お、お久しぶりです。第四十二話をお送りします。
私情から、年始の方が忙しくなりそうなので、年内に四十二話を更新いたします。
ハルケギニア大陸における人間の領域とエルフの領域の境に位置するアーハンブラ城。今ここに、二組のメイジと使い魔が相対していた。
片や、男装の麗人姿の少女を背後から支える、二メイルを大きく超える長身と筋骨隆々の体躯を備えた異形の亜人セル。
片や、桃色髪の少女を背負い、さらに五人の男女を全身にしがみ付くままにした、これまた二メイル以上の長身と昆虫のような外骨格を纏う異形の亜人セル。
啖呵の応酬を始めようとしたそれぞれのご主人さまは、お互いの使い魔と思われる長身異形の亜人の姿に魅入られたかのように黙ってしまった。
そんなイザベラを背後に庇い、第二形態セルが前に進み出る。そして、その場にいる者にはお馴染みの良い声で、いけしゃあしゃあとのたまった。
「まさか、こんなところで相見えるとはな……我が同胞、セルよ」
ルイズをはじめとする魔法学院組を下ろした第一形態セルも、同じく進み出て、これまた臆面もなく言い放った。
「それは、こちらの台詞だ、セル。共に成体となったあの時以来か」
一瞬、虚を突かれたルイズとイザベラが、あわてて自身の使い魔に問いただす。
「せ、セル! 共に成体ってどういうことなのよ!?」
「お、おい、セル! あっちの奴もセルってのは、どういうわけだ!?」
まず、イザベラのセルが答える。
「我ら人造人間は、個体数が少ないのだ。特にわたしたちのような稀少タイプは極端でな」
ルイズのセルが、引き継いで答える。
「このハルケギニアには、わたしたちを含めても、四体しか存在しない」
「せ、セルくんたちは、四体しか存在しない種族の同胞、というわけか……」
最初の衝撃から、立ち直ったコルベールが、呟く。
「っていうか、彼の同種が、後二体もいることのほうが、とんでもない気が……」
セルの右足にギーシュと一緒にしがみ付いていたモンモランシーが言った。思わず、隣のギーシュが頷く。さらにセルの左腕に両手両足で掴まっていたイルククゥも壊れたように首を上下に振った。
イザベラのセルが、さらに部屋の中央に歩を進めながら、後ろで棒立ち状態の主に言った。
「イザベラ、向こうにセルがいる以上、この城は、あきらめざるを得んぞ」
「へ? ど、どういうことだよ、セル!?」
ルイズのセルも、タバサの母が眠る豪奢なベッドを庇うように前に進み出て、言った。
「ルイズ、少々派手な戦いになる。他の者と一緒に、ベッドのそばから離れるなよ」
「は、派手な戦いって? ちょっ、ま、待ちなさいよ、セル!?」
もはや、主の言葉にも答えず、アーハンブラ城の最上階に位置する城主用私室の真ん中で、二体の人造人間使い魔は、相対した。
「……では、いくぞ、セルよ」
「……久しぶりの運動となるな、セルよ」
二体が、わずかに腰を落とし、両拳を握り締める。
ズズズズズズズズ
重苦しい空気の振動が、居室内を満たす。突然、ルイズの腰に下げられていたデルフリンガーが叫ぶ。
「ま、ま、ま、マジかよ!? こ、こ、こ、こんな力が!? 嬢ちゃん!! 今すぐ逃げろ!! って、ま、まにあわねえぇ!!」
「に、にげろって、ど、どこによ!?」
少女と杖のやり取りを余所に、二体の人造人間使い魔は。
「気」を開放した。
「「ぶるああああああぁぁぁぁっ!!!」」
カッ!!
ズゴオオオオォォォォ!!
