ゼロの人造人間使い魔   作:筆名 弘

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お久しぶりです。断章之捌をお送りします。

……すみません。毎週土曜日更新を守れませんでした。




 断章之捌 宰相閣下の憂鬱

 

 

 マザリーニ・ド・リュクサンブール枢機卿は、御年四十八歳。

 

 

 リュクサンブール侯爵家の当主であり、ロマリア宗教庁司教枢機卿の位階を持つブリミル教の聖職者である。リュクサンブール家は、ロマリアの祖王「フォルサテ」の血筋を細分化された分王家の一つであり、マザリーニ自身もかつては、次期教皇候補の筆頭に挙げられるほどの実力者であった。

 

 だが、彼は自らの意思でブリミル教最高位者の座を放棄した。

 

 今の彼の肩書きは、ロマリア枢機卿にして、トリステイン王国サウスゴータ領総督代行兼アルビオン駐屯軍総司令である。

 

 

 

 

 

 

 ――サウスゴータ領都シティオブサウスゴータ総督府。

 

 「ふん、なにが「高貴な女性の美貌を永遠に導く秘薬」だ。益体も無い。」

 

 

 ポイッ

 

 

 総督執務室の中央に据えられていた大型の机に陣取ったマザリーニは、雑多な書類相手に奮戦していた。未だ四十代のマザリーニだが、長年の労苦は、彼の身体を蝕み、その痩せこけた体躯と白髪白髯は、初対面の人間にほぼ間違いなく老齢の印象を与えていた。

 

 今、マザリーニは、トリステイン本国から送付されたサウスゴータ領への新規事業に関する申請書の審査を行っていた。常識で考えれば、総督代行の仕事ではない。もっと下の書記官辺りが捌くのが通例なのだが。

 

 「王権守護戦争」後に締結されたハヴィランド条約によって割譲されたサウスゴータ領は、比較的スムーズにトリステイン王国領へと移行した。元々、サウスゴータの領民たちは、かつて中央府によって行われた王弟モード大公に対する粛清と、それに連座した太守デニウス・オブ・サウスゴータ伯爵の処刑と家名断絶に長年疑問と義憤を抱えており、アルビオン領からの離脱に忌避感を感じにくい土壌があったのだ。

 それでも、移行後の政務は、多忙を極めた。本来であれば、それまで領地運営を担っていたサウスゴータ行政議会から、詳細な引継ぎがあって然るべきなのだが、有能な行政官の大半が、首都ハヴィランドの中央府に引き抜かれてしまった。戦役の奇禍によって、多くの貴族を失ってしまった首都では、支配階級の人材枯渇が深刻化していたのだ。マザリーニは、新生アルビオン王国テューダー朝を首班する摂政ウェールズ立太子が、この件を大層申し訳なさそうに切り出した時の様子を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「マザリーニ猊下、その、大変申し訳ない限りなのですが……」

 

 「サウスゴータ行政議会構成員の七割を首都へと転属ですか。しかも、今週中に……」

 

 「ええ、サウスゴータの行政官たちの高い能力が、首都ではどうしても必要なのです」

 

 それは、理解できる。サウスゴータ伯爵家の断絶以後、アルビオン経済の要衝であるサウスゴータ領を運営してきた彼らの力量は、トリステインの実質的宰相たるマザリーニをも感嘆させるモノだった。しかし、それも伯爵家を取り潰した中央府に対する義憤を糧にしてのことだった。それなのに中央が困窮した途端の掌返しである。さらに言えば、現在はトリステイン領への移行期間にも関わらず、だ。世間知らずの若き立太子殿下に皮肉の一つもお見舞いしてやるか、とマザリーニが口を開きかけた途端、涼やかな声が割って入ってきた。

 

 「大丈夫ですわ、ウェールズ様。マザリーニさえいれば、サウスゴータ領の運営は全く問題ありませんわ!」

 

 「……は?」

 

 それは、ウェールズ立太子に同行して首都からサウスゴータへ行幸したマザリーニの主君、トリステイン王国第一王女アンリエッタであった。

 

 「我がトリステインの政務のほとんどは、このマザリーニが一人でこなしていたのです! こう言っては何ですが、たかだか一地方領の運営など、宰相にかかれば朝飯前ですわ!」

 

 「ひ、姫さま、な、なにを……」

 

 マザリーニが困惑した声をあげる前に、アンリエッタは愛するウェールズに言った。まるで、自身の使い魔の能力を自慢するどこかのメイジのように。

 

 「なんでしたら、行政官の九割を首都に引き抜いたとしても、マザリーニなら、このサウスゴータをさらに発展させてみせますわ!」

 

 「こ、このォ……」

 

 「そうですわよね、マザリーニ?」

 

