったため、精神力も心もとない。タバサは、接近戦でルイズを制圧するため、最後の魔力を振り絞り、ルイズの視界を奪うため「アイス・ストーム」の詠唱を開始した。
「タバサ、どうして……」
一方のルイズは、タバサの様子にただならぬモノを感じていた。いつもは、無表情、無感情のタバサが、何を考えているのか、明瞭にはわからないルイズだったが、今のタバサからは、焦りと何かしらの苦しみに耐える様子が垣間見えていたのだ。
「嬢ちゃん、次はやべえぞ。青の嬢ちゃんもこれ以上の魔法は無駄だと見て、肉弾戦を仕掛けてくるはずだ。嬢ちゃんより、ちんまいとはいえ、実戦経験はあっちが上だ。組み合いになれば、勝ち目はねえぞ」
「でも、タバサなのよ? 彼女がなんで……」
「嬢ちゃん、しっかりしろっ!さっきからおかしいと思ってたんだ。なんで、旦那が来ないのかってな。嬢ちゃんに危機が迫れば、大陸の反対にいたって、旦那は一瞬で駆けつけるはずだ。なのに、姿をみせねえのは、旦那も襲われてるからじゃあねえのか?」
「! せ、セルが!?」
デルフリンガーの言葉にハッとするルイズ。確かに「気」を察知し、瞬間移動まで操るセルがこの状況にいつまでも、気付かないわけがない。とすれば、セルにも何らかの魔の手が迫っているかもしれない。そう考えたルイズは、決意に満ちた声で言った。
「わたしがセルを助けなきゃ!!」
「その意気だ、嬢ちゃん! まずは……」
「いくわよ、タバサ! ええええいっ!!」
デルフリンガーに最後まで言わせず、ルイズはタバサに向けて突進した。わずかな動揺を隠してタバサは「アイス・ストーム」を発動させると、自身も氷の嵐を追うように走り出した。「アイス・ストーム」は恐らく、ルイズの杖に吸収されるだろうが、一瞬彼女の視界も遮られる。その隙に肉薄し、押さえ込んでしまえばいい。
ズゴォォォォォ!!
鋭い氷の粒を多量に含んだ嵐は、確かにデルフリンガーに吸収された。嵐が消え去ると、ルイズとタバサはお互いがすぐ目の前に迫っていることに気付いた。ルイズは、思わず、走りながら目をつぶってしまう。それを見て取ったタバサは、わずかに身体をずらし、ルイズの身体を地面に押さえ込もうとする。
二人の少女が交錯した。
バヂッ!
「! なっ!?」
ルイズの身体を押さえ込もうとしたタバサは、何かに弾き飛ばされたように宙を舞った。受身を取り損ね、背中を強かに地面に打ってしまう。ルイズが目を開けると、タバサは数メイル先の地面に倒れ伏していた。
ルイズの身体には常時、セルが展開したバリヤーが張り巡らされていたのだ。あらゆる外的干渉を遮断するバリヤーの前では、眠りの雲も花壇騎士の少女の体術も、すべてが無効化され、弾かれてしまうのだ。
「え、タバサ? なにが起きたの?」
状況を把握できないルイズに、デルフリンガーが発破をかける。
「とにかく今だ、嬢ちゃん! 押さえちまえ!!」
「わ、分かったわ!」
ルイズは、倒れているタバサに飛び掛り、自身の体重と念力のコモンマジックでタバサを制圧してしまう。背中の痛みに顔をしかめるタバサにルイズが語りかける。
「こうなった以上、わたしの勝ちよ、タバサ。あなたには、色々全部、説明してもらうわ。セルの件も含めて」
「……」
わずかに動く顔をそむけ、拒否の意思を示すタバサ。
「ねえ、タバサ……あなたにこんな命令を出したのが、誰かは知らないけど、あなたが、望んで従ってはいないことぐらい、わたしにはわかるわ」
「……ルイズに何がわかる」
振り絞るように言ったタバサの言葉に、ルイズは大きく息を吸うと、声を大にして言った。
「わかるに決まってんでしょッ!! 大切な友達が、今まで見たことないくらい、辛そうにしてるんだから!!」
「!!」
「あんたは、自分では無表情、無感情で心の内をうまく隠しおおせているとか思ってんでしょうけど、わたしやキュルケとかはちゃんと見てるのよ!! あんた、ちょっとは、友達を頼りなさいよぉ!!」
ルイズは、荒い息をつきながら、タバサを見下ろしていた。タバサも、しばらくは顔をそむけていたが、何かを決めたのか、ルイズの目を見据える。そして、何かを言おうとした、その時。
「ちょっと、あんたたち!! 何してるのよ、やめなさぁい!!」
「双方とも退きたまえ!! 杖を置きなさい!!」
学院の方向から大声を上げて、駆けつけてきたのは、姿の見えない二人を探していたキュルケとコルベールだった。二人の登場に、一瞬気を緩め、念力を解いてしまうルイズ。その隙を見逃さなかったタバサは、彼女の下から抜け出すと、口笛を鳴らす。
ピィィィ
「きゅいきゅいきゅい!!」
間を置かず、降下してきたのは、タバサの使い魔シルフィードだった。すばやくシルフィードに飛び乗ったタバサは、ルイズ達に一瞥をくれると、風竜とともにその場を後にした。
「タバサ、どうして……」
ルイズの呟きに答えるものは、誰もいなかった。
風竜に跨り、飛び去って行くタバサと、地上に残され、それを見送るルイズ達を上空から、観察していた長身異形の亜人セルは呟いた。
「双方共に、ほぼ無傷で決着したか、理想的だな。分身体の情報によれば、タバサもガリア王族の血統を継ぐ者。可能性を持つ者は、多いに越した事はない。そして、これでガリア介入への大義名分も立つというものだ……」
セルは、今度こそ主の下へ戻るべく、瞬間移動を発動した。
第三十八話をお送りしました。
セルが出ない戦闘だと、外伝や断章のようにどうも長くなってしまいます。
ご感想、ご批評ほど、よろしくお願いします。