ゼロの人造人間使い魔   作:筆名 弘

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お久しぶりです。断章之漆をお送りします。

第一章三話にて、ハルケギニア各地に散ったセルの分身体が何をしているのか……

……ゲルマニアだけ、忘れていたわけじゃないですよ。いやほんと、マジで!(冷や汗)




 断章之漆 光芒のヴィンドボナ

 

 

 ハルケギニア大陸の北方を治める軍事大国、帝政ゲルマニア。

 

 ブリミル歴六千二百四十二年現在の皇帝の名はアルブレヒト三世。本名アルブレヒト・アルキビアデス・フォン・ブランデンブルクである。

 

 国体を帝政と定めるゲルマニアだが、その歴史は数百年にも満たない。かつて、トリステイン王国がその勢力の絶頂を極めていた頃は、ゲルマニアなど「北蛮」と呼ばれ、数多の都市国家や自治都市が群雄割拠する動乱の未開地と見なされていた。だが、稀代の英雄たる建国帝アルブレヒト一世が登場するとわずか十数年でゲルマニア統一が果たされ、現在に至る。

 しかし、現皇帝アルブレヒト三世は、建国帝の直系ではない。本来はアルブレヒト一世の根拠地であり、現在の首都ヴィンドボナを擁するツェントル・ゲルマニア領の家令職を世襲していたブランデンブルク伯爵家の三男に過ぎなかった。通常ならば、貴族の三男坊などは騎士爵として家臣に格下げされるか、本家より格下の他家に養子として出されるか、いずれにせよ冷や飯食いに甘んじるという境遇が一般的だった。

 

 だが、ブランデンブルク伯爵家三男アルキビアデスは凡百の貴族とは違い、優れた魔法の才と高い洞察力、忍耐力を備え、何よりも強固な権力欲を心底に秘めていた。

 

 彼は十六歳の時、建国帝の孫の最後の生き残りである老公爵に侍従として仕え始める。齢七十を超える老公爵は生涯に渡って宮廷政争に明け暮れ、気付けば、妻子や自身の孫のすべてを暗殺や事故で失っていた。悲嘆に暮れる公爵にとって、アルキビアデスの輝かんばかりの若さと野心は彼の年老いた目を眩ませるに十分だった。

 

 三年後、老公爵は臨終の際、自身の跡取りとしてアルキビアデスを指名。公爵との養子縁組によってアルキビアデスは建国帝の一族の一人となった。

 

 六年後、当時の皇帝フリードリヒ二世に対する暗殺未遂事件が起きると近衛憲兵副総長となっていたアルキビアデスは迅速かつ断固とした捜査によって、実行犯および首謀者を捕縛。その功績を認められ、異例の若さで近衛軍首将に抜擢される。尚、捕縛された者の中にはブランデンブルク伯爵家の人間も名を連ねていた。

 

 二年後、突如として近衛軍首将の地位を辞したアルキビアデスは諸領巡検使を拝命。三年に渡ってゲルマニア各地を巡った。

 

 その間、中央では暗殺未遂事件で受けた傷が元で皇帝フリードリヒ二世が逝去。次期皇帝の座を巡って、宮廷貴族の間で血生臭い暗闘が繰り広げられることとなる。

 

 皇帝逝去から四年後、後継者争いを続ける中央政府は疲弊の度を深め、すでに死に体の状態にあった。そこへアルキビアデスが帰還する。中央に対する不平不満を溜め続けていたゲルマニア各地の地方軍閥の軍勢を引き連れて。

 

 後に「アルキビアデスの乱」と呼ばれる反乱であった。

 

 首都と皇帝を守護するはずの中央軍と近衛軍は長く続いた政争によって齎された腐敗と疲弊の結果、すでに形骸と成り果てていた。わずか二日の攻防でヴィンドボナは陥落。悠々と帝城に入ったアルキビアデスは、真っ直ぐに謁見の間に進み、至尊の玉座を背にすると皇帝への戴冠を宣言。これに異を唱えた宮廷の重鎮たちは、すべての地位、財産を没収され、帝城の塔に永久幽閉されることとなる。その中にはアルキビアデスの実父であるブランデンブルク伯爵と実兄たる子爵も含まれていた。

 

 皇帝アルブレヒト三世となったアルキビアデスは、実力主義を強く打ち出した政策を立て続けに施行。大陸各国では悪評高い、メイジ以外からの貴族登用制や積極的な軍拡を推し進めた。