 危うく不敬罪に問われかねない言葉を吐きそうになったマザリーニを、アンリエッタが無垢そのものの笑みと瞳で見つめる。まるで、父親に全幅の信頼を寄せる幼子のように。「レコンキスタの乱」から、ゲルマニアへの輿入れ問題、アルビオン王家の亡命、そして「王権守護戦争」までの激動の日々では、決して見ることが出来なかった、十七歳の王女の自然な表情を前にした「鳥の骨」は、搾り出すように言った。

 

 「……び、微力を、尽くしまする」

 

 「げ、猊下……」

 

 

 

 

 

 周囲が辟易するほどの、恋人オーラを撒き散らしながら、アルビオン王国摂政ウェールズ・テューダー立太子とトリステイン王国サウスゴータ領臨時総督アンリエッタ・ド・トリステイン王女は、総督執務室を辞した。去り際、ウェールズが微妙に謝罪めいた視線を送ってきたので、行政官九割引き抜きは、恐らく無いであろう。

 

 「はあ~」

 

 著しい精神的な疲労を受けたマザリーニは、室内にまだ客人が残っていたにも関わらず、深い溜め息をついた。

 

 「ご心労、お察し申しますぞ、リュクサンブール候」

 

 「こ、これは、モントローズ伯! し、失礼を!」

 

 「ははは、昔通り、パリーで結構ですぞ」

 

 「お、恐れ入ります。では、わたしのこともマザリーニと……」

 

 マザリーニに慰労の声をかけたのは、年老いたメイジだった。アルビオン王家の侍従のお仕着せを貫禄たっぷりに着こなしている。

 

 パリー・ヒューバート・モントローズ伯爵は、御年七十三歳。

 

 三代六十年に渡り、アルビオン王国テューダー朝に仕えた宿老である。モントローズ伯爵位は、一代限りの名誉爵位であり、先代ジェームズ一世が長年の功績を称えて下賜したものだった。「レコンキスタの乱」が勃発した時は、ウェールズ・テューダー皇太子の侍従長を勤めており、王都逐電後は、親衛隊長として、叛徒に向かい杖を振るった。ニューカッスル城を脱出し、トリステイン王国への亡命後もウェールズのそばに仕えていたパリー侍従長。「王権守護戦争」におけるロンディニウム平原の戦いで、神聖アルビオン共和国軍の兵からの万雷の歓呼を受けるウェールズを見たパリーは、自身の役目の終わりを滂沱の涙とともに悟った。

 戦役終結後、パリーは、摂政となったウェールズにすべての官職からの引退を願い出た。もはや、自分の如き老兵に役目なし、と。だが、ウェールズは首を横に振った。ウェールズ自身は、祖父、父、そして自分に長年の忠誠を尽くしてくれた「じい」に、感謝とともに引退を許したかったのだが、アルビオン王国という国家の現状が、それを許さなかった。

 

 六十年に渡り、王家に勤仕し、宮廷の隅々まで知悉するモントローズ伯の存在と影響力は、人材枯渇に困窮する新政権にとって、黄金よりも価値があったのだ。「若」に頭を下げられては、パリーも否とは言えない。

 

 今の彼の肩書きは、王家筆頭侍従長にして、貴族院大法官兼宮殿護衛長官兼儀典顧問官である。

 

 「マザリーニ殿も、宰相姿が様になってきましたな、いや、今は総督姿ですかな?」

 

 「そう申されるパリー殿も、侍従服に大法官微章と儀典章が良くお似合いで」

 

 「ははは、老体には、荷が重過ぎますがな!」

 

 莞爾として笑うパリーを眩しそうに視るマザリーニ。

 

 「パリー殿は、変わりませんな。三十余年前、初めてお会いしたときも、そんな笑いをしておられた」

 

 「アルビオン魔法学院始まって以来の天才留学生「鬼謀」のマザリーニ、なつかしいですなあ」

 

 

 

 ロマリア皇国分王家に生まれた神童マザリーニは、十六歳の時、トリステインに留学し、生涯の師と仰ぐ偉大な先達、オールド・オスマンと出会った。そこで彼は、自身の力の限界とさらなる可能性を得た。そして、十八歳の時、アルビオンに留学し、二人目の師、パリー・ヒューバートと出会った。当時、パリーはアルビオン魔法学院の特別講師を勤めていたのだ。そこでマザリーニは、真の忠誠と騎士の生き様を知った。

 

 「それが、いまや「強国」となったトリステインの宰相にして総督代行とは……いや、マザリーニ殿さえ、その気であれば、ロマリアの教皇として截たれていても、おかしくはなかった」

 

 「……言ってしまえば、それは、パリー殿のおかげですな。あなたから真の騎士たる者の忠誠を学んでしまった結果ですから」

 

 「はて、そのようなこともありましたかな?」

 

 「ぬけぬけと……」

 