千年以上の間、数多くの激戦の舞台となりながらも、その姿を保ち続けてきた古城アーハンブラ城は、地上から消えた。
――アーハンブラ城より、東へ三百リーグ、エルフ族ネフテス国首都アディール評議会本部「ガスパ」
大陸の人間種にとって、恐怖の対象である異種族エルフ。系統魔法を遥かに超える先住魔法を使いこなし、十倍の兵力差をも物ともしない、悪魔の如き亜人。だが、エルフたちは、自らを平和主義者と定義していた。すべての精霊の源である「大いなる意思」を信仰の対象ともしている。
そんなエルフたちの首都アディールは、エメラルドブルーに輝く海上に同心円状の島をいくつも重ねた巨大な人工島の上に築かれていた。
アディールの中心に位置する白亜の建造物。高さ二百メイルに及ぶ巨大な建物の内部で、ネフテスの指導者たる評議員たちが集う「カウンシル」が開かれていた。その登壇の場で、一人のエルフが熱弁を振るっていた。
「今! 我らがサハラに未曾有の危機が迫っている! 忘却の彼方に去ったはずの「災厄」の再来! それは、もはや疑いない!」
彼の名は、エスマーイル。ネフテス評議会の一人にして、強硬派の集団「鉄血団結党」の党首である。彼は、ネフテスにあって少数派とされる、人間や「災厄の悪魔」に対する戦いを主張してきた。評議会は、ハルケギニア各国とは異なり、国家を運営する評議員を各部族ごとの投票によって選出した。だが、長く続いた平穏は、自身の部族の利益を最優先にする、平和主義という名の事なかれ主義を蔓延させた。エスマーイルらは、そんな評議会では、常に腫れ物扱いを受けてきた。
だが、ここ数ヶ月観測されてきた人間領域の異変が、彼の主張を強力に裏付けていた。
「最初の兆候は、五ヶ月前だった! 蛮族域観測班が、ここ数百年観測されることのなかった精霊流の激震なる反応を捉えた!」
ネフテス評議会蛮人対策委員会直下の観測班は、ハルケギニアの技術を遥かに超えた高度な観測機器と精霊魔法を駆使することで、蛮族域と呼ばれるハルケギニア各地の精霊流を常時、観測していた。かつて、サハラを「災厄」が襲った際、その恐るべき力は、「大いなる意思」の息吹とされる精霊流をズタズタに引き裂いたと伝承されていたのだ。
そして、五ヶ月前、ルイズによって召喚されたセルは、世界観測のため、惑星破壊級の気功波「かめはめ波」を放っていた。
「二度目は、兆候どころの話ではなかった! ここに居られるビダーシャル老自らが、「災厄の悪魔」をその目にされたのだ!」
評議会の有力議員であり、蛮人対策委員会の長を務めるビダーシャルは、瞑目のまま腕組みをしていた。本来、評議会の中で穏健派の筆頭として、エスマーイルら強硬派を抑える役割のビダーシャルは、この評議が始まってから一度も発言していなかった。
四ヶ月前、蛮族域最大の王国への使者となったビダーシャルは、期せずして浮遊大陸において、蛮人の大艦隊を一瞬で殲滅する異形の存在を目撃したのだ。
それは、レコンキスタ主力艦隊を壊滅させた長身異形の亜人セルの分身体であった。
「兆候は、いや! 「災厄」は、さらなる爪痕をこの世界に刻みつけている! それが、いつ我らがサハラに襲来するか! それを待つ必要など、どこにある!」
三ヶ月前には、蛮族を抑えるための交渉を持つはずだった最大の王国内でも、激震の反応が確認された。
それは、イザベラによって召喚されたセルの分身体が、アルハレンドラ公爵領を消滅させた際の反応だった。
「我らは、今こそ立たねばならない時なのだ! 座して死を待つなど「大いなる意思」がお許しになるわけがない!」
一週間前、四回目の反応が確認された。サハラに隣接する北西の国で発生したのは、これまでで最小の反応ではあったが、蛮族域各地で多発する精霊流を引き裂くかのような現象に、エスマーイルら強硬派以外の評議員からも懸念の声が上がり、今回の緊急評議が開催される運びとなったのだ。
帝政ゲルマニア首都において開催されるはずだった観艦式で、セルから譲渡された「気功砲弾」によって、ゲルマニア南方艦隊が蒸発していたのだ。
「統領! テュリューク大老! どうかご決断を! すべてが手遅れとなる前に!」
エスマーイルら強硬派の評議員たちは「災厄」に対抗するため、ネフテスの総力を結集した決戦艦隊の編成と人間域に対する侵攻作戦を提案していた。反対する穏健派も、筆頭であるビダーシャルが沈黙を守っているため、旗色が悪い。何より、穏健派も、精霊流の有り得ない反応を危惧していることには変わりなかった。
「……」
穏健派評議員からの委任状を受け取っていたネフテス国最高指導者、統領テュリュークが発言しようと口を開いた、その瞬間。
ズズズズズズズ ズンッ!!