 

 そして現在、帝政ゲルマニアはトリステイン王国の十倍もの国土と軍事大国と畏れられるほどの軍事力を手にしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゲルマニアを支配する至尊の冠を戴く存在は自らを皇帝と名乗る。しかし、その尊号に対する敬称は「陛下」ではなく、それより一段劣る「閣下」である。本来であれば不遜極まりないその慣習は皇帝家の血統に由来する。

 

 始祖「ブリミル」の末裔。

 

 大陸に冠する四王国、トリステイン王国、アルビオン王国、ガリア王国、ロマリア連合皇国は、それぞれの国祖が「ブリミル」の系譜に連なる。始祖を神として崇めるハルケギニアにおいて、その血統は最も尊ばれる。例え、広大な領土を支配しようとも強力な軍事力を擁しようとも、始祖の血筋を持たなければ格下として扱われるのだった。

 

 

 当代たる皇帝アルブレヒト三世はゲルマニアの血統コンプレックスを克服するための策を講じた。いや、講じようとした。

 トリステインとの相互軍事同盟の締結である。四王国の一角アルビオン王国で吹き荒れた革命の嵐。「レコンキスタ」と称した反乱勢力は王家を打倒し、周辺国家への侵攻すら示唆したのである。伝統に拘る余り、国力を減じつつあったトリステインは強大なゲルマニアに庇護を求めた。これ幸いとみたアルブレヒトは自身とトリステイン第一王女アンリエッタとの婚姻を同盟の条件とした。すべてがうまくいけば、アルブレヒトの嫡子はトリステイン王家の血統とゲルマニアの支配権を得ることになるはずだった。

 

 だが、アルブレヒトの思惑は完全に破綻する。

 

 滅亡寸前だったはずのアルビオン王家のトリステインへの亡命。トリステインとアルビオンによる「レコンキスタ」討伐宣言。直ちに支援を表明するガリアとロマリア。それに追従する小国家群。

 

 情報を精査する間もなく、「レコンキスタ」改め神聖アルビオン共和国への遠征、後に「王権守護戦争」と呼ばれる戦いは開戦してしまう。

 そして、たった一週間の戦闘で神聖アルビオン共和国は崩壊。観戦武官の報告を信じるならば、トリステインは一兵も損なわず、アルビオン軍を退けたという。

 

 結果、アルビオン王国との強固な同盟と領地割譲をせしめたトリステイン王国は「小国」から「強国」へと変貌を遂げてしまった。

 

 地団駄を踏まざるを得なかったアルブレヒトは内部からの追求にも晒されることになる。対アルビオン、対トリステインを想定し、ゲルマニア南部の「南方軍閥」に軍備増強を命じていたが「王権守護戦争」の終結によって、無用の長物となってしまう。また、西部の「西方連合」には、遠征のためのフネを大量発注していたのも大きな負債となりかけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それらを一挙に片付けられれば……さて、どうするか」

 

 帝政ゲルマニア首都ヴィンドボナの中央にそびえ立つ帝城ケーニヒスブルク。その玉座の間で、一人の男が自身の膝を指で叩きながら、そう一人ごちた。ゲルマニア皇帝アルブレヒト三世である。年の頃は四十過ぎ、壮健な体躯と鷹を思わせる鋭い眼光が特徴的な男だった。彼は今、一週間後に迫っていた首都ヴィンドボナで開催される観艦式の構想を練っていたのだ。

 

 国威発揚と各地方軍の訓練という名のガス抜きを兼ねた一大イベントであった。

 

 「南部の連中がどこまで艦隊を動かすのかが問題だな」

 

 ゲルマニア南部の軍事力を統括する「南方軍閥」はアルブレヒトが皇帝となるために大きな役割を果たしたものの、心底から忠誠を誓っているわけではないことは明白だった。対トリステイン政策の失敗によって、戦争ができず利権を貪れなかった連中が不満を抱いていることは確実だった。

 

 「まあ、そこまでの強硬姿勢には出ないだろうがな……」

 

 「その見通しは楽観に過ぎるな、アルブレヒト三世……」

 

 「!」

 

 直衛の近衛騎士も下がらせて、思索に耽っていたアルブレヒトに突如、背後から声がかけられる。

 

 「今度の暗殺者は随分と腕が立つようだな!……」

 

 背後を伺いながら、玉座の横に置かれた王笏型の杖を手にするアルブレヒト。あえて大声で誰何の声をかけてから小声で詠唱を開始する。

 

 「南部の者どもは愚帝を廃する決意を固めたようだぞ」

 

 「はっ! 愚帝とは言ってくれるな!」

 

 アルブレヒトは一呼吸で玉座を離れると、皇帝のローブを纏ったまま背後に向かって攻撃魔法を放つ。

 

 「ブレイズ・ストーム!!」

 

 

 バオォォォォォ!!