 先代教皇が亡くなり、教皇選出会議が召集された際、マザリーニは教皇候補の筆頭として選ばれた。トリステイン王国に勤仕していたマザリーニの元にも、ロマリアへの帰国要請が届いた。しかし、マザリーニはこれを固辞した。当時、トリステイン王国は、国王ヘンリ三世が急逝し、政治的空白による混乱が起こりつつあったのだ。トリステインとロマリア、両者を天秤に掛け、トリステインを取ったマザリーニは、国を私しようとしている。そんな流言卑語が流れもしたが、マザリーニは取り合わなかった。二番目の師の言葉を胸に秘めていたのだ。

 

 「……「本当の名誉と忠誠とは、与えられるものではない」、わたしが、今ここに居るのは、この言葉の所為ですよ、パリー先生」

 

 「……」

 

 マザリーニの言葉を静かに受け止めるパリー。その瞳には、満足げな色が見て取れた。やがて、何気なく言った。

 

 「しかし、アンリエッタ王女殿下の天真爛漫ぶりも、大概ですな。「鬼謀」のマザリーニを言葉巧みに操るとは」

 

 「いやはや、お恥ずかしい。あれで、いま少し周りにも注意を払って頂ければ、と……」

 

 「はは、それは確かに。ハヴィランドでも、アンリエッタ殿下の若への愛情表現は、いささか、その、目に余ることもありましてな」

 

 「そ、それは、なんと申し上げれば……」

 

 「相思相愛であることは、アルビオンの万民が知り、祝うところではありますが、高貴なる四王家の継承者としては、やや節操にかけるかと……」

 

 

 カチン

 

 

 「……そういえば、お二人のなれそめは、マリアンヌ陛下の誕生祭において、ラグドリアン湖を泳がれていた姫さまをウェールズ殿下が見初められたとか。その時、ウェールズ殿下は長い間、姫さまの裸体を凝視されていたそうで。プリンス・オブ・ウェールズともあろう御方も、所詮は市井の男と変わりませんな?」

 

 二人のなれそめをアンリエッタは、誰にも話したことは無かったが、長年侍従を勤めたラ・ボルト侯爵夫人から、マザリーニが聞き出していたのだ。元々は、ゲルマニアとの婚約同盟締結のために収集した情報だったのだが。

 

 

 カチン

 

 

 「……お母上の誕生祭の最中に、湖で泳がれるとは、王家の姫として慎みが足りないのでは?」

 

 「……」

 

 「……」

 

 総督執務室の空気が張り詰める。

 

 静かに立ちあがる二人の男。

 

 懐から杖を取り出す。

 

 無論、殺気は込めていない。

 

 しかし、互いに譲れないモノがあるのだ。

 

 

 

 

 

 その日、サウスゴータ領総督執務室で、やや激しいボヤ騒ぎが起こったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マザリーニは、パリーとの「議論」の際に付いてしまった机の焦げを見つめ、溜め息をついた。自嘲気味に呟く。

 

 「娘を侮辱された父親でもあるまいに……」

 

 気を取り直したマザリーニは、ふと机に置かれていた小さな鏡を見つめる。以前、アンリエッタが置いていった物だった。

 

 マザリーニは、いつも無理をするから、自分の顔色が悪くなったと思ったら、すぐに休みなさい。王女としての命令です。

 

 鏡には、どう見ても、齢七十を超えるモントローズ伯と同年代としか思えない白髪白髯で痩せこけた老人が映っていた。

 

 「……」

 

 マザリーニは、ついさきほど投げ捨てた申請書を拾う。

 

 「高貴なる女性の美しさは永遠ではありません。時間という魔物は常に迫ってきます。わたくしどもが提供いたします秘薬は、そんな魔物から皆様の若さを守ります。」

 

 さらに引き込まれるマザリーニ。

 

 「わたくしどもは、皆様が失った若ささえも、取り戻すお手伝いをさせていただきます。往年の美しさをあきらめてはなりません。決して」

 

 しばらくの間、申請書を凝視した後、悩み多き総督代行閣下は、静かに「認可」の印を押したのだった。

 

 

 バンッ!

 

 

 「か、閣下!! 急報でございますっ!!」

 

 「な、な、な、何事だっ!? そ、騒々しい!!」

 

 満足げに申請書を眺めていたマザリーニは、執務室の扉をノック無しで開け放った自身の秘書官を叱りながら、申請書を書類の束に隠した。息を切らしながら駆けつけてきた秘書官が、机に近付き、マザリーニに耳打ちした。

 

 

 

 「な、なんだと?……ヴィットーリオが、来る?……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




断章之捌をお送りしました。

パリー・ヒューバート・モントローズ伯は、原作二巻に出てきたウェールズの侍従さんです。

パリーという名前とウェールズの侍従以外は、作者捏造です。

原作では、マザリーニは次期教皇候補だったとありましたが、つまり「フォルサテ」の血を引いてるってことなんでしょうかね。

ご感想、ご批評のほど、よろしくお願いします。

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