評議会議場を包み込むかのような空気の振動が発生した。そして、これまでとは比較にならないほど、強力で激烈な精霊流の反応を、その場にいたすべての評議員が、文字通り肌で感じ取っていた。さらに、その反応は、いままでよりもサハラに近い位置で発生していた。彼らは、それぞれの部族を代表する議員であると同時に、エルフ族最高の精霊魔法の行使手でもあったのだ。
「なっ!? こ、こんな力があるはずが……」
「ぐっ!! まるで、すべての精霊流を引き裂くかのような」
「こ、この力、まさか!?」
「そんな、ち、近すぎるぞ!」
評議会が開かれている首都アディールの西、三百リーグ。
かつて、エルフが放棄した小砦アーハンブラ城において、二体の人造人間が、「気」を開放したのだ。
(今までの反応など、子供だましにもならない。これが、「災厄の悪魔」の真の力だというのか……だが)
ビダーシャルは、今更ながら後悔の念を深めていた。浮遊大陸で、悪魔と思われる亜人を確認した時、それをすぐに評議会に報告したのは、拙速だった。エスマーイルら強硬派は、ビダーシャルの報告と警告に喜んで飛びついたが、その後の反応を検証するに、ビダーシャルはある疑念を抱いた。
(これだけの凄まじい力を持つ「災厄の悪魔」が実在するならば、なぜ、蛮族はサハラにすぐに攻め込もうとしない? あるいは、蛮族と悪魔が協調関係にないならば、蛮族たちこそ、悪魔によって滅ぼされていてもおかしくないはず……)
「統領!! いや、同志テュリューク!! これでも、まだ!あなたは、自身の慎重派という肩書きに固執するというのか!!」
「……もはや、やむを得ん、か」
思考に沈んでいたビダーシャルに、エスマーイルとテュリュークのやり取りが、届く。
この緊急評議において、エスマーイル主導によるネフテス全軍の再編成と「災厄撃滅艦隊」の創立、そして、蛮族域への侵攻「精霊救済戦争」の前準備開始が決議された。エスマーイルは、「災厄撃滅艦隊」の総司令となり、ビダーシャルは、副指令に指名された。
(わたしは、もしかしたら、一族に「本当」の災厄を齎してしまったのかも知れない。「大いなる意思」よ、わたしはどうすれば……)
苦悩を極めるビダーシャルに「大いなる意思」からの答えは、なかった。
使い魔の咆哮、視界を覆う閃光、周囲を圧する轟音、そして一瞬の浮遊感。
それらが終わった後、ルイズたちが、恐る恐る目を開けると、周りの景色は一変していた。
「え? わ、わたしたち、アーハンブラ城に瞬間移動したのよね?……なんで、荒野にいるの?」
ドゴン!
瞬間移動した先のアーハンブラ城の城主用寝室は、エルフの様式とハルケギニアの古ガリア様式が混じり合った異国風の調度が設えられていたが、今ルイズらの周りにあるのは、色彩に乏しい荒涼とした平坦な大地だけだった。
彼女たちは、タバサの母が眠る豪奢なベッドの周囲に固まっていた。見たところ、全員無事のようだった。
「お姉さま! お姉さま! 無事でよかった、よかったのね!! きゅいきゅい!!」
「……」
韻竜であることをばらした上に、ルイズたちをまきこんでしまった自身の使い魔に対して、タバサは色々言いたいことがあったが、自分にすがりつきながら、大泣きする風韻竜を前にしては、タバサもただ彼女の頭を撫でるしか出来なかった。
ドゴン! ドゴン!
「タバサ! 無事でよかった……」
「オルレアン夫人も、状態は悪くないみたいだわ。でも……」
「も、目的は、達成できたんだから、早く戻ろう!」
タバサの無事と、オルレアン公夫人の状態を確認した、キュルケ、モンモランシー、ギーシュが、口々に言った。
「わ、わたしだってそうしたいけど、セルはどこにいっちゃったのよ!」
ドゴン! ドゴン! ドゴン!
ルイズとしても、さっさとトリステインに戻りたかったのだが、肝心の使い魔が見当たらない。あのセルもどきについても聞きたかったのだが。その時、腰に下げていたたデルフリンガーが、堅い声で言った。
「……嬢ちゃん、上だぜ」
「え、上? なんかさっきから、うるさいけど、なんなのよ?」
言われたルイズやキュルケたちが、視線を上空へ向ける。
ドゴン! ドゴン! ドゴン! ドゴン!