 

 

 王笏から放たれた白く輝く炎が玉座の背後を広範囲に飲み込む。

 アルブレヒト三世は、火のスクウェアメイジである。その二つ名は「灼熱」。王笏から放たれたスクウェアスペル「ブレイズ・ストーム」は玉座の間の床面をドロドロの溶岩に変えてしまった。

 だが。

 

 「このまま手をこまねいていれば、愚帝の称号は免れまい」

 

 超高温の炎が嘗め尽くしたはずの場所に一体の亜人が何事も無かったかのように佇んでいた。二メイルを大きく超える長身と昆虫を思わせる外骨格を備えた異形の亜人だった。

 

 (馬鹿な、余の「ブレイズ・ストーム」の直撃を受けて無傷だと? 見たところ、杖も持っていない亜人如きが……まさか、先住魔法か?)

 

 「想像の通りだ。わたしは魔法を使ってはいない。系統も先住も無論、「虚無」もな」

 

 アルブレヒトの思考を読んだかのように亜人が言った。

 

 「ふん、「虚無」だと? 亜人の分際でユーモアを心得ているようだな。暗殺者でなければ、余に何の用だ? まさか、南部の反乱を注進に来た、とでも言うつもりか?」

 

 (なぜ、近衛騎士どもはこの状況に気付かない? 玉座の間でスクウェアスペルが炸裂したのだぞ? 城中が大騒ぎになるはず……)

 

 亜人に対して軽口を叩きながら、玉座から距離を取るアルブレヒト。大扉の外で控えているはずの帝国屈指の実力を誇る近衛騎士たちはまるでそこに居ないかのように反応がなかった。

 

 「わたしの名は、セル。人造人間だ」

 

 

 シュン

 

 

 自己紹介した亜人は玉座の背後から文字通りに消えると、玉座のすぐ横に現れた。

 

 「くっ!?」

 

 慌てて、玉座から飛び離れるアルブレヒト。手にした王笏を亜人に差し向ける。

 

 「南方軍閥を率いるハルデンベルグ侯爵観艦式に自身旗下の艦隊を総動員するだろう。首都を制圧すると同時におまえの首級は自ら挙げるつもりだ」

 

 「プファルツァの考えそうなことだな。で、それを余に知らせてどうするというのだ?」

 

 帝政ゲルマニアの南部を実効支配する「南方軍閥」の領袖プファルツァ・フォン・ハルデンベルグ侯爵はアルブレヒトにも劣らぬ権力欲の強い男だった。いつまでも、人の下に甘んじる殊勝な男ではないと考えていたがこうも性急に動くとは。

 

 「これを使え」

 

 そう言った亜人は玉座に小型の砲弾を置いた。戦艦や砲亀兵の主砲用の大型砲弾ではない。式典なので使われる小口径の火砲用であった。

 

 「わたしの「気」を込めた「気功砲弾」だ。一瞬で、反乱艦隊のすべてを光に飲み込むだろう」

 

 「な、なんだと?」

 

 アルブレヒトが唖然としていると、亜人は右手をドロドロに溶け崩れていた床面に向ける。

 

 

 カッ!

 

 

 閃光が放たれた後には、鏡のように磨き上げられた玉座の間の床面が現れた。

 

 「なっ!?」

 

 「わたしはおまえの治世の継続を望んでいる。反乱が鎮圧されるまで、わたしはおまえの近くにいるだろう……」

 

 

 ヴンッ!

 

 

 亜人は消えた。

 後には、自身の玉座に向かって杖を構える皇帝と玉座の上に置かれた砲弾だけが残されていた。

 

 「……」

 

 アルブレヒトは槍のように長い王笏を勢いをつけて、床に倒した。天井の高い玉座の間に甲高い音が響き渡った。秒を置かず。

 

 

 ガランッ!

 

 バンッ!

 

 

 「閣下! いかがなさいました!?」

 

 「今の音は一体!?」

 

 玉座の間に続く大扉が開き、仰々しい真紅の装束を纏った近衛騎士たちが飛び込んできた。

 

 「……大事ない。杖を取り落としただけだ、下がれ」

 

 近衛騎士を下がらせたアルブレヒトは玉座の上に置かれた小型の砲弾を手に取る。

 

 「セル、か。艦隊を消し去る砲弾だと? まさか、な……」

 

 皇帝の独り言に応えるものは、今度こそ、いなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一週間後、帝政ゲルマニア首都ヴィンボナ郊外ホーエンツォレルン外城。

 

 ヴィンドボナの守りを象徴する外城のバルコニーでゲルマニア皇帝アルブレヒト三世は観艦式に到着した「南方軍閥」の艦隊をハルデンベルグ侯爵とともに閲兵していた。

 見事なカイゼル髯を蓄えたハルデンベルグ侯爵は皇帝自らが「南方軍閥」の艦隊閲兵を望んだことにわずかな疑問を感じたものの、絶好の機会を得たことを承知していた。平身低頭しながらも、バルコニーの周囲に自身の息がかかった精鋭のメイジ部隊を配する。彼が帯同してきた南方艦隊は、当初の申告数である五隻を大幅に超え、軍閥が有するフネの実に八割、二十隻に及ぶ。本来であれば、南方軍閥の全勢力を投入するつもりだったが、軍閥の重鎮フォン・ツェルプストー家だけは、トリステインへの備えを動かすわけにはいかぬと反乱への参加を固辞していた。

 

 「ふむ、侯爵よ。事前の申告より艦隊の数が多いのではないか?」

 

 「は、閣下。それにつきましては……」

 

 アルブレヒトは下を向きながら、ほくそ笑む侯爵の答えを聞く前に右手を上げ、合図を送る。すると、アルブレヒトたちがいる貴賓バルコニーの下方に備えられている物見用のバルコニーに小型の火砲が引き出される。戦闘用ではなく、式典や信号用の旧式の火砲だった。

 

 「プファルツァよ、皆まで申すな。貴公の意図は把握しておる。これは、余からの手向けだ」

 

 「か、閣下、手向けとは?」

 

 困惑する侯爵をよそにヴィンドボナ郊外に集結していた南方艦隊二十隻に向かって小型の火砲が発射された。火砲から発射されたのは、ただの砲弾ではなく、長身異形の亜人セルの分身体の一体が造り出した「気」を込めた「気功砲弾」だった。青白く輝く閃光は通常の砲弾を遥かに超えるスピードで艦隊に到達した。

 

 

 ポーヒー

 

 カッ!! ズドオォォォォォン!!!

 

 

 地上に太陽が出現したかのような閃光の直後、とてつもなく巨大な光の柱がヴィンドボナ郊外の天地を貫いた。その光の柱の中でゲルマニア南方艦隊二十隻は、蒸発した。

 

 

 

 「な、な、な……ば、ばかな、こ、こんなことが……」

 

 たった一発の砲弾が自身の虎の子の艦隊を巨大な光柱に変えてしまった、という余りにも荒唐無稽な現実にハルデンベルグ侯爵は呆然として言った。

 

 「なるほど、な……まあ、そういうことだ、侯爵。貴公の無謀な計画に組み込まれた艦隊と乗組員たちにとっては、はなはだ迷惑な話だがな」

 

 どこか他人事のように話すアルブレヒトは玉座から立ち上がり、王笏を侯爵に差し向けながら言葉を続ける。

 

 「さて、我が臣、プファルツァ・フォン・ハルデンベルグよ。皇帝たる余に叛旗を翻さんとした以上、その報いは覚悟していような?」

 

 「ぐっ! ま、まだだ。まだ貴様さえ、始末できれば挽回のしようはある! 者ども、かかれっ!」

 

 我に返った侯爵は杖を抜き放つと、周囲に待機させていた精鋭のメイジで構成された暗殺部隊に号令をかける。そんな侯爵を肩を竦めながら見るアルブレヒト。

 

 (まだ、弁明の余地は大いにあったものを……)

 

 しばらく待っても、メイジ部隊が現れることはなかった。代わりに皇帝の席の背後から姿を見せたのは。

 

 「潜んでいたメイジどもは一人残らず消えたぞ。杖と着衣だけは残っているがな」

 