ルイズたちの遥か上空で何かが、轟音とともに不可視の球状衝撃波をいくつも巻き起こしていた。
「……な、なにアレ?」
「多分、旦那ともう一方のヤツが、やり合ってるんじゃないかと思うんだが……」
「し、信じられん。目視不可能なほどの速度で空中戦を? い、いや!それ以前に衝撃波の発生の後から、音が響いて来るような……」
上空の激闘を呆然と見上げながら、コルベールが呟いた。
「ちっ、セルのヤツ。アーハンブラ城が、すっかり更地じゃないか!いくら廃城同然とはいえ、いずれわたしのものになったのに……」
イザベラもまた、全く無傷であった。二体の人造人間は、主とその同伴者にバリヤーを展開していたのだ。イザベラの言葉を耳にしたルイズが、誰何の声を挙げる。
「そ、そういえば! あんた、一体誰なのよ? タバサにひどいことさせてたのは、あんたなの? それと、あのセルもどきの亜人はなんなのよ!?」
ルイズの矢継ぎ早の質問を受けたイザベラは、ルイズの体形を品定めすると、舌打ちとともに言った。
「ちっ! 小うるさいツルペタ娘だね! わたしが誰だかわかってんのかい!?」
ブチッ
「ツルペッ!? な、なんですって!? こ、この性悪デコっぱち女!!」
思わず、自身の胸を両手で隠したルイズが、言い返す。
ブチッ
「で、デコ!? お、おまえ、わたしが気にしてる事を!」
つば広の騎士帽子を脱いでいたイザベラは、やや広い自身の額を押さえながら、激昂する。さらに言い募ろうとするルイズのマントをタバサが引っ張った。
「あんたなんか! え、なに、どうしたの、タバサ?」
無表情ながら、どこか気まずそうなタバサがぼそりと言った。
「……イザベ、ううん、彼女は……わたしの従姉だから」
「え! タバサの従姉ってことは、ガリア王国の……」
キュルケの言葉通り、ガリア王弟オルレアン公の遺児であるタバサの従姉。これに該当する人物は、公になっている限り、一人しかいない。
ガリア王国第一王女イザベラ・ド・ガリア。
「う、うそでしょ!? アレがガリアの王女!? あのデコ女が、姫さまと同じ始祖の系譜を色濃く継ぐ王家の末裔だっていうの!?」
「ちょっ! 声がでかいわよ、ルイズ!!」
思わず、大声で本音を漏らすルイズ。慌ててキュルケが、彼女の口を押さえる。そんな生徒たちを背後に庇いながら、コルベールが進み出る。イザベラの前で、他国の王族に対する最上級の礼をとる。イザベラが、不機嫌を隠そうともせずに誰何する。
「なんだ、おまえは?」
「生徒たちの無礼極まる言動、謹んでお詫び申し上げます。わたくし、トリステイン王国魔法学院教務主任を務めます、ジャン・コルベール男爵と申します。高貴にして寛大なるイザベラ王女殿下におかれましては、ご機嫌麗しく……」
「おい、おまえ、毛だけじゃなくて、目も無いのか? わたしのどこが機嫌いいだって?」
「恐れ入りまする。わたくしの生徒たちが、かかる愚挙に及びましたる経緯について、ご説明させて頂きたく、御願い申し上げます」
「ふん、少しは話せるみたいだな。いいだろう、聞いてやろうじゃないか」
「恐悦至極でございます。では、まずは恐れながら、イザベラ殿下にお伺いしたい儀がございます」
「はあ? おまえが説明するって……」
イザベラが、反論する前にコルベールが鋭く切り込む。
「ミス・タバサに、ミス・ヴァリエールの拉致をお命じになったのは、ガリア王家に相違ないでありましょうか!?」
「な、ら、拉致だと!?」
驚くイザベラに、コルベールがさらに畳み掛ける。
「ご存知の通り、ミス・ヴァリエールは、「蒼光」の二つ名で知られる「王権守護戦争」における我が国、最大の英雄。それを拉致するということは、貴国ガリアは、我がトリステインに対する明確な戦意をお持ちであると、愚考いたしますが、如何か!?」
他国の王族相手に一歩も引かずに、詰問するコルベール。そんな彼をキュルケが、もはや崇拝の眼差しで見つめる。
「……素敵よ、ジャン。惚れ直したわ」
コルベール自身は、内心ガタガタだったのが。
「ちっ!」
イザベラが思わず、舌打ちする。騎士団連合本営からの通達によって、タバサが王命に背いたということは、知っていたが、父王の命令の内容までは把握していなかった。
(そういえば、トリステインとの国境沿いの町に行ったとき、アルビオン戦役の英雄は、十六歳の女学生とかって聞いたな……でも、それを拉致しろだなんて! しかも、エレーヌに命じるなんて!)
イザベラの中で、父王ジョゼフに対する疑心が膨れ上がる。
「イザベラ殿下は、ミス・タバサが所属する北花壇警護騎士団の団長を拝命されているとか。よもや、殿下御自らがお命じになられたのでありましょうか!?」
(こいつ、わたしの言質を引き出すつもりか! そうはいくか!!)
イザベラが、反論に出ようとした、その時。
ドゴーン!!
それまでの数倍の轟音が、上空から降り注いだ。そして。
ヒューン ドゴッ!! バゴッ!!
上空から、二体の人造人間使い魔が落下した。濛々とした煙が晴れたとき、二体の使い魔は。
ルイズのセルは、頭部の右半分が喪失していた。
イザベラのセルは、腹部に巨大な穴が開き、胴体が千切れかけていた。
「いやああああぁぁぁぁぁ!!」
「やだあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
自身の使い魔の惨状を見てしまった、二人の主の悲痛な叫びが、木霊した。
第四十二話をお送りしました。
原作を読んでいると、いまいちエルフの文明レベルがわかりにくいです。
さて、今度こそ、皆様、良いお年を。