 アルブレヒトの背後に立ったのは二メイルを優に超える長身と見たこともない異形を備えた亜人だった。

 

 「……ご苦労。だ、そうだが、どうする、プファルツァ?」

 

 「な、なんということだ……」

 

 事が終わったことを悟った侯爵は掲げていた杖を下ろした。それを見たアルブレヒトは皇帝のマントを振り払い、手にした王笏を槍の如くしごくと声を大にして言った。

 

 「こんな馬鹿げた余興で終わるのも癪だろう?「猛火」のプファルツァよ、音に聞こえし、貴公の炎、余に見せてみよ!」

 

 ハルデンベルグ侯爵は火のトライアングルメイジである。その二つ名は「猛火」。若かりし頃は騎士爵として、南部辺境の反乱鎮圧に多大な功績を挙げていた。

 

 皇帝からの発破を受けた侯爵は目に力を取り戻すと、直ちに詠唱に入った。火のトライアングルスペル「フレイム・ストーム」だった。

 

 「灰と化すがいい! アルブレヒト!!」

 

 猛火の名にふさわしい炎の嵐がアルブレヒトに迫る。

 

 「……ブレイズ・ウォール」

 

 玉座の手前に出現した白光を放つ壁が「フレイム・ストーム」を飲み込むかのように消し去った。アルブレヒトはさらなる詠唱を重ねる。「灼熱」のアルブレヒトが扱える最大級の火の魔法、スクウェアスペルの奥義。

 

 「さらばだ、プファルツァ……「ブレイズ・フレア」!!」

 

 「!!」

 

 王笏から放たれた輝く白光はハルデンベルグ侯爵を飲み込み、瞬時に蒸発させた。残されたのは侯爵の地位にふさわしく意匠を施された靴を履いた彼の両足だけであった。すべての魔力を開放した皇帝は力尽きたかのようにその場に腰を下ろした。

 

 「はあ、はあ、はあ……さあ、どうする、セルとやら? 反乱を首謀した侯爵も反乱軍となるはずだった艦隊も消えて失せた。このアルブレヒトの治世を磐石に導いて、おまえはどうするというのだ? 余を傀儡とし、この国を差配するか?それとも、その巨大すぎる力で何もかも消し去るのか?」

 

 息を整えつつ、アルブレヒトは自身の背後に佇む長身異形の亜人に言った。セルは普段と全く変わらぬ声色でゲルマニアの頂点に立つ男の問いに答えた。

 

 「この国の支配など、元より興味は、ない。だが、この国の武力には使い道があるかもしれん。いずれ、その局面が訪れた際に備える……これは一種の保険だ」

 

 亜人の言葉を聞いたアルブレヒトの目尻が、かすかに震える。

 

 「おまえは、この国を統治するがいい。わたしが、必要とするその時まで……」

 

 セルはアルブレヒトの前に進み出ると背後を振り返らずに言った。

 

 「また、会おう、帝政ゲルマニア皇帝アルブレヒト三世『陛下』」

 

 

 ヴンッ!

 

 

 長身異形の亜人は、消えた。

 しばらくの間、俯いてたアルブレヒトはやがて肩を震わせながら嗤い始めた。

 

 「ふ、ふふふ、はっはっはっ、あーはっはっはっ!! この国の支配には興味ないときたか!!」

 

 それは、若き頃からすべてを犠牲にして皇帝の座を得たアルブレヒトの生涯を否定するも同然の言葉だった。

 

 

 ブンッ!

 

 

 勢い良く、立ち上がったアルブレヒトはセルが消えた空間目掛けて、王笏を投げつけ怒号を放った。

 

 「化け物め! このアルブレヒト・アルキビアデス・フォン・ブランデンブルクと我がゲルマニアを安く見積もった報い、必ずや思い知らせてくれるぞ!!」

 

 

 

 

 帝政ゲルマニア皇帝アルブレヒト三世。

 

 後の歴史書において、その名の後には次のような一文が記されている。

 

『彼は、ゲルマニア最後の皇帝であった』と。

 

 

 

 




断章之漆をお送りしました。

ゲルマニアの諸々の設定は、完全な捏造です。

とりあえず、ゲルマニアにも、セルの魔の手は伸びていたのだ!

ということだけ、わかればOKです。

おそらく、次が年内最後の更新になると思います。

ご感想、ご批評のほど、よろしくお願いします。


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